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狙撃手の日常  作者: 野兎
神の弓は月の形
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64 魔女としての誇り 魔法少女なんて呼ばせない

 昨日早めにログインするとか言ったな。あれは嘘だ。

 俺は早寝早起きができない人間なんだ。

 早く寝ようと思っても、こんな時間に寝るのはもったいないと思い、夜更かしして、そして寝坊する。極めて不健康だ。

 今日は一体何をしようか。

 昨日できなかった生産をしたいけど。


 冒険者ギルドは報酬待ちの人がまだ大量にいた。しかし窓口は減らされて、通常クエスト受付用のものもある。


 フレンド一覧を見ているとヴィルゴさんがログインしていた。そうか、今日は休日か。

 こうも毎日ログインしていると曜日感覚がなくなってくるな。


 そういえばヴィルゴさん、新しいパーティーメンバー連れてくるって……。まあ、また動物なんだろうな。

 女の子型のモンスターとかいないのかなー。


 補助型のモンスターってどんなのだろうな。擬人化できるようなのが来ないかなー。

 冒険者ギルドにヴィルゴさんの姿は見えない。また対人戦でもしてるのかな?


「シノブさん……おはようございます」

 まだ昨日のことを気にしているのか?

 昨日のお金を渡しすぎたとか。返さないぞ。


「おはよう。今日はどうする?」

「シノブさんは夜にゴブリンでもわかる講座があるんですよね」

 何か酷いことを言われているような気がする。俺がゴブリン並の知能しかないみたいじゃないか。実際ゴブリンがどのぐらい頭が良いのか知らないが。実は何も考えずに獲物に襲いかかってるようで頭の中では永遠に円周率を計算しているのかもしれない。そうだとしたら俺には講座を理解することは不可能だろう。

 恐ろしいことに気づいてしまった。

 ゴブリン語での講座だったらどうしよう。


 今考えても仕方ないことだ。

「そうだな。そこで学ぶこととか質問したいことを考えとかなきゃな」

 俺が聞きたいのは遡行成分のことだ。後ポーションしか作れないから、ポーション以外の作り方も。

 今の所魔法でしか状態異常も治せないんだよな。だから昨日はあんなことになった。


「午前はどうしますか?」

 狩り……をしてもいいけど生産も捨てがたい。てかガラス瓶入手したい。


「カラコさんは?」

「シノブさんが生産をするというなら、私は腕の改造に行ってきます。狩りならついていきますが」

 なら俺は生産しようかな。


 ギルド作るとなったらおちおちポーションを作る暇もないだろう。


「なら今日は狩りはなしということで」

 生産で思い出したが料理スキルを忘れていた。ルーカスさんの所ででも作ろうかな。食材もあることだし。

 カラコさんも今ログインしてきたばかりだし腹が減っているだろう。


「カラコさん、朝飯は奢るよ」

「え? ……ありがとうございます」

 え? なにがえ? なんだろう。俺がそんなケチな男だと思っていたのだろうか。


『適当にオイシ草を入れれば素人の料理でも美味しくなる』

 うわー、大雑把だな。

 俺たちはルーカスさんの店にいた。ただしカラコさんはテーブルへ、俺は厨房にいる。

 メインディッシュは緋熊の肉のステーキだ。オイシ草のソースに漬けておいて臭みをなくす。

 そして塩と胡椒を振って焼く。それだけだ。

 そしてスープ。これはルーカスさん任せ。もちろん金は払う。

 デザート。これもルーカスさん。

 他にも色々あるが、俺がやったのは肉を焼くことだけだ。


 プロフェッショナルの仕事は凄いなと思いました。


「ありがとうございます」

 カラコさんの元にドジっ子な店員さんが料理を運んでくる。料理を運んでいるときは転ばないのが不思議だ。

 まさかドジっ子はキャラ付けなのか?

