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今回は柚子視点から始まります
「柚子のお姉さん勝ちあがりましたよ。すごいです」
茜ちゃんがお姉ちゃんのことを称えているのはうれしいが、あたしは内心ほっとしていた。
お姉ちゃんなら準決勝は突破するとは思っていたが、途中まで本当にハラハラする展開で内心ドキドキしっぱなしだ。
この大会が始まる前に2人で約束したことを果たすためにも、お互いこんな所で絶対に負けちゃいけない。
「次は柚子の番だな。あんなケバい年増なんか柚子の敵じゃないって」
「もう、年増とは失礼ね。これでも一応ピチピチの19歳なんだけど」
私達の横から現れたのは次の対戦相手でもある上村という女性である。
試合前お兄ちゃんを誘惑したりとはたから見たら私が苦手なギャルっぽい人だが、さっきの試合を見た限りダーツの腕は今回の参加者の中で1、2を争う実力だと思う。
「あっ、でも中学生から見たら大学生はもうおばさんに見えるよね。私も昔はそう思ってたから、その気持ちはよくわかるかも」
「そういえば柚子の次の対戦相手は上村お姉さんですよね?」
「まぁ、お姉さんなんてうれしいこと言ってくれるじゃない。確か羽村茜さんだっけ? さっき私と対戦した?」
「茜で大丈夫ですよ。その代わり私は上村お姉さんとお呼びしてもいいですか?」
「もう、そんなかしこまらないでよ茜ちゃん。私のことは千佳でいいわよ」
「それでは千佳お姉さんでお願いします」
「もう、本当に茜ちゃんは可愛いわね。抱きしめてあげたい」
「ふぇぇぇぇぇぇ」
上村お姉さんは茜ちゃんを抱きしめると頬ずりを始めた。
抱きつかれた茜ちゃんも驚いてはいるが、あまり嫌がっていないように見える。
こんな誰とでも話せるコミュニケーション能力が私にはうらやましい。
そうすればもっとお兄ちゃんとだって上手く話すことが出来るのに。
「そういえば千佳お姉さんはどうしてこっちにきたんですか?」
「そうだ。対戦相手に挨拶しておこうと思って」
「柚子?」
上村お姉さんは抱きしめていた茜ちゃんを解放すると私に向き直る。
どうやら上村お姉さんは私に会いに来たみたいである。
だけど何故上村お姉さんが私に会いにきたのかがわからない。
次の試合では敵同士なのに。
「うん、貴方のことも健一君と一緒に聞いてたから。是非1度こうしてお話してみたいと思って」
「お兄ちゃんと?」
「そう、戸田君からね」
どうやら上村お姉さんは戸田お兄ちゃんから私のことを聞いたらしい。
だがお兄ちゃんならともかく、どうして私にそこまで興味を持つのか理由が全くわからなかった。
「戸田君の話だとね、ロリータコンプレックスの健一君がとっても可愛い女の子をゲームセンターで拉致して、自分のバイト先でダーツを教えているって聞いたから」
上村お姉さんの言ってることは大体あっている。
拉致とかいう難しい単語は柚子には詳しくわからないが、たぶん案内するのと同義語だと思っておく。
「それに健一君が入れ込んで、戸田君も目を細める程上手いって聞いていたから。お姉さんも柚子ちゃんとの対戦を楽しみにしてたの」
「お兄ちゃんのこと知ってるの?」
「うん。私の彼氏が健一君のことべた褒めしてたからよく知ってる」
こうして目の前で楽しそうにお兄ちゃんのことを話している限り、悪い人には見えない。
ただ、お兄ちゃんの名前をこの人の口から聞くたびに時々むっとしてしまう。
それがどういう感情なのか今の私にはわからない。
「私の彼氏は健一君に全く勝てなかったらしいからね。当初は出る気がなかったけどその弟子にリベンジしようと思って、今回の大会も申し込んだの」
「柚子負けない」
「えぇ、私も負ける気はないわ。お互い良い勝負をしましょう」
そういい、私は上村お姉さんから差し出された手を取り握手をする。
握手をすると満足げな顔をし、上村お姉さんは私より先に待機場所へと向かっていく。
「上村お姉さん」
「何? 柚子ちゃん」
私は待機場所に行く前に上村お姉さんに聞かなくちゃいけないことがある。
ダーツの試合前にこれだけは聞いておかないと気になって試合に集中ができない。
「ロリータコンプレックスって何?」
「それは後で健一君に聞いてみるといいわ。詳しく説明してくれると思うから」
「わかった」
上村お姉さんはそれだけ言うと再び待機場所へと歩いていく。
