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上村さんがスローイングラインにつき投げる構えを取ると、先程までの歓声が嘘のように辺りは静かになる。
観客の人達も柚子ちゃんと上村さんの試合を食い入るように見つめていた。
「上村としてはここで勢いをつけたいところだな」
「千佳、がんばれよ」
戸田さんはお手並み拝見といった感じて見ているのに対し、柏木さんは祈るように上村さんのことを見る。
俺としては柚子ちゃんが勝つためにも、ここで上村さんには調子を崩してもらいたい所である。
「上村が投げるぞ」
上村さんの手から放たれた矢は真っ直ぐ飛んで行き、BULLに刺さった。
「よし」
柏木さんがガッツポーズをしたところで、上村さんが2投目を投げる。
その2投目も先程と同様にBULLに刺さる。
「やりますね。上村さん」
ここまで完璧なダーツを見せる上村さんに対して、俺も賞賛せざる得ない。
だが、上村さんの問題はここからである。
「上村は今まで2投はBULLに入れているが、最後の1投はBULLに入れられなかった」
「それに対して柚子ちゃんはしっかり3投全てBULLに入れています。1Legでの上村さんの敗因は3本共BULLに矢が入らなかったことですから。そこを修正しないとさっきと同じ事になります」
「そうだ。だからここで上村がこの1投をはずすようなら、1Legと同じ展開になる」
戸田さんはにやりと得意げに笑う。
普段はどこか抜けているが、ことダーツに関しての発言だけは的確なことを言うので侮れない。
このような発言を普段から言えばもう少し格好いいと思うのに、つくづく残念な人である。
「お前ら、千佳が投げるんだから少しは静かにしろよ」
俺達がそんな事を話しているうちに、上村さんがダーツの矢を投げる。
その3投目も見事にBULLに入り、上村さんはこの試合初めてのHAT TRICKを決めた。
「やったぜ、千佳」
3投目のBULLが入った所を見届けると、上村さんはダーツの矢を投げた反対の手でガッツポーズをした。
俺の隣にいる柏木さんもうれしそうに声を上げ、上村さんのことを見る。
「上村の奴もやれば出来るじゃねぇか。まぁ、健一としては面白くないかもしれないけど」
俺の姿を戸田さんはチラッと横目で見るが、それを無視して試合に集中する。
戸田さんの言葉に耳を傾けるより、今は柚子ちゃんの心配である。
スローイングラインへと歩いていく柚子ちゃんは先程のコークの時とは違い、ポーカーフェースを保っている。
「柚子ちゃん今日は調子がいいな」
「そうですか? 最近の柚子ちゃんはこんな感じですよ」
俺と一緒にいた時の柚子ちゃんは練習でもこれぐらいのことは出来ていた。
それを知っている俺としては、この結果を全く意外だとは思わない。
「お前がそう言うならそうなのかもな。あの姉妹のことに関しては誰よりも詳しい健一なら」
「一言余計です。それよりも柚子ちゃんが投げますよ」
柚子ちゃんがスローイングラインにつくとダーツの矢を構える。
彼女は慎重にダーツの矢を構えると、きれいなフォームでダーツの矢を投げた。
「さすが、柚子ちゃん。健一が見込んだだけはある」
戸田さんが感嘆の声を上げるのは、柚子ちゃんのダーツに対してである。
1投目は問題なくBULLに当て、相変わらず安定したダーツを見せてくれる。
柚子ちゃんがその後間髪入れずに投げた矢も全てBULLに入った。
これで上村さんとスコアは変わらず同点のままである。
「これでまだ勝負はわからないな」
「ただ上村さんもプレッシャーかかってると思いますよ」
「確かに。柚子ちゃんが苦もなくBULLに入れられる以上、1投でもBULLをはずせばゲームが終わるからな」
戸田さんも俺も2人の戦いに対して、息を呑んで見守る。
俺の感想としては2人の力は拮抗しており、どちらが勝利するのか全く見当がつかない。
「大丈夫だ。千佳は絶対にやってくれる」
隣にいる柏木さんから上村さんへの絶対的な信頼が感じられる。
だが、柚子ちゃんだって負けてはいない。
柚子ちゃんはきっと上村さんに勝ってくれると俺は信じている。
「2人共、上村が投げるぞ」
俺達が雑談している間にいつの間にか上村さんがスローイングラインにつき、ダーツの矢を構えていた。
矢を構えた後、上村さんの右手からダーツ盤に向けてその矢が放たれる。
その矢は真っ直ぐダーツ盤へ向かって飛んで行き、またもやBULLに当たった。
「すごい」
その後の2本も危なげなくBULLを捉え、上村さんは今日2度目のHAT TRICKを達成。
俺が1人感嘆の声をあげる中、隣の柏木さんはガッツポーズをしていた。
