22
「予算はこれだけか‥‥」
放課後の教室、俺は1枚の紙を見ながら頭を悩ませていた。
持っている紙はダーツ喫茶をやるための予算表である。
各クラスに分配される予算は3万円、その後クラスのリーダー同士で話しあった結果ダーツに当てられる予算は1000円となった。
元々宮永さんのダーツセットを用意できる発言でこれぐらいの予算になることは目に見えていた。
なのでこの予算は俺の想定の範囲内であるが、こんなお金ではダーツ盤はおろかチップすら満足に買うことができない。
「ごめんなさい。もう少し多く取れると思ったんだけど」
「今更そんなことを気にしてもしょうがないだろう。それよりもこの予算でどうするか考えないと」
遠野さんは不安そうにしているが、これだけの予算を与えられた以上できることはしないといけない。
盛大なため息をつきながらもどうすれば予算を使わずにダーツができるのか考える。
「そういえば、ダーツ盤は宮永さんが持ってきてくれるんだよね?」
「うん。飛鳥が知り合いから借りてくるって」
そのことを聞いて俺はほっとする。
さすがにこの予算でダーツ盤を用意しろって言われたらさすがの俺もお手上げである。
「ダーツ盤はいくつ持ってきてくれるの?」
「そこまでは聞いてないけど、多分1つじゃないかな?」
その言葉を聞いて俺は頭痛をおぼえた。
最低でも2個はほしい所を1つとは、何を考えているんだよ宮永さんは。
お客さんが大人数で来たとき対応できないだろうが。
「だめだった?」
「いや、できれば複数ほしいと思ってたから」
ダーツ盤が1つしかない問題はこの際おいておく。
ないなら俺が誰かに借りてくるしかない。
多分戸田さんや佐伯さん辺りなら持っていそうな気がする。
「分かった。当面の目標はダーツ盤の確保とダーツのゲームを決めることだな。後当日用意する景品のこと。少ない予算なんだからその中でできることは限られるけど何とかするしかない」
「わかった」
「とりあえず、ダーツ盤の確保は俺が持ってそうな人を当たってみるから。そっちはゲーム内容とか景品のことを決めておいて」
遠野さんの方を見ると律儀に俺の言ったことをノートに書いている。
俺が大体で考えたことを聞いてくれる辺り、彼女は真面目なんだなと思う。
「あと壁とか傷つけないようにしないといけないよね、安全対策。他にもやること色々あるし‥‥」
「落ち着いて。まだ日があることだし、1つ1つ処理していけばいいから」
遠野さんもあまりのやることの多さに混乱しているようである。
宮永さんから達也を通して、遠野さんのことを聞いてみたら、リーダーとか前に出る役割はこれが初めてらしい。
そんな人をリーダーにするのはいかがなものかと思うが決まってしまったものはしょうがない。
遠野さんのフォローはダーツ班のメンバーにしっかりフォローしてもらうしかないな。
ちなみに俺は会場設営班なので協力はしない。
いくら佐伯さんの脅しであっても他にメンバーがいるのだから彼らに頼む方が俺がやるよりも何倍もいいに決まってる。
「おい」
遠野さんと話しこんでいるうちにダーツ班のメンバー1人が俺と遠野さんの方に寄ってきた。
俺のことを睨み付けてくる辺り俺が遠野さんと話しているのが相当気にくわないように見える。
「じゃあ、後はがんばって。俺はバイトだから」
「ちょっと待って、橘君」
そういい、立ち上がると後ろの男子のことなど一瞥もせず俺は教室を出た。
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
「遠野さん、大丈夫だった?」
「えっ?」
橘君が教室から去った後、1人の男子がいつの間にか私の方に寄ってきた。
いつも橘君がバイトをしているダーツのお店と同じように話していただけなのだが、そんなに不思議だったのだろうか。
