表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
65/74

65

柚子視点から入ります

「すごい」


 上村お姉さんのダーツを見て、素直な感想が口から出てしまう。

 茜ちゃんと上村お姉さんの試合を見ていた時からすごく強いと思っていたが、あたしの予想通りであった。

 この人はダーツに対しては並々ならぬ情熱を注いでいる。

 そうでなくては、あんなにきれいなフォームでダーツを投げることは出来ない。

 

「さすが健一君の1番弟子なだけはあるわね。ただのロリっ子だと思ったけど大違いだわ」


 上村お姉さんはあたしに近づくと褒め言葉をくれる。

 こんなにすごい人が自分のことを褒めてくれるのは素直にうれしかった。

 

「ありがとう」


「本当にお師匠さんにそっくりだわ」


「どういうこと?」


 お兄ちゃんとそっくりとはどういうことなのかあたしにはわからない。

 上村お姉さんはにこっと笑うと私に説明を続けてくれる。


「柚子ちゃんの今のフォームって、あのチェリーボーイが教えてくれたんでしょ?」


「チェリーボーイ?」


「ごめんごめん。健一君に教えてもらったかってこと」


「うん。お兄ちゃんが教えてくれた」


「だからか。これは厄介ね」


 上村お姉さんは顎に手を置き、何かを考えるそぶりを見せた。

 

「てことは私が相手にしているのはあのチェリーボーイってことね。戸田君と互角に張り合っていた子と戦うなんて、本当にくじ運が悪い」


 上村お姉さんが話していることはよくわからないが、多分お兄ちゃんのことを言っているのはなんとなくわかる。

 お兄ちゃんのことを褒められるのもあたしはうれしい。

 

「本当は貴方とは決勝で戦いたかったわ。雪菜ちゃんの方がまだ勝てる可能性があったかも」


「お姉ちゃんも強い」


「『強い』か。そうね、雪菜ちゃんが相手でもこれぐらい苦戦していたかもしれない」


 上村お姉さんは口元にうっすらと笑みを浮かべる。

 

「3Legもお互いの力を全て出し切る、いい勝負をしましょう」


「うん」


 上村お姉さんと堅く握手をし、お互いの健闘を誓い合う。

 あたしと握手を終えると上村お姉さんはあたしと距離を取ろうとする。

 

「上村お姉さん」


「どうしたの? 柚子ちゃん?」


 私は上村お姉さんにもう1つ聞かなければいけないことがある。

 これはあたしにとってはとても重要なことでもある。

 

「チェリーボーイって何?」


「健一君に言うと喜ばれる言葉よ。次に話す時に使って見なさい」


「わかった」


 そう言うと上村お姉さんは楽しげに笑い、元の位置へと戻った。

 後でお兄ちゃんのことを『チェリーボーイ』って呼ぼうと決意しつつ、お兄ちゃんの合図を待った。








☆★









「へっくしゅ」


「どうした? 風邪でも引いたのか、健一?」


「いや、何か悪寒が‥‥‥‥」


 柚子ちゃんと上村さんが待機場所で話しこんでいる時、俺の背筋が急に冷たくなった。


「そうか? この部屋は十分に暖房が効いてて全く寒くないぞ」


「それは俺もわかってます。本当に不思議ですね」


 首をかしげながらも俺はマイクを持ち、3Leg開始前に行うコークのアナウンスをすることにした。

 

「それではこれから3Legを始める前にコークを行います。上村千佳さん、スローイングラインについて下さい」


「はぁ~~い」


 俺がアナウンスをすると、甘ったるい声で上村さんは返事をする。

 上村さんはスローイングラインに向かう際、こちらを向きウインクと投げキッスをしてきた。

 それが恋人である柏木さんに向けてしたことだと勝手に解釈し、あまりのラブラブの甘甘っぷりに俺はため息をついてしまう。

 

「くそ、このリア充め。爆発してしまえ」


「戸田さんだって、この前までそうだったじゃないですか」


 俺から言わせれば戸田さんだって3か月ぐらい前までは彼女がいたはずである。

 なので柏木さんのことを僻んでも説得力がいまいち足りない。

 

