122 予定
食堂にはギルド全員が集まって、スープを啜っている。肉と野菜がたっぷり入ったコンソメのスープだ。
美味い。薄味だが美味い。
「えー、では明日の予定について説明します」
これは俺も聞いたことだな。聞かなくて良いだろう。
明日は寝坊しないようにすれば良いだけだ。7時だな。6時50分に起きれば余裕だろう。いっそのこと5時辺りに起きて、VR内で出発まで寝るというのもあるな。
しかし5時に起きれる保証はないからな。やはり6時50分に起床で良いだろう。
それにしても誰がギルドマスターなのかわかったもんじゃないな。もうカラコさんで良いんじゃないだろうか。
数秒で食べ終わり椅子を指の上で弄びながら聞いているネメシス。その横ではワイズさんが甲斐甲斐しくヨツキちゃんの世話を焼いている。マッドは1人で大人しく、聞いているのか聞いていないのかわからないように黙々と食べている。
アオちゃんとキイちゃんは2人少し離れた場所でわざわざ食事の手を止めてカラコさんの説明を聞き、何か小さな声で話している。
ヴィルゴさんはヴィルゴさんで、興味深そうに聞いているように見えるが、手はラビをもふりまくっている。あれは絶対違うこと考えてて聞いていないな。
まあ、カラコさんも俺とかヴィルゴさんみたいな基本人の話を聞かない人には他の時に伝えるぐらいの配慮はしてくれるだろうし、大丈夫だろう。
「と言うわけで明日はまず鞍の取り付けからということです」
何がというわけなんだろう。
馬のことか。
それにしても養蜂の光明が見えたような気もしたが、どういうシステムなのかさっぱりわからんな。
やはりNPCの養蜂家を探すしかないのだろうか。
イッカクさんなら知ってるかな。
それに牧畜もだ。意味がわからないシステム。というかどういうことをすればレベルが上がるのかもわからない。肉を捌くのは料理スキルだろうし、所有しているだけで良いのだろうか。
馬は家畜なそうだが、今度ブラッシングでもしてみような。
取り敢えずは明日のイベントに関して考えよう。スキル構成をどうしようか。
イベントなのだから出し惜しみせずにといっても神弓を使うと他人の獲物まで奪ってしまう可能性がある。使うなら十分ヘイトが溜まった終盤だろう。
弓系のスキルを抜き、火魔法、木魔法、風魔法、土魔法を入れる。思考加速と魔法装もだな。気配察知と回避術、遠見も入れておくか。後は魔力操作と……ま、マゾヒスト入れておくか、
激戦になったら有用だし。本当はこんなもの使いたくないんだが、死に戻るよりかはよい。
そしてブーストは使わん。使うとしたら俺のHPが残り少なく、周りも危機に陥って誰の助けも来なかった時だけだろう。前回みたいにうちのギルドだけ突出するなんてことがないのなら、心配することはないだろう。
何せ今回は神絡みだしな。ボスが神だっておかしくない。皆が節度わきまえた行動をしてくれることを望むばかりだ。
基本火魔法で、テイルウィンド、クラック、グラストラップを運用していく形になるだろう。魔力操作で火魔法の他の呪文も使えるように練習しておくのが良いだろう。
「ファイアボール」
俺の手に2つの火の球が現れる。慣れたものだ。これしかできないが。
他に良く使うのはバーナーとファイアストーム、エクスプロージョンだ。
エクスプロージョンは発動が手じゃなくて場所指定だからな。強化の仕方もわからない。素直に魔法同時発動とかなんとかのスキルを取っておけば、ここで苦労する必要なんてなかったのだが、この魔力操作は色々使える便利スキルだ。
練習をして損はない。
2つの火の球を合体して大きい炎の球にする。もうファイアボールを極めて『これはエクスプロージョンではない。ファイアボールだ』とか言うのも良いかもしれないな。エクスプロージョンも結構初めに覚えるけどさ。
「ファイアボール」
確かゴブリンタロウは魔法には核があるとか言っていたな、それ以外はほとんど思い出せないが核をどうにかするのが大切とか言ってたな。
「魔眼」
おお、見える見える。ファイアボールの真ん中に濃い魔力がある部分が。真ん中にあるから操りやすいのかな?
