63 夜の森には近づくなってばっちゃが言ってた
「目が! 目がぁー!」
別に滅びの呪文を唱えられたわけでも何でもない。
やったのは暗視だ。
暗いから足元に気をつけようと暗視スキルをつけた瞬間にカラコさんのライトを見てしまったのだ。肉眼で見て眩しい物が暗視を通してみたらどうなるか。
凄い視力が落ちたような気がする。
使えないスキルだな。
カグノとかファイアゴーレムが白い塊にしか見えない。うう、目が痛い。
「大丈夫ですか? ネタに走る余裕はあったみたいですけど」
「目に麻婆豆腐が入った時よりも目に後遺症が残ったような気がする」
「そんなことあるんですか」
仕方ない。暗視は使わずに進むしか無いだろう。
ちなみにペッパーソースが目に入ったことなら何度でもある。
食パンに蜂蜜と溶けるチーズとペッパーソース塗って食べるのって美味しいよね。
「明かりがあっても夜の森って気味が悪いものですね」
「何か出てくるモンスターが違ったりしないのか?」
暗くなってからモンスターが変わるのは定石だと思うけどな。
北では変わらなかったけど。
「フクロウが地上に出てくるだけらしいですね」
「地上に出てくる?」
「はい、日中は飛行する相手にしか攻撃性を示さないらしいですが、夜は積極的に地面にいる相手にも攻撃性を示すと」
厄介だな。そこまで速くなければいいのだが、暗闇からヒットアンドアウェイを狙われたら厳しいな。俺のMPもかなり心もとない。カラコさんとエウレカ号に頑張ってもらうしかないだろう。
トレントは移動時に出せないのだ残念だな。
『燃ーえろよ、燃えろ-よ』
カグノはキャンプファイヤーの時に歌うような曲を歌っている。物騒なことだ。
火のエレメンタルに燃えるなって言っても無理な話だけどさ。
「ふっ!」
カラコさんが突然後ろに向けて刀を振るった。
何かあったのか。
「気のせい……なはずがありませんね。スキルが発動したのだから。気をつけてください。何かいます」
発動したのは危険察知だろう。何かの危険が迫っていたということなのだろうが、光球に照らされる範囲で見えるものはない。
気味が悪いな。
「幽霊型のモンスターでもいるのか?」
「そんなフラグ立てないでくださいよ」
このフィールド樹海っぽいし。いるかもしれない。
俺達が立ち止まっても、何も襲ってはこなかった。
「ギリギリトレントの範囲内に入って、攻撃されかけたけど前に飛び退いたお陰で範囲から外れた……といったところでしょうか」
モンスターとしてもトレントは動かずに近寄ってきた相手だけを攻撃するモンスターだ。一度居場所がわかってしまえば、範囲外に出るだけで攻撃されなくなる。
その説が一番濃厚かな?
『クマー!』
釣られたのかな?
カグノが指差す方向には赤色に光る獣の目があった。
クマ型のモンスターかな? 昼間でも会ったことがない。クマというからには強モンスターなんだろう。それにこの森で正攻法で攻めてくるとは珍しい。
「グラストラップ!」
俺達とクマの間に罠をしかけておく。
クマはノシノシと光の当たるところまで来た。
その巨躯は血に塗れたように赤い。
「ブラッドベアーです。純粋なパワーファイターですね」
「了解」
純粋なパワーファイターか。腕がなるぜ。エウレカ号のな!