「むしろ俺が言いたいですよ。今まで彼女なんかできたことありませんし」


「はぁ、何言ってるんだ? お前が1番リア充してるだろ?」


「そうだそうだ。俺もさすがに2又はしたことないぞ」


 俺を責める大学生2人はあらぬ勘違いをしているらしい。

 彼女持ちと彼女がいたことある人が、何故恋愛経験値ゼロの俺を糾弾するのかが全く分からない。

 俺のどこがリア充なのか1回問い詰めてみたいところである。

 そうこうしているうちに上村さんがスローイングラインで構え、ダーツの矢を投げる。

 投げた矢はゲーム前にやったコークと同様インブルに入り、上村さんはその光景を見届けると優雅に待機場所へと戻って行った。

 

「2人がくだらないことを言っている間に、上村さんの番終わりましたよ」


「上村の番なんか別にいいんだよ。俺としては次投げる柚子ちゃんが本番のようなものだからな」


「千佳の出来については良いに決まってたからな。俺としてはあのロリ可愛い子の方が気になる」


 2人が柚子ちゃんのことを絶賛しているのを尻目に、柚子ちゃんがスローイングラインに立つ。

 スローイングラインに向かう柚子ちゃんは相変わらずのポーカーフェスを保っている。


「そういえば柏木、上村の野郎は01(ゼロワン)とSTANDARD CRICKETどっちが得意なんだ?」


「千佳はどっちも苦にはしていないが、あのロリ可愛い子のことを考えると01(ゼロワン)だけは避けたいかな」


 柏木さんの言う通り、柚子ちゃんはどちらかというと01(ゼロワン)系統の種目で力を発揮するタイプである。

 だが雪菜とは違い柚子ちゃんに関してはSTANDARD CRICKETに対して苦もなく投げられるので、先行権を取るのも1つの手だと思っている。


「健一、お前はどう見る?」


「柚子ちゃんは雪菜の時とは違って何でもできますから。あまり心配していません」


「お前の柚子ちゃんへの信頼は厚いな」


 柚子ちゃんには初めてゲームセンターで会った時から色々なことを教えてきた。

 グルーピングに始まり、最近は細かいフォームの指摘やダーツの戦略まで様々なことを叩き込んだ柚子ちゃんがそう簡単に負けるわけがない。

 

「柚子ちゃんが投げるぞ」


 柚子ちゃんの投げたダーツの矢は一直線に飛んでいき、先程の上村さんと同様インブルに当たった。

 2つの矢が同じ場所に当たったということで、俺はゲーム前と同様に再び矢の確認をしないといけなくなった。

 

「確認しますので、少しの間お待ちください」


 俺がダーツ盤の所へ行き、矢の刺さっている場所を確認する。

 俺が確認をするとインブルに刺さった両方の矢のうち、今度は柚子ちゃんの矢の方が内側に刺さっていた。

 

「遠野柚子さんの矢の方がブルに近いので、ゲームの選択権か先攻の権利は遠野柚子さんに決めてもらいます」


 マイクでアナウンスした後、俺は上村さんと柚子ちゃんに矢を返しに行く。

 俺が待機場所に足を運ぶ前に、柚子ちゃんがアナウンスを聞いた直後羽村さんや水谷さんとコークで勝った喜びを分かち合っていた。

 その表情は子供が無邪気に笑うような笑顔で、俺も何故かほっとしてしまう。

 もしかしたら俺は柚子ちゃんが笑わないことに対して、どこか不安だったのかもしれない。

 上村さんに矢を返した後、俺は柚子ちゃんの方に近づき肩を叩く。


「お兄ちゃん」


「柚子ちゃんもよく頑張ってるね。はい、これ」


 俺は柚子ちゃんにねぎらいの言葉をかけると、彼女ははっとした表情をする。

 柚子ちゃんは改めて俺を見ると表情を引き締め、首をこてんと横に曲げた。

 

