86 畑作
何故か俺は畑を整備している。雑草抜きだな。鎌とか農具を使うわけではなく、龍槍で。高級な龍木を使って魔女の術がこめられた槍をこんなことに使っているとは、師匠も嘆くだろう。
何でこんなことになったのかというのを説明するのには少し記憶を巻き戻さなければいけない。
「外観に関係なくて、家から離れている施設は私達で整備しましょうね」
一言を思い出すのに時間がかかった。まだ若いのに心配だな。
そう、カラコさんがそう言って俺は畑を整備することになったのだ。
ヴィルゴさん達はボロボロのコロッセオのがれき処理と掃除。
ワイズさん達は倉庫の整理。
カラコさんは現場総監督。
そして俺が畑。
見て下さいよ、この差別。
何で倉庫の整理に4人も必要なんだ? そして1番広いであろう畑の整備が俺1人。
そしてよくわからない現場総監督。何の現場なんだとか、何の監督なんだとか色々つっこみたいところはあるが、そういうものは普通リーダーがやるんじゃないだろうか。
「だって畑を使うのって今のところシノブさんだけじゃないですか」
畑の隅に座っているだけで手伝おうともしない監督様の言葉に答えずに無言で炎の槍を草刈機のように使って草を焼いていく。刃の角度が変わらないので、なるべく根本から焼こうと思ったら、腰を曲げなければいけない。
ファイアゴーレムを召喚できればその場で転げまわるだけで、終わりそうなのに。
「私はステータス異常で歩くだけでやっとなんですよ」
そう言って許しを得られるほど、そんな甘い世の中じゃないぞ。俺だってMPが充分にあればもっと楽にできたのに。バーナーを使えば一瞬だっただろう。
俺はなぜゲームの中にまで来て肉体労働を行っているのだろう。
ダメだ。考えるのはやめよう。
今は目の前のオイシ草からだ。
生えているのはどこまで見てもオイシ草。元々ここで育てていたのが、増えすぎたのだろうか。
そのまま食べても美味しいであろう草だが、俺は全てを雑草とみなし焼き払っている。
理由は総じて品質が低いという理由と、一々採取していたらいつまでたっても終わらないということだ。
食べ物を粗末にするなとか言われるかもしれないが、もうこいつらはめっちゃ美味しいたんぽぽみたいなものである。たんぽぽとは全然似ていないが、この繁栄ぶりだけは似ている。
確か虫よけにもなるんだったな。そのせいか虫はいない。
全く食害のないただ一種類の草がどこまでも生えている。緑の砂漠だ。
どうしてこれで世界が覆われないのかは、この草が美味しいから色んな動物に食べられてしまうのだろう。ここはモンスターが入り込めないから、増えすぎてこんなことになった、と。
無心でここを綺麗にした後のことを考える。まずは苗の入手だろう。オイシ草なら少し置くだけで繁殖してしまうかもしれない。しかし他の植物となるとそうはいかないだろう。パット見乾いていて日の当たりが良いこの土地には、太陽草、月光草、火花草ぐらいしか植えられないだろう。
今のところ使い道が見つかっていない種類3つだ。前者2つは薬にできる。既に掲示板では作れましたとの報告がちらほらと見かけられる。それなのに誰もレシピを公開していない。試していないので、案外簡単に作れるという可能性もあるが。
火花草は名前的にも説明文的にも爆弾に使えるのだろう。
俺のパーティーが狩り中心だから中々できないが、こういうアイテムも作りたいものだ。
太陽草、月光草は球根がある。
火花草は花も種も見たことがない。まあ風に乗って種を飛ばして明るいところなら生えるって書いてあるからオイシ草を駆逐したら生えてきてくれることを祈ろう。
問題は湿った土地に生える植物や、日陰に生える植物だ。
木を植えれば良いのだが……引っこ抜いて持ってこれるかな?
と思ったところで1つの存在を思いついた。トレントいるじゃん。
木魔法でトレントを召喚すればわざわざ苗木から育てるとか森の中から引っこ抜いてくるとかしなくて良いが、MPを常時消費してしまうのが難問だな。拠点内ならMP消費なしで、プレイヤーがログインしてなくても大丈夫とかないのだろうか。
「というわけでないの?」
「調べますね」
さすが有能な秘書だ。美人な秘書をつけられるのはトップの特権だな。美人でしかも有能ときている。というより他の場所も監督しろよ! 俺がそんなにサボらないか心配か? それとも俺に気でもあるのか?
ないな。
この態度であったらツンの部分が多すぎるだろ。そんな彼女は嫌だ。それにVR内で恋愛することに俺は否定的だな。
相手の心に惹かれたとか言って、現実であったら、やっぱ顔が無理とか言われるに決まっている。VR内ですら彼女できないやつは心までもが薄汚れて……。これ以上考えるのはやめよう。絶望してしまう。
1人ぐらいはファンが欲しいものだ。見た目は無口なクールだが口を開くと残念な人という評価をいい加減返上したい。無口だからといってコミュニケーションが取れないわけではない俺をどうにかして誰かがプロデュースしてもらえないだろうか。
「ありましたね。結論から言うと可能らしいです。NPCを雇うのと一緒みたいですね」
ということは金がいるのか。
「話し合って妥協点を見つけなければいけないみたいですね」
……話し合う?
