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狙撃手の日常  作者: 野兎
神の弓は月の形
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47 金の出所と防衛壁

 金の問題なのか。プレイヤーが持つ店とかは全部裏路地にあるような気がする。普通に大通りにあるえるるさんの店は何人かでの出資だから置いておいて。


「ここですね」

 イッカクさんの店並みにわかりにくい。

 カラコさんが扉を開けるとそこには1人の狼人がいた。何で犬と見分けがついたのかというと、尻尾が狼っぽかったのと、色が灰色だったからだ。犬獣人と狼獣人の違いなんてわかりません。


「ヴィルゴ様のパーティーメンバーの方ですか?」

 ヴィルゴ……様?


「そ、その、そうですけど」

「ご案内いたします」

 俺たちが中に入ると狼人の後ろにいた鬼が扉を塞ぐように立つ。

 一体なんの店なんだ?


「ちょ、ヴィルゴさん何やってんの? 聞いてない?」

「わ、私も何が何だか」

 小声で聞いてみたがカラコさんも知らないようだ。

 何もない通路を進んでいくと徐々に声が聞こえてきた。

 誰かが戦っているのだろうか。


 通路の先の扉を開けながら狼人は囁くような声で言った。

「修羅の集いにようこそ」





 お、おおう。

 修羅の集いか。確かに言われればぴったりなネーミングではある。けどいきなり低い声で修羅の集いにようこそとか言われても反応ができない。俺はツッコミ役ではないのだ。


 俺の目の前には鉄格子に囲まれたリングがあり、周りには多数の観客が声を上げている。

 中では剣と盾を構えた剣闘士スタイルの男と素手のヴィルゴさんが戦っていた。

 ヴィルゴさんが一方的にボコっている展開となっているらしく、周りではヴィルゴコールが起きている。



 俺が言いたいことは一つ。

 他のゲームでやれよ!


 いや、このゲームだから良いというのもあるのかもしれないが。百歩譲っても冒険者ギルドの訓練場でやれよ。あそこはこんなに人は入れないけどさ。



 剣を振り上げ何かのスキルを発動させようとしている男の足を薙ぎ払い、首に手刀を突きつけたところで戦いは終わった。

 耳がおかしくなりそうな歓声がおこり、それをヴィルゴさんは両手を上げた。


「今回もぉっ! 不敗の女王がその名を守ったぁぁあああ! この女王が倒れる日はいつ来るのかぁああ! どの戦士でも挑戦を歓迎しているぞ! 修羅の集いに参加したいと思ったらぁぁあ、公式サイトをチェックしてくれ! では激しい戦いを見せてくれた両者に拍手を!!」


 カラコさんと俺はほとんどの人がログアウトしてその場が静かになるまでそこで固まっていた。

 


「ああ、すまない。飛び入りで参加してきた人がいてな」

 ヴィルゴさんが良い汗をかいたという風にリングから降りてきた。


「ヴィルゴさん……ここは一体?」

「ああ、戦って金が貰えるところだ」

 随分と端折ったな。金が貰えるということは賭けをしているのか、入場料をとっているのか。どっちにしろ町内での戦闘は禁じられていたはずだ。だからあんな見張りまで……ておい!


「それって合法?」

「さあ?」


 ……ナニソレ。


「シノブさん。何も見なかったことにしましょう」

「そうだな」


 カラコさんとも意見が一致した。



「なんだ。シノブはともかくカラコちゃんは出場しても、と思ったんだが」

 ヴィルゴさんは不満そうだ。

 闘うだけで金が手に入って、スキルのレベルも上がる。確かに効率は良いだろう。しかし運営が闘技場関連の街とか出すまで待つという選択肢がないのかね。そこまでして戦いたいのか。



「おかえりですか。ヴィルゴ様」

「おう、お前らもこんなところで小金稼ぎしてないでもっと精進しろよ!」

「耳が痛い限りです」

 小金稼ぎってこの守衛役で金もらっているんだな。楽しいのだろうか。


 ヴィルゴさんは全くこうしてレベル上げと金稼ぎをしていたのか。ヴィルゴさんの後ろを歩くラビもあのリングの上で戦っていたのだろう。


「ヴィルゴさん、私達は何も言いませんけど、捕まらないようにはしてくださいね」

「大丈夫だよ、カラコちゃん。そんなことにはならないさ。それにしても新しい装備。似合っているじゃないか」

「ありがとうございます」


 アクセサリー!

