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2章のエピローグになります
弓長さんとの対戦から1週間が過ぎ、俺には平穏な日常が戻った。
現在店のカウンターでは上機嫌な戸田さんと不機嫌な佐伯さんの対照的な2人が今後の予定について話している。
俺はとばっちりをくらわないように2人から離れたカウンターの端で食器の整理をしていた。
「佐伯ちゃん、こことかどう? おいしいコーヒーのお店があってさ、佐伯ちゃんにはぴったりじゃない?」
「行かない」
「そっけなさ過ぎるよ。せめてもう少し考えて‥‥」
今日も戸田さんは店に来てこうして佐伯さんを口説いている。
先週弓長さんとの試合をした後、佐伯さんとの約束を思い出した戸田さんにダーツをしようとしつこく言われたため勝負した結果、あっさり負けてしまった。
元々弓長さんとの対戦が出来すぎなので、プロの戸田さんに負けるのはしょうがないと思う。
むしろプロなのに一切の手加減をせず本気で勝ちにきた戸田さんの方が大人気ない。
その後、佐伯さんはしつこくデートに誘う戸田さんに押し切られる形で了承したらしい。
ただしそのデートはもちろん条件付きである。
「私だけじゃなくて雪菜ちゃんと柚子ちゃんの意見も聞かないとダメだろうが」
佐伯さんの言葉通り、デートの条件に遠野さんと柚子ちゃんも一緒に連れて行くことが無理矢理付け加えられた。
元々柚子ちゃんが2人の話を聞いていて、『行きたい』とあのまぶしい限りの笑顔で言われたので戸田さんも断れなくなってしまったらしい。
それに便乗して佐伯さんが遠野さんも巻き込んだのだから余計にたちが悪い。
この分だと俺も招集されるんだろうな。
そのことを考えただけでも憂鬱である。
そんなことを思っていると、カランコロンという鐘の音と共に店のドアが開き1人の少女が入ってくる。
姿を現したのは俺のバイト先のマスコット的存在である柚子ちゃんだ。
今日は黒のオフタートルニットとファーつきのボアベストといった服装である。
フリーツパンツを履いているので、きっとダーツのしやすさを求めてそんな格好をしたのだと俺は思った。
「お兄ちゃん、こんにちは」
「こんにちは、柚子ちゃん。今日遠野さんは?」
「お姉ちゃんも後から来るって」
「わかった」
柚子ちゃんは遠野さんからの伝言を俺に伝えた後、俺と一緒にダーツをする。
1時間ぐらい柚子ちゃんとダーツをしていると、ポケットに入っている携帯が震えた。
一旦ダーツを中断してメールの宛先を見ると遠野さんからである。
あの騒ぎの後、俺は遠野さんと柚子ちゃんの携帯番号とメールアドレスを有無を言わさず交換させられた。
俺は渋っていたが、戸田さんや佐伯さんまで交換するように圧力をかけてきたので渋々交換をするはめになった。
しかしこうして交換してみると結構便利なものである。
今日も遠野さんはとある人物をここに連れてくるらしく、携帯で俺に連絡を入れてきた。
この件にしては俺は遠野さん相手に相当ごね、頭も下げてやめてほしいという誠意も見せたが中々折れてくれない。
俺もクラスでその人物が落ち込んでいるのを見ると、妙に心が痛むためしょうがなく、しょうがな~~くではあるが条件付きで了承をした。
「ごめん、柚子ちゃん。俺今日はこの時間でバイト上がりだから今日はもう帰るね」
「え~~」
「この後は遠野さんが来ると思うから、遠野さんの友達と3人でやってね」
頬を膨らませて不満げな表情を浮かべる柚子ちゃんを尻目に、俺は叔父さんに一声かけて店を出る準備をする。
俺がスタッフルームの中に入り、帰る準備をしているとバタンという音が聞こえてきた。
振り向くとスタッフルームに入ってきたのは先程までむくれていた柚子ちゃんだった。