トレント語でもあるのか?
いや、俺は樹人だからもしかすると話せるかもな。とりあえず今はなけなしのMPを使って召喚するか。日除けにもなるし。
「トレント!」
魔法陣と共にトレントが出てくるが……どうすれば良いんだ?
俺の言葉はわかるみたいだから、とりあえず命令を言えば良いのかな?
「えー、ここに根を張る気にはならないかね?」
トレントは枝でばってんを作った。わがままなやつだ。何が望みなんだ?
「ここは日当たりもいいし、日当たりもいいぞー。もう日当たりが良すぎて大変だぞー」
日当たりぐらいしかPRポイントがない。
トレントはしばらく考えこんでたが、自分の枝で地面に文字をかきはじめた。日本語がかけるトレントって物凄いシュール。
えーと、何々?
元々そういう契約できてないし、日当たりより生き血が欲しい。
元々どういう契約なのか知らないが、おそらく呼びだされて戦うということだろう。それに生き血か……。吸血鬼みたいだな。生き血生き血……カラコさんには油しか流れてないし、俺も血があるのか怪しいところだ。
それにドロップ品で血とかは見たことがない。
「血なら売ってますね。食堂で」
マジかよ。誰用? そんなマニアックな趣味のためにわざわざギルドの食堂は血を用意してるの?
「吸血鬼用ですよ」
なるほど。吸血鬼は血しか飲めないもんな。
じゃあ、それでもいいんじゃないか? 俺のランクだと食堂タダだし。
個木的に古い血は好きではない。
わがままな木だな。本当に注文が多いやつだ。こうなったら、あれしかないか。
「言うこと聞かねえと伐り倒すぞ?」
あ、MP切れで消えていった。
「これだけ土地があるんだから、ウサギでも飼ったらいいんじゃないですか?」
なぜそこでウサギをチョイスするのだろう。しかもラビがいるのにウサギの生き血をトレントにやるのは色々とまずいような気がする。
「他に何か牧場用の動物はいないのか?」
豚とか牛とか馬とか。家畜の中では鶏が1番飼いやすそうだな。卵も食えるし。
「今のところ馬しかいませんねー。野生のモンスターを飼いならして家畜化したらどうですか?」
そんなのどんなスキルが必要になるのか。今のところは保留だな。血気盛んなヴィルゴさんの血を少しわけてもらうという手段も考えられるが、おそらく無理だ。献血ルームでも作ろうかな。
せっかくのギルドマスターになったんだし、ケチケチしないで馬に乗るっていうのもいいかもしれないな。流鏑馬とか。もう字面だけでもかっこいい。更に器用を上げなければいけないような気がするが。今は80に精密操作の補正付きで106ぐらいだったような気がする。
確かめてみるか。
惜しい! 108だ。
あ、新規メールが着てる。今日、前のゴブリンでもわかる講座でもらったダンジョンに今日行かないか。無理だな。MPが心細いし、そこに行くなら新しいスキルを取ってから行きたい。しかしまだ何を取ればよいか決めていないんだよなぁ。ヴィルゴさんは一体何のスキルを取ったのだろうか。
ネメシスと戦ってた時にはわからなかったからステータス底上げ系だろうか。
よし、今日ログアウトする前に新しいスキルを取ろう。なんでもいい。俺が取れない2ポイントのスキルを5つというのが良いな。そしてダンジョンでは土魔法とその他を重点的に育てよう。
随分と作業をしていたつもりだが、全体から見るとほんの少しだけだ。
そんなことを思っていると嵐が吹き荒れた。ゴーレムが走り抜けていった。
草が全てなくなり、綺麗な畝ができていた。
俺の手作業の努力はなんだったんだ。
俺の思っていたとおり倉庫の整理が終わり、ワイズさん達が助けにきてくれたようだ。ありがたい。ありがたいけど、俺も監督役として見てるだけじゃダメだったのか?
「大分……苦労していたようだな」
ワイズさんが含み笑いをしながら俺のところへ来た。
「おかげで助かった。ありがとう」
「こんな奴には、このまま苦労させときゃあよかったのに。ワイズちゃんやっさしー」
ネメシスが俺に厳しいが、これでもギルドマスターだぞ?
「……当たり前だろう。……こちらは色々と面白いものが見つかったぞ」
倉庫だから過去の人の色々なものがあったんだろうな。
「MPポーションだ」
な、何?