 危ない。忘れていた。何でこんな衝撃的なものばかり起きるのか。俺を精神的疲労で早死させようという誰かの計画か。特殊な機関の秘密を握っているわけでも、金を持っているわけでもない。俺を死なせても何の得もないはずだ。保険金殺人とかはあるかもしれないが、親とは全く会っていないからな。いや、会っていないから逆に危険なのか?



 しかし渡す機会がつかめないな。

 カラコさんは兎人でもないのにウサ耳つきフードをつけていることを恥じているようで、深くフードをおろしている。俺は襟とフードにより顔がほとんど見えない状態だ。顔が見えているのはヴィルゴさんのみ。不審者ではないだろう。



「それでどこに狩りに行くつもりだ?」

「そうですね……東に下見にでも行きましょうか」

 東は一体どうなっているのだろう。ゴブリンの大群がいるのは知っているがどのくらいの規模なのだろうか。


 ゴブリンは比較的弱く、エクスプロージョンで死滅してそうな存在だ。火魔法の中でもエクスプロージョンは威力が高いけどな。ソロでは苦戦するかもしれないが、パーティープレイでは敵ではない。明日の街防衛クエストに何人参加するかわからないが、数万人は参加するだろう。


 このゲームはそれなりに売れている方だと思う。現実の情報をほとんど確認していないから確証はいが、その自由度とVRの再現性の高さから人気は高い……と思う。

 スキルで好きなことができるってもんで、趣味だけをやるためにって人もいるらしい。


 1パーティーが大体50匹を相手取れるとしたら何十万匹ものゴブリンがざわざわといるわけだ。

 想像したらもう戦争だな。倒せる程度の難易度にはされているし、NPCもいるから万が一ということはないと思うが、負ける可能性もある。戦争は数だ。これで運営はプレイヤーがイベントに対して積極的か消極的かを測るのだろう。

 プレイヤー数何万人突破記念イベントとかやらないのかな。ダンジョンとかやってみたい。やってみたいけど……超遠距離型の俺には絶対不向きだろうな。罠とかですぐ死にそうでもあるし。あの甲冑を装備すれば防御力跳ね上がるだろうけどな。何で後衛職で全身鎧をつけなきゃあかんのか。


 あの時は呆気にとられてたけど、結構かっこよかったな。あの鎧。

 いやいやいやいや。あんなマゾが喜ぶような鎧だぞ?! きっと俺だったら調子に乗って身につりあわない場所まで行って、結局マゾヒスト発動させて、段々激痛を喰らっているうちに慣れてきて、快感を覚えるようになる。極度の痛みに人間がさらされ続けると脳が痛みをシャットアウトするとか聞いたことがある。シャットアウトして快感変換されるのもたぶんあるだろう。


 女の子の罵りがご褒美なのは問題ない。問題あるのは肉体の痛みが快感になった時だ。



「ヴィルゴさん、俺を殴ってくれないか?」

「シノブさんがさっきからおかしいんですよ。ヴィルゴさん」

 何がおかしいんだ。俺はマゾヒストではないことを確認するためにお願いをしているだけなのに。


「本当に良いのか?」

「ああ、もちろんだ」

「グボホォ」


 殴った! この人躊躇なく殴ったよ! 痛覚軽減ってパーティーメンバー相手には無効なの?!


 地面に転がって冷静になってみるといきなり何の脈絡もなく自分のことを殴ってくれというのは変人だな。変人か。マゾヒストだ。


「大丈夫ですか?」

「腹に来る強烈な一撃だったよ……しかしこれで俺がマゾヒストではないことは証明された!」

「そんなことを考えていたんですか」

 そんなこととはなんだ。重要なことだ。


「ああ、あのスキル「わーーーー」」

 何でヴィルゴさんが知っているんだ!? まさかあのサドロリの野郎か!


