39 初めての対人戦
「あ、シノブさん」
「やっぱりここに来てたか」
イッカクさんの店ではカラコさんとヴィルゴさんが今正に武器を見てもらっているところだった。
暴漢? PK? 何それ知らんよ。
「シノブさん、1つだけ調達できたのがっ」
咄嗟のことにイッカクさんの口を塞ぐ。何やらモゴモゴ言っているがわかってくれ。ヴィルゴさんから殺気が。このままだと俺が死ぬから。
「えー、ごほん。シノブさんも武器を鑑定にしてきたんですかー」
「そうそう。ボス戦で新しい弓が手に入ったからな!」
俺たちは先ほどのことが何もなかったように会話をしたが、周りの懐疑の視線は拭えない。
「これは私の趣味についてのことをシノブさんに検証させてもらってるだけですのでー。大勢の人に言うと悪用される恐れもありますしー」
その言葉で皆納得してくれたと思う。俺の秘密だったら何が何でも聞き出してくるだろうが、イッカクさんだと静かになるのは良いものだ。
「じゃあ、弓を出してみてくだ「イッカクさん! どうか。私の針を打ち直して貰えませんか?」」
弓の鑑定に入ろうとしたイッカクさんの言葉を遮ったのはキイだった。大人しめな子っていうイメージだったけどこんな大きな声も出せるのか。
イッカクさんのジト目が俺に突き刺さる。なんだ。俺が悪いってのか?
「私はお金に困っているわけでもないし、このレベルの素材じゃレベルも上がらないんですよねー。そうですねー。シノブさんとPVPして勝つことができたら良いですよー」
イッカクさんにメリットはないのか。そして後半に何を言っているかが、よくわからなかった。周りも唖然としている。
「シノブさんはこれでも一流のプレイヤーですからねー。勝てたらそれなりのプレイヤースキルがあるということで将来性にかけて、打ってもいいですよー」
なるほど。しかしこれって凄い甘いんじゃないだろうか。俺の本領は狙撃だ。相手が俺の魔法に対する抵抗を持っていたら、勝てると思う。
「それでもイッカク。一体どこでやるっていうんだ? 街中ですると衛兵が来て罰金だぞ」
イッカクさんの言う通り。そんなのができる場所は見当たらない。
「冒険者ギルドですー」
「冒険者ギルド?」
高ランクになると使える施設の中にあるのか。
「私はSランクの冒険者なのでー。ギルド内の食事や、特別な鍛治場、訓練場などが使えるんですよー」
「「S!?」」
一体何なんだそれは。世界に3人しかいないSランク冒険者とかなのか!?
「イッカク……一体何したんだ? 私たちでもFランクだぞ」
「鍛治系の納品依頼でエクストラ評価を全て出して、冒険者ギルド直属の兵のために剣を打ったらなれましたー。冒険者ギルドは生産系の方がランクが上がりやすいですよー」
全ての納品依頼に完璧なものを出して絶賛されるイッカクさんを容易に想像することができる。
キイなんかは納品系で無双したという話を聞いて羨ましそうにしている。イッカクさんの作ったものがNPCに行ったのが羨ましいのか。人形系の納品が難しいからなのか。
俺も調合が使える依頼受けようかな。NPCでもガラス瓶が品切れらしいし、無理か。
イッカクさんの武器ってやっぱりプレミアがつくんだろうな。店自体が初見さんお断りだもんな。マップ機能で登録してなきゃ他のドアとわからないし。
もしかしたらこうして色々な人を連れてくるのはやめた方が良かったのだろうか。
「じゃあ、私も行くのでー。店じまいしましょうかー」
店員のNPCを雇っても元々来る客が少ないので問題ないのだろう。この人一体総額いくら持ってるんだろう。
さっき通った道をまたすぐ通り冒険者ギルドへと戻る。なんでこんなことになってるんだろう。
冒険者ギルドは夜が近づいたことで更に人が増えていた。この時間は学生かな。
俺のギルドメンバー候補達が何をしてるのか、それを考えるのはもうやめた。
ヴィルゴさんは午前に働いてるっぽいけどな。午後の全てがゲームできてるなんて良い身分だ。
廃人をやっている俺が言えないが。食事は朝と夜のみ。トイレも朝と夜のみ。よくこれで生きていけるものだと不思議に思う。
実際寝たきり老人のような生活をしているので筋肉は物凄い勢いで落ちている。筋肉を鍛える日ってのも必要だな。
深夜に勉強はしてるよ! 本当だよ!