「柚子ちゃん、悪いんだけどここは従業員以外は入っちゃいけない場所なんだよ」
「佐伯のお姉さんに聞いたらいいって」
佐伯さん、何でこんな重要な所に入れるようにOKサイン出すんだよ。
仮にもここは従業員専用の場所なんだから勝手に出入りを許可するのはやめてほしい。
「それに‥‥」
「それに?」
柚子ちゃんがドアの外を指差したので俺はドアの隙間からそっと外を覗いた。
そこには俺が知らぬ間に入ってきた遠野さんとその友達がいる。
「へぇ~~こんな場所があったんだ。雪菜ってここら辺の地理詳しいんだね」
「そうかな。たまたま見つけただけで‥‥」
店内にいるのは遠野さんとクラスメイトの宮永さんである。
遠野さんが連れてきたいといった人物は宮永さんのことだ。
あの一件以来、宮永さんは俺から見てもはっきりと分かるぐらい元気がなくなっていた。
そのことを危惧した遠野さんが今回のことを提案し、俺がいない時と宮永さんがこの店に1人で勝手に来ないことを条件に了承をした。
俺が了承した時の遠野さんの笑顔はどことなくうれしそうだったのを今でも覚えている。
この件に関しては俺も非常に癪に障るが、宮永さんを元気付けるためある人にお願いをしておいた。
全く、最近の俺は何しているんだろうな。
何か悪いものでも食べたんじゃないだろうか。
遠野さんは叔父さんと話しをしていて、宮永さんを店内を興味深げに見回している。
「飛鳥、こっちでダーツできるからここでやろう」
「うん‥‥」
まだどこか戸惑いを見せる宮永さんである。
遠野さんの返事にいそいそとついていく様子からもそのことを伺える
まぁ、いきなりこんな胡散臭い店につれてこられて戸惑いを見せないほうが驚きだけどな。
そして俺がお願いをしていた件の人物が2人に近づいていった。
「よぉ、雪菜ちゃん久しぶり」
「戸田さん、お久しぶりです」
いつものように快活な笑顔を見せる戸田さん。
見た目だけは絶好調らしく、先程佐伯さんと言い争っていたようにはとても思えない
頼むから今日は墓穴を掘らないでくれよ。
「戸田‥‥?」
宮永さんは戸田さんのことをいぶかしげに見ていた。
先日の騒動があったから余計に警戒をしているのだろう。
「そう、俺の名前は戸田翔太。正真正銘ダーツのプロをしている。ちなみに彼女は募集中‥‥あ痛ぁ」
「調子に乗るな」
後ろから出てきた佐伯さんに戸田さんは頭を殴られたため、現在うずくまっている。
そのやり取りを唖然と見ている宮永さん。
いきなりあんなやり取りを見せられられればそりゃあ誰だって驚くわ。
「君が雪菜ちゃんの友達ね。あたしは佐伯遙って言うんだ。宜しくね」
「はい、宮永飛鳥といいます」
「飛鳥ちゃんか、いい名前だね」
そういい佐伯さんはにゃははと人懐っこく笑う。
頭を殴られた戸田さんはいまだに頭を抱えていて復活するそぶりが見えない。
相当痛かったんだろうなあれ。
「こいつ、見たくれはただの派手なちゃらい奴だけど正真正銘ダーツのプロだから」
「ちゃらいは余計だよ。佐伯ちゃん」
復活した戸田さんはどうやらすねているようだ。
正直格好悪い。
「あの‥‥申し訳ないんですが本当に戸田翔太さんなんですか?」
「あぁ、そうだ。この雑誌にも俺のこと載っているから見てみるといい」
そういい彼が渡したのはこの前柚子ちゃんにも見せた自分が優勝した時の雑誌である。
その雑誌と本人を見比べると宮永さんははっとしてすぐさま頭を下げた。
「すいません。疑ってしまって。実は‥‥前に戸田翔太って名乗る人とダーツをしていたもので‥‥」
「そうか。で、そいつは今どうしているの?」
「わかりません。いきなり電話がかかってきて『嘘をついていた、ごめん。俺はダーツのプロじゃないんだ』って言ってきてそれから一向に連絡が取れなくて‥‥」
どうやら弓長さんは俺達との約束を律儀に守っているようである。