「いっけー! エウレカ号。今まで使った俺のMP分の仕事をしやがれ!」
エウレカ号はカグノのお守りしかしてないしな。トレントは時折近づいてきたモンスターを根で串刺しにしてたからいいけど、エウレカ号はカグノと一緒にトレントを虐めて遊んでいただけなのだ。
『グオオオオオオオ!!』
つま先まで震えがるような咆哮がブラッドベアーの口から放たれる。
エウレカ号はその場で足踏みをし、今まで片手で持っていたファイアソードを両手で構えた。
エウレカ号とブラッドベアーは激突した。カグノは背中にぴったりと張り付いている。いくら体重が軽いと言ってもどれだけの握力があるのだろうか。女子力(物理)を持ち合わせているのだろうか。俺にはカグノのステータスが見えないからわからないが。
俺が非力すぎるだけなのか? 確かにカラコさんなんてどう考えても二刀流できないようなもので二刀流してるし。腕の細さからして物理法則を超越している。
なぜ俺のパーティーには非力な女の子がいないのだろうか。
……俺が魔法役というポジションを取られたくないからか。
自業自得だな。
ブラッドベアーが爪を振るう度にエウレカ号の体がボロボロと崩れていく。
脆いなおい。ブラッドベアーが強いだけかもしれないが。
しかしブラッドベアーのHPも削れていっている。
「聖剣!」
ジャキン! というサウンドエフェクト共にカラコさんの剣が勇者っぽく光り輝いた。どんな効果なんだろうな。
俺は何をするって?
そりゃ、エウレカ号の応援でしょ?
MP足りなさめだし。
「カラコさんが後ろから斬り裂く、エウレカ選手、ブラッディベアーに振り向かせない! これは凄い威力だ! カラコさんの聖剣がHPバーを叩き割るー!」
「ブラッディベアーじゃなくてブラッドベアーです」
細かいな。ブラッドでもブラッディでもそんなに変わらない様な気がするが。
クマは倒れた。俺のグラストラップに引っかからないまま。空気読んでよ! 新しい呪文なんだ! ここで『ほう……中々使える呪文だな』と思わせないとレジスト系みたいなことになるだろ? ただでさえウッドバインドと被ってんのに。
《戦闘行動により【火魔法Lv21】になりました》
いや、レジスト系はこれから役に立つ機会は必ずある。しかしグラストラップってね……うん。罠だね。
ドロップアイテムは緋熊の爪。
うん、売ろう。
これで誰かに物理用の武器を作ってもらおうかな?
弓で近接物理武器か……。
弓の弦を鉄線にして、相手の首を刈り取る。撓め部分に刃をつけて振り回して戦う……。
うん、無理だな。
器用さはあるから、精密攻撃はできるのかもしれない。だけど筋力が絶望的に足りない。
弓師で筋力を上げる利点はないのか!
「ダメージ量は増えた様な気がしますけど……それだけなんでしょうか」
「光属性付与とかそんな感じじゃないの?」
見た目的にもそれっぽいし。
光り輝いてる。
カラコさんはいまいちピンときてないようだった。自分の能力がわからないって不親切だよな。
「さっき感知した危険は何だったんでしょうね」
まだ気にしてたのか、俺が幽霊とか言ったからかな?
そうだとしたら悪いことをした。
「カラコさんもトレントって……」
俺の首元に刀が突きつけられた。
「ちょ、なにを」
そしてそのまま横に薙ぎ払われた。
クリティカルヒットの音と共に俺の体は地面に倒れた。
カラコさんはスカートじゃないけどこうして足を眺められるのは俺得。
視界の端でカグノとエウレカ号が消えていくのが見えた。
カラコさんは倒れている俺の方を見て、そのまま森の中を歩いていった。
気付いたら冒険者ギルド。すっぱりと逝かせてくれからか、体に異常はないな。
てか死に戻りだよ。
おい、カラコさん。おい。
一体俺が何やったっていうんだ?
ステータス異常になってるし。アイテムは失われていないものの、金が……俺の金が……。
カラコさん悪落ちしてしまったのか? そういえば死ぬ間際に見えたカラコさんの目も赤く光ってたような気がする。
カラコさんがPKになってしまったら俺はどうすればいいのだろうか。『君だけを一人にはしない!』とかかっこいいことを言って惚れさせてしまったらどうしよう。
それはないか。
その場でぼんやりとしてるとカラコさんが死に戻りしてきた。
何故死に戻り? まさか感情に任せて俺を斬ってしまったから、責任とってハラキリ? そうだとしたらジャパニーズサムライだなおい。侍は日本にしかいないか。
何やら呆気に取られた顔で俺を見てる。
何やら震え始めた。
顔も真っ青になってるし。風邪でも引いたのか? それとも殺したはずの俺が生きているのが不思議? ここゲームですから生き返るのは普通のはずだが。
まさか種族が幽霊になってるとかはないよな。と思ったけど別に透過してない。
「ま、誠に申し訳ありませんでした!」
日本人の伝統芸能DOGEZA! 何かとんでもない失敗をした時幹部連が報道陣の前でするやつだ。と現実逃避してみたけど、周りから刺さる目線は痛いままだ。
女性からの軽蔑の眼差し、男性からの嫉妬の眼差し。何そんな可愛い子土下座させてんじゃ。という心の声が聞こえてくる。
俺はカラコさんを立たせて、そのままギルドの外へと走り出た。
「結局何が起きたんだ? 勇者の悪落ち?」
「悪落ちだったら、死に戻りしてないでしょう」
一人で夜の森を突破できると言ってるのか。すごいな。
「最初に危険を感じた時、魅了にかかってたみたいで」
み、魅了だと? そんな状態異常ハーレムじゃないか!