この核を細長くするようにイメージしてみると、炎も細長くなる。
これを消すとファイアボールも消えるようだ。魔法を魔法で相殺するというのはこれ同士をぶつけているということか。魔法限定の当たり判定のようなものだな。
「シノブさん、それで放火しないでくださいね?」
いつの間にか隣に戻ってきていたカラコさんが心配そうに俺を見ている。
自分の家に火をつけるほど馬鹿ではない。保険にも入ってないのにそんなこと。入っていたら火をつけるのかというとそれもまた状況次第だが。
「練習していただけだよ。いくら俺でもそんなことしないさ」
ここで問題なのが、俺がそういうことをしそうということを思われていることだ。間違って暴発させて誰かに当たるとか机を燃やすとかはあるかもしれないが、カラコさんが心配するようなことはしない。と思う。
これ以上カラコさんをハラハラさせるのもあれだ。練習は外でやろう。
俺は大して何もしなかったが、カラコさんは色々頑張っていたからな。
「ごちそっさーん」
汚れた食器をキッチンに返しに行く。
茶色いスープなのに食器は赤く汚れている。汚れた食器の見た目をひとまとめで作ったんだな。料理の種類によって汚れを作って食べ方を分析して、その具合によってレベルをつけランダムで汚れをつけろとは言わないが、色ぐらいは作って欲しいものだ。
もちろんリアルに寄せた方が良いけど。
食器洗浄機があったのが驚く。
この世界ってなんなんだろうな。ロボットがあるのに馬使ってるし。ハイテクとローテクが混在しているな。
さて、練習するか。
転移魔法陣から拠点までは道路が光っているが、それ以外は真っ暗だ。何だかとても時間が進むのが速いな。俺が昼からログインしたからだろうが。
「魔眼、バーナー」
バーナーの核は手元にあるようだ。
方向は変えれるが、どうやって形を変えれば良いのか。わからん。
わからないではない、やってみるのじゃ。
は、その声は死んだじいちゃん!
天から俺に励ましの言葉を送ってくれたんだね! ありがとうじいちゃん!
ちなみに俺の祖父は生きている。それに祖父にそんなことを言われた記憶もない。
やってみるか。
核を細長くして、バーナーの先まで伸ばす。そしてそれを曲げる!
「名付けてファイアストーム劣化版だ!」
バーナーはネジのようにねじ曲がっている。ファイアストームの規模を凄く小さくした感じだ。
しかし小回りが利くし、距離は短くなったが、威力は増しているだろう。問題は核を伸ばしたせいでどこに魔法が当たっても消えてしまうことか。
それは大した問題じゃないな。
次はエクスプロージョンだが。
「エクスプロージョン!」
空中で爆発が起きた。
一瞬見えたような気がする。
爆発の真ん中に核が。
しかし消えるのが速いな。上手く取り扱えるだろうか。
「シノブさん、明日の準備ですか?」
カラコさんか。こんな暗い時に外に出てくるなんて悪いおじさんにいたずらされちゃうぞ。
「太陽が出ていなかったからか、夜になるのが速いですね。いつもならまだ明るいんですが」
やはりそうなのか。俺が昼からログインしたからだと思ったが。昼の時間が短くなっているのか。
暗くなると変態の活動も活発になって治安も悪くなるしな。
真っ暗になったら俺が暗視をつけて、カラコさんのちっぱいを舐めるように鑑賞してもバレないだろう。まあ、鑑賞しても何も感じないのだが。無情だが許せ。
「そういえばイベントが始まるのは夜だよな。暗視なくて大丈夫なのか?」
「王都近くはかなり明るいとの報告です」
それなら良いんだが。俺も暗視スキルをつけずに済む。
魔眼で見るとカラコさんには血のように魔力が巡っているのがわかるな。心臓の辺りには特に魔力が集まっているようだ。
この魔力を操作するとどうなのかな?
