132 代表としての務め
早寝早起き朝ごはん。そう、皆が知っている健康の三原則だ。
早く寝て、早く起きて、そして朝ごはんを食えという単純なことだ。
しかしその習慣を子供の頃から続け、運動をしなくなり代謝も落ちたのに朝ごはんを食って太っていくような30代にはなりたくない。
要するに栄養の問題なのだ。現代の食物なんかは栄養たっぷりで肥満が問題になっているのも多いのに。外は危険だとかいう理由でVR内で遊ばせる親が増えているにも関わらず、この原則を守っている親が多いのは疑問なことだ。
ということで俺は朝ごはんを食べないということを推奨する派なのだが、朝ごはんを食べないで、運動して倒れるのは馬鹿だと思う。
運動するならさ、食えよ。
「シノブさんの鎧がアイスクリームに見えてきました」
「重症だな」
俺の鎧は水色だからソーダ味だろうか。
カラコさんは座り込んでいるが、別に誰かに魔法をかけられたとかではない。腹が減っているだけだ。
朝ごはんも食べずに激しい運動をしてしまったかららしい。そして腹が減っているのに気づかなかったと。
「そんな状態になる前に気づかなかったのか?」
「シノブさんも感じたことがないでしょうが、ここではお腹が減ったような気分になるだけでわかりづらいんですよ。そして低くなると一気に飢餓感を出して行動をしにくくする。このゲームの欠点ですね」
俺は適度な時間ごとに光合成してるから知らないが。
確かに狩りとかに夢中になっている時にいきなりこの状態になったら死に戻りもありえるな。
「空腹だと人はネガティブになるらしいですよ」
空腹になってポジティブ思考になる人は極少数だろうから当然の結果だと思われる。ランニングハイのようなものでハングリーハイになる場合はあるだろうが、それは本能が危機を感じている状態なのでまた別の問題だと思われる。
ワイズさん達もログインして、また昨日のような天幕が貼られる。
そしてそこでヴィルゴさんが簡単な料理を作っている最中だ。
というより機械人間は空腹無効とかあっても良いような気がする。
「魔結晶でも食うか?」
「ゴーレムじゃありませんし、食べれませんよ」
ゴーレムは食えるのか。それはカラコさんはゴーレムを食えるのか、ゴーレムは魔結晶が食える、のどっちだろうか。
なんてバカなことを考えていると朝食が出来上がった。
フィッシュバーガー。
レタスと揚げた白身魚にソースがかかっている。シンプルかつ美味いものだ。
カラコさんは一心不乱という感じで食いついている。あの小さい体に良く入るものだ。
ソースとかってどうやって作るんだろうな。たくさんの具材が必要そうだが。
「餓死しなくて良かったです」
餓死するレベルで腹が減っていたのか。餓死とか1番嫌な死に方だな。
そういえば今飲んでる水とか、この天幕とかもどうやって用意したんだろうな。
どこかから買ったんだろうが。
《行動により【弓術Lv23】になりました》
カラコさんと例の遊技をしていると。
昼になった。
暇だったのだからしょうがない。特に何もなかったのだ。
「お腹が痛くなってないけど、痛くなってくるような気がする」
「ストレス性胃腸炎ですか?」
それかもしれない。昔から嫌なことがあるとトイレに行ってドアを蹴っていたものだ。
その行為を繰り返した結果、ドアは意外と脆いということがわかり、無駄に物に当たる行為をやめたのだが。
「気にするな、なんとかなる」
ヴィルゴさんはそれで良いじゃん。
その精神でいれば、強いんだし。
俺なんか周りの目がたぶん凄いぞ? 何でこいつがここにいるんだみたいな目で見られるよ。
俺の鋼の心もそんな視線に晒されたらボロボロだよ。
ということで昨日会議した場所に向かう。と言っても場所は変わっているだろうが。
また新しく色々な天幕が並び立つ中をどうやってカラコさんが目当てのところに向かえているのかは謎だ。
目当ての場所に着くと、昨日よりも沢山の人が集まっている。
席もなく、自由参加のようだ。
「おお、来たか。上に上がってくれ」
カイザーは壇上を指差す。
え?