 店に損害を出したり、クレームをつけられない程度でドジっ子を演習し、皆に可愛がられるという。そうだとしたら恐ろしいNPCだな。


「熊の野生的な味がソースの味で上品になって……このソース、蜂蜜を使ってますね」

『さすがだねカラコちゃん。詳しいことは教えられないけど蜂蜜は入っている』

「霜降り牛とはまた違う。歯ごたえがあるんですけど、噛めば噛むほどに肉の旨みというものが出てきますね」

『緋熊は血抜きをしなくても良い珍しいタイプの動物だ。血そのものが旨みなんだよ。しかし血だけ飲んでも美味しくはない。肉と一緒に食べることで最高の味を生み出すんだ』


 どうでもいいけど、なんで何のレベルアップもなしなんですか?


「こ、これは……オイシ草だけなのにこんな肉汁……いや、肉ではないですね。これはスープですか。ナイフを入れるだけで溢れ出るスープ。それに調和した……」

「舌の上で溶けるアイスにプチプチとした果物。口に入れるたびにどんなものか……」

「これは硬めでザラっとした味わいのある水ですね。先ほど食べた……」

「この官能的な食感と味……」

「この料理は……」


 なんかギルド食べるのよりも倍の時間かかってない?

 こういう店では感想を言うのが正式なマナーだったりするの?

 俺にはやろうという気も起きないし、そもそもできない。どこからそんな言葉が出てくるのだろうか。


「シノブさんありがとうございました。美味しかったです」

「良いってことよ」


『シノブ君。僕が紹介した所には行ったかい?』

「色々忙しくて行けてないです。でも今から行くつもりです」

 ルーカスさんによると午前は起きていない可能性があるらしい。店を構えてる身としてそれはどうなのかと思う。

 起きてなくても叩き起こしてくれたら良いとも言っていた。どんなやつだ。叩き起こす……呼びかけるだけでいいか。というより寝てたら店は閉まっているんじゃないのか?


「シノブさん、どんなお店ですか?」

「ゴブリン肉を調理できるお店」

『ゴブリン肉というより特殊な食材を調理しているね。ゴブリン肉が今市場に大量に出回っているから安くで大量に買い取っていたよ』

 特殊な食材。例えばどんなものなのだろうか。今の所ゴブリン肉しか見ていないが。


「私も行ってみたいですけど、今回は遠慮しておきます」

 それがいい。カラコさんまで生産に手を出したら、俺の立場が本格的になくなる。


 勇者効果か、ルーカスさんが負けてくれた。まさかカラコさんがいると全てのところでそうなるのか? ギルドでは何も起きなかったけど。


「んじゃあ、また……今日の午後に会えるかな?」

「腕の改造をしたらヴィルゴさんと合流するかもしれません」

「そん時は俺に連絡して」

 俺も新しいパーティーメンバー見たいしな。今度こそは嫌われないようにしたいものだ。ラビは最初の印象もあって俺とカラコさんには余り懐いてない……あれ? 俺だけ懐かれてないような気がしてきた。

 気のせいだ。気のせいなはず。


 カラコさんはそのまま改造しに、俺は冒険者ギルドで道を確認するためにその場で別れた。

 勇者なのに毒ブレスって色々ダメなような気がする。毒を使う勇者ってろくなのがいないと思う。


 悪堕ち勇者とか。

 いや、悪堕ち勇者だったら光魔法じゃなくて闇魔法かな?


 ギルドで道を教えてもらって、俺はNW8.11へと行くことになった。わかりにくいよな、北西八番通りの11号とか言ってくれたらわかりやすいのに。それでもわかりにくいか。


 迷うこともなくマップ表示の元へと辿り着く。

 店はNPCしか歩いていない通りにあった。NPCも歩いていないようなイッカクさんの店の立地よりかは遥かにマシだが。

 店はガラス張りで、中は薄暗い。この世界では珍しい引き戸だ。

 大量の小さな引き出しがある棚が見える。そして真ん中には小さな机と車輪みたいなものが見える。薬をすり潰すあれだろう。

 人の気配はしない。



「こりゃあ、あれだな」

 漢方だ。

 ゴブリン肉って薬に使うのか。どうりで不味いはず。良薬は口に苦し。しかし科学の発展の前には苦味は太刀打ちできなかった。なんで無味無臭の薬を作らないんだろうな。俺としては変な味がついているよりもそっちの方がいいんだが。


