67 刺青
「取ってきたぜー」
俺が手をかけると扉は油がさされたかのように快適に動くようになっていた。
俺が何を壊したのかはわからないが、問題はなかったのだろう。良かった。バレてない。バレてないよな。
『あら、師匠に向けてその口調なのかしら』
店の中では黒い猫が俺のことを待っていた。そういえば丁寧な口調で話していたっけな。色々あってすっかり忘れていた。そしてバレてなかった。しかしクロユリが外に出たならば、扉の違いに気づくだろう。それまでに魔女修行を終えてるかな? 無理だな。
それにしてもいつになったら人間形態を見せてくれるのだろうか。前回はカラス、今回は猫。前回よりかは可愛らしさが増しているものの……。俺に夢を見ていろというのか。妄想の中の彼女が一番美しいというしな。ここで執拗に顔出しを迫って、失望するのも嫌だ。彼女には彼女なりのスタンスがあるのだろう。
次回、猫耳美女現る。みたいなことになればいいんだけど。ヴィルゴさんは獣成分多すぎだから、あれだけど、耳と尻尾だけなら全然俺は大丈夫だ。アスモデウスとかいう悪魔がいたら俺と気が合いそうだな。ベルゼブブがいたんだから、いるだろうけど。
「いえ、師匠。申し訳ありません。ご要望通りの物を取ってまいりました」
アイテム欄から触手を取り出し、クロユリに渡す。クロユリはそれを口で受け取ると、机の上に置いた。口で咥えて大丈夫なのかとは思うが、猫なのだから仕方ない。
『中々……というところね。そして、あなたのその鎧の装飾。一体何なのかしら』
やはり気づかれたか。気づかないほうがおかしいと思うけど。月の神についてNPCに語っていいのだろうか。師匠なんだし、隠すという選択肢もないか。
「実はな……」
俺は森で起こったことを短く話した。敬語抜きだったが、過去のことだから大丈夫だったかな。
すると猫であるクロユリは考えこむように尻尾をくねらせる。可愛らしい。ヴィルゴさんの気持ちがわかるな。目の前でそんなことをされると触りたくなるが。嫌われるのも嫌なので自重しておこう。
『わかったわ。説明してくれてありがとう。そしてその兜を取って床に膝をつきなさい』
何をする気なのだろう。まさか魔女と月神は相容れない関係で復活させちゃった俺をざっくりやっちゃうとか。
それでも大した問題にはならないけどな。この後講座があるだけだし。
言われたとおりにその場で膝をついて、兜を装備から外す。
『中々根性のなさそうな顔をしてるわね』
褒められているのか? 自分の顔を確認したことがないのでわからない。現実では黙って立っているだけで相手が泣き出して金を差し出してくるレベルだと言われたことがあるが。そんなレベルではないのなら良かった。
『顔を見たかったわけじゃないわ。後ろを向きなさい』
後ろ?
そういえば朝来た時うなじに何かされたな。
クロユリはうなじを見ながらぶつぶつ何かを言っている。考え事をするときに独り言を言うタイプなのだろうか。危険、だとか危ない、だとか不安になるような声が聞こえるんだけど。この人医者にはなれないな。ガン患者の前でアッチャー、これは余命半年かなー。とか普通に言ってしまいそうだ。
「何かわかりましたか。師匠」
『大丈夫よ。上手く刺青が彫れているか確認していただけよ』
どもらないし、凄い自然に嘘ついてるけど、さっきの独り言で嘘ってことがバレバレですよ。
というより何が上手く彫れているって?
「刺青?」
俺もう温泉に入れないの? ゲーム内に温泉があるとしても俺だけ入れないとか嫌だな。覗きがし難い。いや、外の方がしやすいのか? 外なら透視ゴーグルをつけていたって何も言われないし、人に何をしているのか聞かれても蟻の巣の構造を観察していたという言い訳ができる。ということは温泉があったら俺は入るのを遠慮しておいた方が良いのだろうか。
いや、待てよ。せっかく擬態と隠密があるんだ。男湯と女湯が入れ替わる時、そんな時があるのかは不明だが、その時まで温泉にいれば良い。これはじっくりと見られる上にスリルも高い。
なんてこと考えたけどゲーム内の温泉って絶対水着着用だよなー。NPCはどうやって風呂に入ってるんだろう。師匠に聞いてみようかな。セクハラかな? 今になって俺はなぜセクハラを気にしているのだろうか。といっても仮にも師匠だもんな。やめておこう。今度ギルドの受付のお姉さんにでも聞けば良い。
『そうよ。魔女と契約した証の刺青。私の契約紋であるクロユ……月光草の花の刺青が彫られているわ』
黒いユリの刺青じゃないんだね。月光草の花の刺青が彫られているのか。兜とフードを被っている限りは目立つことはないと思うけど。
魔女による契約紋が月神によって上書きされた? みたいな感じなのか?
