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狙撃手の日常  作者: 野兎
神の弓は月の形
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68 ゴブリンでもわかる? ゴブリン馬鹿にすんなよ!

「すみません、ゴブリンでもわかる講座に来たんですけど……」

『あちらの三番会議室へどうぞ』

 冒険者ギルドの受付で聞いたが、三番会議室なんて初めてだな。何も言わずに案内してくれるが、参加者を把握しているのだろうか。


 示された所の扉を開けると中にはスーツ姿のゴブリンがいた。

 ゴブリン。昨日大量虐殺したばかりの。


「ゴブリン……?」

『ん? 何か? 君はゴブリンをとやかく言う人種差別者なのかね』

 すげー! ゴブリンが喋ってる。そして俺が少し苦手なタイプだ。


「いえ、喋るゴブリンを始めてみたので……」

 ゴブリンを大量に虐殺して、ゴブリンがする講座を受ける権利を得る。何か凄い皮肉だな。

 ゴブリンはそんな俺を見て自嘲するように笑った。


『ゴブリンは下等種族。言葉も話せずにただ武器を振り回すだけの原始人。嘆かわしい。嘆かわしいことよ。その思い込みによって何人の同胞が殺されてきたことか』

 あの野蛮ゴブリンとこの学者ゴブリンは同一種族なんだな。一体どんな教育をされたらこんな風になるのだろう。親の顔が見てみたい。ゴブリンだろうけど。


『そうそう、自己紹介がまだだった。私の名前はゴブリンタロウだ。短い間だがよろしく頼む。私のことは教授を呼んでくれたまえ』

 おい、名付け親出てこい。どんな名前だよ。ゴブリンタロウって。次郎もいるの三郎はどうなんだよ!



「えーと、僕の名前はシノブですます。教授」

『ですは1回だ、シノブ君』

「はい」

 おかしいな。2回も言った覚えがないんだが。そしてこのまま誰も来なかったらマンツーマンレッスンが始まってしまうのだろうか。こんな大学の教授みたいなやつと二人っきりで話が持つ気がしない。いや、なぜ話を持たせないければいけないのか。相手は恋人でも狙っている人でもない。ただの沈黙でもいいのでは?


 と思っていた時期が私にもありました。

 めっちゃ気まずい。


 ゴブリンタロウは俺のことを見ているし、対する俺はさっきから貧乏揺すりが止まらない。あー、どうして早めに来たんだ。何か、何か会話をしないとこれ以上俺の気が持たない。おかしくなってしまう。



「普通のゴブリンと……教授みたいなゴブリンの差は何なんですか?」

 また睨まれた。種族差別だとか言われるのだろうか。


『育ちの差と言う以外の何者でもあるまい。東の森のような過酷な環境では頑丈さだけが進化し、力が発達する。しかし私のように小さな知識階級の間で育った者は』

 ここでゴブリンタロウは頭を指してドヤ顔をしている。ウザい。

 しかし面白い種族だな。その場に適応して進化をするのか。


『先日の侵攻もこの進化によるものだろう。我らゴブリン族は本当ならば人間よりもずっと可能性に満ちているのに』

 この人は……いや、このゴブリンはよっぽど種族というものにこだわっているんだな。確かにゲーム内だけでいえば種族は大切だけど。


「そういえばここって人間しかいませんよね。私も同じ種族は見たこと無いし、ゴブリンも始めてみました」

 NPCだけに限った話だけどな。スライムのNPCとかいるのだろうか。


『種族に関しても講座で話すとしよう』

 そう言ってゴブリンタロウは腕の高そうな時計を確認した。

『もうそろそろだな』


 マジっすか? マンツーマン? いや、確かに現物が何もないものを選ぶ酔狂は中々居ないと思うけど。思うけど、こういうのって特殊なイベントに繋がってたりするじゃん。スキル取得できたり、ボーナスの狩場への行き方とか、マジでいないの?




