28 神の弓
遠見で見えた前線はまさに阿鼻叫喚といったふうだった。冒険者のほうが実力では上だが、ゴブリンの圧倒的数量に押されている。しかしその中でもゴブリンたちが蹴散らされているところがあった。
1番目立ってるのはまさかのヨツキちゃん。自分の身の丈程もある大剣を振り回し、ゴブリン達を薙ぎ払っている。一太刀振るうごとにゴブリン達が消えていくさまは何かのコメディを見ているかのようだ。まるで棒きれを振り回すかのように大剣を振り回し、時折ゴブリン側から放たれる魔法を受けてもびくともしない。しばらくするうちに自然回復してしまっている。
これは狂戦姫と呼ばれるわけだ。凄いデタラメな性能だ。ステータスを見てみたい。
次に目立っているのがカラコさんとヴィルゴさんのコンビ。二人共敵陣深くに入り込み、背中合わせにして戦っている。カラコさんは全てをかわし、ヴィルゴさんはダメージ上等で攻撃をしかけている。俺にはとてもそんなことできない。
突出している。2人の退避口を開いてやらないとな。
加速、破壊、連射、付加とあるが、加速は必要だろう。あの加速で恐ろしいほどに射程が伸びている。
「装填、加速、ファイアショット」
一本の光がゴブリン2,3匹を貫通して消え失せる。
これを回避できる魔物はいるのだろうか。遠くからこの弓で狙われたら、硬い魔物以外は敵にならないと思うのだが。
次は破壊だな。この距離じゃ加速なしでは届かないので必然的に加速も使いながらになる。
ワイズさんは魔法使いたちの中に紛れていた。各種の攻撃魔法が飛ぶ中、本を開き読んでいる。さぼっているようにも見えるが、あの本はワイズさんのスキルだ。何かやっているのだろう……たぶん。
ワイズさんは本から顔を上げた。
現れたのは炎を身に纏った大男。空中に向かって雄叫びを上げたかと思うと、ゴブリン達を止めている前線へと走りこんでいった。炎の男がゴブリンに触れるだけで、ゴブリンは消滅し、かするだけでも大ダメージを与えている。さすがはワイズさん。魔法部隊の安全は保証されているようだな。
前衛はたくさんいると言ってもゴブリンの数はそれ以上だ。1人で何十匹ものゴブリンを相手にしなければならない。
いくつか戦線が崩れそうになっているところもある。俺の役目は遠くから戦場を見渡し的確なサポートをすることだ。
遠くから狼に乗ったゴブリン達がやってくるのが見える。
あの速さでは前衛を抜けられる可能性もあるだろう。仕留めておかねば。
「装填、加速、破壊、ウッドショット」
速さは加速のみの時と変わらない。変わったのは飛んでいる最中のことだった。矢が何本にも枝分かれして、何十匹ものゴブリンたちに突き刺さる。これは酷い。消滅しないで地面に縫い付けられているものもいる。痛そうだ。俺がやったのだが。
破壊は魔法の能力を伸ばすのか? しかし純粋にダメージが増えるのではなく効果までが変わっている。ということはウッドショットの上の上位の存在の技が元々あり、それに変化したと考えるのが自然だな。
突如ゴブリン達の真ん中に巨大な狐が現れた。ゴブリン達があの大きさだから……3メートルぐらい? ってやばいだろ。イベントってゴブリンだけじゃなかったのかよ。突然現れた狐に皆きょとんとしている。
ゴブリン達が止まっている間にでも狐にダメージを与えなければ、あの大きさはボスレベルだ。
「装填、加速」
そして矢を放とうとする俺の足に何かがぶつかった。
「うおっ」
そのままその場でひっくり返る。
「アイタタタ、何だ?」
ダメージは入っていないのでモンスターではないだろう。
見るとそこにはワイズさんが放ったカマイタチのうちの1匹がいた。
「おいおい、一体こんなところで何してるんだ?」
と狐のことを思い出す。俺がとっさに前線を見ると、そこにはゴブリンの姿も狐の姿もなく皆がそれぞれ回復しあっている姿があるだけだった。
「勘違いしてた……ようだったからな」
「ワイズさん!? 一体何してくれてるんですか?」
そういえばワイズさんの命令がなかったら俺のところまでイタチはこないだろう。俺はワイズさんに殴られても蹴られても何も言わないが。てか言えないが。
「……あれはアオが呼んだ」
あれって狐のことだよな。そして俺が倒れている間にゴブリンが消えていた。あれだけ大量のゴブリンを一瞬で屠ったのか?
