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狙撃手の日常  作者: 野兎
拠点
110/166

109 ワルプルギス

 一体ここはどこだろう。

 鬱蒼とした森は東の森を思い出させるが、ここには苔はない。普通の森だ。


『ここからしばらく歩くわよ』

 直接転移しなかった理由はできないからだろうか。そういう秘密の場所って大抵転移できないようになってるはず。


 そうだ。フォレストウォークかけてみるか。


「フォレストウォーク」

 俺と師匠を緑色のエフェクトが包む。


『気がきくわね。ありがとう』

 少しは歩きやすくなったのかな?


 森の中では特に何かモンスターに会うこともなく進んだ。

 そして少しほど歩き続けると、そこにはポッカリと木が生えていない空間があった。

 ここが魔女の集会所か。


『手を繋いで』

 師匠が杖で森と広場の切れ目を何かを切り裂くように振る。すると広場の周りにはぐるっと人がいるのが見えた。

 俺たちが中に入るとどよめきが起きる。


 ほとんどがNPCだが、中にはプレイヤーの姿も見える。顔は見えないが。


『クロユリとその弟子。参りました』

 2人で輪の欠けている場所に入る。俺たちが1番最後だったようだ。



『お兄ちゃんのせいで遅れちゃったじゃない』

 師匠が愚痴を吐いている。

「まあまあ、真打ちは最後に登場するものですよ」

 そういうと機嫌は治ったようだが。


 輪の中から特に年老いた女性が1步前にでる。

 魔女だからって若い外見な訳じゃなくて、様々な魔女がいるようだ。全体的に女性が多いが、男性の魔女も少しはいる。

 そして師匠はその中でも可愛い。

 師匠が師匠で良かった。


『年若き魔女よ。主を救い出したというのは本当か?』

 この魔女らしい魔女にはプレイヤーの弟子がいるようだ。ローブを深く被っているので顔は見えないが、茶色の髪が見えることから女の子だと思われる。


 それに師匠が答える。

『年老いた魔女よ。それは本当だ』


 この呼び方何なの? 年齢で呼ぶってことはアラサーの魔女とかそういう言い方するの? アラサーが3人いたらアラサーでも特にヤバい魔女とか、まだ間に合うアラサーの魔女とか言われるのだろうか。

 女性が多いのに、年齢で呼ばれるとか残酷なシステムだな。



 またもやざわめきが場を支配する。


 師匠が、杖を一振りすると輪の真ん中に結晶漬けの夜の神が現れた。


 周りから悲しむ声が聞こえてくる。中には泣いてる人もいるが、死んでないじゃん。

 んなこと言ったら信徒全員を犠牲にして封印することで今まで生き永らえたけど、結局死んじゃった月の神とかどうなるんだよ。



 年老いた魔女が杖を掲げ、叫ぶ。


『力を捧げよ!』

 魔女全員がその言葉を唱和し、同じく杖を掲げる。俺も同じように杖をつい上げた。


 すると杖の先から何かが出ている。暗闇の中での黒いものなのでよくわからないが、確かに出ている。


 それは結晶に向かうと、透明だった結晶は一瞬で真っ黒に染まった。


 全員が戸惑いながら杖を下ろす。師匠にすら何が起きているかはわかっていないようだ。



『あははははは、はーはっはっはっ。何も役に立たないと思っていた魔人がこんなところで助けてくれるとは』

 黒い結晶の中から声が聞こえてくる。

 俺も周りに合わせて跪いた。


 これが夜の神なのか? どう考えても邪神なんだが。

 魔人というのは何なんだろうか。魔法が使えるから魔人というのはあっていると思うのだが。人間とその他種族まとめて魔人かな?


『哀れで愚かな魔人が、我を救うとは。本当に笑えるものよ。月に言わせるとこれが愛おしいか、その気持ち。わからないでもない』


 やはり月の神との知り合いなのか。月の神が息子って本当かな。誰が夫なんだろう。


『その耳があるなら、聞け! 我らの時はまたやってくる。しかし力なきものはそのまま消えるだろう。消えさせてはならん。均衡を崩すな! 光を探せ! 光は西に囚われておる。さあさあ早い者勝ちだ。急げ! 我に囚われるな! 救いを必要としているものを救え!』


