146 昼の神殿
『王都は4つに分けられているわ。外から庶民区、貴族区、神官区、そして私たちが今いるのは王族区よ』
王城から出ながら師匠が説明してくれる。
貴族より神官の方が大事みたいな感じだな。
『神官区は主にこの王都の神官。昼の神の敬虔な信徒が暮らしているわ。庶民区から神官区に行きたいがために宗旨替えする人もいるみたいね。全くの冒涜だわ』
王都は昼神信仰なのか。それなら何故師匠が神官区に行く必要があるのだろう。
『昼神信仰と言っても、昼神の寵愛を受けた王を信仰するのと同じよ。教義も変わる。しかし今回の騒動で王族の地位は落ちたわ。王が国を売る。有ってはならないことだわ。一般市民には隠されているけどね』
一般市民とは誰のことだろう。師匠は色々と特殊として、プレイヤーより弱いNPCってことかな?
神官区の建物は全てが白色の石で造られている。昼神を信仰するためのものだと思うが、その中でも特に大きい建物。そこには様々な人が集まっていた。人と言ってもNPCだが。NPCの特徴としてはどの人もある一色をで上から下まで染めているということだろうか。
これだけのNPCの割にはプレイヤーが少ない。
『間違えられないように前に買った魔女の正装をしなさい。貴女は……その髪でわかるからそれは良いわ』
俺が夜の神の所属ということを明確にするためか。カグノが怒りそうだな。
これを着ろというのなら、やはり神に関係することなのだろう。ここにいるNPCは皆ある神を信奉しているようだが。何故ここに集まってきてるんだ?
広い神殿も多くの人で溢れている。
『王の権威が失墜して、多くの民も失われた今、神官達ができるのは他の神を進行する者たちを認識して、信者を呼び込むことだけよ。私は1番下っ端だから任されたというわけ』
なるほど。多くの神を認めれば色々な人が参拝しに来るかもしれないからな。しかしここまで人が多いと本当に八百万ぐらい神がいるような気がするな。何かのイベントをクリアすれば神の使徒になれたりするのだろう。俺はカグノがいるし、夜の神にも一歩入っているからな。
俺たちが神殿の中に入ると群衆がどよめき視線がこちらへ向く。
しかしその視線は俺に向いているのではない。カラコさんが見られているのだ。
「え、えーとー」
『月の神の信徒は神を守って全員死んだ。月の神が人間と近しい神だったこともあるけれど、神が消えた当初は伝説的な話だったわね』
信者を犠牲にして誰かが封印を解くのを待っていた月神。信者達に一切を知らせずただ消滅した神。どちらが正しいとは言えないな。
恐らく最高神の一柱である夜の神も自らを封印するぐらいしか消滅を免れる方法はなくて、昼の神も何かに縛られてたんだしな。
夜の神様は神は復活すると言っていたが、復活するならさっさとしてほしいね。
『後はその髪が問題なのかしら』
カラコさんの触手が立ち上がる。
「これですか?」
アンテナのように直立している。自分の意思でも動かせるんだな、それ。
『現在月の神の信徒が生き残っていれば、貴女は生き神として祭り上げられていたかもしれないわね』
確かに。頭に変なものが生えてる人なんてあまりいないだろうし。それが崇めている神と同じ色だったら尚更だな。
「生き神ですか……」
カラコさんは複雑そうな顔をしているが、その気持ちもわかる。
いきなり生き神と言われても反応し難いだろう。俺が生き神と呼ばれて崇められるなら、美人に世話をしてもらってヒモになるけどな。
俺たちが順番を譲ってもらって前に行くと、長い列の先にはヒゲを伸ばした真っ白な服を纏った爺さんがいた。
『おお、おおお!』
孫でも見つけたのか?
『そなたはまさか__』
『夜と月。申請お願いします』
爺さんの言葉を師匠が威圧を込めて遮った。
爺さんは何かを言いたげにしていたが、諦めたように肩を落とすと、手持ちの本にサラサラと何かを書き込む。
『この娘に何かすることは夜が許しません。貴方方はまず自分の神が探すことから始めたらどうでしょうか』
『な、そのことは!』
爺さんがその言葉の続きを紡ぐ前に師匠は踵を返していた。
『昼の神は今王族を護っていない。何処かにはいるとされているけど、どれだけ神託を願っても何の反応もなかったそうだわ。王の暴走も日頃から祈っていれば防げた話だったのにね』
何故師匠がそんなことを知っているのか。さすが魔女は強いということか。
昼の神はいない。それが知れたら信頼も地に落ちるわけか。
師匠の言う通り、人々の怒鳴り声が聞こえてくる。あの人たちは自分の神がいないから、昼の神に頼りに来たわけで昼の神がいない今、頼れるのは……。
夜の神ということになるな。
師匠は申請しに来たのではなく、腐った昼の神の信徒を抹殺するために来たのか。
師匠はさすがだな。
『付き合わせて悪かったわね。良かったら私の手料理を振る舞うけど、どうかしら』
え、師匠の手料理?
