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狙撃手の日常  作者: 野兎
拠点
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83 超える

 裏庭……裏庭?

 表庭って言ったほうが良いかもしれないほどでかい。そもそも裏庭の定義って何? 

 家の裏にあったら裏庭なの? 裏山とかもわからない物の筆頭だ。裏? 何の裏なの?


 とにかく広い。雑草だらけでうねがあることでかろうじてわかる畑や、いくつかの建物まである。


「ギルドメンバーで畑を耕せる人っていませんね。NPCとかを雇った方が良いんでしょうか」

 そういう選択もあるのか、てかNPCって雇えるんだー、知らなかったなー。

 NPCが雇える……NPCに狩りさせたら素材だけ手に入るんじゃね? まあ、俺が考えつくことだから誰かやってるだろう。そもそも街の防衛のほとんどをプレイヤーに任せちゃうようなひ弱なNPCだもんな。始まりの街にいる教官とかを雇えたら、強いとは思うが、生産系しか雇えないんだろう。


 俺もお金貯まったら可愛いNPCの女の子雇って肩もみとか耳かきとかしてもらおうか。


「この建物は一際大きいですね」

 円形の……コロッセオだろうか。コロシアムというよりコロッセオって感じだ。要するにボロボロで崩れかけってこと。


 俺達が中に入るといきなりウィンドウが現れる。

 ルール設定とな。一発勝負とかHPが半分になるまで、とか色々あるな。やっぱりここがヴィルゴさんの言ってた闘技場か。充分に広いと思うけどな。

 汚いから掃除は必須だと思うけど。


「シノブさん、戦いましょう!」

 あれ? ヴィルゴさん?

 ああ、カラコさんか、変な声が聞こえたような気がしたな。いやいや、闘技場に入っただけで戦いたくなるような人なんてヴィルゴさんくらいだよな。もしかして俺の隠された闘争本能が変な空耳を聞いてしまったのかもな。俺だって本気だせば強いんだぜ?


「聞いてますか?」

「え? ごめん、考え事してた」

 何かに集中すると周りが見えなくなって聞こえなくなる癖もどうにかしないとな。どうにもできないけど。


「シノブさん、私と戦ってください」

 う、うーん? 乗っ取られたのかな? それともウィルスとか? 機械人間だからありうる?

 しかしここで頭大丈夫? と聞いてしまうのは後々の関係に大きな亀裂を入れることになるだろう。下手したらカラコさんがログインしていられるわけを聞くよりもダメージがでかいかもしれない。ここで答えるべき最善の返事は……。


「何で?」

「パワーアップした力を試してみたいからです」

 なるほど、俺にサンドバックになってほしいのか。俺に何か目覚めろといいたいのか? こんな可愛い女の子に殴られたらさすがの俺でも新しい扉開いちゃうぞ?


「もちろんシノブさんも本気になってくれていいですよ?」

「ほう、良いだろう」

 俺に本気を出されるとは……。てか俺が本気で弓使ったら勝つ未来しか見えないんだけどね?

 いや、わかんない。初撃外したら殺される。てか構える前に瞬殺される。展開のてを言った瞬間に殺される未来が見えた。


 試合設定をしているであろうカラコさんに一応言っておこうか。


「まあ、本気出すってのも大人げないし、俺は昨日手に入れた新武器で挑もうかなー」

 全力出して負けるのが嫌だから回避したとかじゃないよ? あくまでもね。槍のプレイヤースキルを上げたいと思ってだね。


「私がいない間に武器なんて作ってたんですか」


《スキル【回避術】を取得しました》

《スキル【魔法装】を取得しました》

《スキル【気配察知】を取得しました》


 よし、オーブ3つ使った。何で俺はもっと早く使わなかったんだ。もっと早く取得してレベルを上げていれば……。今こんなこと言っても仕方がない。

 後は、毒だな。毒耐性。


 両手武器、回避術、魔法装、気配察知、火魔法、木魔法、土魔法、魔力操作、マゾヒスト、毒耐性。完璧だ。

 魔法装はまだ使ったことがないから実戦での使い方を試すことになる。使う前に倒されないことを祈るばかりだ。

 よし、覚醒も使っちゃうぞ。


 大人げない? カラコさんにはそれでも充分だろ。だってあの勇者様だぜ?




