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「それでは2Legを始めますので準備の方をお願いします」
俺が次のゲームの準備を終え、2Legのアナウンスをすると柚子ちゃんがスローイングラインの方へと歩いていく。
柚子ちゃんは相変わらずのポーカーフェースでスローイングラインに立つ。
「あのロリ可愛い子、表情1つ崩さないな。本当に何者なんだ?」
「それは健一に聞け。あいつの方が柚子ちゃんについてはよく知ってる。なぁ、健一」
戸田さんがニマニマといやらしい表情で見てくるが、俺は無視をして柚子ちゃんのダーツを見守る。
1回戦目は気心の知れた水谷さんとの対戦だったということで、今よりも無邪気な柚子ちゃんが垣間見えた。
その時に比べると真剣な表情で試合に臨んでいる柚子ちゃんが心配になってくる。
今は集中しているので実力以上のダーツが出来ているが、その集中力が切れた時どうなるか俺には見当がつかない。
「どうしたんだ、健一? そんな気難しい顔して」
「戸田さんには関係ありません」
「つれないねぇ~~」
そんなことを話している中、スローイングラインに立った柚子ちゃんがダーツの矢を投げた。
彼女の1投目と2投目が20のシングルに入り、3投目は20のダブルに入る。
合計点数が40点でゲームの入り方は悪くはないが、相手は上村さんである。
彼女が2Legでどんなダーツをするかわからない以上、油断は出来ない。
「そういえば健一、あのロリ可愛い子のメールアドレスを教えてくれないか?」
「柏木さんは1度三途の河に行って反省して下さい」
この人は上村さんという美人な彼女がいるのに、何故他の女の子にも手を出そうとしてるんだろう。
後で上村さんに告げ口をしてこの人にもそれなりの制裁を加えてもらおう。
そんな下世話な話を柏木さんとしている間に、スローイングラインについた上村さんはダーツの矢を投げる。
「19のダブルか」
「ここからが千佳の反撃だ」
戸田さんが感心し、柏木さんが喜ぶ中上村さんの2投目は19のダブルに刺さった。
上村さんは3投目を投げる前にスローイングラインで自分の胸に手を置き深呼吸する。
「上村の奴、やけに慎重だな」
「それだけ千佳もこの試合に本気だって事だろ? 俺が見た感じ、あれは全力だぞ」
俺も試合前は上村さんがおちゃらけた人だと思っていたので、ダーツをする時ももっと余裕を持って投げているのかと思った。
現に1回戦での羽村さんとの試合では余裕を見せていたので、そのようなダーツのスタイルだと思っていたがどうやら俺は大きな勘違いをしていたようだ。
「あいつ見た目はあんな感じだけど、ダーツに関しては真面目だからな」
「それはわかります。柏木さんよりも真剣に取り組んでいるように見えますよね」
「確かに」
「それはどういうことだよ」
俺達が笑っている間に上村さんはダーツの矢を構え、3投目を投げる。
その1投は20のトリプルに当たり、柚子ちゃんの陣地を塞いだ。
「柚子ちゃんの陣地が‥‥‥‥」
「よしっ、これであのロリ可愛い子の陣地を塞いだ」
「でも40対19で得点は柚子ちゃんの方が上ですから。まだわかりません」
「どうかな、健一。ここからが勝負だぞ」
柏木さんは不適な笑みで俺のことを見る。
柚子ちゃんをロリ可愛いと言う変態だと思うと、思わず警察に通報したくなってくるのが不思議だ。
「次は柚子ちゃんの番か」
「相変わらずロリ可愛いな」
「俺は雪菜ちゃんの方が好みなんだが‥‥‥‥」
俺の隣でダメな意見を述べる大学生達を無視し、俺は柚子ちゃんの方を注視する。
柚子ちゃんはスローイングラインにつくと間髪いれず、ダーツの矢を投げる。
柚子ちゃんが投げた矢は19のダブルに当たった。
「柚子ちゃんにしては無難に当ててきたな」
戸田さんはそんな感想を抱く中、柚子ちゃんの2投目は19のシングルに当たる。
そして3投目は17のシングルに当たった。
「柚子ちゃんのダーツは悪くはないんだよな」
「対戦相手が雪菜なら、このダーツでも問題ないんですけど。相手が上村さんだと考えると結構まずいんですよね」
さり気に雪菜を貶しつつ、柚子ちゃんの話をした。
決して悪くはないダーツをしているが、対戦相手は上村さんである。
このほんのわずかの隙を彼女は埋めてくるのだろう。
