真相②
ヨシュアの話に想像以上の衝撃を受け、気が遠くなりそうだった。
「あの、あの、私、これで失礼致します……」
自分が何を口走ったかも分からないまま、マルクの母と別れたディーネは屋敷の玄関を出た。
(どこに行こうとしていたのだったかしら?)
そうだ、門へだったと思い至って、そちらへ足を向ける。
どうしてこんなに自分が動揺しているのか、不思議だった。
庭に出ると、今日も身に降りかかる日差しは暑い。手に持った日傘を畳んだまま持っているから、なおさらだ。
だが今は、そんなことはどうでもいい。
庭園を囲む樹木の近くで、彼女は立ち止まった。空を見上げれば、葉を多く付けた枝の影が自分の顔に落ちてくる。
「お嬢様? お疲れでございますか?」
後ろからカミラが心配そうな声を掛けてきた。ディーネは首を横に振る。
「ねえ、どうして。どうして、この家の庭は綺麗なの?」
以前は綺麗に整備されているとだけしか思わなかった。
でも今は、荒れた王都に不似合いな美しい庭が気にかかる。他に比べ、土の手入れをする余裕がある屋敷なんて気味悪い。
「お嬢様は、もしや……」
メイドに呟かれて、自分は変な質問をしたのかとディーネは振り向いた。素性に疑いを持たれたからいけない、と危惧する。
「お嬢様は、きっと遠い遠い幸せな国から最近いらっしゃった御方なのですね」
子犬を抱いたまま、にこりとカミラは微笑んでいた。
「……どうして、そう言うの?」
否定もせずに、ただ尋ね返す。
「だって、大奥様が戦争の話をされた途端に顔色を変えられるのですもの。あんなに人々の心に傷を負わせた凄惨な戦争のこと、ご存知でなかったのですね。
それから、そのご質問でしょうか。この庭の美しさの理由。それは地に肥料を大量に何度も与えることによるところが大きいと、誰でも見当を付けられます。敢えて尋ねることではありません。例えば農作物を育てる者は、高いお金を支払って沢山の肥料を得る必要があるのですよ」
「肥料を大量に蒔けば、こう育つと? あげすぎで植物が根から枯れるということは起こらないの?」
「ふふふ、なんと初歩的な質問をなさるのでしょう。そんな豊穣の大地は大昔か、はたまた伝説上のお話です。この地に神々がおわし、その御力を分け与えるだけで万物を豊かにしていた頃の。
『そのとき太陽は暖かく廻り、地は実り多く、人々の生活は恵まれていた』……、そういうように寝物語で母から聞いたことがあります。それで私は幼い時、美しい神々がどこかにいるんじゃないかって、憧れておりました。成長して現実を思い知ったのですけれども」
いる。神々は確かに存在しているのだ。ここにだって、いる。
だが、もう神々が人間と手を取り合うことは決して……ないのだ。
(まさか、そんな……。父上の決定が、こんなに重く人間の地に影響を与えているなんて知らなかった。知ろうとしなかった。知っていたら私――――、)
いや、知っていたところで、どうだったか。遠き神界から、神力の無い自分に何が出来たというのだろうと思う。
それすら違っただろうか、とも思った。自分に神力があっても何もしなかったかもしれない。こうして人間と触れ合わないままだったなら、彼らに情を抱くことは無かったから。
今だって、人間の為にどうするというのか。ここに残り、彼らの為に何かをすると決意するようには、まだ心が定まっていない。結局、父の方針に従って、この地を見捨てる薄情な神に自分がなる可能性だって捨てきれない。
「美しい庭園を持つことは貴族の皆様が誇り、競い合うところなのです。ですから旦那様も、素晴らしい庭園を保っていらっしゃる。勿論、美を愛する御方でもあるのですけれど。
でも、誤解だけはなさらないで下さい。旦那様は貴族の方々の中でも、一等お優しいのです。例えば、飼い主を亡くした黒犬の多くを拾っていらして、必要以上に躾……、いえ保護していらっしゃいます。黒以外の色の犬や猫を引き取ってくれる救貧院には、多くの寄付をされて。
本当に、旦那様に関して悪い噂は聞いたことがございません」
(それは揉み消しているだけでは……)
これまでの彼の言動を思えば、無条件にマルクを認めることは出来ない。
けれどカミラの言うとおり、彼に優しいところがあることは……ディーネだって知っていた。