「もちろん!」
『貴方も作るのよ。どうかしら、カラコちゃん』
え、俺は食えないんですか?
確かにそれが正しいけどさ。俺は弟子だから……。
王都には冒険者ギルドはない。
その代わりに王都内の治安維持やいざこざ、モンスターなどの対処は聖騎士と呼ばれる凄く噛ませっぽい名前の集団が解決しているらしい。この王都の事件も解決できなかったし、実力はしれたものだろう。
ギルドと名のつくもので言えば、生産ギルドというものがあるらしい。
生産ギルドは庶民区にあり、多くの冒険者で賑わっている。復興の拠点ともなっているようだ。
冒険者ギルドが誰でもOKなのだが、生産ギルドは生産職のみの組合い。設備も誰でも使えるものが充実している。
しかし師匠が言うにはギルドにとって都合の悪い物質を発見した人を脅すことができるようにだそうだ。何も知らないで禁制品を作ってしまったり、狩猟禁止の物を狩ってしまっていたりといった感じだ。後は金も集まるから色々とドロドロしているらしい。
カラコさんは生産ギルドの食堂に置いておいて、俺達は料理をしに行くことになった。
実は師匠が本格的な設備がある場所で料理をするのを見るのは初めてだったりする。
「師匠、東の森にいる蜂の子って食えるんですか?」
『塩水に一晩つけないと食べても倒れるわよ』
倒れました。なるほど、塩水か。リンゴみたいだな。
師匠は次々と魔法のように食材を取り出してくる。
『今から私が説明をするから、1回で覚えなさい』
どこのスパルタ教師だよ。と言えるわけもなく、取り敢えず集中する。
『これはゴブリンの干し肉。ゴブリンの肉はそのままでは硬くて臭くてとても食べられたものじゃないけど、こうして干し肉にすることで食べられるようになる。まずこの干し肉を水で洗う』
ゴブリンの肉はたくさん持っている。これを全て干し肉に変えるとなると、重労働だな。
『そして魔力水、できれば空気の綺麗な場所の滴凍草から採取できると良いわ。それで戻したゴブリンと大量のオイシ草を茹でる。味付けは不要よ。大体水が半分ぐらいになるまで煮詰めたら、そこに炒めた玄米を入れる。油は蜜油が良いわ。そしてまたここから玄米が柔らかくなるまで煮込むのよ』
米が出てきたか……米が柔らかくなるまで煮込むのって一体何時間かかるんだ? ゲームだから適当にできれば良いんだけど。
『玄米が柔らかくなる頃には、ゴブリンも柔らかくなっている。そしてそれを皿に入れて茹でた野菜を適当に入れる。この時になるべく小さく切りすぎないように。そして上にチーズを乗せて、オーブンで焦げ目がつくまで焼いて完成よ。さあ、私が今言った言葉を復唱なさい!』
「ゴブリンの肉を洗い、オイシ草と一緒に魔力水で煮込み、半分の量に水がなったら、蜜油で炒めた玄米を投入。玄米が柔らかくなったら、茹でるのを止め皿に移す。茹で野菜とチーズを上に乗せ、焦げ目がつくまで焼く。これであっていますか?」
師匠は呆気にとられているようだ。メモ帳の力を思い知ったか!
『さ、さすが私の弟子ね。これくらいは覚えて当然よ』
当然なんですか。難易度高いな。
『じゃあ、作り方も分かったところで始めましょうか』
師匠は黒いエプロンを着たが、黒に黒じゃ全くわからないな。
俺は全身鎧だからエプロンをつける必要もなさそうだけど、一応つけておくか。
ゴブリンの干し肉を洗っているとどんどん水が濁っていく。埃でも付いてたんじゃないかと思うぐらい。
『あまり洗いすぎると味が抜けるから程々にしなさい』
そしてオイシ草とゴブリンの干し肉を茹でるのだが、こんなにたくさんオイシ草を入れてしまって良いのだろうか。
『オイシ草の分量は人の好みがあるわ。沢山入れすぎると全て味が同じになってしまう。だけどゴブリンの肉と一緒に調理する時はこれでもかってぐらい入れるのが良いわ』
蜜油。初めて見るものだが、見た目は蜂蜜。しかし油だ。
『蜜油はギルドを通して買わないと捕まるわ。野生の油蜂の巣を見つけて持って帰るとかなら大丈夫だと思うけど、養蜂家と直接取引することは禁じられているわ』
養蜂家だと?
