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狙撃手の日常  作者: 野兎
王都解放戦
145/166

144 初めてのお誘い

 急ぎ足で師匠の家に戻るとそこには、灰となった師匠が……というわけでもなく、師匠が虫眼鏡のようなもので神槍を見ているだけだった。カグノも作りの祖である師匠の前ではすっかり大人しくしているようだ。


「何かわかりましたか?」

『夜神様の匂いがする』

 はぁ。という感じだ。そんなものわかるのか? そして俺の左腕にもついているのだが、調べてはくれないのだろうか。

 師匠は気づいているのか、気づいていないのかわからないが、俺の腕のことを説明したほうが良いのだろうか。それと同時に俺だけが夜の神様に色々してもらったことで嫉妬され、色々されるということも予想できる。

 俺としては女の子に嫉妬されるのも色々されるのも大歓迎だが、それで関係が悪くなるのは避けたい。


 何とか、この状態で話すことはないか、と考えても俺の貧弱なコミュニケーション能力では真剣に調べている師匠を前にして、何も言えずに立っているだけなのであった。



『色々わかったわ。夜神様と会ったのね』

 あれ、予想していたより案外淡白。


「ええ、龍槍がカグノに耐えきれなかったところを助けてくれたんです。そして私の腕にも」

 鎧を見せると師匠の目が大きくなった。あれ? やっぱりダメだったかな。



『王都に行く準備をしてくるわ……』

 師匠はフラフラと奥に行ったが、ここでついていくというのはダメだろう。多分何で自分じゃないんだとか思っているだろうし、王都に行く準備というのは着替えをするということだろう。


 ここで選択肢が2つできた。


 ここで素直に師匠が心を落ち着かせて出てくるのを待っているか。

 師匠を励ますという理由で師匠の部屋に行き、偶然師匠の下着姿を覗いてしまうか。


 男ならば、一方の選択肢は完全に消去されるだろう。

 エロを求めずして何が俺なのか。


 俺は特にどんな神も信仰していないがラッキーすけべの神がいるのなら祈ろう。


 俺を師匠の着替えを覗かせてくれ。


 早すぎても遅すぎてもいけない。隠れてそのタイミングを窺うのが良いだろうが、師匠相手にそこまで長い間隠れていられるとも思わない。



「魔眼」

 魔眼を発動させるが何かに妨害されているように前が見えない。


 ちくしょう、ここは一か八かの勝負だ!

 当たれば幸運。当たらなければ適当に言い訳をして、師匠を励ませば良いだけだ。


 息を潜めて廊下を歩く。廊下の終わりにあるのは師匠の私室へのドア。


 よし、行くぞ。


「師匠」

『いいなー、いいなー、私も欲しかったなー。うー、何で私行かなかったんだろう。うー、本当に私バカだ。バカバカバカ!』

 俺が見えたのは下着姿の師匠でも、準備をしている師匠でもなく、ベッドの上でゴロゴロ転がりながら頭を叩いている師匠だった。

 何これ。



 俺に気づいた師匠と俺の間を沈黙が支配する。


「Hey you. Go back slowly. She is a bear. 」

 どんな忠告だよ。とも思ったが刺激しないように静かに扉を閉めた。


 それと同時に部屋の中から爆発音が聞こえた。

 怖いな。もし下着姿を見たらどうなっていたのだろうか。


 というかこいつがそんなことを知っているということは下着姿を覗いたことがあるんじゃないか? そうだとしたら寝首をかくしかありえないが、この様子だと見た瞬間に与えられるのは死のようだったな。見れなくてよかったというべきか。、



「How are you going?」

「ぐっど」


 この外国人金髪野郎久しぶりに見たな。今回はすぐに襲いかかって来ないみたいだな。



「あのさ、師匠とどういう関係なの?」

 それを知りたい。俺みたいに弟子なのか?


「...This is long story.」

「ならいいや」

 別に興味もないし、師匠のファン一号とかそんなもんだろう。


『その人は捨てられてたから拾ったのよ』

 師匠は先ほどのことが何もなかったように出てきた。


 捨てられてたから拾ったって犬ですかこいつは。

 しかし師匠のペットならわかる。師匠みたいな飼い主にだったら飼われたい。しかしそういう変態的な思考の持ち主だったとは。現実で叶えられないからってわざわざこのゲームでそれを叶えるなんてな。


「No!Just...friend.」

 

 説得力ねー。師匠が英語わかってないのに、友達とか。


『留守番は任せたわよ』

「Yes ma'am」

 師匠は留守番役にしか思ってないみたいだな。可哀想に、こいつは生粋のドエムなのだろう。

 数少ない給料で、このゲームをやっとの事で買うが、日本語が話せないということで、孤立して雨に濡れた子犬のように震えていたところを師匠に拾われたわけか。

 羨ましい。というか師匠に拾われるとか羨ましすぎるだろ。もしかして師匠の手料理を毎回食べてるのか? そうだとしたら俺はあいつと敵対することになりそうだ。




「師匠、あの人って師匠の生活の邪魔になってない?」

『普段は廊下で立っているだけだから、生きているゴーレムだと思うようにしているわ』

 何それ。焦らしプレイというか、とんでもない根性というか。なんだか泣けてくるな。あいつ何しにログインしてるんだろう。


「良かったら俺のギルドで引き取るよ」

『勝手にすると良いわ』


 あいつ自身は気に入らない。拳を交えたこともある。しかし俺が師匠の下着姿を見ようとしたことで、師匠がセクハラを受けているという疑惑が出てきてしまった。英語がわからない師匠なら英語で何を言っても平気……あれ? これって英語できない人だったら誰にでも応用できるんじゃない?