「私としては何故シノブが隠しているのかが不思議だけどな」

「いやいやいやいやいやいや。カラコさんに何か知られたら『へー、シノブさんってマゾヒストだったんですか。こんなことで喜ぶんですか?』とか言って俺を虐めてくるに違いない!」

「お前は……カラコちゃんのことを何かの色眼鏡で見過ぎだ。そして似てない」

 俺の渾身のものまねは似てなかったか。

 カラコさんみたなリアル美少女(の可能性がある)に虐められたらMではなくともその才能が開花してしまうこと間違いなしだ。


「何を隠しててもいいですが、最後には私にもちゃんと教えて下さいね」

 カラコさんほんまええ子や。

 こんな子がなぜ廃人なのかと思うが人には色々あるものだ。スキル選びも名前で選んでる感半端無かったし、もしかしたらこのゲームが初めてなのかもな。一日中ゲームしてるなんてリアルが絶望にまみれていることも多いしな。俺のパーティーでリアルなことを話せそうなのはヴィルゴさんだけだ。

 いや、ゲームしながら株取引とかしている人もいるしな。カラコさんもそれかもしれん。ちなみにゲーム内で外部サイトにアクセスするには課金が必要だ。


「私としてはそんなに隠すようなことではないと思うんだがな。大声で言えるスキルではないというのは確かにそうだが」

 ああ、ヴィルゴさんヒントあげすぎ! これで俺が変態的なスキルを持っていると洞察力の鋭いカラコさんならわかってしまうではないか。


「一体どんなスキルを取得したんですか……」

 ほら、呆れ顔で見てる。蔑むような目ではなくてよかった。蔑むような目でもダメージは受けないのだが精神的に不安定な今。どこで俺の倫理の扉が崩れ落ちるかがわからない。

 そうなってしまえば。

 カラコさん蔑む。俺喜ぶ。それを見て更に蔑む。ので俺喜ぶ。と言った永久機関が出来上がってしまうのだ。物理学で永久機関はできないと証明されているが、ここはVR空間だ。物理学なんて関係ない。どちらかが外的影響を受けない限りは永遠にこの連鎖が続き、このゲーム空間が崩壊するまで俺は喜び悶え続け、カラコさんは蔑み続けるであろう。


 なんという負の連鎖。今までにお世話になった人に別れを告げに行かなくては……。



 まあ、そんな人いないんですけどね。

 世話にはなっていないけど学生時代のクラスメイトぐらいかな。高校生の時とか。ああ、ピグマリオンとかヒナタとかサイドアンドレフト元気かな。このゲームをやっていたりするんだろうか。学生時代でもその時に使っていたアバター名をリアルでも使っていたのである。会えたら会ってもいいがろくなことにはならなさそうなことは確かだ。

 どちらかというと常識人よりなカラコさんとヴィルゴさんが会話についていけるとは思えない。


 俺と同じように廃人になっていてくれれば楽なんだがリアルで活躍していたりすると少し顔を合わせにくいな。


 東門は意外に人が多かった。

「人が多いですね」

「私達と同じように事前確認に来ているのだろう」


 今までは東門にそのまま森が迫っているという感じだったが、今では違う。

 かなりの距離までの木が切り倒されており、簡易の防護壁が築かれている。今でも何人かのNPCが木をまさかりで切っているのが見える。驚くほど作業が早いな。ゲームだからと言ってしまえばそれまでなのだが。


「広大な草原と呼べるほどまでになっていますね」

「ここにゴブリンが来るのか」

 正直明日のビジョンは思いつかない。全てをフルで使ったほうが良いのか、自重して精々連射、加速だけで行くか。

 舐めプだと言われても嫌だし、1人がイベントモンスターを全て狩るクソゲーと言われるのも嫌だな。当日周り見て調整すればいいか。ワイズさんとかヨツキちゃんみたいな公式チートもいることだし。



「当日はもちろんシノブさんとは離れて戦うことになりますが、私達の援護だけではなく周りもちゃんと見て下さいね」

「それはわかっている」


 簡易の防護壁……と言っても土の山だが、この上に後衛職が立って、この下に前衛職が立つのだろう。このゲームは魔法戦士多いし、最初から強力な魔法を放っているだけで終わるかもな。あの隕石が降ってくる魔法とか、一体どんな威力を出すんだか。実際やったら注目を集めすぎて、前線が一点突破されて崩壊すると思うけどな。


 それとも完璧な混戦が始まるか。パーティー単位でゴブリンの大群に突っ込む。

 防壁もあるし、NPCも戦うのだけど、討ち漏らしが怖いな。誰か発言力のある人が指揮系統をやってくれれば良いのだが。そんな人が出れば出ればで文句を言い出す人が出るから何ともいえないな。


 まあ、俺はこの城壁の上からヘイトを集めないように弓でサポートをしていたら良いか。自慢の射程を活かして先走りすぎて戻れなくなった人の退路を開いて貴方は生命の恩人です。とかさ。