「ちょっと師匠。聞きたいことがあるんだけど……」
師匠から得た情報によると、今の時期は養蜂家は高山にいるらしい。何ということだ。NPCの養蜂家。
『貴方養蜂のスキルなんて持っていたのね。蟲使いにでもなるつもり?』
そんな職業もあるのか。だけど虫はカラコさんが怖がるからなぁ。
「後牧畜のスキルもあるんですけど……」
あれ? ため息つかれたよ?
『貴方そんなにスキルを持ってどれも使いこなせているの?』
……そうは思っている。
練金、調合、農作、牧畜、養蜂、抽出、醸造、料理。合計8も生産スキルがある。
『貴方が生産を専門にしているのだったら私もこんなことは言わないのだけど、貴方、気が移ろいすぎよ』
確かに。元々は調合だけだったのに、どんどん増えていっている。醸造は料理と関係あるから良いとしても。
『牧畜スキルを持っていると、世話した生き物が増えるようになるわ。オスとメスさえいれば』
何その大まかな説明。というかうさぎは増えまくってるけど、何で俺の牧畜スキルのレベルは上がらないのだろう。世話してないから。
それにしても繁殖させるスキルとは。エロいな。俺が2人の人を飼っていたら子供ができたりするのだろうか。俺にそんな趣味はないが。
『少しの間待っていなさい。無駄なスキルを持ってしまった人にもいずれ救済が来るわ』
あれ? これって新システム実装のお知らせですか? スキルを変えたりすることができるのだろうか。それならばキャラクターメイキングで失敗した人も救われるというものだが。
『中々の腕前だったわね』
褒めていただけて光栄です。師匠から貰った物で作った装備のおかげでもあったりする。
《生産行動により【料理Lv10】になりました》
《レベルアップによりスキル【斬刃】を取得しました》
どう考えても戦闘用にしか思えないスキルを取得できた。戦う料理人にでもなれというのか?
包丁を手に持ち、発動させると包丁が銀色のエフェクトに包まれる。
『斬刃ね。硬い物でも斬れるようになるわ』
絶対これ戦闘用だよ。包丁にしか使えないとしてもでかい刺し身包丁があれば充分実戦用だよ。
俺は使わないが。
「お待たせいたしましたー」
「ありがとうございます」
カラコさんは俺たちが来る前はダラっとしていたのに、俺たちを確認した途端背筋を伸ばした。別にダラっとしてても良いのに。
「美味しそうですね」
ぱっと見グラタンのようだが、中身は米。ドリアに似ているが何処か違うような気もする。
カラコさんがふーふーと冷ましているのがじれったい。早く食べてくれないか。
「美味しいです」
普通の顔して言われてもなぁ。
「肉の旨みがついたお米。煮てあるのでベチャベチャしてないか心配でしたが、しっかりとした歯応えもありますね。そしてそのお米にアクセントとして加わっているのが上に乗ってる野菜。チーズとの相性も良いですね。全体的に野菜が多く女性受けも良さそうです。このお肉は何を使っているんですか?」
このコメンテーターモードは何がきっかけでなってしまうのだろうか。レストランに行くたびにこんなこと言っていたら時間がいくらあっても足りないと思うが。
『私達も食べましょうか』
そうだな。
カラコさんの言う通り。俺の作った何かは美味しかった。後ろで師匠が見ていてくれたからだろうか。それとも俺に隠されていた才能が開花したか。残念ながら前者であろう。
「この後どうする?」
何もやることはないが。
「どうしましょうか。一度拠点に戻りますか?」
王都観光といっても人もあまりいないし、活気もないし、王都を歩くとかいう本が出てからでも良いだろう。
『二人共王都は初めてなのよね』
「そのまま王城に行った時を除けば初めてですね」
そういう師匠はどこか知っているのだろうか。
『王都に来たら、まずダンジョンに行くべきだと思うわ』
ダンジョン? そういえばそんなことを聞いた覚えもある。
『神官区のあの大きな神殿を覚えている? あの神殿は昼のダンジョンへの転移魔法陣がある。今までは他のダンジョンは認められていなかったけど、今回の騒動で何か変わるかもしれないわね。準備ができているのなら、行ってみたらどうかしら』
宗教ごとのダンジョンか。
「師匠は?」
『私は帰って寝……用事があるから遠慮しておくわ』
なるほど。
「これは行くしかありませんね」
うむ。だがしかし2人で行くとなると色々苦戦する状況もあると思う。というか2人だけの時って例外なしで苦戦しているような気がする。俺が役立たずなだけかもしれないが。
「取り敢えずヴィルゴさんに連絡してから、だな」
あの人なら二つ返事で来るだろう。強敵の香りもするしな。
ダンジョンがこのゲームの中心となっていくのだろうか。
うん。ワクワクしてきた。
ありがとうございました。
もしかしたら明日の昼に更新できるかもしれません。




