外伝 シノブのマッピング
「どうして今更マッピングなんて?」
そのような不思議な顔をする理由は大いにわかる。なぜならこのゲームはオートマッピング機能がついており、自分がどの位置にいるかは大まかにわかるからである。そう、大まかにしかわからないのである。
「つまりだ。きちんと手書きでマッピングをすれば素材やモンスターの巣穴などもよくわかる……ということだ」
「いや、それならお金払ってNPCに頼みましょうよ」
何? そんな商売があるのか?
あるらしい。ダンジョンでもないんだから森のマッピングぐらい簡単にできるかと思っていたのだが、どうやら地図を書くというのは高度な技術が必要らしく、思い立ったからといってできるわけでもない。カラコさんは懇切丁寧に子供が書く距離感の破綻した絵のことまで持ち出してきた。
「だからシノブさん、地図は……あれ?」
「カラコさんのバカ! もう知らない!」
俺は森へと続く畑の道を歩いていた。俺が珍しくやる気をだして地図を書こうと思ったらこうだ。カラコさんは基本、戦うことと食べることにしか興味がないからそんなことを言うんだ。俺は1人でもマッピングをしてやる!
マッピング。それは男のロマン。自分の歩いた道が紙面に書き出されていくことのワクワク感。そして最後に完成した地図を眼にすれば、まるでその土地を支配したかのような達成感を味わえるという。
紙とペンは既にワイズさんから入手している。きっと楽しいだろうとカラコさんを誘ったのに……良いもん! カラコさんがいなくても1人でいけるから。
「おい、カグノーエウレカルテル号ー」
畑の上で農作物を炎上させながら遊んでいた2人を呼び寄せる。
「今からマッピングしに行くんだけど、行く?」
『えー』
あ、もうダメだ。心が折れた。俺のマッピングに興味を示してくれる人なんて誰もいないんだ。誰も俺を愛さない。俺は何やら慌てている2人を置いてフラフラと歩いていた。そして気づくとそこは森の中だった。
気づくと、というか目の前に森があるから森の中に入っただけだ。気を取り直して、ここの木からマッピングを始めよう。
「えーと、この木は……うん、安全な木だな」
この大森林には安全な木とそうでない木がある。大森林は主に千年杉という巨大な木で構成されている。この木はとても高く、その結果、常に大森林内は薄暗い。ついでに湿気も多いから苔も大量に生えている。そんな土壌には栄養があまりなく、植物達は細々とやっていくか、獲物を捕らえて養分とするかの二択を取られている。そのような危険な植物の場所と他の有用な植物の場所を記すのが、この大森林マッピングにおいて重要なところだ。
巨大な千年杉の森の中にさらに小さな森がある。ミルフィーユのようなものを想像しても全然わからないだろうから、想像しないで直球で理解してくれ。森 in the 森だ。
普通の広域マップにはサルディスとギルドが移っている。それをまず地図に書き込み、今の俺の場所と手に持っている地図を対応させる。
「千年杉はこのマークっと……」
こうよくあるものをマーク化して記すのも地図簡略化のコツだ。千年杉はさすがに全部書くと多すぎるから、目印になるような場所にあるのを書いていく。そして次々とヤク草や食えるキノコ、落とし穴草などを記していく。基本的に戦闘はなしだ。俺なら襲われる前に気づくことで回避できるし、今更ここの素材などいらない。そもそも大森林はモンスターのレベルは低いしな。植物学や発見スキルがなければ俺も簡単に罠に引っかかり死んでいただろう。
ギルドの周りだけだが、だいぶ地図も完成してきた。どうだ、見てみろ。金なんて払わなくたって十分にできるじゃないか。これをカラコさんに見せて自慢をしよう。
帰り支度ついでに品質が悪い素材を落とし穴草の中に放り込んでいると、叫び声が聞こえた。そう遠くはない。しかも女性の声だ。男が悲鳴を上げているのならば自分で解決しろよって思うが、女性ならば話は別だ。悪漢にでも襲われているやもしれぬ。それを無視したとなれば男が廃る。颯爽と助けてみせようじゃないか。
ヤブをかき分けて覗いてみると、そこには美少女が人が作った罠に引っかかっていた。足を踏み入れるとバネが弾け、空中に宙吊りにする悪質な罠だ。うん、悪質だ。本当に。ワンピースを着た女の子が引っかかることを予想してかけたとしたら悪の天才と言えよう。必死に隠そうと手で頑張っている姿がまた何ともいえない。これぞチラリズムの真骨頂。日本人のわびさびが感じられる。
ここで一句。
罠かかる 女子を助ける ヒーローや
俺の新たな才能が開花しようとしているな。さて、華麗に助けるとしますか。
「ファイアアローからのウィンドハンド」
できることなら俺が直に受け止めたかったが、それで俺が落としたら彼女にも悪いし、俺も恥ずかしい。
「覚醒! お嬢さん、怪我はありませんでしたか?」
説明しよう! 俺は覚醒すると普段の3倍程度イケメンになるのだ。無骨な俺の木で出来た体は帰らせて、このキラキラの精神体の俺で勝負を決めるとしよう。少女は呆けた顔をしてこちらを見ている。胸は控えめ。茶色の髪を後ろで三つ編みにしており、ハーフパンツからはすらりとした子鹿のような足が伸びている。大きな茶色の眼が何かを訴えるようにしてこちらを見ている。こう……そそられますな、庇護欲が。
いや、待てよ。さっきまで茶色じゃなかったか? いや、紫色だったか。そんな眼の色が変わることなんてないし、茶色に見えていたのは気の所為だったのかもしれない。おどおどした感じの態度がいいね。
不思議と俺は口を開く気になれず、彼女も口を開かなかった。
「なんで……なんでなの!」
そんな主語の欠けた文章じゃ誰もわかってくれないぞ。と言いたいが俺の口は動かない。ついでに俺の体も動かない。
「それは私がいたからです。残念でしたね」
その声はカラコさんだな?