遠見でアオちゃんが皆に囲まれているのが見える。
「……陰陽道とは。召喚、結界……、治癒、呪符を併せ持つ魔法スキルだ。……しかしその全てに……紙が必要となる。……魔法陣と同じで……コストパフォーマンスが悪く……不遇スキル筆頭だ」
弓と一緒ってことか。でも矢に比べて紙ってすごく高かったような気がする。金の力にものを言わせて戦うってことか。
ワイズさんは微笑ましそうに皆に囲まれて慌てているアオちゃんを見ている。
「……さすがは俺の弟子だ」
え? 弟子? うん? 何それ。
「詳しい話は……本人に聞いてくれ……話すのが疲れる……」
陰陽道の説明だけで息絶え絶えだったもんな。フレンドも登録したしいつでも聞けるかって言って忘れるんだよな。仕方ない。こうも毎日が濃密だと忘れるのも仕方ない。
今日あったこと。イッカクさんのところにいって、健気なヨツキちゃんの姿を見て、まじかる☆ファイターがどんなところかと思えば可愛い外国人の女の子が経営してて、そこで初号機にあって。鉱石を取って、イッカクさんのところに行ったら弓を渡されて、イベントに挑んでいると。
そういえばラビも大きくなったな。そしてえるるちゃんに素材を渡し忘れていたのであった。よし忘れないうちにメールしとこう。
防具の素材あります。ログインしてる時間を教えて下さい。
これでよしと。
そして何で俺はイベントに挑んでいるのだろう。防具ができてないのに。
「来たぞー!」
前線が急に戦闘態勢に入る。
そして俺の遠目で捉えられたのは俺が追いかけれたゴブリン……が鎧を着て剣を持っている姿だった。あの時追いかけられたトラウマが……。
「うおおおおおお!」
「ボスが来たぞー!!」
「俺達だけでクリアしてやれぇー!」
皆元気ですね。もう俺は見たくないよ。何も持ってないゴブリン大だけであんなに強かったのに、剣と鎧って。
「……参戦しないのか?」
木の後ろでガクブルってる俺にワイズさんは不思議そうに問いかける。
「いやー、あいつに追いかけられたのがトラウマで……」
「……既に倒していたのか。……ならば少しぐらい譲って欲しい」
いや、そんなこと言わなくても譲りますよ。
再び前へと進んでいくワイズさんを見送り、ゴブリンを見る。突出したプレイヤー3人が巨大な剣でなぎ払いにされた。死んではないものの、遠くに吹き飛ばされて大ダメージを負っているようだ。
言わんこっちゃない、だから……。
《戦闘行動により【弓術Lv9】になりました》
《戦闘行動により【狙撃Lv7】になりました》
《戦闘行動により【火魔法Lv10】になりました》
《レベルアップによりスキル【バーナー】を取得しました》
《戦闘行動により【木魔法Lv7】になりました》
《戦闘行動により【遠見Lv6】になりました》
《戦闘行動によりレベルアップしました。ステータスに5ポイント振り分けてください》
《戦闘行動によりレベルアップしました。ステータスに5ポイント振り分けてください》
《戦闘行動によりレベルアップしました。ステータスに5ポイント振り分けてください》
《スキルポイントが8増えました》
《【ゴブリン族の尖兵】がクリアされました》
名前:シノブ
種族:半樹人
職業:狙撃手 Lv19
称号:魔王の守護
スキルポイント:11
体力:90(-35)
筋力:25
耐久力:40
魔力 :50(+50)
精神力:55(+15)(+40)
敏捷 :15
器用 :80(+8)
パッシブスキル
【弓術Lv9】
【狙撃Lv7】【隠密Lv4】
【火魔法Lv10】【木魔法Lv7】
【毒耐性Lv3】【火耐性Lv3】
【発見Lv7】【遠見Lv6】
【精密操作Lv2】
お、スキルポイントが10越えた。もちろんステータスは精神力に……て何これ。これって弓の効果……だよな。呪いってこのことか。魔力と精神力を合計90上昇させる代わりに体力を40削る……怖いな。コピたろうの呪いは甘くないな。まさか戦闘中にこれだけの呪いをかけられるとは思わないけど。
新しい魔法、バーナー。火炎放射器みたいなものだな。ああ、試さなければならない呪文がどんどん増えていく。よし、次の機会に試そう。
一瞬でゴブリン大は倒れたが……。
ゴブリン大が剣を振るう。カイザーさんが盾で受け流す。ゴブリン大は体勢を崩す。ヨツキちゃんが大剣を振るう。ゴブリン大が飛んでいく。ゴブリン大影から出てきた影みたいなプレイヤーがゴブリンを影で縛り上げる。カラコさんが一刀両断で攻撃。しかしまだ体力は残っていて、こいつ硬いなと思った瞬間に上空からドラゴンが降りてきて、口からブレスを放ちゴブリン大は消滅した。とんでもない終わり方だ。それが30秒にも満たない間に起こったことだ。
