70 やればできるやらねばできぬ何事も
「コウがシノブだということはわかった。ただし何でここにいるんだ。もうゲームは卒業するんじゃなかったのか!」
「『俺はそんなこと一言も言っていない。お前の勘違いだ』」
「じゃあ、ゲームを始めるときに俺らに一言声かけてくれたっていいじゃないか!」
「『俺のコミュ障ぶりを知らないのか、コンビニだって無人のものしか使えないぐらいだぞ』」
ちなみにヒナタとサフドの会話だ。俺の心の中を大体察してくれているから都合が良い。俺が無人コンビニを使っているのは1番近いからだけだ。決してコミュ障とかそういうものではない。
サフドに関してはヒナタに任せていていいだろう。
「シノブって例のトッププレイヤーの1人っしょ? 何してんだよ」
ピグマリオンが何やらメニューを確認しながら俺へと聞いてきた。
「あー、それはだなー」
何していたと聞かれてもわからないものはわからない。成り行きに任せていたらこうなったのだ。
「ボク時間だからもう帰るよ。ダンジョンの話はまた今度ってことにしてほしいな」
ばいばーいとユイは去っていった。俺は思わず顔がにやける。横のピグマリオンも同じような表情をしている。
「イイなー。VR内だからこそ味わえるロリだよな」
「味わうとか。運営に報告すっぞ」
俺達がロリ談義を始めようとした時、ゴブリンタロウが手を叩いた。
『君たち、用がないなら出て行きなさい。この会議室もいつまでも使っていたら迷惑だろう』
神と遡行成分について聞かなければいけないところなんだけど……連絡先だけ聞いておこうかな。
「教授、良かったら連絡先を教えてくれませんか? 質問があるので」
サフドが顔を真っ青にしてみている。骸骨も真っ青になるんだな。さっきから見ててスケルトンは表情豊かというのはわかったが。
一体ヒナタは何を吹き込んだんだ?
『それは感心なことだ。いつでも連絡してくると良い』
あれ? 何もくれない?
と思ったらフレンドに登録されていた。これってNPCでも使えたんだな。
「『やっぱり異種族ってのは燃えるよな。ゴブリンといえば恥辱担当だ。本当にこのゲームの同姓同士の規制が緩くて良かったー』」
一体こいつは何を言っているんだ。
「お、おまおま、お前は……」
「どうした落ち着け」
ピグマリオンがサフドを落ち着かせる。
そして落ち着いたサフドは俺から微妙に距離を取った。
「シノブは……ホモなのか?」
「は?」
一体どこをどう考えたらそうなる。てかヒナタ何を言いやがった。
「エヘヘへ。実はあの時VRをやめたのはサフドに対する思いが耐え切れなくなったからかと推測してて……。そして運命のような唐突な出会い! せっかく会えたのに困惑して話しかけられず、偽名まで使ってしまう。私ったらバカバカと言いながらも、兜の奥の目は彼のことを追ってしまう……。キャー」
「何言ってんだ馬鹿」
頭に空手チョップを打ち込むが、全然こたえたような様子は見えない。これがステータスの差か……。
「サフド、ヒナタの言っていることは嘘だ」
「普通に考えたら冗談だってわかるっしょ。馬鹿なの?」
俺達はノロノロと会議室の前まで出ながらサフドを罵倒していた。
ゴブリンタロウは鍵をかけ、コートと帽子をつけて、去っていった。どこから出したんだよそれ。挨拶返すのも忘れちまったよ!
