116 干支
「雷のトラですか」
そうだ、思い出した。
「カラコさん、これ」
ライチョウのピアスだ。作ってもらってからすっかり忘れていたな。
思い出して良かった。思い出したのが奇跡だな。俺の記憶力もまだまだ使えるというものだ。
「これは?」
「雷耐性がつく。カラコさんの方が被弾しやすいだろうしな」
「ありがとうございます」
さて、どんな奴だろう。
見た目は白に黒というイカした姿をしている。それに白い雷だ。ハイカラとはこいつのことだろう。
カラコさんが距離を詰めていく。
よし、俺も神弓使うか。
「展開」
俺が神弓を出した瞬間、トラがこちらを向いた。
向かっているカラコさんを無視して、俺に向けて大ジャンプ。
「装填、加速、ウィンドショット!」
トラは吹き飛ばされたが、俺に対する警戒心マックス。もうカラコさんにターゲットが移ることはないだろうな。仕方ない。
風は効きが悪かった。1割も削れていない。魔法耐性の高さだけでこうなっているのだとしたら、ポーション全て飲み干し、無理やりMP回復させて覚醒するしかないが。
「蛇の目」
お、雷なのに麻痺が効くか。
「装填、付加、破壊、ダブルアロー、ロックショット」
雷には土、これは鉄板だな。
どうやら、風に対して強かっただけで、土には弱かったようだ。
「クラック」
麻痺が切れた時を狙い、クラックで拘束。カラコさんが刀で首を斬ってクリティカルを出し、終わった。
《戦闘行動により【風魔法Lv9】になりました》
《戦闘行動により【思考加速Lv10】になりました》
「ムーンライト」
どうやら、近寄っただけでダメージが入っていたようだ。カラコさんは自分で自分に回復魔法をかけている。
俺のパーティーは全員回復魔法が使えるんだな。僧侶とか神官いらないな。
「次はうさぎだな」
「干支ですか」
カラコさんは今気づいたようだ。
瞑想してMP回復しとくか。幸い、次の相手が出てくるまでは時間がある。
そうだ。カラコさんにポーション渡しとくか。
「ありがとうございます」
俺は瞑想中なので返さなかった。
カラコさんは刀を振ってイメージトレーニングしている。やはり刀というのは美しいな。絵になっている。
《行動により【瞑想Lv3】になりました》
「ウサギですね」
「弱そうだな」
前々から疑問に思っていたのだが、何故ウサギをピンク色で描く人がいるのだろうか。露店で売っていたようなピンクのウサギを参考にしているなら緑のウサギを描く人がいても良さそうなものなのだが。
唯一ウサギがピンクになるのは、白い毛皮に赤色の液体をかぶった時……。ピンクのウサギを描く幼稚園児はマタギの子孫だったりするのだろう。
そして目の前のウサギ。緑色だ。といってもキツイものではない。目に優しい感じのウサギだ。可愛らしいな。
カラコさんの刀が容赦なくウサギの首を刈り取る。
クリティカルは出なかったものの、半分近く削れた。これは簡単に終わりそうだな。
「シノブさん、気をつけてください。このウサギ。状態異常持ちです!」
何だと。カラコさんは大丈夫なのか。何の状態異常にもかかってる様子はないが。
刀を仕舞ったということは接近戦は危険ということか。幸い脆いようだ。
「エアカッター!」
魔法を撃ち込みながら逃げていれば良いだろう。
エアカッターは広範囲に風の刃を撃ち出す魔法だ。消費MPがそこまで大きいわけでもないし、使いやすい。
風魔法って有能だな。序盤から誰に使ってもそれなりに役立つ敏捷アップ。そして広範囲魔法も使えるし。
火魔法は攻撃一辺倒、土魔法は補助が多くて、風魔法が攻撃も補助も、だな。水魔法も補助よりだと聞いたことはあるけど。
《戦闘行動により【風魔法Lv10】になりました》
《レベルアップによりスキル【ブラスト】を取得しました》
これはどんな魔法なんだろうな。風魔法も順調に育っている。
というか魔力操作も練習しなきゃな。今の所ファイアボールしか使えてないっていうのは、スキル欄の無駄だ。
「で、どんな状態異常だったんだ?」
「刀が苔むしてました。おそらく触れたものの武器の性能を落とすのかと」
一応、錬金術を使ってみたが、イベントで乱獲したゴブリンの魔石でも毎回10も使っていたらすぐ無くなりそうだ。複錬金のおかげで1つ1つ錬金する必要がなくなり、一気に耐久を回復させることが可能になった。
実戦で魔力操作の練習するのはあれだし、魔法装に変えておこうか。あれは汎用性高いし。
さて、瞑想するか。
「ドラゴンですよ!」
確かにドラゴンだ。しかし小さい。というかここは東洋の龍が出てくるべきじゃないのか。
ドラゴンといえばファンタジー最強生物の一角。小さいからといって舐めてかかると痛い目にあうだろう。
「ブラスト!」
ドラゴンに向け強風が吹き、パタパタと飛んでいたドラゴンは吹き飛ばされていった。
あれ? 弱い? というより身体が軽いのか?
