151 黒の影
相変わらずえるるの店は賑わっていないな。
「いらっしゃいマセー」
そして中にいるのはえるるだけか。
「お久しぶりデス」
「ああ、今日は素材の持ち込みで何か作ってもらおうかと思って」
俺はカウンターの上に陽光の布を広げる。短剣と変わらず、その布は光り輝いていた。
これで作る服ってどんなものになるのだろうか。存在感が大変なことになりそうだな。
「では、何を作りましょうか」
何を作るか。俺はそれを考えていなかった。普段着……にするには素材がもったいないような気がする。
それにこんな煌びやかな服を普段着にする趣味はない。
「どんな選択肢があるんだ?」
「そうデスね……ヒーローみたいなマントはどうデしょうか!」
ヒーローみたいなマント……俺はこのキラキラ光る布を背負って登場するわけか。リアル後光だな。さぞかし目立つであろう。
俺はえるるの提案を待っていたが、えるるもそれ以上のものを考えつけないようだった。
確かにマント以外にこれをどうしろというのだ。
「ちなみに性能はどうなるんだ?」
「シノブさんのご要望しだいデスが、魔法職に会うような物にしたいデス。狙撃手のオンミツスキルでは向いてないですね」
やはりそうか。
ということは正々堂々囮として戦うときはこれを着て、その他の時は森林蛙のコートを着れば良いんだな。
果たして俺が正々堂々と戦うことがあるのかどうか。少しばかり過去を思い返してみるとあるといえばある。決して自らが望んでそうしたわけではないだろうが。
「じゃあ、それで頼む。俺たち午後から海行くんだけどえるるも来る?」
「すみません。アレクがいないのでお断りしマス」
惚気てやがるのか何なのか。アレクとえるるの関係って何なんだろうな。ただのゲーム友達?
詮索はよしておくか。職人と客。俺たちの間にこれ以上の言葉はいらないはずだ。
正直に言うと関係を聞くのが怖い。
このままが良いのだ。
「出来たら連絡するのでごゆっくりお待ちくだサイ」
ゆっくりと待ったらダメだろ。早く作れよ。
意外と早く用事も終わったし……拠点に戻っとくか。
昼までというのは実に暇だが、土いじりとかやることはあるはずだ。槍の練習をしたり、料理スキルとかのレベル上げもいいな。
というわけでやってきたのが、畑です。俺という地主のように見えるけど実際は一銭も出していない人物な出てきて、畑の人たちはもう緊張度ももう最高点に達している。
俺は遠くから見ているのだが、あちらも何で遠くから見ているのだろうという感じでビクビクしているし、こちらも下手に近づいたら怯えられそうだ。
緊張しなくてもいいよーとは言いたいのだが、俺がそれを言うことはないだろう。詳しく言うと逃げ腰な相手に自分の意思を伝えることはできない。
しかしまあ大勢の農夫達が作業している様子とは外国の農業を見ているようで面白い。
皆揃えたような同じ服を着て……。
うわぁ、シュールだ。
印象派のような田園風景だと感じながら見ていたのに、その中にゴツゴツの黒い鎧がいるとか、シュールだなぁ。
しかし一体あれは何なのだろう。
ここで俺がとるべき行動選択肢は3つある。
1つ。このままスルーする。もっとも悪手であろう。
2つ目。近づいて話しかける。俺はあんな危なそうなやつには話しかけない。
そして最後。近くにいる人に聞く。コミュ障な俺には無理だ。
この時点で俺にとれる行動はなくなった。俺はこののどかな田園風景の中で絵画の一部となって永遠に棒立ちするのであろう。俺はそんな現実に絶望して、目の前が真っ暗になっていたがちょうど良いところに知り合いが前を通り過ぎた。
マッドだ。
読者の皆様は俺がこんな程度で死にそうになっているのを見て笑うだろう。笑うのならば笑ってほしい。俺は自分に何か明確な得がない限り自分からは動かない人間なのだ。女の子と話すのならばいくらでも動けるが。
なんと驚いたことに棒立ちになっている俺を無視してマッドは進んでいくではないか。
普通道端に全身鎧を着た人間がいたら無視はしないだろう。狂っているからというのは説明にはならない。
それに俺は全身から助けてくれオーラを出しているのだ。それに関わらず無視をするのは悪鬼羅刹ごときの所業だ。
「おい、マッド」
無視か。お兄さん無視されるとますます声かけにくくなるんだよな。
もしかしたら聞こえなかったのかもしれない。そんな望みをかけてもう一度声をかける。
「マッド、聞いているのか?」
「不毛。またどうせつまらないこと」
なるほど。俺と話すのは不毛でつまらないと。さすがの俺もこの答えには怒るべきなのだろうが、俺にはやるべきことがある。
この田園風景という地獄から逃げ出さなければいけない。俺も昼までここで悶々としているわけにはいかないのだ。
「あの農夫たちに混ざっている明らかに調和を乱している。黒鎧って何なの? 怖いんだけど。あれって俺にしか見えない亡霊?」
冗談で言ったがありうる。ここは元々人の土地であろうし、昔の騎士の亡霊がクワを持って畑を耕していてもおかしくないだろう。
「バカ。これは確定」
誰が? 俺? 確かに記憶力と注意力は人並み外れているとは全く思わないが、その他はそれなりに良いと思うのだが。
「忘れたのか」
忘れた……あの黒い鎧になんて見覚えはないと思う……たぶん。
待てよ。あの黒光りするフォルムには見覚えがある。Gのように大量の足を持ったやつがいたような気がする。
あ、思い出した。
あの地下でいきなり襲いかかってきたあいつか。
謎施設とかもあったな。
全然覚えてなかった。気にも留めてなかったし。
何か有益な情報は持っていたのだろうか。この建物の前の持ち主とか、何をやろうとしていたのかとか。
俺が考えるまでもなく、俺の優秀な秘書がやってくれているだろう。
というかなぜそんな貴重なサンプルがここで畑を耕しているのか。檻に閉じ込めるとかそういう措置は必要ないのだろうか……俺が考えつくことでカラコさんが何も考えていないということはないから、心配しなくてもよいか。
ここまで考えたけど、俺がこの無間地獄から逃げ出すすべは見つかっていない。
どうやってこの和気藹々としたみんなで仲良く働いています。的なグループの中に混ざることができるのだろうか。
「マッドぉ……」
いない?! この俺を放り出してどこかに行っている?
気づかなかった俺も悪いが、途方に暮れている俺に暴言だけを吐いて去っていくのはどうなのだろうか。暴言……事実を言われただけだったな。
ここで勇気を出して踏み出せば簡単に入れてくれるだろう。何故なら俺は雇用主なのだから。断るというコマンドが用意されていないだろう。
しかし俺が現れただけでちょっとビビッている。可哀そうな農夫達の間にずかずかと入っていけるのか。いや、無理だ。
せめてもっと近くによってくれればまた別の話なのだが。
『あ、あのー』
後ろから突然かけられた声に俺は素早く振り返る。
なぜなら女の子の声だったからだ。
「はい、何でしょうか」
メイドさん! メイド服ってやっぱり可愛いな。
『何かご用件があるのなら私から言いましょうか? 野菜を貰いに来たついでなので』
なんと優しいのだろうか。
女神か。
「なら、少し土地を貸してくれないかって聞いてくれない?」
『わかりました』
これで一件落着……じゃないな。
あのゴーレムは一体何故こんなところで作業をしているのか。
謎だ。
遅れたのに短くてすみません。
海に行くのに引き伸ばしすぎな気も。
ありがとうございました。