「次は柚子ちゃんか」
柚子ちゃんは待機場所に戻る上村さんとすれ違う形でスローイングラインへとつく。
スローイングラインについた柚子ちゃんは、ダーツの矢を構えると間髪入れず矢を投げる。
1投目、2投目、3投目と続けざまに投げる柚子ちゃんの矢は全てBULLに入り、周りの観客からは歓声が上がる。
「おいおい、ここは異空間かよ」
「そのわりには楽しそうですね」
戸田さんは言葉とは裏腹に口角を吊り上げて笑っている。
柚子ちゃんと上村さんのレベルの高いプレイに対して、戸田さん自身も気分が高揚しているように感じられた。
「当たり前だろ。こんな戦い見せられて、興奮しない方がどうかしてる」
「その気持ちは俺もよくわかります」
2人の連続HAT TRICKという高プレイを見せられて、俺も気分は高揚している。
これから2人がどんなダーツを見せてくれるのか、そのことを考えただけでもワクワクする。
「それよりも思ったんですが、こっちのお客さんの人数って増えていませんか?」
「気のせいじゃないな。男子の方には全くいない」
観客に阻まれて奥の様子が殆ど見えないが、男子サイドは佐伯さんと試合を行っている2人しかいないように見える。
先程まで男子の試合をしていた人達も、上村さんと柚子ちゃんの試合を食い入るように見つめていた。
『おい、2人共連続でHAT TRICKを決めたぞ』
『今年は戸田と健一の野郎がいなくなって退屈だと思ったら、女子の試合が面白すぎる』
こっちの試合を見ている人たちの中からそのような声も聞こえる。
どうやら男子の方から来た人達は、柚子ちゃん達の試合の評判を聞いて見に来たようである。
「確かにあの人達の言う通り、今日は女子の方がいい試合が多いみたいだからな。こんな試合してるなら俺ももっと早くくればよかったよ」
柏木さんは俺の隣でがっくりと肩を落とす。
そんなに肩を落とさなくてもこれ以上にいい試合はないと思うんだが、そこはあえてふせておこう。
「それよりも上村さんが投げますよ」
「2人共残り点数は201点。ここまで完璧って事はこのラウンドが2人の分岐点になるな」
戸田さんが予言めいたことを言った直後、上村さんがスローイングラインにつく。
「果たして上村に3度目の奇跡は起こるのかな?」
「えっ?」
戸田さんが笑っている間に上村さんがダーツの矢を投げた。
その矢は真っ直ぐ飛んで行き、BULLを捕らえる。
「1投目はBULLか」
上村さんが続いて2投目を投げた。
「2投目もBULLです」
ここまでは上村さんは絶好調である。
ダーツの矢を持ち、1投1投真剣に構える上村さんはとても格好良く見えた。
そしてしっかりと構えて投げた上村さんの3投目は、あろうことか7のトリプルに当たった。
「上村の悪運もここまでか」
「いや、千佳も何か考えがあるはずだ」
柏木さんはそのように話すが、どのような意図であそこを狙ったのか俺にはわからない。
そのことを知るのは上村さん本人だけだろう。
「次は柚子ちゃんだ」
柚子ちゃんがスローイングラインに歩いてくる。
スローイングラインについた柚子ちゃんは、一瞬こっちを向いた気がした。
「柚子ちゃんが今一瞬こっち向かなかったか?」
「さぁ、戸田さんの気のせいじゃないですか?」
「いや、絶対柚子ちゃんはお前のこと見た。雪菜ちゃんの時といい、何でお前はあんなに可愛い子達に好かれてるんだよ」
戸田さんは嘆いているが俺はそれを無視して、柚子ちゃんのダーツに集中する。
柚子ちゃんが落ち着いて投げた1投目と2投目は見事にBULLに命中した。
「ここからだな」
「そうですね」
先程の上村さんは7のトリプルに入れてきたが、果たして柚子ちゃんはどこに入れてくるのか。
そのような意味でも注目の1投である。
柚子ちゃん本人もそのことをわかっているのか、一旦深呼吸をして間を取った後、再び投げる体勢に入った。
「投げるぞ、柚子ちゃん」
柚子ちゃんが慎重な手つきで投げた1投は17のトリプルに刺さった。
「これで柚子ちゃんの残り点数は50点か」
「BULL1本で柚子ちゃんの勝利です」
上村さんの点数は残り80点で柚子ちゃんが50点。
柚子ちゃんの方が点数的にはリードしているが、次のラウンドで上村さんも試合を決めることが出来る。
このゲームでいくつものスーパープレイを決めてきた上村さんなら、何とかしてしまえる点数でもある。
「あのロリ可愛い子には悪いが、千佳はここで決めるな」
柏木さんは得意げに話すが、正直この試合がどちらに転ぶのか全くわからない。
先程の雪菜と宮永さんの時と一緒で堂々巡りをするのか、それともあっさりと決めるのかどちらかになるだろう。
