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狙撃手の日常  作者: 野兎
拠点
82/166

81 家を買おう

「凄いですね……」

 確かに凄いな。


 ガラスの扉に貼られた広告の数々。そもそもガラスの扉があまりない、このファンタジーな地ではとても目立つ。世界観が一体どうなっているのか教えてほしい。

 少し田舎の不動産屋という感じだ。


 驚いていても仕方がない。さっさと入ろう。


『いらっしゃいませ』

 眼鏡にスーツ。七三分け。え? 俺何のゲームやってたっけ。ファンタジーだよな。

 俺達一行はその異様さに立ち止まったが、ラビが一歩前に踏み出したことで我に返った。俺はカラコさんの背中を押す。ここの代表はカラコさんだ。


 カラコさんは堂々と宣言する。

「家を買いに来ました!」


 そんなカラコさんに対してにこやかに椅子を進める不動産屋。

『こちらへどうぞ』

 相手は百戦錬磨の商売人。ここで座ったが最後、あれよあれよと契約されて、気がついたら売れない片田舎のマンションを買わされてしまうのだろう。ここは俺が気を引き締めなければ。


「シノブさん座らないんですか?」

 カラコさんは相手の策略に気づくこともなく、椅子に座ってしまっている。嘆かわしいことだ。商売人という人に騙されたことがないのだろう。

おとこたるもの常に体を鍛えるぐらいの意気込みが大切だからな。こんな椅子に頼るほど軟弱な体をしていないだ!」

「は、はぁ」

 若干引かれているような気がする。しかしここで本音をいうと相手がどんな反応をしてくるかわからない。

「ほっとけほっとけ。こいつは馬鹿だ」


 馬鹿がどちらか、それは契約の時にわかるだろうな。

 カラコさんの膝に座っていたラビが俺を見て、俺の横に立つ。うん、こいつは体を鍛えようとしているんだな。そんなまともに捉えなくたっていいのに。


『え、ええと。ではなぜ今回物件をお探しになっているのですか?』

 どこか引きつった笑いの不動産屋はカラコさんに質問を始めた。


 そして滞りなく契約は進み……。


『ではご案内します』


 さて、ここからが本番だ。

 って契約もう済んでんじゃん! いつの間に?


 カラコさんが嬉しそうに契約書を持っている。俺は後ろに立ってたから資料とか何も見えなかった。ただ虚空を見つめてるだけで終わってしまった。

 これはやつの戦略か。わざとつまらない話をして、しかも暇つぶしになるような資料からも俺を離し、俺の意識を飛ばす。してやられた! それに海エリア解禁するというのを朝に聞いていたのが災いしたな。いつもより意識が飛ぶのが早かったような気がする。

 ここはカラコさんとネメシスがしっかりしていることを願おう。


「それでどんなものを選んだんだ?」

「大きめで郊外にあるギルド専用の拠点です。庭もありますよ」

 庭かー。それにしても凄い大雑把な説明だな。


「まあ、基礎があるだけなので改造は必須ですけどね」

 改造……忍者屋敷か、ロボットハウスにでもなるのかな?


 そしてまさかの転移魔法。

『いえ、これは転移魔法ではなく、転移魔法陣を使った転移ですね』


 凄い便利だな。これが普及したら街と街の間の移動も楽になるんだろうな。しかし課金アイテムになりそうな気もするけど。


「ちっくしょー。ワイズ連れてきたら良かったなー」

 ワイズさんなら魔法陣を再現できるんだろうな。魔法陣書き有能。



 森の中にある古びた洋館。窓はひび割れており、壁には蔦が張っている。周りには寂れた庭園が広がっており、噴水が力なく水を吐き出している……。

 どこのホラーだよ。


「何か……聞いていたのと違いますね」

『いえいえ、この家は過去にとある貴族が立てた家で、転移魔法陣や、闘技場、畑に様々な施設が揃っている別荘なんですよ。巨大なダンスホールを改造すればギルドとして充分に使えるかと。では案内いたします』


 ラビは庭園の方に駆けていき、ネメシスは影となって扉の隙間から先に入っていった。


 古びた洋館……といえば幽霊だよね!

 女の子と2人で入って、キャー怖い! とか言われて抱きつかれて、つい胸を揉んでしまってブチ切れた女の子に通報されるということが起こりそうで怖い。

 カラコさんならその心配はなさそうだが、だって揉む胸……。


 まあ、そのことは本人の責任ではない。



 案内された中は高級感溢れているが、ボロいということで更に幽霊が出そうな気配を更に出していた。照明は壊れていて、部屋を見るごとにカーテンと雨戸を開けていっているが、それでも中は

薄暗い。


「幽霊とか信じるタイプ?」

「現実のもののほうが怖いですね」

 リアリストだな。

「でも幽霊でそうだよなー」

『ははは、事故物件ではないのでご安心を』

 なら何でその貴族は手放したんだろうな。単に没落したとか、手入れが大変になったとかもあるが。



「おい」

『「「ギャーー」」』

 突然かけられた声に俺達は駆け出す。ちょ、カラコさん速っ! ここで敏捷の差が!


「人を見て叫んで逃げるとは失礼な奴らだな」

 あれ? その声は……ネメシスじゃないか。全身真っ黒なんでこの暗い家ではわかりにくいな。しかも絶対いきなり出てきただろう。そりゃ普段でも影から影人間が出てきたら驚くよ。それに周りが叫んで逃げ出したから日本人としてね。周りに合わせなければと思って。



「声ぐらいかけてくれよ。ってカラコさんと不動産屋行っちゃったな」

 そして全員いなくなるというやつだろうか。最初にラビとネメシスが自分からいなくなって、カラコさんたちがいなくなった理由も明白だから全然怖くないけどな。


「ったく、面白い所見つけたのに、知的な会話のできそうにないシノブしかいねえなんてな。じゃあ、俺はカラコちゃん見つけたら連絡する、ばいばーい」

 ネメシスはまた出てきた時と同じように影に沈んでいった。神出鬼没だな。歩くスピードは変わらないとは思うが。そして知的な会話ができないとは何事か。確かにできなさそうに見えるかもしれないけど、これでもいらない雑学は詰め込んでいるほうだぞ。

 そしてカラコさんを見つける……。

 な、まさかカラコさんと二人きりで暗い洋館の中を探索するというイベントの始まりなのか?