ブラストは吹き飛ばす呪文か。距離を取る時に便利そう。
追い風にのってカラコさんが、ドラゴンの目に刀を突き刺す。
ドラゴンは息絶えた。
「は?」
「すみません。即死が発動しちゃったみたいです」
ああ、刀の特性か。鼠レベルで弱いのかと思ってしまった。いくら小さいとしても。いや、ブレスとか見たかったのは見たかったよ。いや、発動しちゃったのは仕方ない。うん、仕方ないことなんだ。
次回会えることを期待しよう。
「いや、MP使うこともなかったし、いいんだ」
瞑想をするまでもない。しばらくしたら回復するだろう。
「大きい蛇ですね」
「それとしか言いようがないな」
これはでかいな。大蛇だ。部屋はこの蛇に合わせて設定されたものだろう。とぐろを巻いても部屋の半分を占めている。
カラコさんが早速向かっていってるけど、神弓展開したらこっちくるんだろうな。
存在感。
これはメリットなのだろうか。
俺が盾役だったとしたらとてつもないメリットなのだろうが。
こっちに来る前に、殲滅して仕舞えば良いだけの話か。
「テイルウィンド」
「テイルウィンド」
俺とカラコさんに補助かけて、さあ俺は距離を取ろう。
大蛇はHPが多く、自然回復も速い、その巨体でイケイケドンドンしていくタイプのようだ。
カラコさんはさほど苦労せずに大蛇の攻撃をかわしているようだ。
「展開、装填」
巨体に似合わぬ、いや巨体だからこそのこの速さなのか。
「付加、破壊、ウィンドショット!」
大蛇の体を切り裂きながら矢は進むが、HPを削りきるまでにはいかない。
「シノブさん!」
「大丈夫だ!」
俺の周りに大蛇が動く壁となって迫ってくる。押しつぶされたら終わりだな。
「トンネル」
締め潰したのに俺がいないってので、大蛇はさぞかし驚いているだろう。
「ストーンバレット、ストーンバレット、ストーンバレット、ストーンバレット!」
穴の底から石の弾丸を撃ち込んでやる。
『キシャー!』
おお、悔しがってるな。入れるもんなら入ってみろや!
と思ってたら、頭で地面を掘り始めた。
まじかよ。確かに冬眠する時は穴掘るけどさ。物凄い音を立てて頭を地面に打ち付けて潜るのは想定外。
「魔法装、土! からのトンネル!」
横穴を作り逃げよう。このままじゃ飲み込まれるか、押しつぶされるだけだ。魔法装は土魔法の威力を上げるため。
「ストーンバレット!」
地面が邪魔でHPバーが見えん。
地上ではどうなっているのか。カラコさん、助けてくれ。
取り敢えず斜めに穴を掘って、外に出よう。
「ストーンバレット!」
狭い穴一杯に蛇が追いかけてくるとかどこの配管工のゲームだろう。あれはウツボだったが。
俺が穴から飛び出ると同時に蛇の頭も飛び出してきた。
カラコさんが尻尾と戦っているのが見える。どんだけ長いんだこの大蛇。
「ストーンバレット」
しかし大蛇のHPも残り少ない。
「装填、付加、ロックショット!」
HPは砕け散った。流石の火力。
瞑想をしなければ。まだ余裕はあるものの、今のレベルの相手がまた来たらMPが枯渇する。
《戦闘行動により【土魔法Lv16】になりました》
《戦闘行動により【魔法装Lv8】になりました》
《戦闘行動により【思考加速Lv11】になりました》
思考加速も役に立ってるな。戦闘に余裕が出たような気がする。
次は馬。
これは俺が馬に乗りこなすフラグだな。弓騎兵になろう。
「カラコさん、俺馬を捕まえようと思うんだ」
「それで死ぬのだけは絶対にやめてください」
確かに、死んだらカラコさんまでに迷惑をかけてしまう。捕まえようとして死ぬ気はないが。ヴィルゴさんみたいにHP削ってまで欲しいものではない。
「そもそも調教スキルなんて持っていましたか?」
持ってないけど……あ、カラス忘れてた。
俺がログアウトした時に封印陣に戻ったのだろうか。
「カラスですか」
一文字違いだから何かシンパシーでも感じているのかな?