 店も若干中華風な気が……棚と引き戸だけだな。そもそも引き戸ってって中華風なのだろうか。

 ルーカスさんは寝てるかもとか言ってたし、勝手に入っていいかな。


「すみませーん」

 意外にガラス戸がやかましい音を立てて開いた。建て付けが悪いのかな。

 ん、閉まらん。

 これどうやって閉めるんだ。



 バキッ





 ……おお。閉まった閉まった。何かが折れたような音は知らない。うわー、スッゲースムーズに動くようになった。あー、良いことしたなー。



 だ、大丈夫だよな。扉がいきなり壊れたりしないよな。

 俺が扉を少し押してみたりしていたら、いきなり俺の兜に何かが突きつけられた。そして撃鉄を立てる音がする。


『手を上げて、速やかに地面に膝をつきなさい』

 女の子!

 女の子のNPCとの接触キタコレ!

 声からして10代。これはいける。ルーカスさんに感謝だ。

 しかしいきなり銃をつきつけられるとは理不尽系か。ツンデレなら可愛いのだが。


 俺は大人しく膝をつき手を頭につけた。

 銃はそのままで俺の後ろから前へ来たのは筋肉隆々の大男だった。


 うん?

 え?

 どんな女の子かと思ったらアメリカの路地裏にいるようなお兄ちゃんじゃないすか。ヤバい。これは死ぬ。こいつなら平気で撃ちかねない。


 運営が声帯の設定を間違えたのかな?


『ここに来た目的を答えなさい』

 聞き間違い……じゃないよな。何こいつ。見た目と声のギャップ凄すぎだろ。ボイスチャットのみならネカマができる。というか男の娘のアバター作って、実は女の子なんです。男と間違われて、と言われても信じられる声だ。


 何故運営はこのような誰得なNPCを作ったのだろうか。


「ルーカスさんに紹介されて……」

『ルーカス兄さん!?』


 まさかの弟? は? 何、あの優男のルーカスさんと血が繋がってんの?

 いや、妹なのか? ファンタジーの世界だし筋肉でできた女子もいるのか? いや、でも見た感じついてるよな。

 弟か。


 こんな容姿でこの声だったら、人気のないところに店構えるのもわかるな。俺だったら引きこもる。


『ごめんなさい。最近荒々しい奴らが多かったから……』

 声は目の前の男ではなく、後ろから聞こえてきた。

 キタコレ。これは魔法使って喋らせてたパターンですわ。よかったー。少女NPCだ。でもこの声の年で魔法って……ロリババアじゃないことを祈ろう。俺の後ろにいたのはカラスだった。



「何回期待裏切ったらすむんだよぉぉ!!」

 黒いカラスは車輪の上に器用に乗っている。外国には白黒のカラスも白いカラスもいる。烏の漢字は目が黒くて見えないことからつけられたっていうけど白い烏はどうなんのかね。


 このカラスも、筋肉男も、少女が操っている。親密度上げたら会える。よし、家の鍵を貰えるぐらい親しくなろう。


『私は魔女。クロユリよ』

 魔法少女の間違いじゃないの? それとも声だけ若くてっていうパティーン?

 いや、ルーカスさんの妹だったな。ルーカスさんが25歳だとして……18から24歳か。

 うーん。これで年上だったら気まずいなー。ちゃん付けするのもなんだし、敬語で行くか。



「私はシノブと申します。ルーカス様よりゴブリン肉の調理方法をこちらで教えてくれると申しておりましたのでお邪魔させていただきました」

 少し固すぎたかな?