『イッカク様。本日の御用はなんでしょうか』
VIP対応だ!
周りの人も俺らのことを見ている。
「訓練場、貸切にしてくださいー」
『かしこまりました』
俺たちが動くと周りの人もぞろぞろとついてくる。なるほど芸能人とはこんな気持ちなのか。
イッカクさんや、俺の顔を知っているものもいて、こそこそと何か話す声がする。
凄いストレス。自分についてこそこそ話すのはこんなに嫌なことなんだな。超絶ポジティブな人なら大丈夫かもしれないが、俺は無理だ。
「意外と広いですね」
カラコさんの声で現実に帰った。
意外とっていうより結構広いな。
20メートルほどの正方形の部屋の中。相手はおそらく針を使ってくる接近できるまで弓で仕留められるかが、戦いの鍵だな。
近づかれてもバーナーで牽制しつつ……牽制しつつ……俺って近距離攻撃手段何もないじゃん!
いや、バーナーで牽制はできるよ。それでも牽制だし。かわされたら終わりだし。魔物は火にそのまま飛び込んでくれるから楽だけど、人じゃそうはいかないからな。
バーナーで削りつつ、エクスプロージョンを打ち込む。魔法の切り替えがどのぐらい速くできるかが肝となるだろう。
ポイズナスフラワーとかファイアフライとか状態異常でハメてもいいけどそれはあまりにも武士道からかけ離れているような気がするのでやめよう。
ファイアフライとかプレイヤー相手にどれぐらい通用するのか。
ウッドバインドで拘束丸焼けコンボを使ってもいいんだがな。
あれ? 余裕で勝てるかもしれん。
「では擬似HPが全損するか、降参するまで。ルールは回復だけなしで」
カラコさんが審判になるらしい。
ハンデということで、5メートルからの始まり。もうこれって……。俺を殺しにかけてきてるな・。
キイが構えた針は針というより槍だった。いや、端にちゃんと糸もついてるけどさ。長い。1メートルはあるんじゃないだろうか。
近寄ったらあの糸で縫われたり、首を閉められたりしてしまうのだろう。一体どこの暗殺者だ。
「では双方死力を尽くして頑張ってください。では……始め!」
先手を取れたのは俺だった。
「バーナー!」
手から炎を放ちながら壁際まで下がる。といっても最初から真ん中にいるのでカラコさんぐらいだったら、すぐに追い付いてきそうだ。
「これも戦いです。恨まないでくださいね」
ん?
んん?
キイが手を開くと周りに大小の人形たちが出てくる。2メートルほどのクマや、小さなネズミ。人間の人形など。
木製だったり、布製だったりするが、どの人形にも共通して金属部分がある。
爪だったり、剣だったり。
「攻撃指令!」
キイさんが木馬に乗り、俺を針で指差す。すると人形たちは俺に向けて走りだした。
人形作ってるだけじゃないのかよ!
しかしその時にはもう俺の呪文は完成している。
「ファイアフライ!」
自信満々に放ったその魔法だが……人形には効かなかった。キイの動きも一瞬止まっただけだ。
これの維持は無駄だ。
スキルを闇耐性から火耐性につけかえる。
一番速い人形が俺の足に食らいついた。
ダメージはそれほどでもない。
なるべく引きつけて……。
「エクスプロージョン!」
俺の足元で爆発を起こし、人形たちにダメージを与えつつ、包囲網から逃げる。かなり痛かった。自分に対しての攻撃は痛覚軽減が効きにくいのだろうか。
小さい人形は消滅して、近くまでよっていたキイにもダメージが入っている。
今のところ、俺は6割ほど削れていて、キイは俺がエクスプロージョンで与えた1割ほどのダメージのみである。爆発の余波だけでそれほどのダメージを負っているということは魔法面ではそれほど硬くないということだ。
それに俺はスキル、マゾヒストの効果で強化されている。人形の残りも5、6体。どちらかというと俺が有利だ。
近寄ってくる人形にひたすらウッドバインドを連射する。ダメージは与えられないものの、こういう時に連射できる魔法は便利だ。
「グロウアップ!」
破られようとしていた木の拘束をグロウアップで順に強化していく。ウッドバインドをかけ直すよりMP消費は良い。
唯一拘束を免れたキイが人形に解放に向かってこないように。
「ポイズナスフラワー! グロウアップ!」
2、3回繰り返すと、部屋は毒の花畑で分断された。
キイは花畑を越えられず、ウロウロしている。
よし、バーナーで人形を焼き払おうかな。
キイは必死で解決方法を探っているようだ。花畑を乗り越えればいいのに。
キイは俺が先に人形の始末に動くことを察知したのか絶望した顔をした。ここから弓で狙ってもいいんだけど、速射はできないからな。構えているうちに人形のどいつかに殺られる。
「自爆指令」
ん? 自爆?
