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「501か。健一、ちなみにだが雪菜ちゃんは01系統ってどのくらいの強さなんだ?」
「この前柚子ちゃんにハンデつきで勝負してもらって、完敗してました」
「柚子ちゃんにハンデつきで完敗か。それは中々だな」
「ちなみにその後柚子ちゃんに『お姉ちゃん弱すぎ』って言われていじけてしまい、立ち直らせるのに苦労した覚えがあります。佐伯さんがいなかったらどうなっていたか‥‥‥‥」
「ははははは、そりゃあ面白い。そこまでということは雪菜ちゃんは相当不利な戦いを強いられるってわけか」
戸田さんは不敵な笑みを浮かべながら宮永さんの1ラウンド目を見守っている。
「何を感心してるんですか。大事な大会で自分の不得意種目をわざわざ選ぶなんて前代未聞ですよ。少なくとも俺はそんなことをしている人を見たことがありません」
「いるだろう。少なくとも俺は1人知っている」
「そりゃ、俺達の目の前にそんなことする奴がいるんだから‥‥‥‥」
「違う。雪菜ちゃん以外でそんな事をする馬鹿を俺は1人知ってるってことだ」
戸田さんはそんな事を言うが本当にいるのだろうか。
少なくとも俺はそんな事をする馬鹿の存在を知らない。
「自覚なしか。お前はもう少し利口だと思ったんだけどな」
「おつむの弱い戸田さんに言われるなんて、その人は本当に終わりですね」
「少なくとも自覚がないお前よりはましだ。後俺はおつむは決して弱くないぞ」
戸田さんは虚勢を張るが、この人のおつむは確実に俺より弱い。
それは中学時代から戸田さんを見ている俺が1番よく知っている。
「じゃあ、高校時代テスト期間の度に店で佐伯さんに勉強を教えてもらっていたのは誰でしたっけ?」
「あれはギブアンドテイクって奴だ。佐伯ちゃんも楽しそうにやってただろ?」
「俺には常に眉間に皺を寄せて、戸田さんを罵っていた佐伯さんしか覚えがないんですけどね」
あの時の佐伯さんがピリピリしていたのは今でも覚えている。
他校の生徒だった戸田さんの勉強を見ている佐伯さんはあからさまにイライラしていた。
あの時は俺も出来るだけ戸田さん達に近づかないように気を遣ってダーツをし、お前も勉強しろと叔父さんに怒られていた気がする。
「そのことはおいておけ。それよりも今の雪菜ちゃんってお前にそっくりだぞ」
「はい?」
俺は戸田さんの指摘に対して、思わず声が上ずってしまう。
「俺と雪菜が似てる? 冗談は顔だけにしてくださいよ」
「この状況で冗談とか言うわけないだろ。後顔だけ冗談とか止めろ。この前佐伯ちゃんにつけられた傷をえぐるきか」
戸田さんの佐伯さんに付けられた傷のことはさておき、彼の言葉は冗談にしか聞こえない。
俺ならわざわざ自分の不得意な分野で勝負をしようとしない。
少なくとも条件が5分じゃなきゃそんな選択は絶対にしないと断言できる。
「お前だってさっき、雪菜ちゃんと同じ事俺にしてたじゃん」
「あれは俺が先攻っていうハンデつきだったからできたことです。先攻じゃなかったらあんなことはしませんよ」
「まぁ、お前がそう言うのなら別にいい。それよりも飛鳥ちゃんが投げるぞ」
戸田さんは鼻を鳴らし、宮永さんの方を見る。
俺も不機嫌な表情で宮永さんの方を見ると、丁度彼女はスローイングラインに立ちダーツを投げる所であった。
狙いを定めて投げた宮永さんの1投目は、見事にBULLに命中する。
一息間をおいて投げた2投目は19のシングルだが、3投目はBULLに当たってLOWTONを取る。
これで宮永さんの残り点数は382点で、雪菜にプレッシャーをかけた。
「さすが飛鳥ちゃんだ。この勝負はもらったかな」
「まだわからないですよ。雪菜も501を選んだのには何か理由があるはずですから」