「チェリーボーイ?」


 柚子ちゃんがその言葉を言った瞬間、柚子ちゃんの近くにいた水谷さんが吹き出し、羽村さんは顔を手で覆う。

 俺はというと柚子ちゃんのことを呆然とした表情で見ていた。


「チェリーボーイって‥‥‥‥‥‥最高に合ってる」


 水谷さんが柚子ちゃんの後ろでお腹をかかえて笑う。

 隣にいる羽村さんも顔を手で押さえて必死に笑いをこらえていた。


「ごめんなさい、お兄ちゃん。すいません」


 羽村さんも謝りながらもクスクスと笑っている。

 

「別にいいよ、気にしていないから」


 内心非常に傷ついている状態だが、俺は2人に対して気丈に振舞うことにした。

 残る問題は誰が純真無垢な柚子ちゃんにこんな言葉を教えたということである。

 

「柚子ちゃん、ちなみに何だけどその言葉って誰から教えてもらったの?」


「上村お姉さんから。お兄ちゃんに言えば喜ぶって言ってた」


 その瞬間、上村さんを睨みつけると彼女もお腹を押さえながら声を殺して笑っていた。

 目にはうっすらと涙を流していたので、俺達のやり取りが相当面白かったのだろう。

 俺はこの大会でどれだけあの人におちょくられれば済むのだろうか。

 

「ごめん、柚子ちゃん。俺はどちらかというと『お兄ちゃん』の方がよかったんだけどな」


「じゃあ次からそう呼ぶ」


「ありがとう」


 柚子ちゃんに一言お礼を言うと、天使の様な笑顔を俺に向けてくれた。

 その笑顔を見て俺は後で上村さんにも文句を言ってやろうと決意をした。

 

「それで、柚子ちゃんはゲームの選択権と先行の権利どっちにする?」


「柚子はゲームの選択権にする」


「わかった」


 柚子ちゃんがゲームの選択権にしたのはちょっと意外で、俺はこの時先程の試合が頭に浮かんだ。

 まさか柚子ちゃんまで得意ゲームを捨てる気ではないだろうな。

 

「ちなみに柚子ちゃんは何のゲームにする?」


「501でお願い」


「わかった。けど安心したよ。柚子ちゃんまで無理をするのかと思った」


 俺はほっとしたのと同時に柚子ちゃんは首をかしげる。

 

「なんで?」

 

「なんとなく。こっちの話だから大丈夫。じゃあ準備するからちょっと待ってて」


「お兄ちゃん」


 俺がダーツの筐体に行く前に柚子ちゃんに呼び止められた。

 柚子ちゃんが呼び止めるのを珍しいと思いながらも、俺は柚子ちゃんの声に耳を傾ける。

 

「柚子絶対に負けないから。必ず勝つ」


「わかった。頑張って」


 俺はそういうとダーツの筐体の方へ行き、セッティングを始めた。

 セッティングの準備をする手つきは先程の試合よりも軽い。


「よしっ、終わり」


 さっさと3Legの準備を終わらせ、戸田さん達の所へと俺は戻っていく。

 戸田さん俺がこんなに早く待機場所に戻ってくるのに驚いているようだった。

 

「戸田さん、マイク貸して下さい」


「お前やけに準備するのが早いな。今日は雪でも降るんじゃないか?」


「まさか。それよりも3Legを始めますよ」


 俺はマイクを手に持つと、驚く戸田さんを前にアナウンスを開始する。

 

『お待たせしました。それではこれから3Legを開始したいと思います』


 なるべく周りのお客さんに聞こえやすいように、ゆっくりと滑舌よく話す。

 

『3Legの種目は501、先行は上村千佳さんでゲームを始めます』


 こうして勝負の3Legが始まろうとしていた。

 俺はこの時上村さんの底力を侮っていた。

 追い詰められた彼女がまさかここまで力を発揮するとは、この時の俺には想像もできなかった。


ご覧いただきありがとうございます。


感想をいただければうれしいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