139 はちみつちょうだい
「蜂? そういえばそんなものを見たことがあるような気もする」
ヴィルゴさんは蜂の存在を知らなかったな。なんという名前の蜂だったか。ソルジャービーとかそんな感じの名前だったような気がする。
「イベント終わりから直ぐに狩りに行くというのは良いが、日が暮れる前にたどり着けるのか?」
ヴィルゴさんに指摘されて、空を見ると太陽が微妙に傾いていた。
随分久しぶりに太陽を見たような気がする。
現在の午後8時を過ぎたころだ。
まだ時間はある。
「時間がなかったら、また戻って明日再挑戦しよう。蜂が巣まで案内してくれるとも限らないしな」
蜂というのだから巣があるとは思うのだが、案内してくれるかもわからない。
メニューから蜂を指定して呼び出す。
甲高い羽音を鳴らしながら俺の周りを飛び回るが、逃げる様子はない。
「カグノ、捕まえるなよ」
『はーい!』
返事だけは良いが、カグノの目は蜂の動きを追っている。俺が何も言わなかったら捕まえて燃やしていただろう。子供は残酷だ。それに蜂をイジメたいのなら、後で存分にさせてやれるだろう。
「おい、蜂。色々考えた結果。お前は解雇されることになった」
蜂は飛ぶことをやめて地面にひっくり返って落ちる。
これは媚びているのか、それとも本当にショックだったのか。
「もうお前の巣に帰れ。お前にも家族がいるんだろう? 大切な兄弟、両親、妻や子供。会いたくないか?」
「外道ですね」
うるさいな。外道でも何でもこいつに家に帰らせる気を起こさせないとダメなんだよ。どうせカラコさんも蜂の巣についたら女子供構わず斬りまくるんだろ?
蜂はブンブンと飛び回っていて意志はわからない。俺は蜂語ができるわけではないし、蜂の気持ちを把握する術に長けているわけでもない。何を考えているんだか。相手は俺の言葉は理解できるようだが。
「帰りたーい。帰りたーい。蜂蜜ハウスが待っているー」
俺の歌を聞いて故郷を思い出したのか。俺の頭に少し止まった後、ついに蜂は森の方へと飛んでいった。
「かかったな! 馬鹿め!」
「とことん外道ですね」
ただ言ってみたかっただけさ。しかしこういうことを言う敵キャラって絶対罠を突破されるよな。俺達もそういうことにならないように祈るだけだ。
俺達は蜂の後に追いかけて走りだす。
森と拠点の境界線にたどり着く時は、俺は1人だった。
「カグノ……みんな酷い……」
『大丈夫?』
ステータスの差だとはわかっているんだが、圧倒的な差を見せつけられるとやっぱり凹む。
「きっと2人が後で俺を迎えに来てくれるよ」
それにしても2人は魑魅魍魎渦巻くというか、意地の悪いトラップが大量な森の中で無事に蜂を追えるのだろうか。
ここらへんは、特にやばいやつばっかりいるからなー。
「シノブさぁーん!」
ほらやっぱり。
「フォレストハイド、フォレストウォーク」
俺とカグノによく効果がわからない魔法をかける。
比較とかしてないからよくわからないんだよな。たぶん歩きやすくはなっているんだろうけど。
森からすぐ入ったところでカラコさんが落とし穴に落ちていた。
中には酸が溜まっていて、じわじわとダメージを与えていくというやつだ。
「カグノ」
『ファイヤー!』
カグノが落とし穴に向かって火を放つと、落とし穴はカラコさんを吐き出した。
「丁度足元に落とし穴があって……ああ! 装備が!」
酸で溶かされたから中々エロいことになっている。落とし穴も良い仕事をするものだ。
硬い鎧が覆っていない場所はほぼ素肌が見えており、ビキニアーマーっぽくなっている。
ビキニアーマーを着ることはできないけど、装備の損傷によってはエロい装備を作ることもできるのか。新品の鎧をボロボロになるまで耐久値を下げてエロ装備にする技術がありそうだな。
もちろんすぐに壊れてしまうというデメリット付きだが。
酸洞樹