 ネメシスに先を越される。こうしちゃおられん。速く探さなければ。ネメシスは女らしいけど、信じられないけど。

 中性、ということにしておこう。


 不動産屋は自分の担当する家なんだから入り口ででも待ってるだろ。


 洋館の中を走る俺。

 絨毯なので足音は響かない。さて、カラコさんの敏捷ならどのぐらいまで行ったのかな?


 大体のところを予想して扉を開けていく。それにしても広い家だな。ギルドに改造したらギルドマスター室でワインを飲みながら、猫を撫でたいものだ。背景には巨大な満月! 葉巻も持って、ふかふかのソファに座って、静かに満月を眺めて、窓に手をついて静かにため息をつきたい。

 これを一度にやろうとすると体が何個も必要になるのだが。


 そして撫でるのは猫じゃなくてラビになりそうだな。いや、ラビは撫でさしてくれないからクレイゴーレムが現実的かな?

 それにワインってあるのだろうか。自作するということも考えられるけどな。酒税法に引っかからないからここでは自ら作ることができる。

 どこかのレシピサイトと提携して数千種類の料理を作ることができるっていうけど、酒だけないとかはないよな。


 今度ネットで調べてみよ。


 いくつかの部屋を見たところ、ある部屋の壁際でカラコさんが体育座りでガタガタ震えていた。

 ……幽霊は怖くないんじゃなかったの? 俺も苦手だけど。


「あのー、カラコさん?」

「幽霊は現実にいないじゃないですか!!」

 何の言い訳だよ。


「いや、幽霊は現実にいないから怖くないけど、この運営なら本気でホラーゲームとかも作りそうじゃないですか」

 アホ毛が丸まってる。おもしろ。かつての西みたいにプレイヤーに嫌われることを平気でしてるもんな、この運営。大丈夫なのか? まあ、俺としては楽しいからいいけど。なんだかんだいって後々には良い思い出になるしな。それか忘れるかのどちらかだし。


「で、この家どうするの? 買うの?」

「もちろん買いますよ」

 即決だな。


「何せ私は勇者ですから」

 うわー、この人自分で勇者とかいちゃってるよ。MMOに主人公はいませんよ?

 俺が引いた目で見ているとカラコさんもジト目で見てきた。


「勇者の威光でNPC相手の友好度が高いんですよ。かなり値引きもしてくれましたか」

 なるほど。そんなことも言っていたな。ぼったくられてるとか、いわくつきとかを売ることは勇者様相手にはできないってことか。



「それでさっきのものは何だったんですか?」

「さっきのもの?」

 何も感じてないような無表情だが、またアホ毛は縮こまっている。感情筒抜けだな。


「さっきいきなり出てきたものですよ。何だったんですか?」

 ああ、あれか。

「ネメシス」

「え、ええ~!」


 凄い驚き方だな。よく考えればネメシスだってことはわかりそうなものだけど。


「それは後でネメシスさんに謝らなければいけませんね」

 律儀だな。俺は何も言わなかったが、謝らないといけないのだろうか。


 そう言ったところで天井からネメシス落ちてきた。そのとおり落ちてきた。猫みたいに綺麗に着地してたけど、こっちが驚くからやめろよ!

「さすっがぁ。何も言わないシノブとは違うな」

 内心凄く驚いていたのが、アホ毛でわかったが、声と表情に出していないのは流石だと思う。


「いえ、先程はすみませんでした」

「良いって良いって。いきなり出てきたこっちにも非はあるわけだしさ」

 なら今いきなり飛び出してきたのは何だったのか。それをやめろよ。



『ああ、ここにいましたか』

 ここにいたかって、叫んで逃げ出したのはあんただろう。


『それで気に入っていただけましたか?』


 普通に考えたら、ここに来てから今までで気に入る要素はないと思う。立地ぐらいか?

 しかしカラコさんは堂々と首を縦に振った。


『では、サインをお願いします』

 よくわからないが、カラコさん名義で良いのかな?

 サラサラと流れるようにサインをするカラコさん。

 不動産屋は眼鏡をなおし、何か書類に書き込むと顔を上げた。


『こちらでリフォームを頼むことも可能ですが』

「結構です」

 断って良いのだろうか。誰か知り合いにいるのかな? ワイズさんなら大工とかの知り合いいそうだな。


『では私は失礼します。ありがとうございました。またのご利用の機会がありましたら』

 家を買ってもう一回不動産を利用することなんてあるのだろうか。売りに出す時?

 そう言って、不動産屋は消えていった。



「いやー、手持ちのお金の範囲で足りて良かったですねー」

 え? マジで?

 そんな安かったっけ?


「勇者まじチート。こんな安く買えるとか、全然余っちまったよ」

 さすが勇者。よ、勇者。すごい! かっこいい!

 外に出てきた俺達のところにラビが戻っていた。HPっが減ってるんですが。何してきたんだよお前。


「拠点の場所も決まったことですし。他の人も呼んでお披露目会でもしましょうか」

 ボロボロだよ? ここ。


 それにしても、今から作るギルドのマスターって誰だっけ? カラコさん?

ありがとうございました。

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