 そんな時だった。ドアが乱暴に蹴り開けられる。

『お引き取りください!』

「ああ、うるせえな。ただのNPCの癖に」

『キャッ』

 俺がいる場所から何が起きているかは見えないが、何やら荒れていることは確かだ。それにギルドのお姉さんに乱暴を働くとはけしからん。狼藉者め。成敗してくれるわ。あのガードが堅かったギルド嬢ともようやく接点ができたか。


『君、何をするつもりだ?』

「少し止めてきます」

 ゴブリンタロウはゆったりと腰を下ろしたままだ。さて、許可も貰ったし。いっちょやりますか。


 扉から出るとそこには金属釘バットを持ったモヒカンヘッド男がいた。マーカーはオレンジ。軽犯罪プレイヤーかな? それにしても軽犯罪ってのがしょぼいけど。どうせオレンジなら真っ赤になるまですれば良いのに。真っ赤の人なんて殆ど見ないからなった瞬間拘置所送りなんだろうけどな。

 ギルド職員相手に暴れているようだ。




「そこの君、例えNPCだとしても暴力を振るうのは良くないんじゃないのか?」

 俺じゃないよ。姿は見えないがアニメ声がする。ちょっと俺が言うセリフ取られた感ある。

 いきなり出てきた俺にギルド職員さんは、敵か味方かの判別がついていないように見える。警戒しているんだな。ここで俺が言うべきことは……。


「そうだそうだー。暴力反対だー」

 凄い小物臭がする発言だな。でも俺とモヒカンヘッドを挟んだ所にいるやつが主人公っぽいことを言ってしまったのだ。俺は脇役に回るしかないだろう。

 しかしモヒカンヘッドが標的にしたのは俺だった。軽い感じで言った言葉が気に入らなかったのか。


「お前何綺麗事言ってんだ殺すぞ偽善者が」

 メンチなんて切っちゃって……あらあら怖い怖い。しかし後衛な俺と明らかに前衛な俺では勝ち目がないのも事実。町中じゃ非ダメージが大きくカットされて、その上魔法が使えない。使えるんだろうけど、それをしたら犯罪だ。

 でもモーションは変わらないから、こんな風に思いっきり釘バットで殴りつけられれば吹っ飛ぶ。


「いたたたた……」

 やべ、鎧がベッコリ凹んでるんだけど。まじかる☆ふぁいたーで修理してもらえるかな。あーあ、こいつ捕まえて金とか貰えないのかな。

 HPはほとんど減ってないけど、それなりに痛い。



「見た目にそぐわずに雑魚プレイヤーかよ」

 明らかに低学歴な君がそぐわずとかを使えるのが俺には驚きだよ。えるるが餓狼とか言ってたのと同じぐらい衝撃だよ。


「残念ながら弓使いでな」

 そういうとモヒカンは驚いていた。してやったぜ。全身鎧で後衛とか誰も思わないだろう。

 しかし準備は整った。

 次は俺の番だ。


 俺は素早くモヒカンに肉薄し、拳を振り上げた。

 よそ見をしていたせいか、対応できなかったみたいだな。

 もちろんピクリとも動いていない。元々筋力が最低値な俺が殴ったところで注意を引く程度しかない。注意は引けたので良かったのだが。俺は殴られれば殴られるほど強くなる人間だ。


「まだ殴られてえみたいだなぁ」

 もう1度金属釘バットを食らう覚悟をした時だった。



 あ……ありのまま今起こったことを話すぜ。

 光が走ったと思うとモヒカンが倒れていた。

 何を言っているかわからねーと思うが、俺も何が起きたのかわからなかった。目がどうにかなりそうだった。魔法とか、そんなチャチなもんじゃあ断じてねえ。もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ……。

 魔法使ったらギルドに人に怒られるだろうけど、こんな非常時でも使っていいよって言わないのは何でだろう。


「大丈夫かい?」

 最初に啖呵切ったのは小さな女の子でした。声がアニメ声だったから薄々わかっていたけど。首をかしげてこちらを見ているのが可愛らしくあざとい。あざといけど可愛ければ何でも許される。