巨大な落とし穴型の食肉植物。地面に偽装した葉を持ち上に乗った生物を消化液の入った穴の中に落とす。落ちたものはツルツルとした壁と粘着質の消化液に絡み取られ、消化される。性別が確認されている。雄株は穴の中に消化液の代わりに花粉が満たされる時期があり、その時期に穴に落ちた生物は体を花粉まみれにさせて、吐き出される。そして花粉塗れの生物が雌株の穴に落ちると受粉が完了する。その後、栄養の取れなくなった雄株は枯れ、雌株は消化液の代わりに粘着質の種を穴の中に満たす。そして落ちた生物がその種を媒介することになる。下草のない深い森の中でないと種が芽吹かない。穴を覆う葉の色は周囲の環境に合わせて変えられる。このことから何らかの知覚器官があるのではと言われている。ある学者の実験でこの植物が室内の日光が当たらない状態でも定期的に肉をやれば生き永らえたことで植物から動物へ進化した生き物なのではないかと言われるが、詳細は不明。侵入者対策としてこの植物が植えられていることがあるが、維持費は高い。この植物が枯れた後の穴はしばし他の魔物の巣穴となる。
「ジロジロ見てないで直してください!」
はいはい。わかりましたよ。
《行動により【錬金術Lv11】になりました》
ヴィルゴさんは大丈夫だろうか。
一応戦士だから一撃で死ぬとかはないだろうが。
突然木の上から白い影が飛び降りてきた。
俺達はその速さに対応することもできずに、特に反応することもなく目の前のコスプレウサギを見ていた。体は相変わらずの白さだがその体にはあるものを纏っている。
迷彩模様の軍服に耳が出る穴が空いているヘルメット。ご丁寧なことに背中には小さな銃までついている。
いつもの装備はどうした。
やたらかっこ良く敬礼すると、ついてくるように耳で示した。
「ヴィルゴさん追いつけたんですね……」
てっきり何かに捕まっていると思ったのだが。無事にたどり着いて、しかも迎えまでよこすとは。俺は必要なかったのか。数少ない俺が輝ける舞台だっただけに、何だか寂しい。
俺が指摘するより速く行動で危険な植物を示すラビ。
もしかしてラビ、識別スキルか何かを持っているというのか?
着実に俺のポジションを奪いに来ているな。魔法を使い始めないのが幸いだ。
というか少し前までは魔法が使えたのは俺だけで、皆が俺を頼りにしていたような気がするのに、最近扱いが酷いような気がする。昨日だって囮役だったし、俺のことを敵を呼び寄せてくれる便利な戦車とでも思っているのか?
実際その通りだけど。
しかし変わった点はある。俺が生産にも本格的に手を出し始めたことだな。
ここで俺が蜂蜜と酒という子供と大人が喜ぶものを作ることで一気に大衆の気持ちを掴む!
そして俺が実質的なギルドのトップ……もうトップだったな。
何だか虚しい。圧倒的な力というのは虚しいものとは誰かの言葉だが、最初からトップなのも何かあれだな。俺の知り合いのサラリーマンの島さんは一介のサラリーマンから高給取りに成り上がったらしいが。そういう楽しみをしてみたい。
「カラコさん、ギルドマスターになってくれないか?」
「いきなり何を言っているんですか? シノブさんが居てこそのギルドじゃないですか。皆シノブさんがいるから集まってきたんですよ?」
一体こいつは何を言っているんだ?
俺がいるから集まってきた?
そんなこと言われたら喜んでしまうじゃないか。
「本当に?」
「すみません。シノブさんを気遣ってしまいました。嘘です」
何だよ酷いな!
何? 気遣うなら最初から最後まで気遣えよ!
「良心の呵責が……」
苦しそうな顔してるけど、こっちのほうがもっと心に大きな傷負ったよ!
上げて下げるって知ってる? 人を1番傷つけるんだよ!
『嘘はダメだよ!』
「そうですね。ワイズさんとヴィルゴさんの人望でだいたい集まってきたというのが正しいですね」
わかってたよ。わかってるけどそうはっきりと言わないでくれよ!
俺の心がオリハルコン製だとでも思ってたの? 木製の心だよ!
落としても割れないけど、萌えたり腐ったりするんだよ!
ちなみに腐りやすいって何となく言ったが、腐女子とかはよくわかんねえんだよ! 知識だけはあるが、興味はないんだよ!