 カウントダウンが始まる。手汗が凄いような気がする。実際は出てないが。

 そしてさっき思いついたばかりの作戦。必勝法を思いついた。そのせいで毒耐性と木魔法を削ることになったが、これは勝てる。めっちゃ大人げないけど、勝てる。

 勝った方が正義なんだよ!


『3、2、1』

 俺とカラコさんの間に風が吹き荒れる。


「行きますよ、シノブさん」

 どんと来いと言いたいところだけど、すみません。覚醒が発動するまでは待ってください。


「覚醒!」

 俺の中の何かが目覚める。

 闘技場の砂埃を巻き上げ、現れたのは超強力になった俺の体。手には槍を持っている。

 そして精神体の方には……神弓。


 キタコレ。誰が新武器でしか戦わないと言った。新武器と旧武器両方で戦うんだよ!

 もうMPも連射したらなくなるぐらいだけどな。


 これが俺の必勝法。誰か薬師さんMPポーション作ってください。切実にお願いします。俺も調合持ってるから薬師といえば薬師だけどな。他人任せなんです。遡行成分使えば絶対できる気がするんだけどなー。


「何か凄いものだしてきましたね。これも私のおかげですか」

 いや、違うな。俺の人を見る目さ。それか俺の運のよさだな。


「そっちは何かやらないのか?」

 なるべく時間稼ぎをして少しでもMPを回復しなきゃな。


「良いでしょう、少し待っててください」

 カラコさんは目を閉じた。


「神化!」

 空から一筋の光がカラコさんに降りてくる。カラコさんの黒い髪が銀色に変わり、長くなる。

 どこの伝説の戦士だよ。もしかして決めポーズと名乗りのセリフとか言ったりするんじゃないだろうな。

 真っ黒だった毒大蜥蜴の鎧も白色になって俺のと同じような蔦の模様が浮き上がる。


「どうですか?」

 良かった。特にセリフはないみたいだな。

「とりあえず……」

 なんと言えばよいのだろうか。しかし1番に思ったこと。


「なんだよ、それ!」

「神化です」

 どう見てもコスプレして肉弾戦ばっかりしてる伝説の戦士なんですが。刀を持ってるのが違うけどさ。その刀も勇者の剣の効果で光ってるし。なんかのイベントのボスになれるぞ。


 まさか見た目だけってことはないよな。もちろん能力も大幅に上げられてるし、代償もそれなりにあるはずだよな。それを探さなければ。


「我は神なり」

「わけがわからないよ」

 この人いきなり何を言い出したんだろう。そうか、中二病か。


「自称する神って胡散臭いですね」

「そりゃあな。展開」


 神であろうと関係ない。神の名前を冠する俺の武器達に敵うかな?

 とりあえず体、突っ込め。


 その巨体に似合わない速さでカラコさんに向けて突っ込んでいく。

 そして俺は。


「装填、加速、ファイアショット」

 当たってくれよ。

 俺が振り下ろした槍。あの巨体が持ってるから、随分と短い短槍といった感じだが。それを難なく避け、俺が放った矢もギリギリのところで避けられる。

 これは負けたな。


「では、行きますよ」

 カラコさんの一撃で俺の手が2つに別れて吹っ飛ぶ。1つの腕が2つになったってことだ。何だそれ。

 全年齢対象で身体欠損とかマジかよ。PTAに喧嘩売ってんな。


「装填、加速、ファイアショット」

 体、俺に合わせろよ……。体の攻撃をかわした瞬間がお前の終わりだ。てか超再生凄いな。トカゲみたいに手が生えてきてる。カラコさんもこれは予想外だったみたいだな。元々は俺、植物だしな。剪定なんて慣れっこなもんよ。


「いけっ!」

 よ、避けられた? 今明らかにおかしい動きしたよな。

 足を薙ぎ払う大振りの一撃をカラコさんがジャンプして避け、俺が弓で確実にそこを射抜いたはずだった。と思ったら横に移動された。

 空中で動けるのかよ。俺の弓を上回るほどの速さで? 俺の腕を切り飛ばせるほどの筋力で? 笑っちゃうよな。いや、これでも俺第一線を走ってきたんだ。

 色々な人に助けられて、そしてこの場まで登ってきた。この弓を作ってくれた職人達、杖になってくれたカグノ、そしてそれを作ってくれたクロユリ。

 そう、その人達のためにも俺は……俺は負けない! 皆、俺を助けてくれ!