興奮しすぎて意味がわからないことを考えてしまった。魅了か……言うことを聞かせるのかな?
「シノブさんをザクッと殺った後、私も魅了をかけてきたモンスターにやられて……」
なるほど。カグノとエウレカ号は強制送還されたのかな?
「ちなみにその魅了をかけてきたモンスターは?」
「テンタクル……触手型のモンスターですね」
「な、何ぃ!?」
何てことだ。何てこった。触手の言いなりとか18禁間違いなしじゃねえか。死んでからカラコさんは触手に襲われてたとは……ちくしょう。
正々堂々襲ってこいよ触手野郎! そしたら程よく手加減してやるからさちくしょう。
何てことだ。どうして俺はこんなに運が悪いのだろう。刀を首に当てられた時点で体勢を変えるべきだった。
そしてウッドバインドで締め付けて拘束をして、それに怒った触手が来て、俺は懸命に戦い、縛り付けられていたカラコさんを人質に取られ、くっ殺せ状態になってたのに。
あー、俺の馬鹿!
「首を思いっきり締められました。今でも違和感がありますね」
カラコさんが首をさすりながら嫌そうな顔で言う。
俺に首絞めとかの性癖はないけどそういうのが好きな人もいるだろう。
本当にこのゲーム煩悩まみれだな。
「本当にすみませんでした」
意外な所で死に戻りだったな。一撃でやられちゃマゾヒストも作用しないし。っていうかあの時マゾヒストつけてなかったしな。
「いいよ。気にしてないし。初めて殺された相手がカラコさんでよかったよ」
言葉に出してみると本当にカオスだな。PKの筋肉男に殺されるよりもカラコさんみたいな美少女に殺されるのが本望だ。
たった一度の死に戻りでカラコさんへ恩が売れるなら安いもんだ。これを盾に様々な要求ができる。『げへへへへ、カラコちゃん。こんな装備着てみない?』『こ、こんな恥ずかしいの……』『皆来てるから大丈夫だよ』『な、なら……』
妄想の中の俺が思ったより下衆い。最低な奴だな。というよりそんなことする前にヴィルゴさんがPKになってしまうな。今日の一件は忘れることにしよう。
「なら良かったです」
あれ? カラコさんがPKになってない。
「カラコさん、青色のままだけど」
「魅了にかけられてたからでしょうか」
そうか。
ということは仲間に魅了をかけてPKするプレイヤーとか出てきそうだな。その場合は魅了をかけた方が犯罪者プレイヤーになるのか? 今の所魅了が使える魔法というのは聞いたことないけど。
「もう私はログアウトすることにします。シノブさんは?」
どうしようか。このまま生産してもいいんだけど……器用も下がってるしな。
少し早めだけどログアウトするか。散歩がてらにコンビニに行くのも悪くない。
「俺もログアウトしよっかなー」
「あ、なら」
カラコさんから大量の金が送られてきた。
こんなものいらないのに。また稼げばいい話なんだから。
「いや、大丈夫だよ。こんなにたくさ――」
「ではまた明日ですね」
カラコさんはログアウトしていった。断られる前に、ということか。
ありがたくもらっておこう。俺が失った金額よりも上だ。カラコさん金持ちだな。
よし、明日は少し早めにログインしようか。
俺はそう思い、ログアウトした。
ありがとうございました。