「頑張って下さないね!」
何を!?
いや、困るんだけどそういうの。一言も昨日言ってなかったよね。隊長になることは了承したが、前に立つなんて知らない!
何てことを言えるはずもなく、ヴィルゴさんの後に続き、壇上に立つ。
こんな場所に立つなんて卒業式以来だな。何かスピーチの原稿でも用意しなければいけなかったのか、それとも即興で一発芸でもやらなければいけないのか。
鎧で顔が見えてないのが、唯一の救いだ。
深呼吸をしよう。俺は背景のように立っていれば良いだけだ。どっしりと構えていよう。ヴィルゴさんを見ろ。しっかり前を見てるが、目は虚ろだ。全く関係ないことを考えてるんだろう。
「えー、集まってくれて感謝する。我々が調査を重ねて発見したことと、攻略における連合軍に関することを発表したいと思う」
これ絶対一言言わなきゃいけないパターンじゃん。
敬語で話してもなめられるかもしれないし、だからと言って尊大な態度で話しても顰蹙を買うだろう。
あー、どうすれば良いんだ。
とカラコさんの方に顔を向けると、何かジェスチャーをしている。
え? バント狙え?
いや、野球のジェスチャーじゃないな。俺にはカラコさんが何を伝えたいのかわからないが、励ましてくれてんだろう。
見てくれてるギルドメンバー(1人)のためにも頑張んなきゃな。
「えー、影の出現から10分後から新たなタイプが出現し、HPも大きく跳ね上がる」
それにしてもつまらないな。
カイザー、えーとかあーが多すぎ。カンペ見てるのにどうしてそんなに詰まることがあるんだ。
俺の横のヴィルゴさんは蝋人形かと思うほどに微動だにしていないし、紅蓮隊隊長に至っては船を漕いでいる。
アカの騎士団長は真面目に聞いていると思われるものの、その馬の部分の上にはエミリエールさんが載っていて、何か微笑ましい光景が出来上がっている。
というより俺達何のためにいるんだ?
さっさと帰らせてもらいたいんだが。
拠点が懐かしい。たったの2日空けているだけだが。
風呂はどうなっているのだろうか。
帰ったら完成していると良いのだが。
拠点の物見台から遠見を使って監視したいものだ。
それか時間で男湯と女湯にが入れ替わるようにして計画的に混浴となるようにするか。
おっと考えているだけでヨダレが出そうだ。兜をかぶっていて良かった。こんな顔を見られたらヴィルゴさんに殺されていただろう。
「では連合軍の隊長を紹介する」
ようやくか。途中で意識が飛びそうになったぞ。
「盾隊隊長、紅蓮隊隊長、エンキ」
一歩前に出るだけで良いのか。楽だな。あんなに気にする必要はなかった。
「剣隊隊長、修羅の集い現王者、ヴィルゴ」
お、ヴィルゴさん現実に帰ってきたか。余裕の笑みを浮かべているが、何の自身なんだろう。
「魔隊隊長、神弓の射手ギルドマスター、シノブ」
一礼するが、何も投げつけられることはなかった。良かった良かった。
俺の仕事は終わりか。帰って武器用意して、戦おう。
後の2人の紹介が終わってカイザーはフェイントを繰り出してきた。
「ここで各隊長から意気込みの言葉を貰う」
え?
エンキは変な格好のまま固まっているし、ヴィルゴさんも笑顔が引きつっている。アカも貧乏揺すりをするように足で床を叩いているし、エミリエールさんに至ってはその場からいない。
体が小さいから逃げても気づかれなかったのか。
しかし俺は3番目。考える時間はある。
「一言だけで良い。何か士気を上げるようなことを言ってくれ」
無茶言うよな。一言でってさ。何言えば良いんだよ。
「では頼む」
機械仕掛けの人形のようにエンキが前へ出る。
頑張れ。
「俺たち盾は何のためにあるのか。守るためだ! 全ての攻撃を防ぎ、後ろへ通さないという気概を持つものだけが俺のところに来い!」
カイザー慌ててんなぁ。この演説で人が減ったら大変だもんな。
しかし立派だった。即興にしては良かったぞ。
俺もこんな風に言えば良いか。
次はヴィルゴさんだ。
「目の前にいる敵を潰せ。それだけだ」
うむ、簡潔にまとまっててよろしい。
次は俺の番か。
深呼吸をしよう。誰も聞いてないし、気にしてないに決まっている。いくぞ。
「魔隊隊長に選ばれたシノブだ。えー、魔法を使って殲滅したいと思う」
終わった!
