74 隠密行動
「龍木にゃぁー?」
「そう見たことあるか?」
俺達は店を出て、ゆっくりと歩いていた。
なぜゆっくりと歩いているかというと俺のMPだ。この黒猫はなくても戦わないから大丈夫だと言っていたが、心配なことは心配だ。
「はんにゃ、犯罪者プレイヤーにはにゃりたくないにゃ」
噛んだな。課金アイテムを使っているとか言っていたが、まさか自分でも意識してにゃをつけるようにしているのだろうか。恐ろしい。
それにしても犯罪者プレイヤーだって?
師匠は冒険者ギルドに知らせるなとは言っていたけど。禁制品とかなのか? まさかそれで俺を捕まえようと……。ここで何言っても仕方ない。俺は知らなかった。ただ師匠の言うとおりとってきただけ。
「バレなきゃいいんだよ。バレなきゃ」
「悪人にゃ」
ここで会話が消えた。
無言で歩くアレク。それに続く俺。
気まずい。
「少しは回復したかにゃ?」
「ああ」
1割ってところだな。ファイアボール何発かは撃てるだろう。それに戦闘にさえならなければMPは充分回復するだろうしな。
「隠密系のスキルは持ってるにゃ? 今からは全力で戦闘を避けて進むにゃ」
「了解」
隠密と擬態だな。
さて、戦闘を避けると言ってもどんなものなのかな。
《行動により【隠密Lv11】になりました》
《行動により【擬態Lv6】になりました》
《行動により【植物学Lv4】になりました》
《行動により【収穫Lv11】になりました》
すっげー! アレクさんすっげーぜ。という気分にはなりませんでした。
しかし高山地帯まで1回も戦闘を起こさずに来れたのはアレクのおかげだろう。
遠くからモンスターを発見し、なるべく離れたところを通り、戦闘を回避する。回避できない位置にいる時はわざと見つかり、逃げてから撒き、通る。その様子は達人だ。まさに逃げと戦わないことに特化している。
そして今まで気づかなかったけど、北にも植物系素材ってあったんだな。
ロックベリーとかいう堅いけどベリーという意味不明な果物や、接着剤に使えるコケ。森よりかは多くないが。あるにはある。
アレクが誘導してモンスターを道からどかしている時ぐらいしか採取の暇はなかったが。
「そろそろ高山帯に入るにゃ」
そう言われたとおり、徐々に寒くなってきているような気がする。あくまでも気がするだけだが。周りに高い木がなくなってきたのが高山に入った指標って感じ。
それにしても戦闘も無く、こうして山を登るのは良いな。日頃のストレスが癒される。
最近なんか毎日が殺伐としてたもんな。戦闘に戦闘に戦闘……そういうゲームだから仕方ないけど。
長い坂道の終わりが見えた。山を登り切ったいうわけじゃないだろう。
「ここが正真正銘の高山フィールドにゃ」
登り切った場所には花が咲き乱れる高原が広がっていた。遠くの方でライチョウと戦っている一組のパーティーが邪魔だけどな。
絶景だ。そしてこの花はもちろん採取できるんだよな。
「この花が染料になるにゃ。グロウアップを使えば一箇所で効率よく集めることができるにゃ」
猫は足元の色の花達を鎌で切り取った。
鎌か。いいな。
「グロウアップ」
この花は様々な色の名前の後にサクラという名前がついている。アカサクラ、キサクラ、アオサクラなどだ。モモサクラがあったが、それは普通のサクラをどう違うのだろうか。
染料に使える花達は同じ色である程度固まっているため、少しずつ移動しなければいけない。しかし刈り取った後、グロウアップを使えばあら不思議。さっきと違う色の花が咲くではありませんか。
生命の神秘だな。
植物学では生き残るために様々な色の花が咲くようになったと書いてあるが、花の色が変わったぐらいで環境に適応できるようになるのだろうか。
《行動により【擬態Lv7】になりました》
俺の身体もやたら派手な色になっている。さっきから動いてなかったからな。遠目から見たら完全に風景の中に紛れているだろう。スキルを知らない人が見たらやたら派手なマントを身に着けていると思われるだろうな。
「大分数も集まったにゃ。そして龍木のことにゃ。案内だけはしてやるにゃ。前見た時からそんにゃに動いてなければいいにゃ」
動いてない? その龍木ってのは動くのか?