『さっきと口調が大きく違うわね』

 さっきのは思ってたのと違ってたし、だって普通あそこで女の子だと思うじゃん? 男と思わせておいて、可愛い女の子でしたーってパターンだと思うじゃん? そしたらカラスだよ。萌えもへったくれもないよ。

 暗い店内に筋肉男とカラスと全身鎧の俺。ビジュアルだけでいえば完全な悪者だよ……。



『兄さんが私に寄越したということは信頼はできるということね』

 俺は何も言われていなかったが、こんなことになるのを知っていたのかな? エンターテイナーなのかもしれないあの人。



『あなた……シノブとか言ったわね。貴方は魔女の術を学ぶことの意味がわかっているかしら』

 まさかの性転換フラグなのだろうか。魔女の術は女しか学べないから魔女の薬で女になれ、とか。

 現実でも女っぽいなら、仕方ないか。とかで気にしないかもしれない。本当にそんな人がいるのかそうかはわからない。女体化という全男子の夢が叶ったのに。

 女体化できるソフトもある。あるのだが、わざわざそれを買うのも何だし。そもそも十八禁だし。ホモ疑惑出てしまうから買う気にはなれない。しかしゲームの誤作動なら話は別だ。仕方ないか、とか言いながらエロ装備を着たり、鏡の前で水着になってみたりもできるのだ。



 俺は女体化しろと言われても断るけどな。女体化したら女性との触れ合いの警告の基準が緩くなって間違えて胸とかを触ってしまっても笑って許されることがあるとしてもだ。女性しかお断りのギルドに入れたりしてもだ。

 これが初日なら……初日にこのイベントが起きれば。


「魔女の術を学ぶ……即ち女になるということですか?」

『違うわよ』

 カラスの表情を読み取るという高等技術は持ち合わせていないが、どこか呆れているような気がする。

 違ったか。じゃあなんだろう。



『魔女の術は基本的に隠されているの。魔法とは違って後ろ暗いものが多いから』

 確かに魔女というと毒薬とか媚薬とか作ってるイメージ……調合に通じるものがあるな。だからルーカスさんは俺を紹介したのだろうか。


『その秘密を守る自信があるか、ということよ』

 誰にも言うなってことか。

 しかし運営は何を考えているんだ? 食材アイテムのゴブリンの肉の調理方法がこんな風に秘匿されているなんて、イベントやるならドロップアイテムの使い方も公開すればいいのに。


「私の二つ名に誓って秘密を守ることを誓います」

 そういうとカラスは満足気に飛び跳ねた、ような気がした。さっきも言ったが、カラスの気分なんてわからないのだ。



『物事には順序がある。貴方は何を学びたいのかしら』

 魔女、ということは魔法も色々使えるのかな? でも魔法使いと魔女は違うってさっき言ってたしな。どうなんだろう。

「私は調合ができて魔法を使える弓使いです。私の役に立ちそうなものならば何でも」

『……貴方のこと、戦士だと思っていたわ』

 確かに全身鎧だもんな。そう見えるのも仕方ない。



『なら色々教えることはありそうね。立派な魔女になれるように私が手ほどきしてあげるわ』

 別に魔女になりたいわけじゃないんだけどな。まあ、いいか。

「ありがとうございます。師匠」

『し、師匠!? ……いいわ。貴方を弟子として認めてあげる』

 チョロいぜ。俺より年下だな。


「イタッ!」

 俺のうなじの部分に痛みが走った。小人にでも削ぎ落とされたのか、蜘蛛でも噛み付いたのか。鎧を着ている俺には確認ができない。これが魔女の弟子として認められたということなのだろうか。



『魔女の弟子になるなら、東の森でテンタクルを狩ってきなさい。あの触手が必要だわ』

 テンタクル……因縁のあいつじゃないですか。カラコさん誘っていこう。まさかこんなところでリベンジのチャンスが得られるとは、テンタクルを取ってくるということは媚薬の作り方でも教えてくれるのだろうか。



《クエスト【魔女の弟子】を受けました。テンタクルの触手の入手》



「ではまた後日伺わせていただきます」

『待っているわ。次はなるべく午後がいいわね。今日起きていたのはたまたまだったし』

 本当に午前は基本寝ているのか。ゲームがないと起きられない俺のようだな。

 カラスは無数の黒い羽となって空気中に掻き消え、男はノシノシと奥の扉へと帰っていった。こいつは何だったのだろう。ボディガード?

ありがとうございました。

中々進まない……。

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