茂みからガサガサと出てきた少女は顔にカッコいい仮面をつけていた。ライダーみたいな仮面だ。顔は隠しているけど、声と体型でカラコさんなのは丸わかりだ。
「シノブさん、大丈夫でしたか?」
両手に持つ刀には血がべったりとついている。随分と急展開だな。
「大丈夫も何も……」
状況を把握できてない俺にカラコさんはドヤ顔で解説をした。
「周りに刺客が潜んでいました。油断したシノブさんを襲うつもりだったんでしょうけど、この私が偶然通りがかって良かったですね。では、私は急ぐので。さらばだっ!」
解説だけしてカラコさんは去っていった……せめてお名前だけでも! の美学をわかっていないな。正体がバレるのを気にしすぎた結果か。罠にかかっていた女の子もいなくなっている。また俺はひとりぼっちになってしまった。
いや、正体隠す必要あった?
おそらく俺が1人で森に入った後、追いかけてきたものの何となく声をかけられずにこっそりとついてきていたのだろう。そして俺がピンチになったから姿を現した……と。周りを見渡してもプレイヤーがいることを示すマーカーはない。
どこかにいるのは確かなんだけど……。キョロキョロ見回していると謎の生き物と目があった。全身が青白く光るイタチみたいな生き物。見たことがない。話でも聞いてことがない。恐らく希少種。
周りに誰もいないことは確認済みだ。例えギルドで保護されているモンスターだとしても無問題。
俺が弓を展開した瞬間、その生き物は逃げ出した。やはりそうだ。森の中は俺のホーム。逃げ切れると思うなよ……。
小さな体で凄まじい速さで逃げているそのイタチを追いかけている時、違和感に気づいた。
俺のMPがもうない。
というか、俺覚醒したままじゃん。
グッと体が本体の方に引き寄せられ、その生物との距離を離される。
「カラコさん! そいつを頼む!」
「了解です!」
木の上から回転しながら落ちていったカラコさんを確認し、俺は覚醒を解除した。
気づけば俺は拠点に戻っていた。
そのまま後ろに倒れるとカグノが覗き込んできた。
『大丈夫?』
「ただのMP切れだ」
久しぶりにMPが0になったな。瞑想でもしてMP回復にでも務めるか……今日は遅くなりそうだ。
『ねーねー、遊ぼうよー』
座禅している俺の後ろから抱きついてくるカグノ。背中に意識を集中すると同時に熱さもひどくなってくる。片手でささっと火耐性をセットし、感触を楽しむ。気分は柔らか素材に包まれたサウナ。俺の脳が生殖活動よりもこの熱さから逃れろとアラームを鳴らしている。だが、俺は動かない。俺は待っている。
カラコさんから位置情報が送られてきた。カラコさんのことだから仕留めて戻ってくるんだと思っていたんだが……。
添付されている文には『至急応援求ム。謎ノ場所見ツケタリ』とある。何故電報風の文章なのか謎はあるが、どうやら何か見つけたようだ。この森には巨大なロボットだったりと色々なものがあるから、俺達の知らない何かがあってもおかしくない。しかし珍しい動物に誘われて不思議な場所を見つけるだなんて、何かのイベントっぽいな。
真っ暗な森の中、俺は暗視をつけカラコさんのいる方向へ向けて動き出す。
リハビリ
所要時間、3日




