80 帰ってきた
さて、おはようございます、と。
今日は何をしようかな。あ、ゴブリンタロウからメールの返事が着てる。
「おはようございます、シノブさん」
「か、カラコさぁぁん!」
俺の抱擁は素早くかわされた。解せぬ。1日ぶりの再会なのだからもっとスキンシップを取ってもいいと思うのだが。俺は手を広げた体勢のまま無様に倒れこんだ。
こういう時って転んだらパンツが見えるのが様式美なのではないかと思うのだが、残念ながら見えない。残念だ。というよりこのゲームってパンツ見えるのかな?
「昨日はすみませんでした」
いつまでも地面に這いつくばっているのも何だし、立ち上がるか。
「いやいや、用事があるならいつでも休んでいいよ。ただし俺の心が荒んでいくけどな!」
「何でそうなるんですか」
目の保養とか心の癒しとかいうやつだ。そうもう俺とお前は一心同体。離れたら死んでしまうんだ。
寝起きだからか、テンションがおかしいな。落ち着こう。
久しぶりと言っても1日ぶりだが、カラコさんは変わってないな。アバターだから当然だが。
あれ?
角生えてない? しかも銀色の。髪の一房が銀色になって揺れている。
要するにアホ毛というやつだ。
なんか要素が増えたな。見てると叩きたくなってくるのはアホ毛の宿命なのだろうか。
「てい」
カラコさんが頭を抑えてジト目でこちらのことを見てくる。が仕方ない。そんなもの生やしてるほうが悪い。
「何で叩いたんですか?」
「揺れてるものを見るとついね」
「猫ですか、やめてください」
カラコさんが言うのと同時にアホ毛もピンと立つ。面白いな。これ、感情に合わせて動くのか? アホ毛萌えというジャンルは聞いたことがないのだが、こうして見るとまた可愛らしいものだ、うん。
「昨日のことですが、クレームを入れるために1日ログインしない必要があって」
クレーマーかよ。もしかして俺達に運営からのお詫びが来たのもこの人のせい? ナニソレ怖い。
「曲がりなりにも全年齢対象のゲームなんですから、精神にダメージを与えるようなことは避けるべきですよね」
まあ、そうだが。結局何があったんだ?
「月の神として責務の一部を与えられたんですよ。あの月神、優しそうに見えてスパルタでした……」
ふーん。月の神ねー。
何かもう。勇者で? 月の神で? それで触覚が生えてて? ウサ耳がついたフードを被ってて?
俺なんかただの樹人で狙撃手やってる。いわゆる縛りプレイみたいなものやってるだけだぞ? 後武器は超高火力です。
「それで? 強化されたのか?」
「スキルが少し増えて、ステータスも上がりましたね」
見せてとは言わない。見たら嫉妬でキャラを作り直したくなる。
ここはポジティブに考えよう。俺のパーティーメンバー最強。ここから俺達の無双物語が始まるんだ!
「そういえば聞きましたか?」
俺が聞いてないことは明らかにわかっていることだろう。俺が新しい情報なんか得ているわけがない。そんなもの調べるぐらいだったら、ゲーム内で使える小ネタ集を見る。
「近々アップデートで、ノルセアの南方の海に生けるようになるらしいです」
マジで? 水着。水着を買わなければ。カラコさんに何が似合うだろうか……貧乳だからワンピース型? それともあえて、ビキニ? スク水……は嫌がるだろうな。
「私で変な想像しないでください」
変な想像とはなんだ。健全な男子である俺がエロ方面に持って行かなかったというだけで勲章を貰えてもいいぐらいなのだが。
貧乳といえばスク水。しかしこれは俺のロリコン疑惑も起こるだろう。ここはビキニを勧めてぽろりの可能性を期待するというのが1番良い選択だろう。
「やっぱり水着は」
「私達は行きませんよ」
ちくしょう。かぶせて言ってきやがった。
「このエリアの追加は今まで死に種族だった人魚と魚人救済用と、新しく入ってくるプレイヤーに人魚と魚人を増やすためですよ。行くならやることが全部終わってから行きましょう」
一体いつになるのか……。
あれだろ? 生産しなきゃいけないだろ? ギルドも作らなきゃいけないだろ? スキルも何か取らなきゃいけないだろ?
