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今回はいつもより長いです。
時刻は11時45分、柚子ちゃんのクラスは大勢のお客さんで賑わっていた。
俺が集客のために立てた作戦は大成功である。
「お兄ちゃん、人がいっぱい来た」
「やったね柚子ちゃん」
俺が柚子ちゃんとガッツポーズをしている傍ら羨望のまなざしとやたらしらけた両極端な視線が俺に向けられていた。
「お兄ちゃん、これはすごいです」
「いくらなんでもこれはなぁ」
羽村さんは尊敬のまなざしで興奮気味に話しかけてくるのに対して、水谷さんはどこかしっくりきていないみたいだ。
俺としては最高の作戦だっと思ったのだが水谷さんにとってはそんなことはないらしい。
「でもお客さんも大勢きて大成功だろ?」
「お客さんって殆ど家族連ればかりじゃねぇか」
水谷さんが不満に思っていることはどうやら店の客層らしい。
今柚子ちゃん達のクラスの出し物は大勢の家族連れのお客さんであふれかえっている。
この客層の原因は俺が立てた作戦にある。
俺が持ってきたベーゴマや面子は主に小さい子を連れた家族連れには有効な手段だと考えた。
父親世代は懐かしい遊びとして、小さい子供達にはゲーム等の映像機器以外の新たな遊びとして宣伝すれば親子連れのお客さんが来るのではないかという目論見である。
その辺を客層のターゲットとして朝からせっせとチラシを配った結果、ベーゴマ大会を目当てに予想以上の人数が集まった。
またこのクラスの内装もお祭りの雰囲気を味わうのに丁度いい作りになっているので、そのことも来場した人達の反響を呼んでいる。
これで後は口コミがクラス外に広がれば他のお客さんも来るだろう。
「それが狙いなんだからしょうがないじゃん」
「よくない。私は高校の格好いい先輩達がこぞってくると思っていたのに。私の純情を返せ」
「朱里、別にいいではないですか。それよりも立ち話をしていないで店の手伝いをしてください。人がいっぱい来ているんですから」
妙に機嫌がいい羽村さんは水谷さんを輪投げゾーンの方へと引っ張っていく。
水谷さんが引っ張られながらも何かを言っているがその言葉は聞かなかったことにする。
俺はというとベーゴマ大会は終わったのだが、いまだにベーゴマで遊ぶ子供達にやり方を教えていた。
元々中学時代に俺が父さんから拝借したベーゴマや面子を店でやっていたためやり方は熟知している。
当時はダーツで勝負がつかない時にはこれらのものを使ってよく勝負をしていたことを思い出す。
あまりにもやりすぎたため、途中で叔父さんが激怒して「店の裏でやれ」といったのが今も脳裏にある。
その時俺と戸田さんは裏に行き勝負の続きをしたため、店の客もその勝負を見届ける野次馬として殆ど店の裏に来てしまいお店に人がいなくなり、叔父さんがあきれていたのも付け加えておく。
ともかくこの作戦はうまくいったみたいだ。
他人のクラスだが集客に貢献できて本当によかった。
「お兄ちゃん、もう1度やってみて」
「いいよ、よく見ててね」
幼稚園に通っているぐらいの少女からベーゴマを預かり、俺はベーゴマの後ろに紐を巻き準備を整え、勢いよく紐を引っ張りベーゴマをまわす。
ベーゴマをまわすコツはコマの上面と地面が平行になるように、なるべく地面に近いところでまわすことである。
なるべく手首をひねらないようにするとベーゴマは素直にまわるので、ここさえ抑えとけば大丈夫。
現に俺がまわしたベーゴマはうまいこときれいに回っている。
「わぁ~~すご~~い」
コマが回っているのを見て周りにいる子供達から歓声が上がる。
子供達のはにかんだ笑顔はいつ見てもやっぱりいい。
この子達の無邪気な笑顔を見れただけでも文化祭に来てよかったと心から思う。
やっぱり高校生とかはダメだな。
純粋な心を持った幼稚園から小学生ぐらいの子供達の方が素直で可愛い。
「はぁ~~中学生ぐらいならまだしも高校生ぐらいだともうばばあだな」
「誰が大学生の女の子はばばあだって?」
「違いますよ。高校生以上の人がばばあであって大学生なんてもうとっくに旬は過ぎてるので、熟れてるというよりはむしろ腐ってきて‥‥‥‥って誰がそのことを言ったんだ?」
ゆっくりと後ろを振り向くとそこには見知った顔の人が俺の右肩を掴んで微笑んでいる。
キリッとした顔立ちに短いショートカットのお店ではなじみの人で、その人が俺の右肩の骨を砕く勢いで掴んでいる。
その姿は微笑んでいるにも関わらず俺は恐怖を感じた。
「佐伯さん? どうしてここに?」