「これみたいに封印陣に閉じ込めればいけるらしい」
「どうやって生け捕りにするんですか。そもそも倒さないとここから出れませんよ?」
確かに、ヴィルゴさんはマラをここから連れてきたといっていたが、それは中で調教して、完全にパーティーの一員となったからだろう。
ここで無理やり捕まえても、次の道は開かれない。
「仕方ない。諦めるか」
カラスがどんな風に役立つのかだけ見よう。
現れたのは大型の馬。
その体は普通の馬の2倍はあるだろう。そして色は灰色、金属光沢がある。
か、かっけー!
それだけにあれに乗れないのが残念だ。
「テイルウィンド」
「魔法装、風」
俺の周りを風が包む。凄く速く走れそう。
カラコさんと、カラスも馬に向かっていく。
「ナイトフィールド」
カラコさんの魔法で周囲が闇に包まれた。しかしスポットライトのように馬だけが光に照らされている。どこの演劇の主人公か。それか推理中の名探偵だな。
これは便利な魔法だ。
暗闇からカラコさんがヒットアンドアウェイで攻撃している。しかしこいつ固いな。全く効いてないぞ。
「展開、装填、加速、破壊、付加、ウィンドショット」
神弓を展開してもこちらを向くことなく、矢は弾かれた。
「えー?」
いやいや、それはないでしょ。何ですかこいつ。俺キラーか?
弓ソロでやってる人がこいつにあったらどうするの? 弓使いって弓前提でのMP調整してるから、弓弾かれたらキツいよ? 運営。まさか俺を殺すためだけに弓を不遇にするんじゃないだろうな。
仕方ない。俺には弓以外にも攻撃方法はある。精神力上げてるからMPもあるしな。
馬は大人しく、時折首を振ったり、二本足で立って嘶いていたりするだけだ。
そしてカラスが目を狙いに飛んだ時、馬がカラスに噛み付いた。
砕け散るHPバー。
「カラスゥゥゥゥ!」
良いやつだった。健気にも格上の存在に立ち向かっていって……。
必ずや仇をとってやろう。
封印陣は一度死んだら終わりのようだ。やはり戦闘には使えないだろうな。
これはただの確認のためだったから、奴の犠牲は仕方ないともいえる。
「エアバレット」
幸い魔法は弾かれないようだ。
このまま、削っていけば……。
《戦闘行動により【風魔法Lv12】になりました》
《戦闘行動により【魔法装Lv9】になりました》
《戦闘行動により【狙撃Lv17】になりました》
《戦闘行動により【思考加速Lv12】になりました》
辛い戦いだった。
MPがない。
少ないとかじゃなくてない。
「マズイな」
瞑想しなければ。
「シノブさん、次は私だけでやります。まだMPも残っているので」
あいつの攻略法は何だったんだ? 物理も魔法も効かない。攻撃力も高い。馬だから足も速いはず。強敵だ。
カラコさんがそれを察知して、魔法を使わなければ俺が狙われていただろう。
次のことを考えよう。
俺の戦いは常にMPを多く消費する。神弓1回で終わらせるなら、魔法を連発するよりかはMP効率は良いだろう。
しかし何回も神弓を使う事態になると、呪文を放ったほうが効率が良いということになる。
大切なのはその見極め。
神弓を使うか使わないか。
次は羊。カラコさんは1人でやると言っていたが。
「シノブさん、隠密スキルをつけてここにいてください」
後三戦あることを考えるとこれは正しい選択なのだろうけど。
「いや、MPもそこそこ回復している。俺も控えめで参加するさ」
本職の魔法使いってどうなんだろうな。体力よりの樹人の俺が初期で90あるし、魔法よりの構成した種族はやっぱり最初から魔力と精神力多いんだろうな。
そんなことより今は羊だ。
一見普通の羊に見える。しかし違うのは仄かに羊毛が発光しているところだ。
『キィィィイイイイイイイイイ』
ニヤリと羊が笑うと耳障りな音が羊毛の中から聞こえてくる。
「なんだこの音は!」
「私こういう音ダメなんです!」
なんというか、黒板を引っ掻くような音だ。背筋がゾクゾクする。こういう小癪な工作を行ってくるようなやつだったか。というよりニヤニヤ顔がムカつくぜ!