 負けました……。

 超再生が追いつかずに普通に削られて終わりました。少年マンガ的に奇跡が起きるかと祈ったけど、それもなし。何か友情パワーとかあるかと思ったけど、それもなし。俺の十八番のマゾヒストも体と精神が分離してるから発動なし。結局魔法装を発動させるだけのMPもなくて終わった。


 こういう時に魔眼を発動して、どこが弱点か探せば良かったんだけど、MPが勿体ないからなぁ。

 いやはや疲れた。



《戦闘行動により【両手武器Lv12】になりました》

《戦闘行動により【弓術Lv19】になりました》

《戦闘行動により【回避術Lv6】になりました》

《戦闘行動により【気配察知Lv7】になりました》

《戦闘行動により【火魔法Lv23】になりました》

《戦闘行動により【精密操作Lv7】になりました》


 スキルは結構レベルが上がったけど、俺自身はなしか。カラコさんよりレベルは下だろうから仕方ないか。それにしてもどうせ負けるなら土魔法使っとけば良かったな。


「強いな」

「ふふん」

 髪の色も元に戻り、完全に状態は解けたようだ。俺もイケメンモードから元に戻っている。カラコさんに俺の美しい心を見てもらえただけでも良いとすべきか。


「ありがとうございました。中々強いですね」

「誰が?」

「私が」

 だと思ったよ。中々というよりめちゃくちゃ強いよ。俺より強いなら胸はっていい。まあ、胸は(以下略)。


 俺の方に近づこうとしたカラコさんがズッコけた。いつの間にドジっ娘属性まで身につけてたのか。恐るべし。


「さっきのもの1日に1回しか使えないし、ステータスが9割低下するし、戦闘直後はMPがなくなるし、HPも自然回復しなくなるんですよ」

 マジで? キツいな。それは9割低下ってことは、どれぐらい治るまで時間がかかるんだ?


「明日になっても治るかどうか……逆に明日1日で治るかどうかってところですね」

「どうすんだよ」

 明日狩りにいけない……ってそもそもこれからしばらくは行かないのか。

「今日ログアウトする時はギルドのベッドで寝ますよ」

 ギルドのベッドで寝る? 何か効果があるのか?


「ベッドで寝るとステータス異常が速く治ります」

「へー」

 知らなかったー。そして使わないだろうな。死に戻りしてもそこまで酷い傷を負うとは思わないし。豆知識として覚えておこうか。



「というわけで体が重たくて仕方ありません」

「俺が運んであげようか?」

「嫌です。少し休めば慣れて普通に動けると思います」

 断られたか……。つれない人だ。何も問題ないと思うけど。

 そんなこんなで俺達は観客席に座って流れる雲を眺めていた。


「雲が多いか少ないかはあっても基本的に晴れですね」

「雨で喜ぶ人がいないからだろうな」

 濡れても風邪は引かないだろうけど、火魔法弱体化とか、視界が遮られるとかで不評だと思う。


「二人共こんなところにいたのか」

 ヴィルゴさんとマラがやってきた。最近ラビは単独行動してることが多いな。なぜだ。


「さっきまで対戦してたんです」

「なら私ともどちらか、対戦してくれないか?」

 残念ながらMPがない。


「私もシノブさんも戦いの余波で……」

 何か壮絶な戦いがあったみたいだけど、実際は俺がボコられてただけだ。誰と戦っても結果は変わらなかったと思う。ヨツキちゃんとかワイズさんみたいな人であれば結果はわからないけど。

 あの状態のカラコさんはヴィルゴさんよりも強い。プレイヤースキルを覆す勢いで、圧倒的に能力が底上げされている。


「でどっちが勝ったんだ?」

 ニヤニヤしながら聞くな! どうせ俺が負けたと思ってるんだろ?