空を飛ぶバトルホークや、ライチョウ、モコモコで浮かんでいる羊などを避けながら進んでいく。
そして気づいたことがある。
鑑定ってモンスターに対して聞かないじゃん。まじかよ。ゲームみたいなスキルとかがある世界に転生だの、転移だのした場合って大抵鑑定スキルって何でも鑑定できる万能スキルじゃないか。確かに動物を鑑定するのは少しおかしいと思うけど。
モンスターの種類を見るためには他のスキルが必要なんだろう。
そんなことを考えながら歩いていると突然アレクが立ち止まった。敵かと思い警戒すると、アレクはその猫の手で一方を指差した。猫の手で指差すことができるというのが俺には非常に不思議だ。それにしても爪が鋭くひっかかれたら痛そうだ。
なんてことを思いながら、指さされた方向に目をやると、驚くべきものが目に入った。
「ド、ドラゴン!?」
「そうにゃ。あれが龍木にゃ」
ドラゴン。ファンタジーの代名詞だ。ファンタジーといえばドラゴン。東洋ファンタジーであれば龍。俺の中のイメージとしてはドラゴンといえば人智を超えた存在って感じで、出会ったら何かしらのイベントが発生して、全ての問題を解決すれば龍王とかになれるという感じなのだが、遠くにいるドラゴンはピクリとも動かず。
というかあれって木じゃね?
俺の遠見で捉えたドラゴンは木だった。だって全く動かないし、身体が緑なのもウロコの色では無く、葉の色だ。
驚いて恥ずかしいな。今度カラコさんを驚かしてやろう。
近くによるとそれはドラゴン……っぽさがある。巨大な木だった。蔓のような幹が絡まり合って奇妙な形を作っている。その人の手が入ったような木はゆっくりと動いているようだった。
龍木
山岳地帯に生息する植物。遠くから見るとドラゴンのように見えるが、その正体は植物である。ゆっくりと動いているだけで人間に危害は加えない。夏の間は高山に暮らしており、冬になると低地に降りてきて越冬する。常に動いているエネルギーがどこから出てくるのかは不明。根を使わないことから通常の植物とは全く違った生き物であると考えられること多い。繁殖方法は発見されておらず、幼木の姿も確認されていない。成長は遅くギルドではこの木を希少種と認定し、保護している。その見た目から狙われることが多い。高い魔力を帯びており、優秀な素材として使われる。
優秀な素材ねえ。師匠が欲しがるわけだ。何を作るかは知らないけど。
「俺は離れてるにゃ。取りたかったら勝手に取るといいにゃ。パーティーも解散するし俺は無関係だからにゃ」
にゃーにゃーにゃーにゃーうるさい奴だ。さて、誰かに見られたら困る。しかし今の俺は花畑の一部となっている。それに隠密スキルもある。そしてもしこの個体が監視されていても、損傷が見えないぐらいで身体の一部をくすねれば問題ないだろう。殺すわけじゃないんだから。
パーティーが解散されたと思ったらアレクの姿が一瞬のゆらめきと共に消えた。え? 隠密スキル凄くない? どんだけ隠れるように特化してるんだ。
さて、気をとり直してミッションスタートだ。とその前にあのスキルオーブ使っておくか。
《スキル【採取】を取得しました。スキル欄が限界のため控えに回されました》
収穫と重複するかもしれないけど、こいつが植物かどうかもよくわからないしな。一応植物学は発動してるけど、もしかしたら植物とドラゴンのハーフというオチかもしれない。
俺は匍匐前進をしながら龍木の下に潜り込んだ。
ゆっくりと動く龍木だが、問題はない。
「ウッドバインド」
ミシミシという音を立てて龍木は動きを止めた。大丈夫だよな。これで枯れたりしないよな。
問題はこれからだ。グロウアップが効くかどうか……。
「グロウアップ」
MPも綺麗サッパリなくなったな。そしてその結果だが……何か少し緑が多くなった気がする。さすがでかいだけあって、効果が薄いな。
どうしよう。正直言って計算してなかった。もう足の一部を剥ぎとってやればいいか。