 とんでもないことを思いついてしまった。空港内でありがとうの意味だと言われてアイアムテロリストと言ったという逸話は聞いたことがあるが、英語を教える振りをしてセクハラをするというのは未だかつてなかったことだろう。


 しかしここで大きな問題が出る。はたして俺はそんなことをして嬉しいのかということだ。

 適度なセクハラは人間関係を良好にすると俺は信じているわけではないが、誰かが言っていたような気がする。

 変態紳士としては知識のない子供にセクハラをするのは当然の嗜みだ。


 そのこと以外で最も大きなやるべき理由がある。満足感が得られるかどうかだ。


 果たして俺は英語でセクハラをすることで満足感が得られるか。

 その事に自信を持ってうなづく事はできない。俺の中の日本人としての魂が、叫んでいるんだ。

 堂々と日本語でセクハラをしろと!


「師匠」

『何よ』

「胸揉ませてください」



 師匠の足が止まった。

 そして奇妙な沈黙が場を包む。


『ごめんなさい。なんて言ったのかしら?』

 いやいや、聞き直されても困るんですけど。そういうパターンの人でしたか。


「いや、今度料理するときに胸モモ担当させてほしいなーって」


 ごまかせたか? どうやらごまかせたようだな。師匠は難聴系だったか。都合の悪い事は思わず自分の耳を疑ってしまうタイプ。

 俺も似たようなものだがな。


『いいわ。私の弟子としてしっかりと捌き方を教えてあげる』


 それにしても胸揉ませてくださいと胸モモさせてくださいって似てるな。一文字違いだ。

 今度カラコさんに胸モモさせてくださいって言ってどんな反応するか見よ。



 そんなことをしているうちに冒険者ギルドにたどり着いた。相変わらずの混雑だな。師匠は何か用事があるらしい。

 俺達は冒険者ギルドの前で待ちぼうけ。

 相変わらず人が多いな。


 とそこに見知った顔が通る。神弓制作に関わっていた男2人だ。

 しかし話しかけはしない。名前は思い出せないし、別にそこまで深い仲でもないしな。



 フードを深く被ってやり過ごす。

 やはり人が多いところは知り合いに会うかもしれないから苦手だ。



『お待たせ。それで王都には今から行くの?』

「いえ、ギルドメンバーと行こうと思っていまして。一旦俺達のギルドで休みましょうか」


 凄い。俺イケメン。いや、イケメンじゃないけど。

 俺の発言を見てみろ。

 360度どんな角度から見てもリア充にしか見えない。

 一旦俺達のギルドで休みましょうか。

 こんなに自然に家に誘えるのなら、俺もこうして童貞ではなかっただろう。


 まあ、母姉という邪魔な存在がいたから高校生の時は家になんか呼べなかったし、クラス内でも喋ったら驚かれるというまるでマネキンのような扱いを受けていたからな。



 今こうして自然に女の子を誘えているのも俺の女子耐性が上がったからだろうか。



『じゃあ、お言葉に甘えさせてもらうわ』


 こうして俺の人生初の女の子を自宅に誘うというイベントは完了した。

 VR内での行動を人生に含むかどうかを問うと大きな論争が湧くだろうが、俺は基本人生に入ると思う。全くのイージーモードな人生だがな。

 VR内ではどんな人でもハーレムを作ったり、最強になったり、人の上に立つことができる。

 何でもできるからこそ、俺はやりたくないのだ。


 ヴァーチャルリアリティ内で童貞を失うことは簡単だ。

 しかしそれは人生から逃げるということではないだろうか。


 1日中ゲームをして現実逃避している人間が何を言っているのかと思われるかもしれないが、これだけは譲れない。


 このこだわりも変に夢を持っている童貞特有のものなのかとも思ってしまうが、仕方ない。童貞なのだから。




「お茶をどうぞ」

 カグノも出てこないし、静かなものだ。


 会議室こと遊戯室で俺は師匠にお茶を振舞っていた。正確に言うとメイドさんが、だな。



『良いお茶ね』

 部屋に師匠と二人きり。そしてここは俺のホームグラウンド。どことなく師匠もいつもと違うように見える。俺は、俺はどうすれば良いんだ。


「ちょっと外の空気吸ってくる」

 師匠の返事も聞かずに俺は部屋から飛び出した。

 扉の前で深呼吸をする。よし、落ち着いた。


 俺がやることはただ1つ。


「カグノさん……どうか出てきてくれませんか」

 壁に立てかけた槍に向かって土下座をしている人というのはとてつもない変人に見えるだろうが、そんなこと気にしてはいられない。


『えー』

「頼みますよ神様」


 困ったときの神頼みとはまさにこのことだと思う。しかし俺は利用できるものは全て利用するタイプだ。神も仏も使えるのなら使う。



『仕方ないなー』

 凄くニマニマしながらカグノが槍から出てきた。それほど俺が頭を下げたのが嬉しいのだろうか。

 よし、カグノが来たならもう大丈夫だ。


「お待たせしました……」



「でさぁー、ワイズの野郎がそこで言ったわけよ」

『なんて?』

「それは俺はやったってな」


 テーブルの上に足を投げ出しながらゲラゲラと笑っているネメシス。一体この人はどこから来たの? 来るなら普通に歩いてこようよ。


 俺の他に人がいれば良かったんだよ……。

 何だったんだ。



「俺の土下座は何だったんだぁーー!!」

ありがとうございました。

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