「ちょっと雪菜ちゃん達から健一を捕獲してくれって頼まれててな‥‥‥‥それよりも今お前は私に向かってなんていった? 大学生の女の子はとっくの昔に旬は過ぎて腐ってるって?」
俺が周りを見渡すと大体1m感覚で人が遠ざかっている。
子供達もこちらのやり取りが見えていないような‥‥‥‥いや、見ない振りをして無邪気にベーゴマをまわし遊んでいる。
子供達は大人よりも感受性の強い生き物である。
多分彼らも佐伯さんの放つ怒気にあてられわざと見ないふりをしているのだろう。
「いや、でも熟しているのもいいものですよね。旬なものよりも熟れたもののほうが食べ物はおいしいですし」
「そうか、お前は熟していて腐ったものもしっかり食べるんだな?」
「いえ、それとこれとは話が別で‥‥」
佐伯さんは微笑んでいるがいかんせん目が笑っていない。
それによく見ると両目の光彩が消えているのもわかる。
どうやら今の佐伯さんは怒りを通り越して何か別次元の領域に入っているようだ。
てか誰か助けに来てよ。
「さて健一、遺言があれば聞いてやるが‥‥」
「ていや」
俺は佐伯さんの顔の前でぱちんと手を叩く。
佐伯さんはそのことに驚き、右肩に乗せた手の力が一瞬緩まった隙に佐伯さんの魔の手から脱出する。
俺の狙いは佐伯さんとは反対側に位置する方のドア。
そこから飛び出せば、佐伯さんから逃げられる。
「甘いぜ、健一」
ドアに手をかけた所でドアが開きそこからは戸田さんが顔をのぞかせた。
「佐伯ちゃんの言う通りこっちに来たな。覚悟しな、健一。もう逃げられないぞ」
右と左の扉が封じられて俺が逃げる隙はない。
右には光彩を失い、笑顔で俺を捕まえようとする佐伯さん。
左にはニヤニヤといやらしい表情で手をわきわきさせながら俺を捕まえようとする戸田さん。
俺の運動能力からすればこの2人のどちらも突破できる可能性は0に等しい。
降参するしか道はないのか。
だが降参した瞬間、俺は地獄よりも酷い目を見るのはわかりきっている。
嫌だ、あんな地獄よりも酷い目にあうのならむしろ飛び降りでもした方がましだ。
飛び降り‥‥‥‥その手があった。
「逃がさないぞ、健一」
「安心しろ。お姉さんが痛くないように優しくしてあげるから」
俺は咄嗟に催し物をやっている後ろの方へと逃げた。
羽村さんや水谷さんが俺の突然の登場に驚いているがこっちはそれ所ではない。
出し物を壊さないように隙間を通り抜けると、窓枠に手をかけ俺は外へと飛び降りた。
飛び降りる際、クラス中の人達が唖然とした表情で俺のことを見つめているがそんなことはしったことじゃない。
柚子ちゃん達のクラスは2階の教室で出し物をしているので、3階や4階に比べてそんなに高いところではない。
そして窓の外は裏庭につながっているので地面はコンクリートではなく土である。
これならちゃんと両足で着地すれば骨折とかはないとふんだ。
俺は衝撃を地面に逃がしながら、うまく両足で着地する。
足がビリビリしびれるが骨折等はしていないみたいだ。
少しすればこの痺れも取れ行動できるようになるだろう。
「逃がさないよ」
俺が前を向き立ち上がった瞬間、腹部に強い衝撃がはしり地面に倒れこんでしまう。
タックルをしてきた少女はウエイトレスの姿を身にまとったふわふわ髪の見知った顔。
「遠野さん?」
「やっと橘君を捕まえることが出来た。本当に佐伯さんの言う通り橘君が飛び降りてきたよ」
佐伯さんは俺が窓から飛び降りることも計算に入れていたらしい。
どうやら俺はあの2人にはめられたようだ。
一方で遠野さんの方は必死に俺のことを掴んで離そうとしない。
「遠野さん後生だ、逃がしてほしい。このままじゃ俺は明日の朝日どころか今日の夕暮れすら見れなくなってしまう」
「だめ、やっと会えたんだから絶対に離さない」
どうやら遠野さんは俺のことを離す気はないらしい。
この窮地をどう脱すればいいんだろうか。
早くしないと佐伯さんが来てしまう。
「飛鳥も達也君も橘君のことずっと心配してたんだから」
「2人が心配? 別に俺がいなくたってお店は大丈夫だろ?」
「大丈夫じゃないもん」
遠野さんは妙に真面目な表情で俺のことを見つめている。
彼女の顔をよく見ると両目は涙ぐんでいて今にも涙がこぼれそうであった。
「橘君がいなくてダーツの方が大変なんだから。シフトも穴が開くし、私と飛鳥はずっとクラスのことにかかりっきりで大変なんだから」
「それは悪かったと思ってる」
シフトを空けたことで遠野さんと宮永さんが苦労していることは知らなかった。
そこは素直に反省をしなければいけない、
遠野さんの視線は相変わらず俺の眼を真っ直ぐに捉えていて冗談を言える雰囲気ではなかった。