「でもシノブさん。ワイズさんとヴィルゴさんが同じギルドに入っているのはシノブさんがいるからですよ」
「カラコさん……」
なんだか自信が出たような気がする。
カラコさんは流石だな。人間の心というものをよくわかってらっしゃる。
『嘘はダメだよ!』
「嘘じゃないですよ」
良かった。というよりカグノ、最初から嘘だと決めつけるのは俺が悲しむぞ。
ラビの的確な案内によって進むとヴィルゴさんがゴブリン相手に絞め技をかけているのを見つけた。辺りには関節を外されて呻いているゴブリン達がいる。
カラコさん、この人こそ外道なんじゃないか?
「遅かったなっ!」
ヴィルゴさんが腕に力を入れるとゴブリンのHPバーは砕け散った。
この中にゴブリンタロウとかいないよな。本当にどこに行ったんだか。
ヴィルゴさんがゴブリンを片付けるのを待つ。
「ラビとマラはここらで鍛えるように言っていたからな。トラップの見分け方もわかっていたというわけだ」
そうですかー。どうせ鍛えるなら別の場所でやったら良いのにね。
「それでこの装備は何ですか?」
「ああ、ぬるいらしくてな。見た目重視の装備だ」
酷いな。ココらへんにいるモンスターのプライドボロボロじゃん。
確かに正面から戦ってあまり強いモンスターはいないけど。
「ほら見ろ、あそこに巣がある」
ヴィルゴさんが指差した方向を見ると、ちょっと無理な感じのものがあった。
家一軒分以上はあろうかという巨大な巣。そこには大量の蜂がおり、巣の上を歩きまわったり、どこかに飛んで行ったり、何かの肉を持って帰ったりしている。
「たくさんいて気持ち悪いですね」
近くまで寄ったらわかるのだろうが、遠くから見るとあの因縁のハエにも見える。
「先に俺が出て、数減らしてからの方が良いかもな」
「かなりの数になりますし、出直したほうが良いんじゃないでしょうか。私もMPがありませんし、シノブさんも全快というわけじゃないですか」
「取り敢えず偵察と言った形で行けば良いんじゃないか?」
三者三様の意見だな。
ここはリーダーとして決断しなければいけないだろう。
「一体一体は弱いし、逃げようと思えば簡単に逃げられるんじゃね? 相手は空飛んでるし、囲まれてもトンネル掘って逃げられるし」
ヴィルゴさんは腕を回して気力充分といった様子、ラビも見た目装備で挑むようだ。マラはそんな2人を見て優しく微笑んでいる。誰が保護者なのだろうか。確かマラって最年少だったよな。
カグノも飛び回る虫達に目が取られているし、さっさと遊びたいだろう。
後はカラコさんだが。
「ステータス異常が残っている部分があるのでお力になれないかもしれませんが、頑張ります」
まだステータス異常あったのか。温泉つかっとけよ。それとも普通に戦闘に問題ないレベルなのか? 魔力とかが下がっている程度であれば良いだろうが。
カラコさんの様子には気をかけておこうか。
「じゃあ、カウントするぞ、ごー」
『4!』
あれ? 俺がカウントダウンするんじゃないの?
「3」
「ピ!」
「1、行きましょう!」
俺を置いて皆、蜂の巣に駆け出していった。
恐ろしい。これが蜂蜜の魔力か。混ぜるだけで回復薬がグレートなものになってしまうぐらいだしな。皆が俺を置いていくのも仕方ない。
仕方ないが……俺さ。最初に俺が砲撃するって言ったよね。
何で聞いてくれないの?
え? 何で? 俺のリーダー力がないから?
既にカラコさんは向かってきた1匹目を跳び上がり斬り落として、カグノは飛べる癖にカラコさんの真似をして槍は当たっていないものの、身体の火で羽を燃やしている。
やれやれ、話しは聞いて欲しいもんだ。
カウントダウンを始めた俺が悪いのかもしれないが。
「展開」
蜂達が一斉にこちらを見る。
さて、そういえば蜂の子も食えるのかな?
食べたことはないが、楽しみにしておこう。
今は目の前の哀れな蜂たちを経験値に還元するのが先だ。
日刊SFランキングで5位になりました。
ありがとうございました。
毎日更新について
今月27日に途絶えることになります。またどういった投稿ペースになるのかは、後日報告したいと思います。