そんな事を考えてる間に、上村さんはスローイングラインにつく。
俺が見た彼女の表情は今までより硬くなっているように感じた。
「健一、どうした?」
「いや、なんでもないです」
戸田さんの顔を見た限り、いつもとは違う上村さんのことに気づいているのは俺だけのようだ。
上村さんはスローイングラインについて、幾度となく深呼吸を繰り返す。
「上村の奴、やけに今回は間を取るな」
「このラウンドでこの試合が決まるんですから、普通は緊張しますよ」
戸田さんはいぶかしげな表情で上村さんの方を見ている。
柏木さんは上村さんのことを心配そうに見守っていた。
「柏木さん、俺の予想なんですけど‥‥‥‥」
「上村が投げるぞ」
戸田さんの声に驚き慌てて上村さんの方を見ると、彼女はダーツの矢を投げる体勢に入っていた。
上村さんは手に持っているダーツの矢を押し出すように、ダーツ盤に向けて矢を放つ。
「20のシングルか」
「悪くはないですが、この次が重要です」
上村さんは慎重な手つきで2投目を投げ、次の1投も20のシングルに当たる。
「これで残り40点」
「20のダブルで上がりですね」
「千佳‥‥‥‥」
柏木さんが祈る中、上村さんの手から運命の1投が放たれた。
投げられた矢は真っ直ぐ飛んで行き、20のダブルに当たらずその上のボードに刺さった。
「ここでアウトボードか。上村にとっては痛いな」
戸田さんは苦笑いを浮かべるが、俺はこの結果を以外だとは思わない。
俺としてはこの1投、はずすべくしてはずしたと思っている。
「お前は驚いてないんだな、健一」
「えぇ、なんとなく上村さんがはずした理由もわかっていますから」
柏木さんはため息をつき、俺の方を見ていた。
戸田さんは俺と柏木さんのこの状況が全くわかっていないようである。
「もしかして上村さんって01系の時、最後の詰めでミスすることが多くないですか?」
「健一もよく見てるな」
「そりゃあ、1回戦目に行われた上村さんの試合も見ていますから」
上村さんと羽村さんが戦った1回戦の時も、彼女は何でもない所でミスをしてしまいバーストしていた。
次のラウンドできっちりと修正してきた辺りはさすがだと思うが、あんな大差がついた試合であんなことをすればすぐに気づく。
あれほどのダーツの腕を持つ人が大きな大会で優勝できないのは、その辺が問題なのではないかと試合を見ていて思った。
「確かに健一の言う通り、今の千佳は最後の詰めがどうしても甘いんだ」
「もしかして、上位止まりで優勝できないのもその辺が原因なんじゃないんですか?」
「それは俺にもわからない。ただ、千佳もそれを治そうと必死に練習をしてることは知っている」
俺としては多分精神的なものが影響しているのではないかと思っている。
彼女の格好が派手なことや、普段からおちゃらけていることもその弱点を隠すことが目的なのかもしれない。
あんなにダーツに対して真剣に取り組んでいる人なのだから、俺の予想は当たっているはずだ。
「そうだったのか。健一はよく気づいたな」
戸田さんは感心しきりだが、俺をおちょくっている暇があるのならそれぐらい気づいてほしかった。
「千佳も確かにあの状況で決められなかったが、あのロリ可愛い子もそう簡単に1発で決められるわけがない」
「果たしてそうかな」
戸田さんは再び口角をつり上げ、柏木さんの方を見ていた。
俺はというとスローイングラインに歩いていく柚子ちゃんの方を見つめ続けている。
「健一、お前から何か言うことはないのか?」
「別にないです」
「相変わらずつれないねぇ」
今は戸田さんに構っているわけにはいかない。
このラウンドで勝負を決めなくては、次のラウンドで高い修正能力を持つ上村さんが試合を決めてしまうだろう。
「柚子ちゃんがスローイングラインについたぞ」
「はい」
遠目から柚子ちゃんを見ているが、彼女がこのラウンドで上がるような気がした。
その証拠に彼女はこの試合を通して全く表情を変えず、淡々と自分のダーツをしている。
それだけ試合に集中しているのだろう。
「柚子ちゃんが投げるぞ」
「頼む、神様。もう1度千佳にチャンスを与えてくれ」
柏木さんが今日何度目かの祈りをささげる中、スローイングラインにいる柚子ちゃんは穏やかな表情で矢を構え、その矢をダーツ盤に向けて投げた。
『おぉおおおおおおおおおおお』
柚子ちゃんが投げた後観客の歓声と拍手が一層大きくなり、そのことが柚子ちゃんの勝利を告げる合図となった。
ご覧いただきありがとうございます。
準決勝はこれで全て終了となります。
予定では後4、5話ぐらいで4章の方が終了すると思いますので、もう少しだけお付き合い下さい。