確かに男子と話す時はいつもはおどおどしていて引っ込み思案な所はあるが、橘君と話している時は普通に話してられる。
それが他の人達から見た時には驚くようなことだったのだろうとこの時私は決め付けていた。
その後ほかのダーツ班に入った男子も私の方に心配そうに寄ってきた。
「あいつは最悪だよね。クラスの雰囲気を乱して」
「そうそう。遠野さんもあいつにさっきどんな嫌味言われたの?」
「その‥‥特には言われてないけど‥‥」
「あいつのことなんかかばわなくていいよ。遠野さん知ってる? あいつ中学時代もああやって人に嫌味を言って女の子を泣かせてたらしいぜ」
「それに人付き合いも悪かったらしいし、あんな奴がいても役に立たないよ」
この人達が何を言っているのかが分からなかった。
私が知っている橘君は確かにムカッとするような言動をすることがあるが、こうして相談すると親身に聞いてくれて手伝ってくれる
それにバイト先でも彼は柚子のために私を説得してくれて、その上仲直りの機会まで与えてくれた。
よく面倒くさそうにしているけども基本的には悪い人ではない。
しかしこの人達はそんな橘君を悪く言っている。
橘君と話したことがないのに、この人達は彼の何を知っているのだろう。
「ストップ、ストップ。とりあえず健一の悪口は置いておいて、そろそろ何をやるか話し合わないか? 文化祭まであまり日数がないわけだし」
爆発寸前で止めてくれたのは達也君だ。
達也君は橘君が推薦を拒否した後に自らダーツ班に名乗り出てくれた救世主である。
「じゃあ遠野さん、まず何から決めようか?」
私に話を振ってくる達也君は笑顔でこちらに向き直った。
「じゃあ、まずはダーツのルールの説明からで‥‥」
その後はダーツ班のみんなでこれからやることを話し合った。
話の内容は先程橘君と話していたおかげでスムーズに進んでいく。
私がつっかえつっかえ話していても、達也君がフォローしてくれたの話し合いは何事もなく無事に終わった。
事前に話す議題を上げてくれた橘君とフォローしてくれた達也君には感謝をしないといけない。
「じゃあ、各自案を持って明日その案を見ながら決めることでいいかな?」
「それでいいと思いま~~す」
「お前そんなこと言って考えてこないだろうが」
調子のいいクラスメイトがそんな冗談を言ってダーツ班のところでは笑いが起きる。
しかしその時でも私は教室を出る時の橘君の冷たい表情を忘れなかった。
ダーツのお店では見せないような冷たいまなざし。
私や柚子に向ける視線とは絶対的に何かが違っていた。
「じゃあ解散でいい?」
「うん。今日は解散で大丈夫です。お疲れ様でした」
私の言葉を合図に周りのみんなは帰る準備や部活の準備をしていく。
その光景になぜかは分からないが私はひどい違和感を感じた。
「遠野さんはどうする? 俺達今日カラオケにこれから行くんだけど、一緒に行かない?」
「ごめんなさい。まだやることがあるから」
私がそう俯いて言うと誘ってくれた彼は残念そうな顔をして他の人の待つ方へと歩いていった。
多少の罪悪感はあるが今日話していたことをまとめないといけない。
せっかく橘君が助言をくれたのだから少しでもがんばらないと彼に悪い。
「お疲れ。今日はどうだった雪菜?」
私の後ろから話しかけてくるのは飛鳥と達也君である。
2人は心配そうな顔をし、こちらに来てくれた。
「雪菜ごめんね。大変なこと押し付けちゃって」
「大丈夫だよ。飛鳥だってクラスのこと取り仕切ってるんだから私より大変だよ」
これは嘘偽りがないことである。
飛鳥はクラスの出し物の実行委員長をしているため非常に忙しい。
予算とか教室のレイアウト等も飛鳥が全て決めている。
私はダーツ班だけ見ればいいが、飛鳥は全ての班を見ないといけないのだから私より数倍大変なはずである。