「全くヒナタってやつは……馬鹿な俺を騙すのは趣味が悪いぞ」
「てへへ、ごめんごめん」
ギルド内で話すのも、あれだろうな。
金もあることだし、たまには食事をするのもいいだろう。
「美味しいレストラン知ってるんだけど、行く?」
「行く行くー!」
ルーカスさんの所へ3名様ご案内ー。
「いやいやいやいや、こんな高級そうな所へ入れっか!」
「私達はやっぱギルドの食堂で……あそこならタダだし」
サフドとヒナタは何やら臆しているようだ。何故だ。ピグマリオンはどこでも良さそうにあくびをしているし。ここは俺の必殺セールストークが役に立つ時だろう。
「ここ俺の行きつけの店なんだけど」
「なら大丈夫か!」
「うん、シノブっちの行きつけの店ならね」
お前ら手のひら返し速いな。そしてシノブっちって誰だ。
そして入った時に感じるお洒落で落ち着いた雰囲気にまた彼らは固まるものの、典型的なコミュ障である彼らに一度店に入って様子見をしてから出るということは不可能。覚えとけよって顔してるけど、俺は事実を言っただけですが。
「この店はメニューはない。フルコースだけだ」
何やら2人は俺のことを見て、変わってしまったと嘆いているが、ゲーム内のNPCがやっている店だぞ? どっしりと構えているピグマリオンを見習え。
『シノブさん、いつもご来店ありがとうございます』
名前の知らないドジっ娘なフロア担当さんが、丁寧に礼をしてくれる。
『誠に申し訳ないのですが今日はいつもと違うんです』
そう言ってメニューを差し出してくる。何?
焼肉丼、天丼、カツ丼、親子丼、牛丼……。
おい、ルーカスさんどうした。
『実は厨房のルーカスさんが病気になって、今日はルーカスさんのお父さんが厨房を担当しているんです』
なるほど。父親が丼物系の料理人で、息子がフランス系の料理人、そして娘が魔女か。ということは母親も魔女なのか?
そしてここはイベントの発生だろう。この後薬を持ってきてくれますか? とか言われて新しいレシピが手に入るに違いない。
「それでルーカスさんは大丈夫なのか?」
『はい。魔物の肉を食べてお腹を壊しただけみたいです』
何やってんだ。チャレンジ精神旺盛だな。
「俺薬作れるけど、何かやることは?」
『妹さんが薬師らしいので大丈夫と言っていました』
ちくしょう。妹に看病してもらうとか羨ましすぎだろ。それに多分クロユリ様俺より調合のレベル上だし。イベントが起こることはないということか。
「へー、本当に行きつけの店なんだな」
「シェフには悪いけど、こっちの方が気が楽だ」
たまには和風系でもいいか。あのルーカスさんの父親なら味も保証できるだろうし。
俺は鰻丼にしました。中華丼も魅力的だったけど。ヒナタはウニ丼。ピグマリオンは牛丼。サフドは悩みに悩んだ挙句海鮮丼にしてました。
てか鰻とかいるんだな。後海鮮丼も驚きだ。近くに海なんてありそうにもないのに。魚とかどこにいるんだろう。
「んで? 何でお前らはこのゲームやってるんだ?」
ウニ丼美味そうだな。鰻丼は時間がかかることを失念していた。
「アルバイトだな。俺は正直言ってこういうゲームは興味ないんだが」
「アルバイト?」
ゲームの治安を守るためだという。毎日何時間かログインして気づいたこと、悪いプレイヤーなどをレポートにまとめるそうだ。そんなアルバイトがあるのか。
こういう役職は結構あるらしい。βテスターのうちで成果を上げたものには、運営並の権限を持っている人さえいるらしい。うん、ワイズさんですね。
「いつまでも親のスネをかじって生きるわけにも行かないしな。俺達も成長したってことだ!」
そういや、ニート志望だった時よりは良くなったみたいだしな。これで食っていければいいんだけどな。こいつらはまだ実家暮らしだろう。
俺はもう一人暮らし……。あれ? 俺ってアルバイトしてないな。今のところ全部親からの仕送りだし。大学は……。
あれ? 俺ってこいつらより下? 何もやってないじゃん。非生産的にもほどがある。改めて俺の酷さを思い知った。大学単位を取ってるから大丈夫だよね。今は頑張った分のご褒美なんだ。
「んへ? ヒホフははひはっへんほ?」
次に来たのが海鮮丼と牛丼だ。鰻丼まだか。見ているうちに腹が減ってきた。サフドが何やら言っているがわからない。