とりあえず約束を守っていてくれてよかった。
「まぁ、その件はいいや。ここにきたってことはダーツをやりにきたんだよね。何なら俺が少し教えようか?」
「いいんですか?」
「あぁ、別にいいよ。ダーツする人が1人でも多くなってくれるのはうれしいことだしさ」
「こいつ頭は弱いけどダーツの腕だけはいいから飛鳥ちゃんも教えてもらうといいよ」
「頭が弱いってのは余計だって。佐伯ちゃん」
戸田さんが困惑した表情を浮かべているのを見て佐伯さん達は笑っていた。
宮永さんもその輪に混じって一緒に笑っている。
この時俺は宮永さんの笑顔を久々に見た気がした。
「はい、宜しくお願いします。後、雪菜」
そういうと宮永さんは遠野さんの方を振り返る。
「雪菜、今日はありがとう。私が元気がないから元気付けようとしてここにつれてきてくれたんだよね」
「それもそうだけど、飛鳥にもここを知ってほしかったから‥‥」
こちらからは遠野さんの表情は見れないが、恥ずかしがっているように見えなくもない。
「私のことずっと心配してくれたんだね」
「飛鳥‥‥」
そういうと2人は見つめあったまましばらく動かなかった。
「じゃあやろうか」
「はい」
宮永さんの明るい返事を聞いた後、俺はそっと扉を閉じた。
まぁ、今回の一件が無事丸く収まって何よりである。
「お兄ちゃんいいの?」
「何が?」
「今回お兄ちゃんががんばったのに全部‥‥」
「それは違うよ。俺はただ、戸田さんの名誉を挽回するために動いただけだよ」
柚子ちゃんが俺を見つめる瞳は悲しそうだった。
彼女の言いたいこともわかるが、別に俺はたいしたことをしていない。
戸田さんの名誉を守るために奔走しただけであり、宮永さんの件はおまけである。
なのでこの件に関して俺がとやかく言う筋合いはない。
「それよりも柚子ちゃんは行かなくていいの? せっかくプロの人に教えてもらえるのに?」
「お兄ちゃんがいるからいい」
そういい、柚子ちゃんは俺の腰付近に抱きついてきた。
プロよりも俺に指導してもらいたいとは、柚子ちゃんはうれしいことを言ってくれるな。
涙が出そうである。
「あっ、やっぱり橘君いた」
何の前触れもなくドアが開いたかと思うと中に入ってきたのは遠野さんである。
あれ? おかしいな。
彼女はさっきまで宮永さんといたはずなんだけどどうしてここにいるのだろう。
そんなことより遠野さんもスタッフルームに何で無断で入ってきているんだ?
「佐伯さんに橘君がここにいること聞いたからきたの。入室の許可もちゃんともらったよ」
佐伯さん‥‥。
俺が佐伯さんの言動にあきれていると、遠野さんは俺の隣にくる。
間近で見る彼女の表情は先程とは違いどこかさっぱりしていた。
「いいの? せっかくプロがダーツ教えてくれるのに行かなくて?」
「何で? 私のコーチは橘君だけだよ」
そういい、可愛らしく微笑む遠野さんに俺はくらっと来た。
一体、この姉妹はどこまで俺のことを惑わすんだろうな。
「違う。お兄ちゃんがコーチしてくれるのは柚子だけ」
「私だって橘君にコーチしてもらうもん」
「わかった。今度2人にコーチしてあげるからここで喧嘩しないで」
こうして文化祭を前にした騒動はひとまず終わりを迎えた。
宮永さんがこの店を知ってしまったことが俺にとっての誤算だが、まぁこれもしょうがないだろう。
遠野さんと宮永さんの顔に笑顔が戻ったのでそれでよしとすることにしよう。
そんなことを思いつつ、俺はこの2人の姉妹喧嘩をどう止めようか考えていた
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これで2章の方は終了です。
3章の文化祭編はなるべく早く投稿をするようにしますので今しばらくお待ちください。