キイが発した不穏な言葉に人形から離れようとしたが、俺の周りは人形ばかりだ。
万事休す……。
俺の視界は白に包まれた。
俺はふっ飛ばされたが生きていた。擬似HPはなくなっていたが、しかしキイは馬を盾にして生き残っていた。馬はボロボロだ。仲間を盾にするなとは言わない。しかし結構痛かった。
《戦闘行動により【火耐性Lv4】になりました》
《戦闘行動により【木魔法Lv10】になりました》
《レベルアップによりスキル【バンブースピア】を取得しました》
《レベルアップによりスキル【リフレッシュ】を取得しました》
新しい木魔法の呪文か。木魔法はレベルが5の倍数ごとに2つの呪文が得られるみたいだな。次まで後5レベル。新しく入ったものが使いやすければいいのだが。バンブースピアは初の攻撃魔法っぽいな。竹槍を出すのか。リフレッシュは回復魔法だろうな。
「人形の全てを使い切りました。これで倒せてなかったら、私の負けでしたね」
本当に完敗です。あそこで人形を狙わず、キイを狙っておけば戦いの結果はまた違ったかもしれない。
「いやいや、完敗だよ。あそこで人形を優先しなかったとしても、俺はスナイパーだ。速射は出来ないんでな。突っ込まれて終わっていただろう」
俺達は握手をする。俺としては木魔法の大盤振る舞いとなってレベルが上がったから、大満足だ。
「んー、予想外ですねー。ですが約束は約束ですからー。10分もあれば打ち終わると思うですー」
「ありがとうございます」
イッカクさんが監督席から降りてきて、俺の手をグイッと引っ張った。
身長差がありすぎて、俺の体を横に90度曲がることになる。
「なああぁっ、腰がぁああ!」
情けない声を出して俺は地面を転がりまわる。何でこの人こんなに力強いの?! ドワーフだから?
「例のスキルについてですが、戦闘中はどんな感じでしたか?」
そのことかよ……。てか俺と戦わせたのも、それを確認するためだったような気がする。
「人形の攻撃でも、自分の魔法でもステータス補正あり、擬似HPでも補正値は変わらなかったような気がする」
「考えたんですがー。体を痛めつけること、その中でも痛みを感じるもので補正がかかるんじゃないんですかー」
眠りと気絶が補正がかからなかったのは、痛みがなかったからか。となると、随分と使いづらいスキルだな。
「これは色々夢が広がりますねー。今装備はまじかる☆ふぁいたーで作ってもらってるんですかー?」
「お、おう」
この人は一体何を考えているのだろうか。恐ろしい。俺がどんどん魔改造されていくようで。てかイッカクさんがいなければ俺はここまで強化されてないよな。
運が良いのか。運が悪いのか。
強化が出来たのだから、運が良いと考えるべきだろう。
「内緒話は終わりましたか?」
カラコさんがジト目で見てくる。そうだな、内緒話は不快だな。
「あ、ああ。イッカク。ここって魔法の試し打ちをしても大丈夫か?」
「元々その用途に使われますからねー」
じゃあ、お構いなくやらせてもらうか。
「バンブースピア」
地面から竹槍がぐさっと出てきた。出てくるタイミングは早い。察知できるものは少ないだろう。竹はそのままになっている。時間経過で消えるのだとしたら、障害物代わりにもなるな。
「グロウアップ」
更に竹が長くなり、新しい竹も生えてきている。これはもしかしたら、もしかするな。
発見と収穫をつける。
お、たけのこ発見。
発見したけど。
「誰かスコップ持ってる人ー」
誰も答えてくれなかった。しかしラビがヴィルゴさんの腕の中から飛び出してきた。
「なんだ? ラビ、スコップ持っているのか?」
ラビはぶんぶんと首を振ると、たけのこを手で掘り始めた。何か賢くなってないか?