そんな上村さんはスローイングラインに立つと、再び胸に手を置き深呼吸をする。
「千佳は相変わらず大人っぽいな」
「あぁ、俺もあの胸にうずくまりたい」
「俺はうずくまったことあるぜ」
「何だと柏木? どんな感触だったか後で詳しく聞かせろ」
俺が本当にダメな大学生達を虫けらのように眺めている間に、上村さんはダーツの矢を投げる。
1投目は17のトリプル、2投目は18のトリプル、3投目が16のトリプルとWHITE HORSE。
このラウンドで上村さんの力の一端を見た気がする。
「柚子ちゃん」
こうなってくると柚子ちゃんのメンタルが心配になる。
だが、俺の心配をよそにスローイングラインに向かう柚子ちゃんの表情にあせりの様子はない。
むしろ上村さんとの戦いを楽しんでいるようにも見える。
「柚子ちゃんが投げるぞ」
柚子ちゃんの投げたダーツは15のトリプルに当たる。
続いての2投目も15のトリプル、3投目も15のシングルに当たりこのラウンドは終わった。
「100対19で柚子ちゃんがリードか」
「そうですね。点数上では柚子ちゃんが勝っています」
「でも、あのロリ可愛い子の陣地って15のシングルだけだろ? あそこさえ塞げば‥‥‥‥」
柏木さんがしゃべっている間に、上村さんは15のトリプルにダーツの矢を入れ柚子ちゃんの陣地を塞いだ。
その後はインブル1本、アウトブル1本入れBULLも塞ぐ。
「うわっ、柏木えぐっ」
「これで柚子ちゃんはどれだけ早く、上村さんの陣地を塞げるかですね」
もう柚子ちゃんの陣地が1つもなく、逆に上村さんは20と17と15以外の全ての陣地を持っている。
点数上では柚子ちゃんが勝っているが、陣地を全て上村さんに取られているため点数が柚子ちゃんには入らない。
なので柚子ちゃんに出来ることといえば上村さんの陣地を潰すこと以外ない。
逆に言えば上村さんの全ての陣地をつぶすことが出来れば2Legを取ることができる。
「この状況を例えるなら、ダーツで鬼ごっこをしているようなものです」
「逃げる柚子ちゃんに追いかける上村って所か」
「俺はむしろ千佳に捕まりたいけどな」
俺の横にいる色ボケ男はおいておいて、このシーソーゲームの行く末を見守ることにする。
幸い上村さんが得点を入れなかったので、まだ柚子ちゃんにも正気はあると俺は思っていた。
その柚子ちゃんがスローイングラインにつき投げた1投は19のトリプルを捕らえる。
その後、一息おき一瞬だが柚子ちゃんが俺の方へ視線を向けた気がした。
「健一は本当にあの姉妹から信頼されてるんだな」
そんな軽口を戸田さんは言いながら悔しそうに俺を見る。
別に柚子ちゃんや雪菜は俺を信頼しているわけではないと思う。
多分俺達外野がうるさいから視線で黙れといっているだけだろう。
「お前はわかってないな」
戸田さんがため息をつくと同時に柚子ちゃんは2投目を投げた。
2投目は16のトリプルで3投目は18のシングル。
これで柚子ちゃんは16と19の陣地は塞いだ。
「これで上村の陣地は18とBULLだけか」
「正直言ってかなりまずいです」
ここから柚子ちゃんの悪い流れが続く。
上村さんの1投目はインブルに入り、合計50点を取り柚子ちゃんとの点差を31点まで縮めた。
「これは千佳の勝ちだな」
「まだ試合は終わってません」
だが、この後は柏木さんの予想とおりの展開となる。
上村さんの2投目が18のトリプルを入れた時点で100対123となり、2Legは上村さんが勝った。
さすがにこの上村さんの勝利は俺の予想外でもあったので、柚子ちゃんのほうに視線を移す。
「柚子ちゃんは大丈夫そうだな」
「えぇ、本当にすごいです」
柚子ちゃんは待機場所で、上村さんの1投を見届けた後軽いため息を吐き真っ直ぐと前を見つめる。
それは3Legの試合を見据えた柚子ちゃんらしい表情でもあった。
「それがわかったならさっさと3Leg の準備をしろ。時間が押してるぞ」
「はい」
戸田さんに発破をかけられたことを癪に思いつつ俺はマイクを握る。
辺りを見ると男子の準決勝第2戦も終わり、多くの観客が2人の試合を見つめていた。
大勢の観衆がハイレベルの試合を見つめる中、俺は次の試合の説明を始めた。
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