21
遠野さんと柚子ちゃんが少しだけダーツをやって帰った後、その出来事は起きた。
時刻は21時、お客さんの人数も増えてきた頃の話である。
「いらっしゃいませ。お客様は1名様で‥‥」
「よう、久しぶりだな」
俺は店に入ってきたその人を見て懐かしく感じた。
髪にメタリックアッシュを入れたショートカットタイプで細身の筋肉質。
昔と違って髪の色は黒から金に変化をしているが、間違いない。
ここに来ると俺によく絡んできた青年の姿がそこにはあった。
「珍しいですね。戸田さんがいらっしゃるなんて」
「おう、大会が終わってこっちに戻ってきたからちょっと覗いていこうと思ってな」
そういうと戸田さんは何かを探すようにあたりをキョロキョロと見回した。
会いたい人でもいるのだろうか。
「おっ、戸田じゃないか。久しぶりだな」
「店長、久しぶりです。相変わらずお若いですね」
「お前にお世辞を言われてもうれしくないわ。それよりも大会の方はどうなんだ?」
「もちろん優勝してきましたよ」
戸田翔太は以前この店に通い詰めていたこの店の常連さんの1人で、この春大学生になったばかりである。
そして大学入学を機にダーツのプロテストに合格し、大学に通いながら全国各地の大会に出場していた。
初めて会ったのが中学1年生の頃なのであれから3年弱この人とは付き合っている。
「そうか。じゃあ来月は雑誌を買わないといけないな」
「それよりも俺の映像を店内に流してくださいよ。この店の英雄なんですから」
「ほざけ、どの口がそれを言う。日本一になったら考えてやるよ」
叔父さんも憎まれ口を叩いてはいるがどこか誇らしげである。
そう思うのも無理はないのかもしれない。
自分の店でダーツをやっていた人がプロになり大会で優勝するぐらい強くなったのだから、彼の成長を見てきた叔父さんからすればうれしいのだろう。
「そういえば、佐伯ちゃんはどこにいるんだ? 今日もここにいると思ってたんだけど」
「佐伯さんならカウンターでドリンクの準備をしていますよ」
俺がカウンターの方を指さすと佐伯さんがせっせとお客さんに出すドリンクを作っていた。
その間彼女はこちらを一瞥しようともしない。
現在人が入る時間帯なので忙しいのだが、それよりも意図的にこちらに近づかないようにしているように見える。
戸田さんは佐伯さんの姿を見つけるとすぐさまカウンターの方に向かっていった。
「佐伯ちゃん久しぶり。元気してゅ‥‥」
戸田さんが何かを言い終わる前に佐伯さんの正拳付きが戸田さんの人中をとらえる。
それをもらった戸田さんの方はカウンターの反対側へと仰向けに倒れていった。
お客さんの何人かにも鈍い音が聞こえたのかカウンターを見るものが数名いるが、特に気にした様子はない。
むしろ戸田さんを見て、「おっ、いつものコントの始まりかい?」など言って笑っている。
前から思っていたのだが、この店のお客さんは寛容すぎないか?
