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「はぁ、負けちゃったか」
ゲームが終わった瞬間、戸田さんはスローイングラインで控えめなガッツポーズを見せる。
結果的に最後の戸田さんのラウンドは本人の有言通りの結果となった。
ブル2つに20のダブル。
俺が狙った所に矢が入らなかったのに対して、戸田さんはきっちり決めてきた。
今回の対戦では改めて戸田さんにプロとアマチュアの差をまざまざと見せ付けられた気がする。
「まぁ、俺の方が1枚上手だったってとこかな」
勝利した戸田さんはゆっくりと俺のいるテーブルの方へと戻ってくる。
戻ってくるやいなや大きく息を吐くと先程とは違い、すっきりした表情で俺に話しかけてきた。
「お前もよくやったよ。正直あのSTANDARD CRICKETを取られた時はもうダメだと思ってた」
「それなら3Leg目はSTANDARD CRICKETにすればよかったですね」
「それは言わない約束だろうが」
俺と戸田さんはお互いに顔を見合わせて、健闘を称えあう。
周りからも「よくやったぞ」とか「2人共最高だ」等の賞賛の声が聞こえてくる。
どうやら試合を見ていてくれた人達も俺と戸田さんの対戦に満足してくれているみたいだった。
「今回のスペシャルマッチは戸田プロの勝利となります」
叔父さんがお客さん達に試合の結果を告げると会場のどこからともなく拍手が沸き起こる。
その拍手とお客さん達から上がる歓声が今の俺には妙にうれしかった。
「では、引き続き大会の方に移らせていただきます。女子の方は‥‥」
叔父さんが大会の説明を始めたのと同時に俺はテーブルの前で脱力する。
今はただ、このすっきりとした言いようもない気持ちよさを堪能していたい。
叔父さんが説明を終えた所で、カウンターから抜け出した佐伯さんが急いで俺の方へ寄ってきた。
その顔はどこか不機嫌なように見える。
「健一、女子の方の担当お前だろ。早く準備しろ」
「わかりました」
俺に言伝を言うと佐伯さんは男子の集合場所の方へと急ぎ足で向かう。
どうやら俺には先程の対戦の余韻を楽しむ時間すらないらしい。
俺も慌てて女子の集合場所の方へ向かい、大会の準備を始める。
女子の方は既に集合場所にたくさんの人が集まっていた。
「え~~すいません。俺が今回女子のトーナメントを担当をするものです。こちらで受付の方を始めますので順番にお並び下さい」
俺が受付を始めると受付の列に約2名の選手がまだ来ていないことに気づく。
まだ来ていない選手というのは俺もよく知っている2人だった。
「雪菜と柚子ちゃんがいない」
辺りを一通り見回すが、彼女達の姿は見当たらない。
すぐに試合が始まるというのに、2人共一体どこで油を売っているのだろうか。
2人が来たのは他の参加者の受付が終わった後、女子トーナメントのルールを話そうと考える直前だった。
「すいません。私達、ここにいます」
小気味のいい鐘の音と共に、店のドアの方から雪菜と柚子ちゃんが出てくるのが目に入った。
2人は急ぎ足で受付の方に歩いてくる。
「どうしたんだよ2人共? もう少しで受付の時間が終わる所だったんだぞ」
俺が小声で受付をする2人に話しかけると、雪菜はすねた様な表情を俺に向ける。
雪菜だけならいいが、柚子ちゃんと2人揃いも揃って同じ表情である。
「ごめん。ちょっと柚子と話してて」
「一体何を話してたんだよ」
そう言うと雪菜はそっぽを向いて俺から視線をそらす。
その表情は俺が言うまでもなく不機嫌な表情をしていた。
「大事な話」
「そう、私と柚子だけの大事な話」
「そう言われるとすごく気になるんだけど」
雪菜と柚子ちゃんの2人っきりの話し合い。
俺抜きの話し合いなんかしょっちゅうしているのに、この時だけは2人が何を話し合ったのかがすごく気になった。
「そういえば私達のことよりも健一君の方は大丈夫なの? 大会の進行?」
「やばっ」
気づくと男子の方では佐伯さんが男子の部のルール説明を始めていた。
男子と同時に試合を開始する予定なので、女子の方もルール説明を始めていないとまずい。
「わかった。その話は後で聞いてもいいよな」
「「うん」」
雪菜と柚子ちゃんがそう頷くと女子のトーナメント参加者の方へとまぎれていく。
2人が女子の大会参加者にまぎれたのを見届けてから俺はトーナメントの説明を始めた。
「遅くなってしまい申し訳ありません。それではルール説明の方を始めます」
こうして俺は女子の方の大会ルールを説明する。
女子の部のルールは501-STANDARD CRICKET-CHOICE。
全員ダーツの経験者だったことと先程の俺と戸田さんの試合を見ていたことで大まかなルールはわかってくれたと思っている。
「ここまでで何か質問ある方はいらっしゃいますか?」
「はぁ~~い」
けだるげに手を上げるのは先程カウンターの所で俺に絡んできた上村さんである。
上村さんが柏木さんの彼女なら少なからずダーツをしているはずなのでトーナメントのルールも熟知しているはずだ。
そんな彼女は一体何を質問するのだろうか。
「この試合の優勝者は、健一君のことを好き勝手に出来る権利が手に入るって本当ですか?」
上村さんの予想外の発言に俺は思わず噴出してしまう。
周りの人達も取り乱した俺を見て少なからず動揺をしている。
遠めで男子の方の説明をしている佐伯さんが同情したような視線を俺に向けているのがわかった。
「それはないです。優勝者にはちゃんと景品があるのでそちらの方を受け取ってもらいます」
俺は毅然とした態度でそのように言い返す。
上村さんは先程から得意げにそれでいて俺の顔を監察しているように見えた。
その顔は何を考えているのかよくわからない。
「他に大会に関することで何か質問ある人はいませんか?」
今度は誰も手を上げず静かになる。
「ないようなので第1試合を始めます。宮永飛鳥さんはから順番に‥‥」
こうして波乱に飛んだ女子のトーナメント戦は始まる。
俺は無事にトーナメントが終わることを祈るが、これだけ濃い面子が集まった中で行われる試合が無事に終わるわけはなかった。
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