絡み合っている木の幹に手をかける。
意外と簡単に木の一部は俺の手に収まった。
まあまあな大きさがあるし、これで良いか。
《行動により【採取Lv8】になりました》
《行動により【木魔法Lv17】になりました》
《行動により【収穫Lv12】になりました》
《行動により【精密操作Lv6】になりました》
レベルが上がった。いい経験値なのかもしれないな。てか採取が1から8レベルまで上がるとか。どんだけだよ。精密操作も上がったし。これ全てを採取したらどんな経験値になるのだろうか。
そう考えた時、俺は背筋に悪寒を感じた。
ヴィルゴさんと似たやつか。
そういえばVRにどっぷり浸かっているいると本当に関わっちゃいけない人種がわかるって言ってたけど。これが殺気というやつか。あー、怖い怖い。
龍木の近くには面をつけた明らかに怪しい人物が転移してきていた。
転移とかプレイヤーにも分けてほしいよ。本当に。
多分ギルドのエージェントとか自然保護官とかなんだろう。随分物騒だがな。
そいつはキョロキョロと周りを見渡していたが、周りに人の姿が見えないことを確認したのか、また転移で去っていった。
《行動により【隠密Lv12】になりました》
《行動により【擬態Lv7】になりました》
「あいつが発見とか持ってなくて助かったにゃ」
驚かすなよ。全く。
突然出てきたアレクは妙に機嫌が良かった。あいつに発見されなかった。それだけじゃないだろう。
「無知な冒険者が勝手に取る事件があるからにゃー。高山行きのクエストを受ける時には説明されるけど、それをしないプレイヤーは魔法とかを放ってしまいがちなのにゃ。冒険者ギルドも迂闊だったにゃ」
そして妙に饒舌だ。一体何があったんだか。
「増援が来られても困る。さっさと帰ろうぜ」
何だかすっかり犯罪者コンビだな。
というかアレクってやっぱり軽犯罪プレイヤーだよな。窃盗スキルとか持ってるし。やはり見つからなければ何も問題がないようでマーカーの色は青いままだった。
それにしても取ったすぐ後に来るなんて恐ろしい機動性だな。俺が寝転がっていなかったら、擬態が充分に発動していなければ、牢屋行きだっただろう。
その後俺達はモンスターと戦闘することもなく、街へ戻った。
「じゃあ、えるるによろしく言っておいてくれ。俺はこのブツをある人に渡さなきゃいけないからな」
「シノブも中々悪いところがあるにゃ」
アレクがこちらを見てニヤっと笑った。これは悪い笑みだなー。まだ青のままってことはバレてない、もしくはマーカーの色を変えるスキルでも使っているのだろう。
悪いやつには関わりたくないな。俺は頼まれただけだ。自分から危険には行きたくない。ギリギリの行為はスリルがあって楽しいけどな。
「じゃあな」
俺達はその場で別れた。一体いつ防具ができるのか。そしてもうヴィルゴさんがログインしているな。ヴィルゴさんにメールを打ってと、あれ? 新着メール着てる。
えーと、運営からのお知らせ?
俺何かしたっけ?
恐る恐るメールを開けると、そこには意外な文面が書かれていた。
件名、お詫び。
はて、俺は何か謝られるようなことをしたっけ?
平素よりGODS WORLD ONLINEをご利用いただき、誠にありがとうございます。
そんな文から始まるやたら丁寧な言葉を使った文章に俺は全く心当たりがない。一体何やったっけ?
そんなことより重要なのは最後の文。キャラクターメイキングスキルポイント10を差し上げます?
ちょっと待って。もう1回キャラクターメイキングの場所にいけて、10ポイント分だけだがスキルを得られるのか?
養蜂スキルが取れるか……?
いや、待て。何故そこまで養蜂にこだわる。生産スキルだったら簡単に取れるはずだ。
誰かに相談して。それから決めよう。
今のところはクロユリの所へ行って、龍木を納めよう。
こんなもの持ってると心臓に悪い。
ありがとうございました。