「エアカッター!」
風の刃が撒き散らされ、羊を切り裂く。羊の羊毛は切り落とされて地面に落ちる。
HPは削れているが、赤い光が強くなっているのが不安だな。さっさと倒してしまおう。
カラコさんも近寄りたくないのか。魔法を使い、近寄らせることはなかった。
HPバーが少なくなるごとに、光は強くなっている。
「自爆パターンだな。カラコさんは俺の後ろにいたほうがいい」
「ありがとうございます」
ニヤニヤ顔をしてトコトコと歩いてくるが不気味だ。そして俺の精神を削る。火魔法で爆破してやりたいぐらいだ。
「ブラスト!」
重いのか、中々押すことができない。
そして思った通り、爆発した。
凄まじい閃光と爆風。いつもの俺なら吹き飛ばされているところだが、後ろにカラコさんがいるから、吹きとべない。
風だけでHPも減るし、どうしたものか。
「トンネル!」
俺とカラコさんは足元の穴に落ちた。
「すみません。MPも少ないのに」
狭い穴の底から上を見上げると上で凄まじい風が吹いているのが感じられる。連戦であいつはキツい。
「良いってことよ。それにしてもひどい敵だったな」
「色々生物としての規格を超えていたような気がします」
そんなこと今更という感じだが。雷を纏ったトラもどっちもどっちだと思う。
それに生物じゃなくてモンスターだ。
「後は猿、鳥、犬、猪の4匹だ。俺の勘では猿はそこそこ強くて、鳥は強い、犬はまあまあ強くて、猪はほどほど強いな」
「よくわかりません。そこそことまあまあとほどほどって何が違うんですか?」
かぁーっ、最近の若者はそんなこともわからないのか。嘆かわしいな。
俺もはっきりとは言えないが、こういうものはニュアンスでわかるものじゃないのだろうか。それに最近の若者だから詳しいことはわからない。
「鳥、猿、犬、猪の順で強いってことだな。俺も適当に言っているからわからん」
「適当なんですか……」
適当でも使えるというのが大事なんだ。使えないよりかは良い。間違っていたらダメだが。
「もう収まってきましたね」
ここが部屋であったから、衝撃が逃げられなかったのが問題だろうな。
カラコさんは俺の体を踏み台にして、壁ジャンプをして上へと飛び上がった。
「シノブさん、もう来ます!」
まだ俺は穴から出られていないのだが。
穴の縁に手は届く、しかし俺には自分+鎧の体重を持ち上げられるような筋力はない。
ではどうすれば良いのか。
飛び上がることも不可能、自分の体を持ち上げるのも無理。俺が魔法使いなことを考えると魔法を利用して脱出するのが良いのだろう。
仕方ない。
「ゴーレム、俺をここから出してくれ」
カラコさんと俺ではそれほどきつくなかったこの穴だが、ゴーレムが現れるとお互い地面にのめり込む形になっている。
愚策だったな。お互い動けん。
戦闘音が聞こえるということはカラコさんはもう戦っているのだろう。
「テイルウィンド」
カラコさんに補助だけかけておく。敵の位置がわからないため、攻撃呪文は使えないが。
俺は一体どうやって抜け出せば良いんだ?
ここでトンネルの効果が切れるまでいなければいけないのだろうか。そしたら生き埋めになるのか? それは嫌だ。
ありがとうございました。




