155 ついていけない
前回のあらすじ!
海に行ったらクジラがいた。これってボスだよね? なんでヴィルゴさん戦う気まんまんなの?
『ヴヴヴヴヴィルゴさん!!』
『なんだ?』
なんだ、じゃないよ! これって明らかにボスだよね。カラコさん吹っ飛ばされていったし。なんで吹っ飛ばされていったのかはわからないが。逆に俺もふきとばされたかったよ!
魔法の効きも悪いし、どう考えても水中内はボーナスステージじゃないよ?
なんでこんな縛りプレイしなきゃならないんだ。俺は始まりの街付近で十分にレベル上げしてから次の街行くタイプだし、水中で無双できるようになってから戦いたい。
既にクジラの横ではヴィルゴさんがエフェクトを撒き散らしながら攻撃を開始している。
無謀だよ。
クジラの体は俺の悩みを暗示しているかのように真っ暗で時折チカチカと体表面に光る斑点が出てくる。形はマッコウクジラフォルム。鋭い歯がついており、頭は巨大だ。この巨体の餌になりうる獲物がこの海には存在するのだろうか。
とりあえず、ヴィルゴさんが戦っているのだから逃げるという選択肢はない。
とりあえず、カグノを呼び出してみようか。海を楽しみにしてたしな。そうしてやろう。カグノを海に入れたらとてつもない環境汚染につながりそうだが知ったこっちゃない。暑さに耐え切れずにこのクジラが死んでくれれば万々歳だ。クジラって寒いところにいるイメージあるしな。
『おい、カグノ! 出てこい!』
俺が神槍に向かって怒鳴ると返ってきたのはこんなふざけた返事だった。
『えー!? 聞こえなーい』
そうか。聞こえないのか。とでも言うと思ったのか。
というか俺の呼びかけに答えている時点で聞こえてるじゃねえか。
『おい、頼むよ。今ピンチなんだ』
クジラは特に攻撃する様子も見せずに体を震わせたり、尻尾をなぎ払っているだけだが。あれが俺の方向に向くとなったら、どエライことになるだろう。端的に言うと俺は死ぬ。
あのクジラがどのぐらい強いのかはわからないが、あの巨体から繰り出される一撃は尋常でもないことになるだろう。
ヴィルゴさんの攻撃も尋常じゃないぐらいのスピードでクジラのHPを削ってるが、HPの総量から考えると微々たるものだ。この量って多分ギルド戦とかを想定されてるよね。それにしてもヴィルゴさんは先ほどからダメージを全然食らっていないし、おそらくこのボス専用の装備でも作ってきたのだろう。カラコさんだけ場外に吹き飛ばされて、俺とヴィルゴさんが吹き飛ばされなかったのは装備差だろう。
『仕方ないな〜』
何が仕方ないのか。武器が武器の役目を果たすように言っただけなのだが。まるで俺が泣き喚きながら未知のボスに恐怖し、必死に頭を下げながらカグノのことを一生神と崇めると誓ったみたいな言い方じゃないか。
よくよく思い出してみればそんなことを口走った記憶がないわけではないが、俺は都合の悪いことは記憶力が著しく退化するタイプの人間なんだ。もう忘れた。
何やら神槍がオーラを纏っている。オーラなのか、ただ周りの水が熱せられているのが見えるのかはわからないが、とにかくそんなものだ。
『むむむむむむむぅぅーっ! 解っ放!!』
カグノが出てきた一瞬で同時に色んな事が起きた。一つ一つ整理していこう。
ここでおさらいだ。超高熱を発する物質が液体状のものと接触すると、一気に液体が気体になり水蒸気爆発が起きる。カグノの場合、あまり熱くないのに水に触れると爆発する。これは……個性だろう。
カグノのが水の中に現れた瞬間、周りの水が一瞬で気体になり巨大な水蒸気爆発が起きる。爆発の衝撃により砂浜に巨大津波が襲来。多くの観客を浚う。
そして爆発が起きた後の空間に一気に水が押し寄せるが、カグノの一定距離までしか近づけず、そこから蒸発している状態になっている。
そしてカグノの周りは、こりゃ天然の海塩サウナやーとでも言いたくなるような尋常じゃない水蒸気。そして暖められた海水は空に上り雨雲を作り出す。
これがどういう事なのか、もっと簡単に言ってしまおう。
先ほどまで人で賑わっていた砂浜には誰もおらず、照らしていた太陽も隠れ、海は荒れ、それはもう。ラスボス降臨という言葉がぴったりだ。
そして俺が最も懸念していた事態が起きた。別に懸念とかしてなくて、この事態が起きて初めて思い出したのだが。
津波とか起きたけどクジラって自分で津波生み出してたしあんま効かなくない? ってことと、案の定効かなかったことだ。
俺がしたことは緊急イベント発動と多くのプレイヤーに誤解させたことと、その他砂浜に住む多くのプレイヤーに反感を買ったこと。誰がこの事態を起こしたのか、今はまだわからないだろうが、いずれ情報も漏れて俺の所業が明るみに出てしまうだろう。
それで恨みを買って砂浜でのビーチバカンスを奪われるのは嫌だ!