「ありがとう。強いんだね。君」

 可愛い子を前にするとカッコつけてしまうのが僕の悪い癖。

「ただ戦闘不能にしただけだよ」

 ギルド嬢さんは女の子の方ばかりに礼を言っているが、俺は卑屈な気分にはならない。この女の子に、この後ご一緒にお茶でも? と誘えば良いのだ。ギルド嬢なんて後回しだ。

 それに俺って実際殴られることしかしてないしな。

 さて、俺達の出会いを演出してくれたモブモヒカン君にはご退場願って。



「お互い大変な目にあったね。どうだい? この後お茶でも」

「ごめん。用事があるんだよ」

 速攻で断られました。よし、戻ろう。俺は勉強の修羅になってやる。大学受験も何のその。ゴブリンタロウから教授という名前を剥奪してやろう。

 俺はそう意気込んで、気だるそうに俺を待っていてくれたゴブリンタロウの部屋へと戻った。

 それにしても暴漢を止めるのに他の人の犠牲となって殴られたのにお礼の言葉もなしか、教育がなっとらんな。後で匿名でクレームをいれておかねば。


 ゴブリンタロウもギルド職員だったりするのかな? それともゴブリン大学とかの教授なのだろうか。




『終わったのかね?』

「特にけが人とかはいなかったから良かったけど、正直骨折り損っすよ」

 俺が椅子に腰をかけると、それと反対にゴブリンタロウは椅子から立ち上がった。


『では始めようか』

 俺一人だけかよ……。

 普通なら喜ぶ場面なのだろうが、俺には無理だ。カグノでも呼び出せば円滑に授業は進むのだろうが、あいつが暇になって大変なことが起きる未来しか起きない。どうしよう。普通の報酬にしておけば良かった。


 と考えているとさっき活躍した女の子が挙動不審に部屋の中を覗いているのが見えた。そりゃゴブリンがスーツ来てたら見るよな。


「ゴブリンの講座ってここで会ってますかな?」

 え、1人じゃない? 良かったー。


『遅刻だな。気をつけたまえ。時間を守れない人は人の信用をなくす』

「以後気をつけるよ」

 そう言った彼女は反省した様子もなく俺の隣に座った。


「ボク、キミのこと知ってるよ? 全身鎧の弓使い。イベントで良い所全部持ってった人でしょ」

 反省してます。あの時はアドレナリンが出てて……。そして僕っ子か。俺っ娘じゃなかったな。



 彼女の名前はユイ。一応称号持ちプレイヤーらしい。

 そしてこの人萌えポイントが凄い。ミニスカ、ニーソ、胸は残念だが、そしてやたら目につくリボン。金髪碧眼のツインテール。アニメ声。何か色々要素が一杯でお腹一杯です。ありがとうございます。

 そして姫プレイをしているらしい。


「レア素材も皆喜んで譲ってくれるんだよ」

「それは恐ろしいな」

 確かに姫プレイというのは効率が良いだろうな。女性にしかできない特権だ。女性でもヴィルゴさんみたいな男前な人だったら無理かもしれないが……いや、そういえば様付けで呼ばれてたな。ヴィルゴさんももしかして……。

 それにしてもそんなプレイスタイルなのに何で1人で来ているんだろう。まさか俺も狙われている?