ゴブリン大のいたところに着地したのは、巨大なドラゴン(といっても3メートル程度だが。巨大だろう)とその背中に乗っているプレイヤーだった。そのドラゴンはよくいそうな感じのフォルムで、若草色をしている。召喚魔法だろうか。それともワイズさんみたいな別スキルでチートみたいな。
召喚魔法は確かランダムで魔物を召喚し、それと契約するんだったな。魔物はパーティーメンバーとなってプレイヤーと同じようにレベルアップもするが、ステータスには種類によって様々でギャンブル要素が強いと。後、おおまかに種類は選べるんだったな。
それでドラゴンを呼び出したなんて運がよい人だな。
「シノブさんシノブさんドラゴンですよ!」
いつのまにかカラコさんがそばに来ていた。
「それにしても凄い活躍してたな」
「いえいえ、シノブさんのデタラメさにはかないませんよ。次のアップデートでその武器がピンポイントで能力が落とされても仕方がないぐらいです」
確かにでたらめな能力だ。敵の攻撃が届かない位置から強力な攻撃を撃ちこむ。その射程は魔法や銃より遥かに遠い。範囲が狭いボス部屋ではともかく広いフィールドでは無敵と言ってもいいだろう。
これまた厄介なものを作ってくれたものだ。俺はこれから羨みの視線、譲ってくれと頼み込んでくる奴ら、そしてPKに怯えながらプレイしなければいけないのか。
思わずため息が出る。
「大丈夫ですよ。奪おうとしてくる相手は蹴散らしてやればいいじゃないですか」
「頼もしいな」
俺にはカラコさんもヴィルゴさんもいる。何も恐れることはないじゃないか。それにPKする人なんて本当にいるのかどうか。
取り越し苦労だといい。
お、メールだ。
「運営からメールがきましたね」
運営からか。
称号システム解禁
称号が解禁されました。
クエストで一定の成果を上げると称号を獲得することができます。称号は同じものは1つとない。全てがユニークなものとなります。
称号の効果は様々ですが、プレイヤーの皆さんの冒険の手助けになるでしょう。
称号持ちの方は1人に守護という称号を与えることが出来ます。守護はその称号の恩恵を少しだけ得られます。
なお、現在獲得された称号は全てリセットされます。
楽しいファンタジー生活を。
「称号ですか」
「取ってみたいよな」
俺のステータスを確認してみる。
名前:シノブ
種族:半樹人
職業:狙撃手 Lv19
称号:神弓の射手
魔王の守護が消えて……新しいの?
神弓って。運営がこの弓は神だと認めたのか!? 色々とありそう。色々と。
それに武器が凄いだけだからな。てかどうしてこんないい弓が俺のところに来たんだ……。これって最前線攻略組に行くフラグじゃないの。
「やっぱりありませんか。このイベントが終わる前に欲しいですね、称号」
いや、カラコさんですらないのに、俺があるとか……。
「その顔は称号があったんですね」
鋭い。カラコさんの洞察力はさすがだな。
「神弓の射手っていう称号があった」
「それで効果は何ですか?」
カラコさんは驚いた様子を見せなかった。予測していたのだろうか。
そういえば効果があるんだったな。
神弓の射手の効果は……神弓のユニーク武器化。
うん、何これ。
「この弓がユニークなものになるらしい」
「ユニーク武器ですか。確か強力なボスを倒した時やイベントの報酬などで出る武器ですね。それなら新しい機能がついてるかもしれません。イッカクさんに見てもらいましょう」
新しい機能……これが更に凶悪な性能となっていたらどうしよう。
「……その必要はない。……俺が確認する」
ワイズさん、とアオちゃん。
「神弓とは……運営もセンスがないな」
「それでどんな性能がついていたんですか?」
「譲渡不可。……奪われることも紛失することない」
おお、これでPKに狙われることがなくなった。
「じゃあ、称号板に効果を載せておきますね」
「任せた」
これで掲示板を見た人達から話が広がり、俺への羨みの……視線がなくなるどころか、更に厳しくなるじゃないか。あっちに行っても、こっちに行っても羨みの目線からは逃げられないのか。
……仕方ないか。
そうは言っても正直喜んでいる。こんな武器を持つことが出来た。そして称号も貰えた。
バンザイしたい気分だが、周りの目もある。
ユニーク、ただ1つの武器というのに喜んでいる自分を隠して、面倒そうなことになったいう風にしている。それは周りに見せつけないようにという配慮なのか。俺がこの武器を取ることになったのはただの幸運だ。ヴィルゴさんと出会ってなければ、ヴィルゴさんがイッカクさんの創作意欲を刺激しなかったら、そしてワイズさんがイッカクさんに手を貸してくれていなかったら、俺はこの武器を持つことが出来なかっただろう。