俺が雪菜の様子を見ると彼女は唖然とした表情で宮永さんのダーツを見守っていた。
その表情に俺はその場で思わずずっこけてしまう。
「って何も考えてないのかよ。あいつは馬鹿か」
「そういう所もお前によく似てるよな」
隣で笑っている戸田さんが失礼なことを言っているが無視をして、スローイングラインへと歩いていく雪菜の様子を見る。
雪菜はスローイングラインにつくと深呼吸をし、ゆっくりと的に向かって矢を構える。
「健一、お前落ち着いたらどうだ?」
「俺は十分落ち着いています」
「そういいつつ、貧乏揺すりしてるのはどこの誰だよ」
俺が戸田さんを睨みつけている間に雪菜がダーツを投げる。
その第1投は11のシングルで2投目が1のシングル。
そして3投目が3のトリプルと全くBULLに当たる気配がない。
「雪菜ちゃん大丈夫か?」
「‥‥‥‥‥‥‥‥俺は知りません」
眉間を指で押さえながら、思わずため息をつく。
はたから見れば明らかな失敗で、誰がどう見てもこの勝負は宮永さんに軍配が上がったと思う。
だが、これだけの失態を犯してもスローイングラインから戻ってくる雪菜の目は死んでいない。
あの目をしている雪菜は絶対に何かをたくらんでいる。
まぁ、大抵の場合雪菜は何かをたくらんでいる時はろくな結果になったことはないけど。
その次のラウンドは宮永さんの1投目と2投目が15のシングルと16のシングルに当たり、3投目はBULLに当たる好調ぶりを見せた。
対する雪菜は18のダブルに当たった以外は1のトリプルと4のトリプルに当たり調子が一向に上がらない。
これで宮永さんが残り点数301に対して雪菜は429。
その差は縮まるどころか開くばかりであるが、なんとなく雪菜の考えはわかってきた。
「なぁ、健一? 俺はいまいち雪菜ちゃんの狙いがわからないんだけど、お前はわかるか?」
「なんとなく。ただ、戸田さんには絶対に理解できないと思います」
「何だよそれ? 俺にも教えてくれよ」
戸田さんは俺の肩をガクガクと揺さぶるが、俺も確証があって話しているわけではない。
ただ、時々荒唐無稽なことを考える雪菜のことだからあそこを確実に狙っているとは思う。
「宮永さんが投げますよ。早く見てください」
3ラウンド目に入っても宮永さんは相変わらず冴えている。
2投目は3のシングルに当たるが、1投目と3投目はBULLに当たる好調ぶり。
1Legの9ラウンド目以降、好調をキープしており抜け目がない。
残り点数も198点とほぼ宮永さんの勝ちは決まったようなものである。
「これで勝負は決まったかな?」
「まだ決まってませんよ。雪菜がこのラウンドで結果を残せればまだわかりません」
「わからないといっても点数もかなりの差がついてるんだから無理に決まって‥‥‥‥」
『おぉ~~~~~~』
「何だ?」
「どうやら間に合ったみたいです」
周りのギャラリーが歓声を上げたほうを俺は見る。
そこには俺が想像していた光景が広がっていた。
「おいおい。冗談だろ?」
「冗談じゃないですよ。多分雪菜はこれを狙ってたんです」
俺はダーツ盤に刺さっている矢を見ながら戸田さんに微笑みかける。
ダーツ盤には20のトリプルに2本の矢が刺さっており、もう1本の矢は20のダブルに刺さっている。
合計160点で残り点数も269点となり、これで宮永さんの点数にかなり近づいた。
「HIGH TONってお前プロでも中々でないぞ。それを雪菜ちゃんは狙ったのかよ?」
「多分狙っていたと思います。そうじゃないとこのラウンドより前の失投の説明がつきませんから」
雪菜が2ラウンド前に放った矢は11のシングルに1のシングル、それと3のトリプル。
その前が18のダブルに1と4のトリプル。
その全てが明らかに20のゾーンを狙って投げられている。
