探索①
ザクタムは門の前に佇みながら、ディーネと会話を続けてくれた。彼の持ち前の明るさは、彼女の張り詰めた心をどこか軽くしてくれる。
ディーネは、ちっとも服従の様子を見せない犬をずっと撫でていた。成犬の毛並みは艶があって美しく、掌に温かさが伝わってくる。
「今日は職務のお邪魔でしたか?」
「ちっとも。ここでは大抵することも無く暇なのです。ですから美しい女性と話しながら仕事が出来るなんて、今日は運が良い。
でも、あんまり貴女と馴れ馴れしくすると閣下に殺されますね。いや、もしかしたら挨拶するだけで殺されるかも。閣下は私達に貴女のことを話すのも勿体無いというようにお見受けしております」
「そんな大げさな」
(『美しい』……か。将軍が言うから、真似ているのね。礼儀作法は将軍が教えられたという話だし、ザクタムさんにとって将軍は師匠という立ち位置なのかしら)
要らない言葉を耳にした場合、平静なまま受け流せるようになってきたディーネであった。
**
「カミラ、もう少し外にいて良い?」
ザクタムと門で別れたディーネは、ふらりと白薔薇庭園へと足を向ける。今日は珍しく体調が良い。庭園に着いたら、メイドから三年前の戦争について詳しく聞こうと考えていた。
しかし。
咲き誇る白薔薇の一つに目を留め、指先で軽く触れた時。一番聞きたくなかった男の声が響く。
「また会ったな」
そちらを見るのも嫌だったが、諦めて顔を向ける。
(この男、毎日来ていない? やつれた顔しているくせに。城で休んでいなさいよ!)
「……陛下におかれましては、ご機嫌麗しく」
最も会いたくなかった男との遭遇。仕方なくディーネはドレスのスカートをつまみ、両膝を折って目礼した。カミラから聞き出した貴婦人の作法である。
すると一言だけ、返ってきた。
「薔薇か」
(…………?)
目線を戻すと、レオールが見ているのはディーネではなく、彼女が手を伸ばしかけた花のほうであった。
「そうして立っていると、その真っ白い手も、その白い面も花のように見えてくる。お前が――――、清い白薔薇の化身なのではないかと思ってしまう」
彼は花を眺めているのに、薔薇のことだけ考えているわけではないらしかった。彼女のことにも言及しているらしい意味不明な発言に、ディーネは沈黙する。
「……俺がこのようなことを口にしても失言だな。ふと思ったことを言ってしまっただけだから忘れろ。
それに、お前は毒花だった。清純な白い花ではない」
最後の言葉は聞き逃せず、彼女は腹を立てた。いくら王でも侮辱に過ぎると思った。
「誰が毒ですか」
(私のことをよく知りもしないくせにっ)
「分からないほど馬鹿なのか、お前だよ」
「どうして私は、毎回そこまで言われなければならないのですか!?」
「俺に隠し事をするからだ。不満なら言え、全てを。俺がまとめて受け止めてやるから。それに、内容次第では酌量の余地がないこともない」
「な、にを…………」
ディーネを真っ直ぐ射抜く青い瞳は、まさに王者の眼差し。気圧された。つい、全部打ち明けたくなって、彼に寄りかかって助けを求めたくなってしまう。
けれど。
(駄目だわ、言えない……)
彼女は何一つ、人間の王に教えられる情報は持っていないのだった。
「お前の主人からでも脅しがあって、強く口止めをされているのか?
何故、瞳をそんなにも悲しげに揺らすんだ……。俺ではお前を助けることは不可能だと言うのか?」
「そうではございません。ただ、私が解決すべき問題ばかりなので、誰かの手を借りるのは間違いだと思ったものですから」
「頑固なだけでは、物事も解決しないぞ。他人の力を貰って初めて、道が開けることもあるというのに。……まあいい。今は、な」
王は少しため息をついた後、悪戯を企むような笑みを浮かべる。
「ところで、お前。この屋敷にいる間は暇なんじゃないか?」
「はい?」
「その返答は暇人のものだ。暇じゃない奴だったら————、暇だなんて冗談じゃないっ、と来る。よって、お前は暇人だ」
「はい?」
話が勝手に進んでいく。
「俺が来た時だけでいい。『光』を探すのを手伝え。女の目線から見たら、何かが分かるかもしれない。役に立ったら褒美をやろう、どうだ?」
どうだ、と言うわりには、断ることを許さない目付きだった。相変わらず、強引な男である。
ディーネは重いため息をついて、口を開いた。
「分かりました、手伝います。ただし、交換条件を飲んで下さい」
「……何をすればいい?」
レオールは渋らなかった。一瞬で、取引に慣れた者の顔付きになっている。
「私が働く度に、その分だけ情報を下さい。勿論、言えるところまでで構いませんから」
「情報だと?」
彼の表情が、いつものように険しくなる。それはディーネを密偵ではないかと疑う気持ちから来ているようだった。
それでも、レオールは泰然とした態度のままに、笑みを取り戻す。
「面白い。堂々と、王に対して情報を強請るか。
分かった、やれる情報なら潔くくれてやろう」
(やったわ! これで体験者から戦争のことが聞ける)
きっと、この王は不要なところで嘘を付かない――――。いつしか彼女は、そんな確信を持っていたのであった。




