159 解呪
『ここなら周りの森が邪魔してくれるから』
俺が目を覚ますと、ワルプルギスの時に来た森。広場には誰もいない。静かなものだ。
黒葉の木
真っ黒な葉を持つ木。その色から忌み嫌われている。葉は硬く分厚く、陽の光を通さないためこの木が密生して生える地帯はほとんど下草がない。そして硬い葉を食べることのできる動物がいないため、この木が密集して生えた地は死の森と呼ばれる。方向感覚を迷わせ、葉には魔力の動きを阻害する効果があり、人にとっても危険な森である。春になると小さな白い花をつける。わからない程度の小さな花だが、その芳香は芳しく、様々な虫を集め死の森を活気づける。蝶や蜂、蝿などが集まってくる春には鳥などが集まり、森は賑わいを見せる。夏には小さな硬い種子を実らせ、自らの下に振り落とす。種子は木の下に降り積もるが、発芽するのはごく一部のみで、陽の光が当たらない限りは何年でも発芽を待ち続ける。
寿命や風により倒木した後は一斉に芽吹き伸び始める。独特の幹の模様は多数の芽が集まり伸びたためである。
師匠は何やら巨大な魔法陣を本を片手に描いている。
『呪術っていうのは神様を制御しようとした過去の魔術よ。普通に使ってる分には神の魔法が自分の魔術になるだけで問題ないけど』
師匠が俺に近づくと、手を俺の体の中に突っ込んだ。なんかお腹がムカムカする。
『使徒がやると神を制御して、自分のものにしようとする不届き者になるってわけ。たまたま私が近くにいたから良いものの』
俺から出てきたのはカグノ、だが様子がおかしい。
いつもは明るい炎のようなカグノなのに、今はまるで前も見えていないかのようにぼんやりとしていて、体が青い炎になっている。
「カグノ」
『あなたがやったのは炎の信徒達の怒りを買うことだったのよ。これからはなるべく避けることね』
カグノの肩を掴み、揺するが何の反応もない。
神槍はどうなっているんだろう。
【神槍(呪)】
呪われた装備になっている。
呪術のスキルとんでもないな。
確かに職業名には森呪術師とちゃんと呪術と書いてあるが、こんなことを呼び起こすとは。
「じゃあどうすればいいんですか?」
『それを解決するために私が来たんじゃない。弟子のやったことは師匠にも責任があるわ」
さすが師匠。俺は師匠がいなかったら何度死んでいることだろう。
「師匠、ありがとうございます!」
『ふふーん、師匠の務めだからね』
師匠はカグノを魔法陣の真ん中に立たせるとまた魔法陣を描くのに戻った。
「じゃあ一体呪術をどうすれば……」
『とりあえず火魔法はやめておくことね』
森呪術師なのだから素直に木魔法にしておくべきだったか。
黒葉の木の葉を集めておくか。これで服でも作ったら更に見つかりにくくなるものが作れそうだ。今の鎧の上の外套も新調の時期だろう。ますます狙撃手らしくなる。
その下に鎧を着ているというのがらしくないが。
『魔力を流し込むのを手伝って』
これだけ大きなものだ。どれだけ必要なのだろう。
しかしやらないわけにはいかない。
魔法陣の光りが徐々に強くなっていく。眩しくて目が開けられなくなった後、静かに光りは消えてそこには神槍が転がっていた。
これは本格的にカグノをねぎらってやらないと可哀想すぎる。
カグノの心配もだが、師匠が倒れている。
「師匠!」
『腕がないって不便ね』
うつ伏せに倒れていた師匠を抱きかかえると師匠の腕は何かにスッパリと切られたかのようになくなっていた。
「師匠これは」
『別に今こうなったってわけじゃない。いつもは義手をつけてたのをあなたの中から引き出すのに都合がいいから魔力に変えていただけよ』
いつからだったんだろう。そんなことに今まで全く気づいていなかった。
師匠の前に2本の義手が現れた。
『つけてくれるかしら』
木で出来ている義手だ。腕がなくなつわている部分にあてがうと、自然とくっつき普通の手みたいになった。
師匠の力は恐ろしいな。
その師匠が一体どんなことがあって腕を失うことになったのか。しかしさっきの師匠の言葉には聞くなという強い意志がこめられていた。
両方の腕をつけた師匠だが、そのまま動かない。
「師匠?」
『もう少しこのままで』
師匠のためならば私は椅子にでもソファーにでもなりましょう。確かに俺も残りのMPが全てなくなったし、師匠もだいぶ消耗したのだろう。
少し経つと師匠は立ち上がり、神槍を拾って俺の前に立った。
『あなたは夜? それとも火?』
難しい質問だ。
「燃えるような闇というものを経験したいとは思っています」
これが俺の行動原理の一つだ。
夜もいい。また火も好きだ。
師匠はクスクス笑うと俺に神槍を突き出した。
『もっと大事にしなさいね』
「了解です」
気がつくと師匠の家にいた。