「でも、効率が悪いだろ? 20のトリプルに入れるより、明らかにBULLを狙った方が点が稼げる」
「元々雪菜はBULLに入れるのがあまり得意ではないので、20を狙ったんじゃないですか?」
雪菜が01系統が苦手なのは、柚子ちゃんと違ってBULLを狙うのが苦手という理由がある。
HAT TRICKを苦もなく決める柚子ちゃんと違って、雪菜はLOW TONを出すのが精一杯でBULLに入らないこともざらである。
だったらSTANDARD CRICKETの時によく決めている20のトリプルを狙っていても不思議ではない。
「ソフトダーツのルールなのに20のトリプルを狙うとは、俺にはその考えが理解できない」
「それは俺も同じです。今回もどうせ20のトリプルの方が点数が多く入るとか思って投げてたんじゃないですか? 本当に心臓に悪いダーツです」
俺が深いため息をついている横で、戸田さんはあきれ果てた目で俺を見つめる。
何故そんな風に見つめられるのか俺にはわからない。
「弟子は師匠に似るとはよく言うが、お前にまるっきりそっくりじゃないか雪菜ちゃん。もうお前達結婚しちまえよ」
「はっ? どこが似てるんですか。俺の冷静でクレバーなダーツとあんな大博打のギャンブルダーツを一緒にしないで下さい」
「冷静でクレバーなダーツをするやつが自分の得意な種目を捨てて、勝負することは俺はないと思うけどな」
「俺はちゃんと勝算があって挑んだんですよ。あれと一緒にしないで下さい」
「俺に負けている時点であのダーツとお前のダーツは一緒だ。このハーレム野郎」
「俺のどこがハーレムなんですか? 理由を‥‥‥‥」
『あぁ~~』
観客のため息と共にダーツ盤を見ると、宮永さんのダーツの矢が既にダーツ盤に刺さっていた。
1本BULLに入れた以外は19のシングルと7のシングルに入っている。
「宮永さん乱れましたね」
「あぁ、これで雪菜ちゃんがしとめるようなことがあればまだわからないぞ」
宮永さんの残り点数は122点となり、十分逆転可能な点数になった。
その宮永さんとは入れ替わりに雪菜がスローイングラインに立ちダーツを投げる。
雪菜の顔は自信に満ちており、先程とは全然違う。
その1投目が20のトリプルに辺り、2投目も同じ軌道で20のトリプルに当たった。
「おいおい‥‥‥‥マジかよ」
戸田さんは開いた口が塞がらないようである。
普段の雪菜なら確かにこんなことは出来ないが、雪菜はこの大会に向けしっかりと練習を積んできた。
毎日努力してきた雪菜なら、絶対に決めると確信が持てる。
「おい、雪菜ちゃんの3投目」
「そうですね」
3投目、20のトリプルに矢が入るのを見届け目を伏せると、俺は雪菜のことを心の中で静かに称える。
一方宮永さんはというと驚きつつも、親友の素晴らしいダーツを賞賛しているように見えた。
その雪菜を賞賛していた宮永さんが、戻ってきた雪菜に何か声をかけている。
「えっと、ということはつまり、どうなんだ?」
「雪菜の残り点数は89点です。宮永さんの残り点数を上回りました」
「でも、まだ終わっていない。これで飛鳥ちゃんが決めれば飛鳥ちゃんの勝利だ。
確かに戸田さんの言う通り宮永さんが残り122点なので、このラウンドで決着をつけようと思えばつけられる。
ただ自分の思った所、特に20~15のSTANDARD CRICKETで使用している所以外を狙って入れるのは、よっぽど練習していないと上手くはいかない。
ここが宮永さんの正念場でもある。
「飛鳥ちゃんは122点だからBULL1本に18のシングルとトリプルで上がりって所か」
「俺ならBULL2本に11のダブルで決めますけど」
「それはお前だからだろ? さすがに飛鳥ちゃんにはSTANDARD CRICKETの延長線上で教えてるからそれはない」