こうして客が店員に暴行されても何もいわず、むしろ笑ってるのはいかがなものだろうか。
「ちょっと、佐伯さんやりすぎじゃないんですか?」
「いいんだよ。あいつにはこれぐらいがちょうどいいんだ」
佐伯さんは憮然とした表情で倒れた戸田さんのことを見下ろしている。
その瞳には怒りが宿っており、これ以上刺激するとこちらまでとばっちりがきそうだ。
こういうときはおとなしく行方を見守るに限る。
「痛ってぇ。佐伯ちゃん相変わらず容赦ないねぇ。そんなに俺のことが嫌いかい?」
「当たり前だ。お前以上に嫌いなものはこの地球上に存在しないからな」
佐伯さんは床にしりもちをつき、頬をさすっている戸田さんをにらみつけている。
この2人は俺が中学の時からこのようなやり取りを続けていた。
初めは2人が喧嘩しているように見えていたが、中学時代毎日のように繰り広げられる光景がただの夫婦喧嘩にしか見えなかったため、俺や常連さんは2人が喧嘩する時は「また夫婦喧嘩か」「おっ夫婦漫才が始まった」「今日のコントのテーマはどんなのかな」といって笑っていた。
まぁ、戸田さんも嫌がっているようには見えないしこれもスキンシップの1つなんだと思う。
「健一、佐伯ちゃんがいじめてくるんだけどなんとかしてくれよ」
「俺は知りませんよ。自分で何とかして下さい」
「え~」
相変わらず子供みたいな人だ。
たまに本当にこの人が大学生なのか疑わしく思う。
「健一、そんな奴にかまっている暇があれば仕事しろ、仕事」
「わかりました。じゃあ俺はバックヤードの整理してくるんで、何かあったら呼んでください」
そういうと、俺は佐伯さんのとばっちりを浴びないためにそそくさとバックヤードへ逃げ込んだ。
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「所で佐伯ちゃん、あれって本当に健一か?」
「あれは正真正銘まぎれもなく健一本人だ。それがどうした?」
不満顔を向ける佐伯は戸田に対してイライラを隠さず話していた。
元々佐伯と戸田はこの店で出会ったのだが、2人の折り合いはあまりよくはない。
戸田の軽薄な態度が佐伯のイライラの原因となっており、戸田が話しかけるたびにこうして殴って黙らせている。
そのやり取りは戸田がこの店に頻繁に出入りしなくなるまで続いていた。
「俺が知っている健一はあんなに丸くなってなかったと思うが‥‥」
戸田が健一に対してそう思うのも無理はない。
初めて会ったときは戸田は健一のことを生意気なガキだと思っていた。
年上に敬意をかき、誰でも見下すような最低最悪のくそガキ。
それが戸田が抱いた健一の印象であった。
戸田がプロになる前には大分改善されてきたが、結局最後まで人のいうことを素直に聞くことはなかった。
「あぁ。そういえば昔の健一は酷かったな。私は面白かったから放っておいたけど」
「いつもなら俺への嫌味を並べてくる陰険なやつが、嫌味の1つも言わないとなるとなんか調子がくるうな」
佐伯はいつものように「にゃはは」と笑い、戸田は不思議そうに首をかしげた。
「そういえば、戸田は知らないんだな?」
「何のことだ?」
「最近の健一のことだよ。お前、大会が忙しいからって全然店に来てなかっただろう」
「そうだな。前回来たのは夏休み前か‥‥もしかしてあいつ俺の知らない間に大人の階段をのぼふぉ‥‥」
最後まで戸田が言い切る前に佐伯の拳が再び戸田の顔面を襲った。
先ほどよりも威力は弱いらしくなんとか仰向けで倒れることだけは阻止したが、体はよろめいている。
「ごめん、手が滑った」
「痛いだろうが。佐伯ちゃんはそろそろ俺にも優しくするべきだ」
「今度は足が滑りそうだな」
「申し訳ありません。俺が全面的に悪かったです」
どうしても戸田は佐伯に頭が上がらない。
高校時代から色々な女性を落としてきた戸田だが唯一佐伯だけは落とせずにいた。
どうしても佐伯のしりにしかれてしまうらしい。
「でも、お前の推察もあながち間違ってないかもな」
「何、それはどういうことだ?」
「最近あいつのクラスメイトの子がよくこの店にくるんだよ、妹連れて」
「そのクラスメイトは女の子か?」
「あぁ。しかもとびっきり可愛いぞ。何であの子が健一に興味を持ったのかがいまだに私は分からないがな」
そういうと佐伯は深く考え込んでしまう。
「ということはその子達がここに出入りし始めてから健一は変わったと」
「正確には変わり始めた、だけどな。こう見るとあいつも最近大人になったなって思うよ」
そういうと感慨深そうに佐伯はバックヤードの方を見た。
その表情は弟分の成長を喜ぶ反面、自分の手の届かないところに言ってしまった複雑な表情をしていた。
「じゃあ、変わるという意味では俺と佐伯ちゃんの関係もそろそろ‥‥」
「それはなしだ。それにお前は夏休み前まで彼女いただろう」
「先週振られちゃったよ」
「あっそう。ご愁傷様」
「ちょっとはそんなあっさり言わないで。少しはねぎらってよ佐伯ちゃん」
しつこく迫る戸田に佐伯は半ばあきれながら戸田の話を聞くこととなった。
その話は店長が戸田を引っぺがすまで続くことになるとはこの時の佐伯は微塵も思わなかった。
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