ワイズさんが手に持っているのは怪しげな紫色の液体が入ったガラス瓶。
これは全薬師さん待望のMPポーションじゃないですか。
「他にも色々野菜の種とかもあったから、ここに蒔くかなー」
ネメシスの手にはずっしりとした袋が握られているが、ちゃんと調べてから蒔いたほうが良いと思うぞ。植物学持ちの俺によこしなさい。
「……じゃあ、俺達はヴィルゴのところへ手伝ってくる」
「バイバー」
ゾロゾロとワイズ一行は去っていくが、去り際にマッドが。
「ゴーレムを置いておく。これは効率化」
といってゴーレムを一体わけてくれた。本当に良い人だ。MPがない俺をいたわって……どっかのただ見てるだけの人とは大違いだな。
という視線に気づいたのか、カラコさんは慌てて光の球を出した。
残念ながらまだ明るいんだよなぁ。しかもMPがないからすぐに消えたし。
もし俺達が今誰かに襲われたら瞬殺だろうな。
「今の光にはMPの回復速度を上げる効果があるんですよ」
ほう、そんな便利な魔法を覚えたのか。
一瞬で消えたけどな。
まあ、ここは一応礼を言っておくか。
「ありがとう。そうだな。MPもないし、種を蒔くのを手伝ってくれ」
種はどれも現実にある野菜だった。赤トマトとか、曲がりキュウリとか何やら種類を示すようなものが先についているが、変わらないだろう。種を蒔く時期とかも書かれていなかったのは、なぜか。まあ、1年も育てるのにかかったら不便極まりないというか、ゲームとして色々問題があるけどな。
カラコさんは魂が抜けるかと思うほどの長い溜息をした後、やれやれと立ち上がった。まだ若いのにそんな声だして。
「じゃあ、広いし。種の半分ぐらいまで蒔いていこうか」
全部使う気にはなれない。もしも芽吹かなかった時のためだな。
……農作のスキル取るか。
《スキル【農作】を取得しました。残りスキルポイントは26です》
スキルポイントがいつの間にか26に。後10ポイントのものを2つ取ったら、苦しむことになるのか。まあ、今考えることではない。今は種を蒔く作業に集中しよう。
適当な間を空けて種を蒔いていく。こういう無心になれる作業は俺に向いているな。
全ての作物の半分の種を蒔きおえた時には1番始めに蒔いた種の芽が出始めていた。さすが速い。明日にはもう食べれるようになっているのじゃないだろうか。
《行動により【農作Lv12】になりました》
「疲れました……」
主に精神的な疲労だろ? 何も考えなければ疲れないぞ。
「でも達成感がありますね」
「おつかれさん」
水とかを蒔かなければいけないのだろうが、近くに井戸は見えない。あれか、水魔法を取得しなければいけないのか。火魔法、土魔法と引き続き水魔法までか。いや、だめだ。こんな風にどんどん増やしていては育たないスキルが増えるだけだ。
ではどうやって運ぶかというと。
「上水道は整備されているみたいですね」
カラコさんがホースを持ってきた。
さすが元貴族の別荘。下水道はそもそも必要ないと思うが。NPCはどうなのだろうか。あえて実装させるメリットはないと思うが、手洗い場は必要な気がする。主に女性が鏡みたりね。いや、髪が乱れたり、化粧が落ちたりする心配のないVR内では女子も鏡を見ないのか?
カラコさんがおしゃれしているところを見たことがない。
若い女の子なんだからとも思えるけど、いつも鎧姿ってのも味気ない。ヴィルゴさんじゃないんだから、可愛くしたら良いのにワンピースとか色々あるじゃん。えるるなんていつ見ても可愛い格好をしているのに。自分で作れるからという理由もあると思うが。
ファンタジーもへったくれもない緑色のホースで水を撒く。ついでにカラコさんにもぶっかける。
「ひ、ひえっ。濡れました!」
濡れた? 水をかけられて興奮する趣味でもあるのか、それとも単にエフェクトだけだと思ってたらちゃんとした水で驚いたのか。後者だろう。前者だったら楽しみでもあるが。
「そりゃそうだろ」
「コップの水はこぼしても身体に触れたら消えるだけだったんですよ」
コップに入れた水をかけるシチュエーションはないけど、ホースでの水のかけあいはあるだろうからな。
「一体どうしてくれるんですか」
びしょ濡れの女の子はエロいとかいうが、胸を含めて大部分が堅い鎧で覆われている部分が大半なカラコさんでは何もない。こういう時まで鎧をつけずに私服を着ていれば良いのに。俺なんかローブと初期装備だけだぞ。
髪が濡れていたのと、鎧に覆われていないおへその形が見えたところがグッドポイントだな。
今度、健全に見える私服を着せて、シノブさんが選ぶ服だからどんなのかと思ったけど、普通ですね。と言わせておいて水をかけよう。何、素材のチョイスを薄いものにすればどんなデザインでも水をかければ良い。
夢が広がるな。どう頑張っても胸とかは見えないだろうが。夢だけは見させて欲しいものである。15禁エリアとか次のアップデートで出ないのだろうか。拠点は18禁にしますとか。
ありそう。というか男プレイヤーの大多数はこれを望んでいるだろう。このリアルさで女子とイチャイチャできればと。女性の肩を触っただけでセクハラの警告が出るとか厳しすぎる。
そんなことを考えているうちにカラコさんは乾いていた。
「日があるからか、乾くのが速いですね」
もう沈みけけている夕日だけど。
「もうそろそろ闘技場のところへ行きましょうか」
もうそろそろというよりやることがないからな。
こうして見違えた畑を後に、俺達は闘技場へと向かうのであった。
送れてしまいもうしわけありません。
ありがとうございました。