「そういえば雪菜って橘君と何かあったの?」
「何が?」
「さっきダーツ班の男子達が橘君が雪菜のこといじめてるとか言ってたから」
「えっ、私いじめられてないよ」
「ほら、宮永さんも気にし過ぎだって。あいつが人をいじめるわけないだろう」
そういう達也君は笑顔で宮永さんの肩をポンポンと叩いている。
「でも、どうしてそんなこと言ってたんだろう‥‥そういえば達也君って橘君と同じ学校だったよね」
「そうだけど」
「橘君って中学ではどんな子だったの?」
「わっ、私も興味がある」
私と飛鳥は2人して顔を前に寄せ、達也君に迫った。
「そういったってな‥‥まぁ最初の印象は陰湿で嫌味が多くて人付き合いが悪くて嫌なことを根に持つネチネチした奴だったわ」
「それって、さっき言っていたことにまんま当てはまっていない?」
「だから第1印象だって。意外と話してみると分かるやつでさ、俺が無理難題言っても口ではあれこれ嫌味を言いながらも最後まで手伝ってくれるし、思ったより悪い奴ではないよ。宮永さんだって思い当たる節があるんじゃないの?」
「そういえば私が頭を下げてお願いした時も、なんだかんだ文句を言いつつも一緒に帰ってくれたっけ」
飛鳥も何か思い当たる節があるようである。
何かを思いだすように考えている飛鳥を見るのは久しぶりだ。
「あいつは1度頼まれたら中々断れないからな。だからあいつが『今日はバイトだ』とか言って逃げる前に誠心誠意こっちがお願いをすれば基本的には手伝ってくれるぞ」
そういい、達也君は笑っている。
なんだかんだ言いながらも橘君のことを話す達也君はどことなく楽しそうだった。
「じゃあ、達也君も次に橘君をダーツに誘う時は誠心誠意、心をこめてお願いしてね」
「善処します」
そういってしゅんとしてしまう達也君を見て私と飛鳥は笑ってしまう。
達也君の話を聞いてる限り、橘君は優しい人だ。
自分が想像していた人と印象が同じなので笑みがこぼれてしまう。
「さっき遠野さんが健一の所にいたのはダーツのことで相談していたんだよね」
「うん。どうして分かったの?」
「そりゃ、予算の紙持って頭を抱えていればそう思うよ。ただ、あまりにも健一が嫌そうな顔をしていて、遠野さんが怖がっていたから周りはそうは思っていないんだろうけど」
そういう達也君の表情は笑顔だった。
橘君のよさが分かることは、私にとってはうれしいことである。
「後、達也君今日はありがとう。フォローしてくれて」
「いやいや、健一の奴から遠野さんうまく話せないだろうからフォローしてやってくれって言われてたんだよ」
その事実に私は驚いてしまう。
橘君がそこまでフォローをしているなんて私は思いもしなかった。
「あいついつの間に遠野さんと仲良くなってたんだか‥‥ところで健一とはさっき何を話していたの?」
「その‥‥今日の段取りとかの話で‥‥橘君が色々と決めてくれて、改めて優しいなって‥‥」
「雪菜、それはのろけかい?」
「違うよ。別に橘君とどうこうしたいわけじゃなくて」
飛鳥が追求してくるのを私は両手を振って否定した。
その横では達也君が「健一‥‥明日殺す」とか物騒なことをつぶやいている。
「そういえば飛鳥? ダーツ盤ってどれくらい借りられるの? 橘君もすごい気にしていたけど」
「う~ん、分からないけど多分たくさん持ってこれるよ」
「たくさん?」
私と達也君は飛鳥の発言に首をかしげた。
「実は私さ、今プロの人にダーツ教わってるんだ」
「「え~~~~~~~~~~~~~」」
私と達也君の驚きの声はクラス中に響いていただろう。
しかし飛鳥の発言にそれぐらい驚いてしまった。
それから私達は飛鳥を問い詰めたが、彼女から明確な回答が得られないままこの日は解散となった。
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