「私が勝ちましたね」

「シノブは性懲りもなく接近戦を挑んでコテンパンにされたんだろ? もうあの槍を使うのは諦めろな」

 ヴィルゴさんは朗らかに笑いながら去っていった。対戦相手を探しに行くらしい。戦闘狂だな。

 ところがヴィルゴさん、槍を使いながら弓も使える方法ができたんですよ。槍というかあの巨体が持ったら短槍どころか、剣だけど。


 あのままリストラされるかと思ったカグノにも出番はできたよ。良かったね。


「そういえばその杖? 一体どうやって作ったんですか?」

 なんと説明すれば良いのか。

 一言で言えばそうだな。


「カグノが変化した」

「ええ?!」

 うん。


「すみませんがさっぱりわかりません」

 だよなー。カグノの声が周りには聞こえないってのがアレなところだ。幽霊見えるけど信じてもらえなくて空に向けて1人で話してるみたいな。


「なあ、カグノ。起きてるか?」

『起きてるよー!』

  静かだから寝てるのかと思ったら、やはり槍になって静かになったな。


「お前の声って誰かに聞かせられないのか?」

 カラコさんは横でなんとも言えないような表情をしている。これは冗談なのか、それとも本気なのかという顔だ。


『口がないから!』

 じゃあ逆に聞くが、槍に口があったら喋れるようになるのか?


『でもー、体があれば大丈夫だよ』

 体、体……体ねぇ。


「カラコさん、俺に体を預けてくれない?」

「な、な、な、な」

 壊れたレコードみたいな音出してどうした?


「なーにを言ってるんですか?」

 声が裏返ったな。何を言ってるかって? カラコさんがどれぐらいまで知っているかだよ。さすがに中学生か高校生では知ってるか。


「いや、カグノが話すためには体が必要って言われたから……一体何を想像したのかなぁ」

 ギリギリセクハラではない。俺のセクハラの基準は緩すぎるかもしれないが。

 露骨すぎたかな? まあ、もっと遠回しだとカラコさん気づかないもんな。


 カラコさんは顔を真っ赤にして、うつむいている。いやー、周りに誰もいなくて良かった。ヴィルゴさんがいたら殺されてて、他の誰かでもドン引きされていたのは確実だろう。


「お前は1回地獄見てこい!」

「ギャーーーー!!」


 殺されました。


「いや、シノブ気持ち悪い。ふざけるとかそういうのじゃなくて寒気がする。気持ち悪い」

「ネメシス、こいつはこういうやつだ。私達は今からこいつのギルドに入るんだぞ?」

 女性陣には大不評みたいだな。うん、仕方ない。自分でもそうは思う。1度思いついたら止められないんだ。


「ワイズに寿司奢ってもらうだけじゃなくてもっと請求すれば良かった……」

 寿司で俺のギルドに入る気になったのか。というよりこの2人ってリアルでも知り合いなんだな。リアルのやつとVRゲームとかよくできるな。


 というより俺はカラコさん以外にはこんなことしないぞ? 特別扱いってかこういうのをやっても大丈夫そうというのがわかるというか。そう、初心で純真なカラコさんを弄んでいるんだ!


 ……俺って最低だな。反省します。


 正座で座り、自らを客観視したところで、どうしようか。

 カラコさんは忘れてるかもしれないけど、カグノの体。


「てことで何か候補はないのか?」

 周りに聞こえないようにささやき声でカグノに聞く。


『熱いのがいい!』

 これまた難題を。

 熱い体の持ち主なんて知り合いにいないぞ?


 ……一体だけいたな。


「ファイアゴーレム!」

 体ならこいつでもいいだろう。仲も良いことだしな。っていうよりMPがマズイ。なくなる。本格的にMP関連のスキルを取ったほうがいいな。


『エウレカルテル号!』

 エウレカ号もカグノのことがわかるみたいだ。

 何やら嬉しそうにしている。


「さて、エウレカ号。体借りるぞ」

 エウレカ号にカグノを渡す。

 燃えないかどうか心配だが……大丈夫だろう。


 渡した瞬間、エウレカ号から光が溢れだした。進化するのか?

 カラコさんといいエウレカ号といい今日は光ってる奴が多いな。


 光が収まった時、その人はそこにいた。

『カグノだよー!』


 大人バージョンきたああああああ!!

ありがとうございました!

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