 こんなことが言われる可能性は2つ。廃人で死に戻りの時間が死ぬほどもったいないと思っている。これはそもそも先陣に食い込みすぎるという愚行を冒すものはいないだろう。パーティーメンバーが戦闘になると周りが見えなくなるタイプで……とかだったらまだしも。


 もう1つの可能性が本命だ。ゲームに不慣れ。周りがどんどん前に行くので一緒に出ていたらソロでやっていたその子は孤立してしまった。もう周りには怖い顔のゴブリンだけ。この集団に蹂躙されることを恐怖した彼女はただうずくまり、死の時を待つだけ。だがそこに光の矢が襲いかかる。矢の飛んできた方向を見るとそこには巨大な月を背負い幻想的な弓を構えた俺が……。


「地雷スキル持ちな私が先輩プレイヤーに助けられてトッププレイヤーになるまで。第一部不思議な弓使い。完!」

 いや、弓使いが出てくるところで終わってしまったらあれか。いや、そこから第二部。弓使いと愉快な仲間達という部が始まるに違いない。

 よくよく考えるとワイズさんってこれと同じことしてるんだよね。楽しさがわかったような気がする。


「地雷スキル持ちって私の事ですか?」

 そういえばカラコさんも地雷スキル持ちだったな。プレイヤースキルが高すぎたせいで、あまり問題にはならなかったけど。魔法系、武器系両方のスキルを持っていないとかさすがにいないだろう。趣味を謳歌するにしても魔法の1つぐらいは取っていると思う。


「カラコさんはプレイヤースキルがあるじゃないか。リアルで運動とかしてたんだろ?」


 その言葉を言うと明らかにカラコさんの顔が曇った。

 やべえ地雷踏んじまった。

 あー、俺の馬鹿。リアルの事情は聞いてはダメだとかわかっていたのに。


「昔少しだけ、ですけどね」

 それはどっちかっていうと自分に言い聞かしているようだった。ヴィルゴさんも雰囲気を敏感に察してラビと戯れるのをやめている。



「シノブ。今のは完璧なルール違反だ。謝れ」

 ヴィルゴさんが厳しく言う。

「その……すまない」


 カラコさんは首がモゲそうになるぐらいに顔を横に振った。

「いや、シノブさんは悪くありませんよ。その、少し嫌なことを思い出してしまっただけで。今は本当に何にもありませんから。何にも。だから大丈夫です!」

 そう言って笑うカラコさんだが全然大丈夫そうには見えなかった。

 何となく場の雰囲気が悪くなる。こうなったのも俺の軽率な発言のせいだよなー。


「それより明日のために狩りに行きましょう! 街道のボスにまた挑んでみませんか?」


 少々強引にカラコさんが話題を変えた。元気なようだがその元気さが空元気にしか見えないのが痛々しい。


「そうだな。ボスを倒して、今日は終わりになるかな」

 俺はどうすれば良いのだろうか……。


「二人共、これ。良かったらつけてくれ」

 俺は何の効果もないアクセサリーを脈絡なくつきだした。色気の欠片もないシロモノだ。


「とても女性に送るアイテムとは思えませんね」

 う、確かにそうだが。


「それにつけても何も変わらないな」

 おまけの品ですし……。


「いやー、ごめん。それ見た目だけなんだ。でも日頃の感謝を込めてと思ってさ」

 おまけの品ということは絶対に言えないな。俺自信が作ったものなら日頃の感謝とかもわかるけど。買ったもの、しかもおまけだなんてなんていえばいいのかわからなくなる。


「女性への贈り物を考えるだけでなんとか及第点だな。贈り物の中身を考えればとても合格点は上げられないが……ありがたくもらっておこう」

「ありがとうございます」

 二人共素直に、素直に? 貰ってくれたようだ。嬉しそうに……しているのだろう。照れくさくて態度に出していないだけだたぶん。


 これでカラコさんも気持ちが少しは変わったかな?


「では行こうか。街道に」

「この弓を手に入れた以上、手こずるなんてことはないと思うけどな」

「新しい装備には毒耐性がついているので、毒ブレスを少し喰らっても大丈夫かと」


 装備の性能を知らなかったな。毒耐性の他に何がついているのだろうか。全て同じ素材で揃えるとセットでボーナスがつくとかなんとか言っていたな。

 俺の装備も期待……ぐ、あの装備を思い出したら痛みが蘇ってきた。


 とりあえず目の前に待ち構えるボス戦に集中しよう。狩りが終わればまたあの痛みが待っているなんて知らない!

ありがとうございました。

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