この時私は後でお兄ちゃんからロリータコンプレックスについて詳しく聞こうと決意した。
☆★
「わかった」
柚子ちゃんと上村さんが何やら話しているがこちらからはその話は聞き取れない。
最後に柚子ちゃんが言った『わかった』がかろうじて聞き取れたぐらいだ。
「次は上村の試合か」
「そして柚子ちゃんの出番です」
準決勝第2試合の準備も終わり、いよいよ柚子ちゃんの出番である。
相手の上村さんは強敵だが、今の柚子ちゃんならやってくれると俺は思っている。
「そういえば戸田さんって上村さんのことについて何か知ってるんですか?」
「それが俺もあいつのことはよくわからん。柏木の彼女ってこと以外は何も知らない」
「俺のこと呼んだ?」
俺と戸田さんの間からぬっと首だけ出す柏木さんのことを見て俺は驚く。
「いつの間に来てたんですか?」
「さっきだよ。丁度準決勝終わったし、千佳の試合が始まるって聞いたからこっちに来たんだよ」
柏木さんは首をひっこめ、俺の隣に移動するとウキウキ気分で俺達に話しかけてくる。
そんな柏木さんのことを戸田さんはうっとうしそうに見ていた。
「どうせお前のことだから決勝にいったんだろ?」
「そうなんだよ。今年は健一と翔太が出てないから本当に楽だわ。お前らがいると確実に準決勝までで終わるからな」
去年までの大会は確かに毎年俺と戸田さんが決勝で戦っていた気がする。
あまりにも毎年決勝カードが同じ顔ぶれなので、クリスマスの大会前には『打倒翔太』や『打倒健一』というフレーズがはやっていた。
それでも俺達はこのクリスマスに開かれる大会に関しては取りこぼしがないのだから、当時はよく頑張っていたんだと思う。
「それよりも健一、お前はいつの間に高校デビューしたんだ?」
「何の話をしてるのか俺には全くわからないんですが?」
「惚けるなよ。さっきお前にジュースを届けたあのロリ可愛い子はお前の彼女か?」
「ロリ可愛いって何をふざけたことを言ってるんですか。柚子ちゃんのこと気安く呼ぶなんてぶち殺しますよ」
俺は本気で睨みつけるが柏木さんは揺るがない。
てか決勝戦が残ってるならさっさと男子の方へ戻って対戦相手の研究でもしていてほしい。
本当にこの人は優勝する気があるのだろうか。
「柏木、それは間違ってるぞ」
隣で戸田さんは即座に柏木さんの意見を否定する。
なんだかんだ普段はおちゃらけているがこういう所で誤解を解いてくれる所は、さすが俺の兄貴分と言える。
「柚子ちゃんは確かにロリ可愛いが、こいつは雪菜ちゃんという本妻もいるからな。一概にどちらが彼女かは俺達には決められない」
「まさかお前‥‥‥‥2又かけてるのか? 俺ですらしたことないのに。お前本当に変わっちまったな」
柏木さんが嘆く中、俺の隣にいる戸田さんはしてやったり顔である。
いつもやられてるからってこんな所で仕返ししなくてもいいだろう。
これは後で佐伯さんに報告しないと。
『ロリ可愛い』発言のことを言えば、戸田さんが佐伯さんに粛清されることは間違いない。
そのことを考えるだけで、今から戸田さんが佐伯さんに粛清されている様子が目に浮かぶ。
「それよりもそろそろ準決勝が始まるのであっちに行って下さい」
「えぇ~~、戸田だってここにいるんだから別にいいじゃん」
「確かにそうだな。別にいいんじゃないか? 健一」
「わかりました。その代わり絶対に俺の邪魔をしないで下さいよ」
俺は渋々柏木さんにそう言うと、彼はにやりと笑いその場にとどまった。
少々不気味に思いながらも俺は試合開始の宣言をする。
「それではこれから準決勝第2試合を始めたいと思います。名前の呼ばれた方は前の方に来てください」
俺が名前を呼ぶと柚子ちゃんと上村さんの2人が前へと出てくる。
柚子ちゃんは見たところ緊張した様子もなく落ち着いている。
これなら絶対にさっきの雪菜みたいにはならないと確信が持てた。
「もしかしてそこにいるのって裕也? やだ、私の活躍をわざわざ見に来てくれたの?」
「そうだよ。お前が決勝に行くと俺は信じてるぜ」
「もう、裕也ったら」
いつの間にか柏木さんと上村さんは抱き合って2人だけの世界に入っている。
戸田さんも含めて周りの人達はその光景を見て、何やらひそひそと話していた。
「ごほん‥‥‥‥試合中にいちゃつくのは止めてください」
俺が注意すると先程まで抱き合っていた2人は名残惜しそうに離れた。