「それに学園祭を一緒にまわる約束した」
「それは明日の約束でしょ? 今日は関係ないって」
「関係なくない。今橘君を逃がしたら明日は絶対に会えない気がする。私‥‥‥‥明日橘君と学園祭まわるのずっと楽しみにしてたんだよ。その気持ちわかる?」
ついに遠野さんの両目から大粒の涙があふれてきた。
困った、こういう時どういう対応をすればいいのかわからない。
「とりあえずこれを使って‥‥‥‥涙でぐしゃぐしゃになってるから」
俺が渡したのは今朝水谷さんから借りたハンカチである。
とりあえず手元にある中では涙をぬぐえるものがこれしかなかったのでとりあえず渡した。
遠野さんはそれを手に取ると自分の頬についた涙をぬぐう。
「なんか少し湿ってる」
「ごめん、朝それで少し汗ぬぐったんだ。そんなものしか渡せなくてすまない」
「なんか橘君らしい」
涙を拭いながらも遠野さんは不満げな様子を隠そうとはしない。
こういう不満げな顔は柚子ちゃんにそっくりだ。
やはり姉妹で血は争えないらしい。
ひとしきりぬぐい終わると遠野さんの涙は収まったようである。
「それで、遠野さんに捕まった俺はこれからどうすればいいの?」
俺の質問に遠野さんは考えるようなしぐさを見せる。
てか捕まえた後のことを何も考えていなかったのかよ。
やがて何か閃き改めて俺の方に向き直る。
彼女の視線は俺の目を真っ直ぐ見てくるため悪いこともしていないのに罪悪感が半端ない。
こういう所も柚子ちゃんにそっくりだ。
「橘君は私に迷惑かけたよね」
「いや、俺は特には‥‥‥‥」
「かけたよね」
「はい」
彼女の圧力に根負けし渋々頷く。
今のこの状況じゃ何を言っても言うことを聞いてくれそうにないので素直に従うほかない。
「だから私の言うことを1つ聞いて」
「まぁ、無理なお願いじゃなきゃいいよ」
彼女のお願いとは何なのかは分からないが、そこまで無理は言わないだろう。
だからなのか遠野さんからこんな衝撃的な言葉が飛び出るとは全く思わなかった。
「橘君私のこと『遠野さん』って呼ぶけどずっと柚子と紛らわしいと思っていたの。柚子は『柚子ちゃん』だから私のことは『雪菜ちゃん』って呼んで」
「言える訳ないだろ。そんなこと‥‥」
そんなセリフを校内で使ったら遠野さんのファンに恨みや妬みの視線を浴びせられるに決まってる。
あまり校内で目立ちたくない俺としては絶対にそのように呼びたくない。
「じゃあ橘君がバイトしている時だけでいいから。それなら大丈夫でしょ」
確かにバイトをしている時なら学校の人に知られることはないからいいかも知れない。
俺は遠野さんの要求を渋々ではあるが了承をした。
そのときの遠野さんは妙にうれしそうであったのが印象的だ。
遠野さんにとってはそんなに呼び方が重要なのかな。
「わかったよ。雪‥‥‥‥やっぱりダメだ。せめてそのままで呼ばせて下さい」
「それぐらいならいいかな」
遠野さんは不満そうに頬を膨らませているが、どうやら了承してくれたようだ。
雪菜ちゃんとか今時中学生でも使わないんじゃないか。
「じゃあもう1回」
「わかった。雪‥‥菜」
「はい、よく出来ました。健一君」
俺に向かってはにかんだ笑顔を見せる雪菜は天使、いや女神そのものであった。
そのことをいうのが妙に悔しいので俺は彼女にそのことは言うつもりはない。
言ったらなんか負けたような気がする。
「ていうか『健一君』って、雪菜もそうやって呼ぶの?」
「別にいいじゃん。佐伯さんや戸田さんだってみんなそう呼んでいるんだから」
俺は雪菜の言葉にあきれてしまった。
ただ彼女の表情に笑顔が戻ったので今回はそれで相殺ということにしておこう。
雪菜と2人でひとしきり笑った後、ふと何かを忘れていることに気づく。
それはとてつもなく重要なことだと思うが、どうしても思い出せない。
「健一‥‥‥‥見つけたぞ」
地獄の様なうめき声に俺は機械のロボットのごとく首を横に動かすとそこには佐伯さんがたたずんでいた。
こちらに近づいてくる1歩1歩がまるで地獄から這い上がる死神そのもののように思える。
「腐った果実で悪かったな」
やばい、この人の存在をすっかり忘れていた。
逃げるにも雪菜に抱き付かれてる以上逃げようにも逃げられない。
「覚悟は出来てるな‥‥‥‥健一」
この時俺は大量の冷や汗をかき、これから起こることに戦慄を覚える。
せめて今日の夕暮れは見れるぐらいに済むといいなぁ。
こうして俺は遠野さんの笑顔と引き換えに地獄のような目にあうことになった。
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