「な、なんだこの魔法は! さすがはクジラ! 爆発まで起こすとは……」
わざとらしく叫んでみたのだが、これがどれぐらいの効果を上げるかどうかもわからない。
「もういい! カグノ戻れ!」
負の現象しか起こさなかったカグノを無理やり連れもどし、装備から外して隠蔽。それと同時に起きる巨大な波。神とは自然災害なんだなって思う今日この頃であるが、俺の気持ちをつらつらとブログに書き留めている暇はない! ブログはやってない!
「ヴィルゴさ……」
あの人は放っておこう。第一連れてきたのが悪かった。あの人が戦闘なしのレジャーに参加すると思っていたとはおらが悪かった。ほんとにおら、勘弁してほしいだよ。
おっと、後悔の嵐に苛まれて何処かの方言が出てしまった。
取り敢えず今も何処かで流されているであろうカラコさんを探そう。沖まで流されてしまっていたら、それはもう死に戻りしてください。
「魔眼!」
遠見、発見と合わし、魔眼で機械人間を見分ける!
波で海が濁っているのが難点だ。一体誰がこんなことを。
水中には無数のプレイヤーが流されていて、残念ながらカラコさんを見つけることはできなかった。
成仏しろよ!
さて、俺は俺で一人離脱するか。
まだ海の中には水流が生まれているが、鎧のおかげか苦もなく陸へと足を進めることができる。
幸い砂浜にいる人は少ない。
馬に乗ってさっさと逃げよう。ヴィルゴさん、頑張れ!
と、その前に二人にメールしておこう。
命の危険を感じたので帰ります。ヴィルゴさんごめんなさい。
よし、完了。何も相談しないでいきなりボスと戦う方も戦う方だと思う。今回はあまり俺は悪くないはずだ。
さあ、行け白馬よ。暴れん坊な将軍のように砂浜を駆けてやろうではないか。
「さらば海! また来るぜ!」
「わっ!」
俺はこの状況に驚愕している。カラコさんに後ろから人を驚かすというお茶目な部分があったこともそうだが、それを齢二十何何を越えようとしている成人男子にすることにも驚いている。俺の視野が三十度しかないと思っているのだろうか。
しかしこのままではいけない。カラコさんの無邪気な笑顔を壊すわけにはいけない。これは大人の務めだ。
「う、うわああああああああああ」
俺は馬上で座ったまま飛び上がるという曲芸師も真っ青な妙技を披露した。全国馬上飛び上がり大会があったのならば、今頃俺はそれの日本代表だろう。自分でもどうやったのかはわからないが、精神力というものは時に不可能を可能に変える。
俺が飛び上がっているのにも関わらずマイホースは前に進む。その後ろには馬に乗ったカラコさん。
俺はそのまま馬に踏みつけられ、た。
人の恋愛を邪魔するものは馬に蹴られて死んでしまうというが、俺には人の恋路を邪魔したことなどないし、そもそも邪魔するほど親しい友達がいなかったともいえる。俺が空気読めないがゆえに、邪魔してしまったこともあるが、それは人の恋愛を邪魔したことになるのだろうか。それで馬に蹴られて死んでしまうのなら、全国の馬達は暴れだし教師達を殲滅しに行くだろう。第一次馬大戦の始まりだ。
俺は薄れゆく視界の中、駆け寄ってくる馬を見た。そして二撃目を腹に感じた。
「シノブさん! すみません! そんなに驚くとは思ってなくて」
二回目戻る時のは故意なのではないだろうか。
何にしてもカラコさんが生きていたのは喜ばしいことだ。
「ダメージはなかったから大丈夫」
そう言うとカラコさんは刀を抜いた。
「え?」
ご乱心である! カラコ殿がご乱心であるぞ!
しかしカラコさんの真剣な目を見ると、何か冗談で抜いたわけではないことがわかる。
「シノブさん、嫌な予感がします」
いつから宇宙の騎士になったのかはわからないが、カラコさんがそういうのならばそうなのだろう。
取り敢えずスキルは今のままでいいとして。
「魔眼……なんだこれ」
霧のように濃い魔力が周りを覆っている。一寸先は霧だ。
「シノブさん、どうですか?」
どうですかと言われてもどう言えば良いのかわからない。
「カラコさん、一刻でも早くここから逃げることをおすすめする」
近くに魔力を大量放出している物質がある、もしくはここがもはや魔法の中だと考えるのが一番だろう。
カラコさんの馬の後ろに乗り……というよりカラコさんが俺の足の間に座っているといったほうが正しいだろう。
かつてこれほどカラコさんに近かったことはあるだろうか。たぶんある。それでもドキドキしてしまうのは仕方ない。手を前に出してカラコさんに掴まれば、一発で検挙間違いなし、ヴィルゴさんに殺されて垢バンされるのがオチだろう。
死へと直通している天国。
まさかカグノもそうなのか? NPC相手だと垢バンされないというが、それなりの自衛システムは搭載されているだろう。精霊がセクハラされると何らかの力によって制裁が加えられる。この仮説は正しそうだ。
「何か音がしませんか?」
女性の問題について考察していて周りを警戒することを怠ってしまった。確かに地鳴りのような音がする。地面は揺れていないがぁっ。
「ひぇくぁらこさん!」
「な、なんなんですか?!」
落ち着け。カラコさんにはまだ見えていない。これがクジラのボスによるものかはわからないけどほとんどそうだろう。
なんか草原の端から水が押し寄せてきてる。見た感じではそんなに勢いは強くないが、それは遠くから見ているからだろう。
全くどこの誰のせいでこんな天災が起きているんだ?