腕の魔力を遮ってみた、カラコさんの腕の力が抜けて垂れ下がる。
「あれ?」
足の魔力を遮る。
倒れかけるカラコさんを俺がイケメンのようにキャッチした。
「すみません。何か急に動かなくなって」
凄いぞ、カラコさん。何も動揺してない。普通ならこんなところで抱きかかえられて恥ずかしい、キャーとかなるものじゃないだろうか。
しかも暗く、ここはロマンチックな展開になるんじゃないだろうか。
何故だ。何故……日頃の行いか。
仕方ない。
「何かしましたか?」
体の動作を確認したカラコさんは訝しげな目でこちらを見てくる。何かしましたとも。しかしそれは言えない。
「その目」
もしかして魔眼のエフェクトが出ているのか?
「どうなってる?」
「青く光ってます」
しまったな。これはバレているだろう。
「お前の体の自由は、俺の指1本で自由にできるぞ」
ふふふ、どういう反応をするか。
「やらないでくださいね?」
「な……」
笑顔で頼まれるだと?
これは、これは俺はどうすれば良いんだ。
「やらないでくださいね」
「……はい」
勝てない。カラコさんに笑顔で頼まれたことを断るなんてできっこない。
俺は弱いな。こんなところで強くならなくても良いが。
忘れよう。機械人間に関してのことは忘れるんだ。
さっきのように真面目に練習しよう。
「エクスプロージョン」
発動した時に一瞬で核を抑える!
「綺麗ですね」
ミニ太陽というか、そんな感じだ。しかし今にも爆発しそうだ。
このまま更に圧縮して……。
俺の技量が足りなかったのか、普通に爆発してしまった。
魔力操作のレベルが低かったからだろうか。
《行動により【魔力操作Lv11】になりました》
魔法によっても難易度があるのだろう。エクスプロージョンは比較的威力が高い。
「ファイアストーム!」
この魔法は規模が大きすぎて1度では核が見つからなかった。
「火魔法だけじゃかくて他の魔法でも試した方が良いんじゃないですか?」
しかしなぁ。
特に火魔法だけを使うという意味はないんだが、俺が最初から使い続けてきたのは火魔法と木魔法ということで何か優遇してやりたい気分なのだ。
火魔法を大切に扱っていたらカグノが帰ってくるのではないか、ということも考えてはいるが。
「何となく、だな。特に理由はない」
「そうですか」
意外だ。カラコさんは何か言ってくるものかと思ったが。
「それにしても何でさっきからここにいるんだ?」
「暇なんですよ。ヴィルゴさんは闘技場の改築をしているし、ワイズさんはコウさんに魔法陣を教えてるし、他の人もそれぞれの仕事で忙しいんですよ」
暇なんだったらレベル上げのために何かしたら良いのに。それとも拠点が完成して急に仕事がなくなったので、定年退職後やることがなくて家事をしようと思うが邪魔しまくる親父みたいなものだろうか。
カラコさんは邪魔ではないが。
そういう親父は新たに趣味や自分が活動できる場所がなければ一日中横になってテレビを見て思いつきで何かやってみるが上手くいかずに諦めるて寝るということを繰り返す。
カラコさんにそうなって欲しくはない。何か仕事を上げたいが、この暗さでは外での活動はきついだろう。
「イェンツさん以外の仕事人はどうなるんだ?」
「イベントで何日かかるかわからないので、ギルドからの派遣員もイベントが終わり次第来てくれるように頼んでいます。その時に追加の庭師と執事とメイドさんも雇うつもりです」
おお、メイドか! テンションあがるな! 可愛いメイドさんが俺に紅茶を淹れてくれたり、リアルでお帰りなさいませご主人様が聞けるんだろ?!
メイド喫茶でも本物のメイドを雇っても金で言わせていることには変わりないけどな。スケールの違いだ。
それに勿論ギルドからくるのは美人なギルド嬢だよな。クエストから帰ってくるたびに笑顔で迎えてくれるなら俺はいくらでもクエストをできる!
やっぱり美人がいるというのはモチベーションに大きく差ができるからな。
カラコさんがいなければ俺のゲーム生活もグッと楽しくなくなっていただろう。男3人でゲームとか、考えただけでもゾッとするぜ。
そういえば、ダンジョンのチケット。これはイベント前にやるべきじゃないのか?