 そうだとしたら残念な結果に終わるだろうな。時々パーティーを組むぐらいなら大丈夫なのだが、継続パーティーとなるとね。俺には待ってくれている人がいるし。



『君たちはここに何をしに来たんだね』

 ゴブリンタロウが苛立ったように声を上げる。

 雑談が過ぎたな。もう始まる時間だ。


「すみませんでした」

「もしかしてボク達2人だけなのかな?」

 その問いに俺はゴブリンタロウを見た。

 もしかしてこのゴブリン来る人把握してるの? なら最初から聞いていれば……もう終わったことだ。


『後3人来るはずだが、遅刻のようだな』

 合計5人か。そしてピッタリの時間に来たユイが厄介事に巻き込まれて少し遅刻。後の人は完全に遅刻だろう。



『私は基本的に何でも教えられる。何が良いかな?』

 何でもとは優秀だな。普通は専門が決まっていると思うのだが。


「僕は魔法について教えてもらいたいですねー」

「ボクもそれでいいかな」

 よし、眠らないように頑張ろう。こう意気込んでも眠るか眠らないかは授業の面白さによるからな。頑張って面白い講座を作ってくれ、ゴブリンタロウ。


『魔法というのは魔力によって起こされる現象というのが一般的だが魔力だけでは魔法は起きない。何が必要なのかというと。意志が必要になる』

 ゴブリンタロウの講座は面白かった。眠ってしまう心配はなさそうだ。

 魔法は魔力が高くても、意志の力が強くなければ発動はしない。ようするに、力強く望めば魔力が少なくても、魔法の威力は高くなる……これはNPCに限るだろうけど。プレイヤーでこんなことができてしまったら魔力を上げる意味がなくなってしまうからな。


 その後は魔法の上手い使い方について、説明された。

 魔法と感情は密接に結びついているらしい。


『……と言ったが、スキルによって魔法を覚えているものがほとんどだろう。その場合は魔力操作というスキルが必要だ。これを取得すると精神修行により、魔法を使いこなすことが可能だ。私がする講義は魔力操作の保持を前提としている。1人に1つスキルオーブを渡すので、これで覚えて欲しい』

 え? マジっすか? 俺持ってるんですけど。

 でも言わないでありがたく貰っておこう。


 そしてこの講座が後ろのページにあった理由もわかった。

 ここでは色々な便利スキルを取得することができるんだ。多分。


 ゴブリンタロウがオーブを渡して、講座を続けようとした時だった。

 ドタドタという足音が聞こえる。

 人混みにぶつかり、怒声などが聞こえるが、ぶつかった人達は軽い感じで受け流していた。


「しゃーせんっ。ゴブリンでもわかる講座ってのは!」

 遅刻してきた人達のようだ。

 ゴブリンタロウはその場で目をつぶり、首を振った。明らかに問題児っぽいもんね。



「いつも皆の横にいる。そう、俺の名前はサイドアンドレフト!」

「あはは、皆引いてるじゃーん。もっと後にしなよー」

「あ、遅刻してさっせーん」

 ドアを蹴破って登場……元々壊れてるからな。蹴破る振りをして登場したのは、剣士骸骨。そしてその後に美少女とも形容できる狐耳を生やした青年が入ってくる。その後からおずおずと入ってきたのがこのゲームでは最も希少な存在ともいえる小太りの人間。

 大抵の人は課金して腹を引っ込めてしまう。種族的な特性ではないだろう。


 この特徴的な3人組に思わず俺は身を引いた。


『やっほー。僕はユイだよ。よろしくね』

 早速横でユイが愛想を振りまいている。そして俺はそこでただの置物のフリをした。



『君たち……』

 あ、ゴブリンタロウが切れた。

 10分後、説教から解放された3人は壁際で正座をして、講座を聴く体勢に移っていた。


「そういや、鎧のお前、名前聞いてなかったな。俺はサイドアンドレフト! よろしくな! 名前が9文字でギリギリだったぜ!」

 サイドアンドレフトが親しげに問いかけてくる。


「こ、コウだ」

 俺は声を低くして咄嗟に答える。これも本名の一部だが、ゲーム内ではシノブで通してきたからな。バレない……と思うが。

 俺の名前を知っているゴブリンタロウとユイは目を丸くしたが何も言わないでくれた。



 何故こいつらがいる。俺は心の中で頭を抱えた。


ありがとうございました。

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