「ラビは掘って料理をしたら自分にも食べさせて欲しいと言っている」
ヴィルゴさんが通訳してくれたが、ラビも食べるのか。いつも何を食べているんだろう。ぱっと見牙もあるし肉食っぽいけど、雑食なのだろう。
ラビは華麗な手際で圧倒言う間に3本掘りおこしてみせた。
「ありがとな。ラビ。リフレッシュ」
ラビにリフレッシュをかけてみる。
特に変化は見られないが、気持ちよさそうだ。
かけてしまってから気づいたが、リフレッシュが攻撃魔法だった場合はまずいことになっていたな。今度からは俺の体で試してから他の人にかけよう。
「それじゃあ、最初の目的のボスドロップの性能を鑑定しましょうかー」
そういえばそんな話だったな。
弓を具現化させて、イッカクさんに見せる。イッカクさんはちらりと見ただけで、もうしまっていいという風に手をふった。ボスドロップなのに興味はなさそうだ。
「攻撃力は20。体力に+20と、闇耐性上昇。一定の確率で相手を即死させますねー。強化不可なのであまり面白みはありませんねー」
カラコさんみたいに、何本も腰につけるってわけにもいかないしな。どうしよう。即死攻撃は狙撃手として魅力的だ。たとえ1パーセントでも大きなものとなる。さすがにボスに効くとは思わないが。
しかし俺にはいらないだろう。闇耐性はスキルで持っているし、カラコさんみたいに状況によって使い分けられるわけじゃないし。攻撃力も低いし。
「イッカクさん、これってどのぐらいで買ってくれますか?」
「そうですねー。生産職では作れないプレミアでこれからも手に入らない。即死という珍しい効果もついている。補正されるステータスが惜しいですがー。イベント前だし、高くで買う人もいるでしょう。3万Gでどうですかー?」
さ、3万……。
ちょっと待て。もう俺は金欠から抜け出せるのではないか?
矢も必要ないし、こうなったらスコップとか。採集を補助する道具とか、防具の値段とか。
「よろしくお願いします」
トレード画面が現れて、その場で弓は金に変わった。
「ふふふふはははははは」
笑いがこみ上げてくる。まさか俺がこんな金を持つことになるとはな。
「笑っているところにいうのもなんですけど、ギルド設立の際に冒険者ギルドに支払うお金は1万Gだそうです」
「え?」
「更に拠点に数百万。冒険者ギルドの職員を雇うギルド維持費が月々3万程度ですね」
「ナニソレ」
「人数が多ければ多いほど個人の負担は減りますから、シノブさんも勧誘してくださいね」
金は天下の周りもの。どうやったら金が稼げるんだろう。やっぱり1本1万で売れるポーションを売ろうかな。
それともどっかでバイトでもしようか。ルーカスさんのところの厨房で雇ってくれないかな。料理スキルも上がるだろうし、調合スキルも使うとか言ってたし、意外といいかもしれない。時給にもよるが。
「あ、あのシノブさん、キイちゃんもギルドに入りたいって」
「ただ私はあまり戦闘は得意じゃないんです。それでも良かったらの話なのですけれど」
年下で屈託なき、俺のことを兄のように慕ってくれている女の子はいないみたいだな。皆シノブさん、シノブさんとさん付けばかりだ。今度カラコさんにもっと軽い感じで呼んでくれるように頼もう。
「もちろん大歓迎だよ」
俺の負担が減るからな。
その後、イッカクさんとキイとアオちゃんはイッカクさんの店に戻り、装備を整えてもらうらしいということで別れた。
「俺はえるるの所にアイテム渡しに行くけどどうする?」
「じゃあ、私は別行動させてもらってもいいですか? 他の所に頼んでいる装備があるので」
一体何の装備だろうか。まあ、いずれわかることなんだけどさ。
「じゃあ、私はレベリングをしてこよう。ログイン時間が少ないから追いつかれそうでな」
俺達が廃人なだけです。すみません。
俺たちは別れてそれぞれの場所へ行く。っとその前に俺はギルドで邪結晶でも売ろうかな。
ありがとうございました。
イッカクさんの店は初見さんお断りです。