あれ? 思ったよりやること少ない?
とりあえず最優先事項は、生産だな。
「これからしばらく狩りはやめて、拠点選びにしましょう」
……とりあえず最優先事項は拠点選びだな。
生産なんて後回しでいいや。カラコさんがいるのに別れて、生産というのも味気ないし。
「早速行きましょうと言いたいところなんですが、今から腕にブレス付けに行くので……」
あ、そうですかー。なら俺は生産してようか。
「じゃあ、終わったら連絡してくれ」
「すみません」
カラコさんと別れて、まずやることはクエスト探しだな。
えーと、ポーションの納品……あ、取られた。
ポーション作りの手伝い……これも他の人が取った。
何だ何が起こってるんだ。俺が見つけたクエストがことごとく他の人に取られていく。これもまた運命か。
「おい、お前いいクエスト持ってんじゃねえか」
「ひいいいい」
俺の近くでクエストのカツアゲという行為が行われていた。なるほど。こうしてクエストを取ればいいのか。あいにく被害者は男。助ける気はない。男ならガツンと断ればいいのに。相手が攻撃できないんだからさ。
しかし調合スキルを使うものは中々見つからないな。
もう面倒くさい。料理手伝い……これでいいか。
《生産行動により【料理Lv4】になりました》
『本当にありがとうございました。子供たちも喜んでいました。よろしかったらまた来てください』
「は、はぁ。ありがとうございました」
クエスト内容は孤児院で料理の手伝いをしてほしいとのこと。誕生日パーティー開くから、料理の仕込みを手伝ってーってことだった。あわよくば保母さんとかと仲良くなろうと思ってた俺が改めて思い知ったこと。
多人数の子供って面倒くさい。
そりゃ、カグノ1人でもストレスがたまってたのに、あんだけ多いと……料理中にまとわりついてきて、どうすれば良いのかわからずにオロオロして、料理中に近づくなと怒られてて、それで他に遊び相手でも出してやろうと思ってクレイゴーレムを召喚したら、泣き出す女の子に石やら何かを投げ出すワルガキ。混乱の極みとなって大変なことになったのだった。
1人でやるなら例の生産用の服を着ようと思ってたのだが、使う機会なかったよ。てか使ったら大泣きされるし、たぶん保母さんにもドン引きされる。
料理スキルは上がったから良しとしよう。しかし疲れた……。何かもう1回行ったらイベントとか起きそうだけど。もう結構です。行きたくない。
「あ、シノブさん」
ギルドに行くとカラコさんとヴィルゴさん、そしてネメシスが昼ご飯を食べていた。ネメシスって口ないけどどうやって食べているんだろう。
「よぉ〜、拠点作りって聞いたからワイズ側の人間として出てきてやったぜ」
何かテンションが低いな。
普通に口の当たりに食べ物を持って行き、そしてそれが消えたと思ったら咀嚼されている。
空間魔法でも使ってるのかな?
「何かクエストでも受けてきたんですか?」
「孤児院で料理手伝いをな」
言っとくけど全然楽しくないぞ?
いや、子供が好きならまた違うのかもしれない。
ヴィルゴさんも一緒に飯を食ってるが代理としてラビが拠点を見に行くらしい。このメンバーにウサギの言葉がわかる人はいないと思うんだが。もしかして進化したカラコさんならわかったりするのだろうか。
「では行きましょう! 不動産屋へ」
こうして勇者、狙撃手、兎と影か何かの精霊の一行は不動産屋へ向かうのだった。
言葉にすると凄いカッコイイメンバーに思えるな。熱血勇者の主人公に冷静な狙撃手のヒロイン、マスコット枠の兎とサポート枠の精霊。誰かこのメンバーで王道なファンタジーのラノベを書いてくれないだろうか。
王道過ぎて陳腐かな?
4人連れでゾロゾロと不動産屋に行くってシチュエーションがコメディっぽいけどな。
ありがとうございました。