戸田さんも緊張の面持ちで宮永さんの方を見る。
彼女が投げた1投目はBULLに命中。
戸田さんの言っている通りとなった。
「よしよし、次は18のシングルだ」
戸田さんが見つめる中、宮永さんの2投目は13のシングル。
残り点数が59となり、このラウンドで上がるのが絶望的となった。
「あぁ~~おしい。もう少しで上がりなのに」
隣の戸田さんはすごく悔しがっている。
その後、3投目は3のシングルにあて、残り点数が56。十分次のラウンドで上がることが出来る。
「このラウンドで上がれなかったのは痛いな」
「そうですね。まぁ、今の雪菜の調子なら問題はないでしょう」
雪菜の残り点数は89点でBULL1本に13のトリプルできれいに上がれる。
今の雪菜ならなんでもないはずである。
ただ、俺はこの時何かを見落としてるような気がした。
「雪菜ちゃん全く緊張しているそぶりが見えないな。これはやばいかも」
「たぶんこれは雪菜が勝つでしょう。今の雪菜なら大丈夫なはず」
肩の力が抜けていて、いつも通り楽しそうにスローイングラインに立つ雪菜。
雪菜にはプレッシャーは殆どないはずなのでこれはいける。
力の抜けた雪菜の1投目は何故かわからないが13のトリプル。
しかしこれで残りはBULLだけである。
「終わった」
隣の戸田さんは既にあきらめムードである。
俺も雪菜の勝利をこの時確信していた。
この雪菜の1投を見るまでは。
「あっ」
「はっ?」
見ている俺達はあっけに取られてしまう。
待機場所で待っている宮永さんはおろか、観客まで唖然とした表情で雪菜の2投目を見ていた。
ダーツの筐体にはBURSTという文字が浮かんでおり、矢は20のトリプルに入っている。
雪菜の表情はこちらからは見えないが、首筋から1滴の汗が流れ落ちるのがわかった。
「やった。まだチャンスがあるぞ。飛鳥ちゃん」
「あいつ、何やってるんだよ」
俺は忘れていた。
いつもの雪菜ということはこのようなポカミスをやらかすのもいつもの雪菜だ。
とうの雪菜といえば、俺と視線を合わせないようにそそくさと待機場所に帰っていた。
「悪いな健一。この勝負は俺の弟子がもらった」
俺は不機嫌そうに戸田さんを見ることしか出来ない。
宮永さんの残り点数は56点、このチャンスをものにすれば宮永さんの勝利である。
このラウンドを無難にこなし宮永さんの勝利のはずだったが、俺はまたしてもありえない光景を見る。
「おい、飛鳥ちゃんの1投目」
「失投でしょうね。そうでなければ19のトリプルになんか行かないでしょうから」
宮永さんの2投目は見事に19のトリプルに刺さり、こちらもBURST。
先程までのレベルの高い戦いはどこへ行ってしまったのだろう。
「まぁ、これで今度こそ雪菜の勝利‥‥‥‥っておい」
続いて出てきた雪菜は今度は点数が足らず、残り点数が26点となる。
どちらも中々決められない。
「なぁ、健一。この勝負どっちが勝つと思う?」
「聞かないで下さい。考えたくもないし、知りたくもありません」
眉間に皺をよせあきれ果てる俺と戸田さんは、このやり取りを後2ラウンド見ることになる。
結局この試合は雪菜が勝ち、決勝進出を果たす。
先程迄のレベルの高い戦いはどこいったんだよと俺は途中で悲鳴を上げそうになるが、なんとかこらえた。
勝利直後俺の方に向かってうれしそうな表情を見せる雪菜に対してきつい視線を送ると、雪菜は苦笑いを浮かべ柚子ちゃんの試合が始まる迄の間へこんでいた。
ご覧いただきありがとうございます。
感想をいただければうれしいです。
これで準決勝1試合目は終了です。
ダーツの試合を書いていてあまりにもテンポが悪いので、次の試合はもう少しテンポを上げようかなとか考えています。
大会編がこの後も続きますが、もう少しだけお付き合い下さい。