ここで俺ができる恩返しはただ1つ。ゲームを面白いものにするということだけだ。
チート武器を手に入れて、強モンスター相手に無双。イベントでもトップを走る。……ワイズさんとかヨツキちゃんには敵わないだろうが。それも面白いだろう。
しかし一般プレイヤーはどうだろうか。本来なら多人数で倒す敵を1人で遠距離で一方的に攻撃して終わってしまう。経験値もアイテムも1人占め。こんなのよくない。楽しくない。
俺が主人公ならともかく俺はただの1プレイヤーだ。周りの人のことも考慮すべきだろう。
よし落ち着いた。俺は目立たないように静かに暮らしていこう。
そう決心した。
「ようよういい武器持ってんじゃねえか、お前。見てたぜ。それ俺に譲れよ」
はい、絡まれた。
人相の悪そうな羽の生えた人だ。鳥の獣人だろう。天使とは言いにくいような汚い茶色の羽を持っている。手にしてるのは弓。弓使いは親近感を覚えるが、こんな馬鹿とは話したくない。良い武器を持っているとどうしてこいつに譲らなければいけないのだろうか。
「GMコールしますよ」
カラコさんが冷静に対応する。さすがだ。少しこの鳥人にビビってしまっていたのは内緒だ。人相も悪いし、体格もいいし。俺は現実で絡まれたこともない。そういう輩がいるところには行かない健全な人なんだ。
そんなカラコさんの言葉を男は笑い飛ばす。
「この俺が誰だと思っているんだ。ギルド『蒼天の翼』のギルドマスター、オルカーンだぜ」
「カラコ、知ってるか?」
「いえ、知りません。まだほとんどのギルドが出来たばかりなので有名なものもあまり出てませんしね。この短期間でギルドを作った実力は評価しても良いと思います」
ギルド作るのってギルド作りますって申請するだけじゃないのか……。何か大変そうだな。
「……蒼天の翼か」
「お、お前は知っていたか。どうだ。それでも逆らう気になるのか? 俺のギルドメンバーが黙っていないぞ」
いや、それよりワイズさんをお前呼ばわりするお前の方がまずいと思うぞ。
てかこの弓譲渡不可能ですから。って言って解決する相手だったらいいけどな。鑑定持ちだったら納得してくれたかもしれないが。
厄介なことだ。
「……なら俺たちのギルドと戦争だな」
わ、ワイズさん何をおっしゃいますか。俺たちのギルドって。ギルドまだ作ってないじゃん。ほらカラコさんも呆れ顔で見てるし。だんだんギャラリー増えてきたぞ。俺も目立ってるからやめて欲しいな。
「は、てめえごとき雑魚がギルドを作っただと?」
この人もこの人で何言ってるの? 雑魚? え?
「はは~、面白いぜ面白いぜ。あの魔王に喧嘩売るやつがいるなんてな~。おまけで狂戦姫がついてくるってのに」
オルカーンの足元から影が出てくる。
あの変な影だ。
全身を黒い服装で覆った男。顔も見えない。まるで影のような男だ。
「ま、魔王だと!?」
「……相変わらずだな、ネメシス」
この男はネメシスというのか。どこかの神様の名前だったような気がする。
ネメシスはワイズさんと旧知の間柄なのだろう。口調が親しげだ。
「ち、ちくしょう。今は見逃してやる」
オルカーンは三下的なことを言って逃げていった。あれでギルドマスターなんだ。威厳も何も感じられないけど。
「相変わらずとは嬉しいことを言ってくれるな~、魔王よ」
「……相変わらずの……変態プレイだな」
「変態プレイって魔王も同じようなもんだろ? そのマスク被るとなーんか口悪くなるよな」
「……オブラートに包むのが……面倒くさいだけだ」
2人は相当仲がいいのだろう。軽口を叩き合っている。
野次馬もゾロゾロと帰り始めた。今着いた人は残念だったな。戦闘が早く終わりすぎて、ゴブリン大が倒されるまでに参戦できたのはドラゴンに乗って来た人だけのようだ。
「ここで話すのもあれなので場所を移しましょうかー」
イッカクさんがいつの間にか横にいる。
「そうですね。またさっきみたいなのに絡まれても面倒くさいですし」
カラコさんも同意する。さっきみたいなのが何人もいてたまるかと思うが、ゲーム内ではモラルが狂っている人が多い。それに越したことはないだろう。
「じゃあ、私の店に行きましょうかー」
イッカクさんが撤退の命令を出し、俺達は街へと戻るのだった。
もちろん俺は素材採取しながらだよ。周りの目なんか気にしない。たくさんの素材が取れました。
ありがとうございました。
勇者召喚物を新しく書いてみましたが、こちらの更新が遅くなるということはないようにしたいです。