店内の風紀が乱れなくて俺としては一安心である。
「健一、少しぐらいいいだろう?」
「そうよ。恋人同士の営みを少しぐらいしてもいいじゃない」
そんなことさせるかよ。
2人共抱き合ったまま注意せずに放っといたら確実にキスしてただろ。
ていうかこんな大勢の人が見ている中でキスするなんて、この人達頭がおかしいんじゃないか。
「全く、リア充なんて爆発すればいいんです」
「おい、健一。そのセリフは今のお前が言っても全く説得力がないぞ」
戸田さんが苦笑いするが、俺には何で彼がそんな表情をするのか全く理解できない。
俺は誰がどう見ても非リア充の方なのに、この人は何を言っているのだろうか。
「それではコークを行いますので、遠野柚子さんスローイングラインの方へお願いします」
俺がマイクを持って指示をすると、柚子ちゃんはスローイングラインの方へと歩いていく。
柚子ちゃんは小さい歩幅でテクテクと自信満々でやる気に満ちている。
これなら柚子ちゃんは大丈夫だ。
「あのロリ可愛い子、遠野っていうんだ。んっ? 遠野ってもう1人いなかったか?」
「柏木が言ってるのは雪菜ちゃんのことだろ? 遠野雪菜。さっき決勝戦に進出したのはあの子の姉だ」
戸田さんが雪菜の方を指差すと、その方向を見た柏木さんは驚いた表情を見せる。
「何あの子、激可愛いじゃん。あのちょっと静かそうな雰囲気とか超タイプ。翔太、後で紹介してくんない?」
「それは別にいいが‥‥‥‥」
「続いて上村千佳さんお願いします」
俺が戸田さんの声をさえぎるように、マイクで上村さんの名前をコールする。
柚子ちゃんのときもそうだが、他の人から雪菜のことを褒められた時も胸がズキッとすることがある。
これがいまだに俺にとってどのような意味を持つのかはわかっていない。
「まぁ、そういうことだからあきらめてくれ」
「このリア充め」
俺の両隣から出る怨嗟の声は無視して俺は上村さんのスローイングを見る。
先程の柚子ちゃんの1投はインブルに決まり、1ゲーム目の先攻はほぼ柚子ちゃんに決まったようなものである。
この上村さんの1投を見るまでは俺もそう思っていた。
『おぉ~~~~~~』
周りのお客さんが騒ぐ中、俺も目を見開いて驚く。
上村さんのダーツの矢もインブルに入っていて、俺の場所からはどちらが内側に入っているか全くわからない。
これは近くに行って調べるしかない。
「すいません。少しお待ち下さい」
俺はダーツ台の方へ歩いていき、インブルに入った2つの矢を確認する。
よくよく見てみると上村さんの矢の方が柚子ちゃんより1ビット内側に入っているように見えた。
「コークの結果、上村千佳さんの先攻でゲームを行います」
俺はダーツの矢を取るとそれを上村さんと柚子ちゃんに返す。
ここで俺が気になったのは柚子ちゃんのメンタルである。
インブルに入れるという最高の形でコークを終わらせたのに、相手の方がさらに上を行くという不測の事態。
しかもこの現象が偶然ではなく、狙って入れたものだということは柚子ちゃんも理解は出来ているはず。
だからこそ試合前に強すぎる相手に対して心が折れていないか、それだけが心配であった。
「大丈夫」
柚子ちゃんは困り顔の俺に一言そうつぶやく。
「絶対勝つから」
俺が振り向くと俺にだけ聞こえる声で柚子ちゃんはそう話す。
どうやら俺が考えているよりも柚子ちゃんのメンタルは強かったらしい。
柚子ちゃんの表情は落ち着いていて、その表情からは余裕すら伺えた。
「頑張って、応援してるから」
俺も柚子ちゃんにしか聞こえないぐらいの声でそうつぶやき、戸田さん達の所へ戻る。
「全く、本当にやけちゃうわ。あなた達の方こそいちゃついてるじゃない」
戸田さん達の方へ戻る際、柚子ちゃんの隣にいた上村さんがぼそっとそんな事を言っていたが、無視して俺は待機場所へと戻る。
「健一。今上村が何か言ってたがお前何をした?」
「何もしてませんよ。戸田さんの勘違いです」
俺は首をかしげている戸田さんを尻目にマイクを持つ。
きっと柚子ちゃんなら上村さんという得体の知れない相手にも勝利してくれると俺は信じている。
「それでは準決勝第2戦を始めます」
俺の合図と共に上村さんがスローイングラインにつき、準決勝第2試合の幕が開いた。
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