「俺は普通に買って遊んでるだけだな。パーティーも組んで、ゲーム内トッププレイヤーのうちの1人と言われて、今度ギルド作る予定だ」
おい、お前ら。俺がパーティーを組んだというのがそんなに驚きか。サフドは喉に詰まらせて咳込んでいるし、ヒナタは箸と口の動きが止まっている。ピグマリオンは首を振って、ありえない、ありえないと呟いている。
「パーティーは俺と女の子2人だ」
ヴィルゴさんが女の子と言える年なのかはわからないが。
ヒナタが箸を落とし、サフドが水を吹き出した。汚えな。
「シノブ、嘘だよな。嘘だと言ってくれ!」
「そ、そうだよ。あのシノブが……」
「人は成長するんだな」
現実を受け止められているのはピグマリオンだけか。哀れな奴らめ。どうせお前らはVRゲームばかりで女の子と話す術も持っていないのだろう。
「ヒナタ、シノブは何を考えてるんだ」
「『非リア充共め、ざまあねえな。こちとらバラ色のキャンパスライフ過ごしてきたんじゃあ。女の子の1人や2人、捕まえてパーティーに入れるぐらいざまあねえよ』……私達の知ってるシノブはもういないんだ……」
「俺はリアルの女なんて興味ないね」
バラ色のキャンパスライフなんて送れなかったけどな。永遠に講義を受けていただけだ。そしてリアルの女の子に興味が無いというピグマリオン。ユイに鼻の下を伸ばしていたのを俺は見たぞ。
「そういうことだ。お、ようやく鰻丼が来たか」
美味いな。さすがルーカスさんの父親というべきか。鰻はホクホクしているし、タレの味も良い。鰻丼なんて全然現実じゃ食べれないもんな。こういうのを食べれるのもVRの良い所。
「そういうところじゃないっ! 私達にも紹介しろっ!」
ヒナタって男の娘なのに女子に興味があるんだよな。男だから仕方ないけど。
「リアル男の娘なのに何のアドバンテージもない。このゲームの男の娘の多さ! 何だよ、お前ら。そんな女装願望があるのか。男なんだから、筋肉増やした金髪の筋肉とかにしとけよ!」
そんな悩みがあるのか。でもヒナタとかってイベントとかで女装してなかったっけ? ヒナタは割りとそういうものに積極的な方だ。だから女子とかの扱いにも慣れていると思うのだが。
確かに女っぽい男はよくいるよな。俺の周りには見かけないが。
性別不明なのはネメシスがいるけど
確かに可愛くなりたいというのはわからない気もしない。いや、女装癖はないよ? ないけど、ないけどさ。1回は美女になって男を翻弄してみたいなーって。いや、ホモじゃないよ。ホモじゃないから。
でも男の娘に憧れるというのはわからない。どうせなるなら女の子になりたいものだ。
「俺は骸骨だから筋肉も何もないぜ。そして女の子とパーティーを組む極意を教えてくれ!」
男3人だから近寄りがたいというのもあるけど……。
「お前らがリアルでの友達だからじゃないか?」
リアルのノリで話しているこいつらの中に普通の人は入りにくいだろう。
「そんなことに」
「気付かなかった」
「お前らとはお別れだな」
おい、ピグマリオン。リアルの女には興味ないんじゃなかったのかよ。
「ふふふふ、リアル基準で良いとか言って、そのお腹に何もしなかった時点でピグマリオンの負けは確定している。リアル男の娘というアドバンテージを持っている私なら楽に女の子ばかりのパーティーを組めるだろう」
「お前ら、俺達より女子を選ぶのかよぉぉー!」
普通の男ならそうだな。
サフドは友情に厚すぎるんだよ。
結局食べ終わったのは俺が1番最後だった。そりゃあ仕方ないよね。
結局3人は別れて女の子を捕まえ行くそうだ。がんばってね。もうほとんどの人はソロで行くか、パーティーを組むか決めてしまってるだろうけど。
「ふふふふ、次に会った時にはお互いのパーティーメンバーの顔合わせ。楽しみにしてるよ」
「興味はないが、お前らに負けるのは嫌だな」
「やるとなったらやってやるぜ!」
サフドも持ち直したみたいだな。
「俺は負ける気がしないけどな」
主に戦闘能力の面で。女子力とかは知らない。
俺達はお互いにフレンド登録して別れた。またいつの日か出会うことを祈って。
よし、ログアウトして夕飯食って寝よう。今日は疲れたー。
ありがとうございました。最近短くて申し訳ありません。