『睡眠時間が足りない……時間があるなら王都の神殿をまわってみるといいわ。じゃあおやすみ』
「おやすみなさい」
さすが夜行性というか、魔法陣を作るのに疲れたのか。
礼をして師匠の部屋を出ると声をかけられた。
「What the fuck are you doing here?」
「口が汚いな。ゴーアウェイ。別に俺がどこにいようと俺の勝手だ」
この英語圏の住人かどうかよくわからない人は一体なぜここにいるのだろう。また色々と訳があるのか。
半分追い立てられるように外に出る。
《スキル【呪木魔術】を取得しました》
「カグノ、起きてるか?」
『うーん?』
良かった。
さてと、ルーカスさんの店にでも行くか。筍はいっぱいあるし、これで何か作ってもらって、その後にえるるの店に行って葉をどうにかしてもらうか。
大量の筍を店員の女の子に渡す。
『聞いてきます!』
カグノは入れないだろうからテイクアウトはできないかということだ。
厨房に入る前に盛大に筍を床に撒き散らしている。確かに1人で全部持ち切れていないとは思っていたけど。
『シノブくん、久しぶり。あれだけのタケノコ悪いね』
「いえいえ、いくらでもあるので気にしないでください」
『残念ながらうちはコースしかやってないから持ち帰りとかは難しい』
「やっぱりそうですか」
そもそも持ち帰れるような料理はないだろう。
『だけど、はい。ローストビーフと特製ソース。後はレシピを上げるから自分で頑張ってみて』
ルーカスさん……すごくありがたい。しかし俺がギルドで作っていると欲しがる人は絶対に出てくる。何より今は大量に他ギルドの人がいる。カグノだけのために作ってやるわけにはいかなくなるだろう。
「本当にありがたいんだけど実はかくかくしかじかで」
『それは大変だね……うーん、燃える彼女か。椅子の上に鉄板をしけば問題ないかな? テーブルクロスも取っちゃえば……どのぐらいの温度?』
ルーカスさん、あなたは料理人の鏡だ。
「これぐらいです」
神槍の穂先を出してみる。
『フォークは大丈夫そうだね。彼女、もう来てるの?』
「呼びます」
俺と融合してもいいんだが、俺も食べたいからな。
「ファイアゴーレム」
小さな悲鳴と共に鉄板が嫌な音を立てる。危ない。これは危ない。冷静に見るとマグマの塊じゃん。
カグノになると体重が軽くなるのか、少しマシになる。
『あー、これは……』
ルーカスさんも苦笑しているぐらいだが、一瞬木に触るぐらいならどうもならないので大丈夫だろう。
「良いことを思いついた。俺が椅子になろう」
半樹人な俺だが耐火性能ではそこらのマーメイドにも勝っていると自負している。
「さあ、カグノ! 俺の膝の上に来い!」
いや、本当にサウナ。鎧の隙間から蒸気が上がってる。鎧の表面でステーキが焼けてしまう。
『大丈夫かい?』
「……フライパンの気持ちがわかったのでフライパン解放運動を起こしたいです」
『そんなことされたら料理人は上がったりだね。デザートのファルベです』
なんだよ、さっきから燃えてるものばっりだしやがって。こんな創作料理いらないんだよ。シャーベット持ってこい!
「カグノ……俺の分まで食べていいぞ……」
『やったー!』
カグノは終始ご機嫌で非常に喜んでもらえたようだ。
えるるのところに行くのは今度にしよう。ギルドに帰って現状把握。木魔法の効果を確認。後王都にも行って神殿巡りもいいかもしれない。太陽の神殿しか行ってないからな。
暑い、疲れた。今日はもう朝からハードだった。というかゴブリンジロウの依頼とかイッカクさんに伝えなきゃいけないしアババババ。
《行動により【火耐性Lv17】になりました》
《行動により【マゾヒストLv10】になりました》
「……カグノ……終わったら戻ってくれ」
『ありがとー!』
抱きついてくれるのは嬉しい。
嬉しいが暑い。熱い。
よし、火魔法を外して、神槍を外して。よし帰ろう。
ルーカスさんありがとうございました……あれ?
体に強い衝撃を受けて、視点が床に。
一体何が。
種族:半樹人
第一職業:狙撃手 Lv40
第二職業:森呪術師 Lv14
称号:神器の使い手
スキルポイント:102
体力 :130(-35)
筋力 :30(-29)
耐久力:50
魔力 :150(+88)
精神力:165(+49)
敏捷 :50
器用 :100(+87)
筋力値が異常だ。
体が動かない。
『熱中症だ!! 水持ってこい!』
『はははは、はい! あああ!!』
何か色々なものをひっくり返す音が聞こえてくる。
看護してくれるのはありがたい。後で謝らなければ。
今は少し休もう。
お読みいただきありがとうございました。
今日の更新はこれで最後になります。
また3月か4月頃に更新を再開させたいと思います。
毎日更新!を目指します。