「それでその契約紋にはどういった作用があるのでしょうか、師匠」
クロユリはその場で停止した後、顔を洗い始めた。それは誤魔化そうとしているのか?
『あら、ごめんなさい。少し接続が悪くて。それで、何の話だったかしら』
変身してるとかじゃなくて本当にただの黒猫を操ってるだけなんだな。前の筋肉男と同じような感じなのか? 体を操るというと不埒なことを思いつくのは俺だけではないはずだ。仕方がないことだ。
俺も魔女としての訓練を積めば人を自由に操れたりするのだろうか。楽しみだ。なんかゴブリン肉からどんどん離れていっているような気がするが。どっちにしろルーカスさんに詰め寄らなきゃいけないな。別にデメリットはなさそうだけど。てかこんなことになるなら本当に最初から言って欲しかったな。こっちとしてもスケージュールというものがあるんだよ、ないけど。
本音としてギルド設立の厄介事をこれを口実として避けられるのでは、と思っている。俺の本音としては拠点選びだけやって、後は他の人に任せたいというものだ。別にギルドマスターじゃなくてもいいしな。なれたらなれたで嬉しいけど、そこまで苦労してなりたいもんじゃない。上に立つタイプの人間でもないし。
「契約紋の効果についてです。師匠」
『ああ、その話だったわね』
絶対に忘れていなかっただろ。
『魔女は自らの身を守るため。秘密を教えるものに契約をさせる。秘密が漏れないようにね。そう、今のあなたは私に関してのことを他人に言えなくなっているはずよ』
……本当かなぁ。
元がそういうものだとしても、月の神によって変質させられた。だからこんなに焦っているんだと思うんだけど。危険、危ないという言葉がクロユリに対してだったら良いんだ。
あの謝ってばかりだった月の神が俺に対して何か不都合なことをするとは思えないし、クロユリのその効果がなくなったならいいんだ。男でも魔女になれるかっていうスレッドを立てれば良い。
伸びるかどうかは不明だがな。
「私が秘密を守れないような人間だと思っているのですか?」
NPCがネットができるかどうかは不明だが、掲示板ならバレないだろう、匿名だし。他に魔女関連の情報を持ってる人がいなければ俺だって特定されるかもしれないけどな。
今のところ俺がゴブリン肉の調理法を手に入れるため魔女の元にいるという情報は漏れていないはずだ。
『……兄さんの紹介だけど、一応ね。触手確かに受け取ったわ。次の課題を出していいかしら』
「はい」
まだあるのか。てか触手一体何に使うんだろう。やっぱ食べるのか?
『高山地帯にいる龍木を採取してきなさい。これは極秘よ。くれぐれもギルド関係の人へ漏らさないこと』
《クエスト【魔女の弟子】龍木の入手》
高山ねえ……あのライチョウがいたところのことだよな。パーティーメンバーが充実した今なら大丈夫かな? 俺まだヴィルゴさんたちのパワーアップした後の戦闘みてないんだよな。どんな感じになっているんだろう。森林ではラビ1匹で戦ってたし。
てかヴィルゴさんは快楽を得るための場所で苦痛をえてしまったカラコさんは大きなショックを受けているとか言ってたけど、大丈夫だよな。カラコさんいなくなったら俺泣くぞ。苦楽を共にしてきた仲間なのに。
「了解しました」
そしてギルドへ漏らすなとは一体どういうことなのだろうか。何やら不穏な空気だな。
『じゃあ、また明日。待ってるわ』
え? 明日? ちょちょちょっと待ってよ。明日ですか? いやー、ちょっと明日はキツいかなー。さっきいった通り、月神関係で色々あって。
とか思っているうちに猫は雲か霞のように消えてしまった。
猫が喋って、いきなり消えるって現実では速攻で精神科案件だよな。VRやりすぎて自殺した人もいるし、気をつけなければ。何を気をつけるかっていうとゲームをやり過ぎないように……ということなのだが、俺には無理だな。
さて、講習の時間まで少しあるが、早めに行っておくか。俺だけとかいうことがなければいい。マンツーマンとか気まずすぎて。
聞くことは、神についてと遡行成分について、後は薬関係かな?
……よくよく考えたら人がいたら不味いような気がしてきた。ゴブリンでもわかる! 生産! 戦闘! 何でも来い講座。人がいませんように。そして質問を受け付けていますように。
ありがとうございました。




