探索②
「『光』とは、単純に太陽の光や月光、或いは星の光などを指すのでしょうか?」
レオールと二人、屋敷の庭を当てもなく彷徨いながらディーネは疑問を口にした。
「それであれば分かりやすいんだが。
でなければ、比喩という可能性もある。太陽などの天体なら、この屋敷でなくても王城から見られるからな。予言がわざわざ『将軍の家』と限定したのは、ここにしかないものという意味だろう。
そして『光』とは寝たきりの叔父上が予言せずにはいられないほど、おそらく国にとって……重要な何かだ」
王は彼自身にも不可解な熱に動かされているように、彼女の顔をじっと見つめながら言った。
その視線がいたたまれず、ディーネは顔を逸らして尋ねる。
「『光』の比喩と言うと……まるで輝くような何か、ということですね」
「そうだな」
答えてから王も考え込むように別のほうを向いてくれたので、彼女は安堵した。
「光、……どこにあるのかしら」
ディーネは呟きながら、辺りを見回し続ける。
今、空に浮かぶ太陽は大地にあるもの全てに眩しい光を等しく降り注ぎ、何もかも————小さな砂粒一つ一つすら輝きを放たぬものはない。
だが、レオールが探す光とは、王城にはないものなのだった。彼の求めるものが、陽光を受けて煌めく木の葉や砂だということは有り得ない。そんなものなら、王城の庭にいくらでもあるのだから。
屋敷の広い庭を五分の一も見終わらないところで、レオールは言った。
「俺は、そろそろ城に戻らねばならないから今日はここまでだ。
短い時間だったから、情報は一つで良いか。で、何が聞きたい?」
「お急ぎなら、今度まとめてで結構です。ゆっくり詳しく聞きたいので。————私が知りたいのは、三年前の戦争のことですから」
「……戦争だと? お前、そんなことが聞きたいのか?」
ふいを突かれたように王の顔にあった僅かな笑みが消えたのは、それでも一瞬のことだった。彼は、すぐにいつものきびきびとした感じを取り戻す。
「いいだろう。次の機会にな」
ディーネに背を向け、門の方向へと踵を返したレオールが、肩上の位置で右手首を一度振る。すると、左右の遠い物陰から二人の若い男達がそれぞれ忽然と現れ、王に合流した。
(彼らは……王の護衛ね)
二人共、ただの兵というわけではなさそうだった。彼らの隙の無い身のこなしと気品から、何となく彼女はそう思った。
「……私達も戻りましょうか」
ディーネは、ずっと黙って後ろで控えていたカミラに声を掛けて部屋に帰った。
中に入ると、いつものように暖炉に火が暖かく燃えており、やはり気が落ち着く。
長時間メイドに抱きかかえられていたタウロスは床に下ろされると、嬉しそうに舌を出してディーネにまとわりついてきた。
「お嬢様が門の番犬を撫でている時は鳴きもしないで、ずうっと不機嫌そうにしていたのですよ。貴女様を取られるとでも思ったのでしょうか」
「あら、そうなの?
ふふ、そんなに手を舐めたらくすぐったいわよ、タウロス」
「やっぱり、そうですよ。こうして舐めて、お嬢様から他の犬の匂いを消そうとしているのでは」
「だとしたら、独占欲の強い子ね。
それにしてもカミラ。犬の成長って、こんなに早いものかしら?」
ディーネは当初より二回りほど大きさの変わったタウロスと戯れつつ、帽子を仕舞うメイドに尋ねる。
「確かにそうですわね」
「……まさか餌を沢山あげすぎていない?」
「彼は使用人の間でも大人気ですから、皆がこっそり餌をやるのですわ」
「健康の為に、太らせない程度にしてね」
「気を付けます」
子犬は興奮気味に、ディーネの周りをぐるぐると走っている。自分のことが話題にされていると単純に思って、喜んでいるように見えた。
「お前は元気が有り余っているから良いわね。そんなに私を遊びに引っ張りまわすと、疲れきってしまうわ。ほら、もうくたくたよ」
手を上げて降参の意を示すと、犬に『仕方がないな』というような目で見上げられる。
「お嬢様。お茶が入りましたよ」
「嬉しい。喉が渇いていたの」
ディーネは飛びつくように、椅子に座る。
カミラに声を掛けられるより前に、茶葉の良い香りが部屋中に広がっていた。
白い陶器で出来た逆三角の杯に付いた取っ手に指を掛けたディーネは、赤褐色のお茶を飲んだ。この動作も手慣れたものだ。
ディーネはゆっくりと飲み干して、空になった杯を置く。
「カミラ。聞きたいことがあるのだけれど」
女主人の改まった口調に、メイドの顔付きも変わった。
「それは王にもお尋ねになっていた、戦争のことでしょうか?」
「……ええ、そう。貴女からも聞けたら、と思って。話せる範囲でお願い出来る? 嫌なら大丈夫だけど」
「……構いませんよ。もしかしたら話が長くなって、お嬢様を退屈させてしまうかもしれませんが」
「退屈するなんて有り得ないわよ。とにかく、そこに座って? お茶はいかが?」
「ありがとうございます。失礼致します」
卓を挟んだ向かいの席を勧めると、大人しく従ってくれる。
新たにお茶が注がれた器から立ち上る湯気を見下ろしながら、カミラは重たげに口を開いた。