「明日の予定って昼に現地に着いて、夜から戦闘開始なんだよな」
「はい。ある程度近寄らなければ襲いかかって来ないそうなので、なるべく人を集めて一気に侵攻する、と」
一体誰と連絡取ってそんな情報を手に入れているんだろうな。
なら明日の昼にダンジョンに行かないか、一応あの時の連中に連絡しておくか。勿論ユイちゃんにも。
全員OKだった。
それぞれパーティーメンバーを連れているそうだが。どんな奴と一緒にいるのか楽しみだ。
「明日何か用事があるんですか?」
「特別なダンジョンに行けるチケットがあってな。明日の昼に行くのさ」
「良いですねー、ダンジョン。私もシノブさんと同じ報酬にしておけば」
スキル欄増加は後々響いてくる報酬だと思うけどな、こちらはただの経験値稼ぎだ。
「そういえば今回何か報酬は出ないのか?」
「今回は冒険者ギルドは黙りを決め込んでいますね。本来ならば冒険者ギルドが総力をあげて調べるべき問題だと思うのですが、あちらもバタバタしているので」
入れ替わったばかりだし、盗賊ギルドの残党狩りもあるのだろう。
「しかし王都戦のイベントで優秀な成績を収めると、王様から何か貰えるのではないかとか。特別な力が手に入るとかそんな推測をしている人はいますね」
特別な力とは神の力のことだろう。夜の神以外にも神関係のプレイヤーがいるのかもしれないな。
俺は既に夜の神と月の神の知り合いだから、他の神の力は得られないだろう。
それよりも王様の報酬だ。
金銀宝石だな。王様ってそれっぽいイメージあるし。この戦いに参加できない生産職も素材が貰えれば客が増えて良いと思うし。
「明日も早いので、私はログアウトしますが、シノブさんも寝坊しないようにしてくださいね。ギルドマスター不在のギルドなんて格好がつきませんよ」
確かにそうだ。
いつもよりは早いが、もうログアウトした方が良い。
エクスプロージョンを諦め、ファイアボールの練習をしていたが、ファイアボールを細長くしてファイアアローにしたり、ファイアバードみたいな宴会芸も生み出してしまった。
形が全て違うのにファイアボールとは格好がつかないが、無詠唱というスキルは魔法系スキルをある程度上げて、それでいてスキルポイントが100必要ならしいという。
それなら課金でファイアボールの名前を変えた方が良い。とは思うが、いきなり呪文を放てるのも魅力的なわけで。
100というと1からレベル50まで上げなければいけないが、イベントで稼ぎまくれば何とかなるだろう。前回も50近くスキルポイントを取得できたような気がする。
いつもならその場でログアウトするのだが、今の俺には部屋がある。
殺風景な部屋がな。
鍵を開けてると自動的にランプが灯る。その殺風景な景色の中に1つだけ、異色を放つものが置いてあった。
「花?」
火花草
品質 A
強い発火作用がある草。草原か湿った森林に生える。乾いた土地では定期的にこの草が発火して草原が維持される。燃えた後にはこの草のみで覆われる草原ができるという。ギルドはそうなった土地を見つけると立入禁止にし、氷魔法などで発火しないようにする。放置していると火に強い木々が生え、次第に火花草は数を減らしていく。湿った森林ではこの草が燃えてもボヤ程度にしかならないので問題はない。一年草であり、寿命が来ると燃え尽き種を残す。この種は軽く、風に乗って運ばれる。火気厳禁。明るいところならどこにでも生えるため、火災の原因となったりする。
部屋の中を見渡すが、誰の気配もしない。ベッドの下を覗いても誰もいなかった。
「暗殺か?」
手に持った火花草がいきなり燃えだした。
「あちっ」
こんなもので殺せるわけないしな。
品質もAだし、貰っておくか。俺の日頃の行いを見てくれていた神様の仕業かね。
燃え出さないように慎重に触れ、アイテム欄に入れる。
見た目は質素だが、充分な柔らかさのあるベッドに寝転がる。
さて、ログアウトしますか。
ありがとうございました。
この作品の一応ヒロインであるカラコの絵を書いたので載せ方がわかったら活動報告に載せたいと思います。
絵心がないので、思い浮かべているカラコ像を崩したくないと思う人は見ないでください。
ドット絵です。