「カラコさん、俺はここで離脱する。ノルセアにたどり着いたら先にギルドで待っててくれ」
「え、ちょシノブさん!」
カラコさんが止める間もなく落馬する。この広い世界を探しても1日に二回落馬しているのは俺ぐらいだろう。
「おーい、カグノ?」
呼びかけても出てこない。寝ているのだろう。酷使したからな。まあいい、カグノに出てきて欲しかったのは保険だ。
装備しているだけで俺に力を与えてくれるだろう。
「さて、火は水に弱いってのは相性勝負の定石だけど」
やってみるしかない。それが俺だ。
「インフェルノ」
広範囲、高威力をイメージし、俺の周りに溶岩のフィールドを創り出す。
「届けぇぇぇ!!」
俺の気持ちはシステムという冷酷な壁に阻まれ届きませんでした。
常識的に考えたら無理だよね。炎と水だしさ。
フライを使って空中に難を逃れながらも一人さっき叫んでしまったことを思い出しながら赤面している。誰が見ているかわからない。水相手に炎で勝負しようとして、結局負けて逃げるとか他の人に見られたら、俺は首を吊るだろう。
幸いなことにプレイヤーは誰もいなかったのだが。恐らく事件が起きた砂浜に向かったのだろう。
しかもなんか波の中にサメみたいなのいるし。飛んで逃げてよかった。
そしてカラコさんは逃げ切れているだろうか。最初から飛んで逃げればよかったのではとも思うが、挑戦してみたかったのだ。自分の欲望に忠実に生きる。これが人生を幸せに生きるこつだと思う。時折、欲望のままに童貞を捨てれば幸せになれるのかと思うこともある。
しかし俺にもプライドはあるのだ。生の人間とやりたい。
一回捨てれば女の子の扱いとかもわかってきてモテるよとかも言われたことはあるが、俺が知っているのは仮想の世界で一度経験したからといって自分がモテると勘違いして現実世界で女性の顰蹙を買うという例である。
俺は俺という人間をよく知っている。俺は確実に調子にのるタイプだろう。そして仮想世界に全てを尽くすほどの覚悟はない。そもそもそんなことしてたら金がなくなって野垂れ死にそうだしな。
話が逸れた。カラコさんは大丈夫だろうか。
時折ジャンプして俺に食いついてこようとするサメを華麗にかわしながら街の方向へと向かう。
「カラコさーん!」
俺の下には大きな魚影が幾つも見え、いささか不気味だと思っていたところ、突然その群れが散った。
「ヒィィィハァァァァァ!!」
俺の真下を物凄い勢いで通り過ぎたのはサンタクロース。いや、わからない。奇声を上げていたのはわかるのだが。
走り屋は良くいるがサンタコスして水の上を凍らせながら走るやつは初めて見た。
しかし凍った道ができたのは俺にとっては好都合。
フライを解いて氷の道の上に降り立つ。これで先ほどからうっとおしいフカヒレを食材にすることができる。
「ウィンドウォール」
水の中ですばしこく動き回っているのを相手にするつもりはない。
トビウオかと思うぐらいの見事な跳躍を見せたサメだが、壁に触れるとネギトロのようになった。
期待しながらアイテムを見たのだが、何もない。フカヒレは取れないということだ。それにさっきから脳みそがないかのように突撃してくるのだが、一度もレベルアップしていない。
今日は厄日だな。下手したら何もレベルアップしないままかもしれない。
上官の命令に逆らえない哀れな兵のようにサメ達は海の藻屑のように消え去った。
MPの無駄なだけだったな。
さて、またカラコさんを探そうか。波に飲まれていればサメに襲われているかもしれないが、逃げ切ってくれていることを信じよう。
「…………なにあれ」
遠くで何か光が発せられている。海が割れてその下からとてつもないエネルギー光みたいなのが発せられてるんだが。
「あれ、カラコさん。うん。間違いなく。何やってんの?」
行きたくない。本気出してるカラコさんの近くになんて行きたくないけど、行くしかない。
なんか今日は色々頑張ってる。しかしまだ一日は終わっていない。
これ終わったらルーカスさんとこに飯食いに行こ。
シノブが午前中に何をしてたか覚えてられる方はいるでしょうか。私は覚えてません。
次回予告
カラコさんは海の触手を持つ生き物に捕まっていた。そして本気を出したのだが何故か抜けられない。それはその触手からでる分泌液にあった。
欲望と戦うシノブ。果たしてシノブはカラコさんを救うことができるのか!
このゲームはR15を越えられるのか!?
次回 理性と本能
※次回内容は報告なしに変更される場合があります。