どうだ? 特に反応はない。
上手く言えただろうか、噛まなかっただろうか。
だからカラコさんそのよくわからないジェスチャーやめて! 不安になるから! なんか失敗したのかと思っちゃうから!
その後の記憶はあまりない。どう思われてるかを気にして、挙動不審になっていただけだ。
「良いスピーチでしたよ」
お世辞なのか、本心なのか判別することは今の俺にはできない。
というか、何だよあのカイザーの無茶振り。いや、無理だろ。あらかじめ言っておくならともかくいきなりとか。
今度何かしてもらわなければな俺の気が済まない。
「それにしても暇だったな。体が固まってしまった。それでいつ戦いが始まるんだ?」
「本当それ。さっさと終わらせて帰りたい」
「2人とも一体何を聞いていたんですか」
何を聞いていたって何も聞いてなかったが? というか聞いていても右から左に流れていっているから。前に立っていたから緊張していたんだよ。
「1時間後に軍の編成を始めて完成しだい王都への侵攻を開始するとのことです。重要なことは……そうですね。今の所クリアできる見込みはないと。影の上限もわからないし、影を無視して門に行っても何も起こらなかったらしいです。上空には特殊な結界が貼ってあるらしく、そこからは無人の街だけが見えたそうです」
無限に出てくるってわけでもないだろう。人数さえ多くすれば、攻略はできると思うけど。
「1時間もあるのか、暇だな」
「買い物でもしたらどうですか?」
買い物か。
それも良いかもしれないな。
しかし問題点が一つある。
「金がない」
「なら無理ですね」
ええー。そこは貸してくれるとかそういうのでしょ。
「カラコさんは何すんの?」
「1回ログアウトします」
お、おお。健全だ。
なら俺もログアウトした方が良いのだろうか。ここにいても暇なだけだし。昼飯食ってくるか。
「じゃあ、俺もログアウトするよ。何分で戻ってくる?」
「珍しいですね。だいたい30分ぐらいでしょうか」
んじゃあそんぐらいだな。
オアシスでログアウトしました。
はい、きっちり30分。
5分前も5分後も指定時間からズレているのには変わりない。何事もぴったりが良いのだ。
昼飯に5分。部屋の軽い掃除に10分。暇つぶしのネットサーフィンに15分だ。
カラコさんはログインしているとと思ったがカラコさんはまだ来てないようだ。
1分ほど経った頃カラコさんがログインしてきた。
「すみません。遅れてしまって」
「ううん。今来たところ」
「すみません。気持ち悪いです」
何だよ。ただの冗談じゃないか。
そんなに俺の心を壊すのが好きか。すみませんをつければ何でも言っていいわけじゃないぞ。
「はっきり言わないとシノブさんは他の人に対しても同じ過ちを犯しそうですから」
過ちを犯すとかやたら仰々しいな。
それでもオブラートに包むとかいうのはないのか。
「俺がやるのは、カラコさんに対してだけだよ」
「嫌な特別扱いですね。取り敢えず今後裏声は使わないでください。大の男が裏声を使ってふざけているのは、何というか。身の毛がよだつというのが1番あってますかね」
ううむ。なるほど。そういうものか。1つ学べたな。
大の男が裏声を使ってはいけないか。
今も瞳と心は少年時代の輝きを失っていないが、声と体の成長は止められない。悲しいことだ。
「何を落ち込んでいるんですか。行きましょう」
そうだな。こんなことを気にしてるわけにはいかない。忘れよう。
「さっさと泉見つけようか」
予約投稿。
ありがとうございました。