 光は西に囚われているか。

 王都のことだろうか。確か王都は一神教だったな。一体どういうことだろう。


 我に囚われるなということは魔女であることをやめろということか? 随分と豪快な神様だ。月の神よりかは好感がもてる。



 結晶から聞こえていた声が急に近くなった。


『そなた達の忠義にはさすがの我も感じるものがあった。これからも私に従うと良い』

『ありがたき幸せ』

 師匠が深く頭を下げるのを見て、慌てて下げる。

 師匠だけはお気に入りだから、これからもいて欲しいなってことか。師匠やったね。


 結晶の中の色が徐々に抜けていく。そして澄み切った時には、中には夜の神はいなかった。結晶も溶けるように宙に消えていく。


 まわりがザワザワと動き始めた。


「師匠?」


 参ったな、別世界にトリップしてやがる。手を出しても怖いし、このまま見守っておこう。


 師匠がもう何もない結晶の方を見て、瞳を輝かせているのを見ると、こちらまで何か変な気分になってくる。そんなに夜の神のことが好きなんだな。


 俺が師匠の横で暇そうにしていると。ひょこひょこと人がやってくるのが見えた。年老いた魔女の側にいたプレイヤーだ。


「こんばんは」

「こんばんは」

 そして俺たちの間に沈黙が走る。こいつは何をしに来たんだ? 挨拶ならさっさと、どこかに行ってほしいのだが。


 俺は鎧をつけているから表情が見えないが、あちらは愛想笑いというか場の空気を誤魔化そうとしている顔だ。


「えーと、農家のミナです。よろしくお願いします」

 俺も自己紹介した方が良いのだろうか。でも名前知られてるとあれだしな。この人も魔女の弟子ならそうそう他言はできないだろうけど。


「狙撃手で、半樹人だ。名前は知られたくない」

「あ、半樹人ですか。私も樹人なんですよー」

 初めて他の樹人と会ったな。

 見た目は全く普通の人間に見えるが。

 そして樹人で農家か、体力と魔力が高い樹人に取っては向いているな。体力はスタミナにも関係することだし、魔力は農業でもよく使うだろう。


 俺は木っぽい肌で葉っぽい色の髪なのに何故こんなに人間っぽいのか。人間とのハーフになると逆に木っぽくなるとは、謎だな。


「あはは、同じですねー」

 凄い無理してる感が漂っている。


「一体何の用だ? はっきり言ってくれ」

 そう言うとミナは愛想笑いのまま固まった。凄い目が泳いでるなー。


「えーと、そのー。あれですね。夜の神様を救い出して凄いなーって。それで仲良くなれたらなーって思ったんです」

「で?」

 速く師匠に立ち直ってほしいものだ。年取った魔女からの目が怖い上に俺じゃ対応に困る。何か情報でも聞き出して来いとでも言われたのか?



『クロユリちゃん、久しぶりねぇ』

 残念ながら今立て込んでるし、師匠は夢の世界に旅立っている。


『し、師匠!』

 師匠の師匠だと?

 師匠の目の前に立っていたのは師匠の師匠。一瞬男かとも思うほどの肉体とハスキーボイス。でも女性。いや、この場合は性別不詳というやつだろう。まさかこの世界にニューハーフはいないだろう。


『クロユリちゃんがこんなに大きくなって、私も嬉しいわぁ』

 どうしてこんな人が魔女になったのか。師匠よりも気になる。


『ありがとうございます。こちらは弟子のシノブです』

「よろしくお願いします」

『よろしくね、シノブちゃん』

 悪い人ではないのだろう。しかし俺より背が高くて筋肉がこれほどついてる女子は……NGだな。姉貴って感じだ。

 いくら誰でも良い俺でもこれはなしだ。



『あ、ああ! 準備しないと』

 師匠が虚空から机と、大鍋を取り出した。


『貴方は適当に他の人のを見てらっしゃい。準備ができたら私のところへ来ること。良いわね?』

「了解です」


 フリーマーケット的なものが始まるのか。それぞれ、何か物を持ったりしている。ガラス瓶が置かれている場所に行こうかな。


 そこに居たのは店番役のプレイヤー。


「いらっしゃい。意外とプレイヤーもいるんだな。俺はガラス職人のヤグマってもんだ」

 かなり高品質なものが揃っているようだ。俺は魔女の弟子なのに、何もないけど。やっぱり生産系が多いんだな。

 さっきのミナってやつも、農家だったし。いつの間にかいなくなっているし。


「俺の名前はシノブ。一応調合スキルは持ってるんだが、師匠にダメ出しされてるばっかりだよ」

 普通に売っているのとは違うな。ガラス瓶にステータスアップの効果がついている。

 新しいな。しかしポーションを飲むのが戦闘の後になるというのが、またあれだな。


 調薬の部分でも、ステータスを上げる効果のあるものが作れれば良いのだが。



「ギルドで一括して買いたいぐらいだな」

「さすが魔女の弟子だな。ギルドの上役か」

 魔女の弟子だからギルドの上に立てたんじゃないけどな。


 やはり魔女の弟子となるには、あるNPCと一定の友好関係にあって、生産系のスキルを持っていることが鍵となっているのだろう。


「ああ、神弓の射手っていう最近出来たばかりのギルドだ」

「ああー、ワイズが入ってるやつか」

 出た。

 あの人は顔が広いな。


 というか生産職にはワイズさんの名前出せば知ってそう。

 ドSロリ鍛冶師よりかは知名度はなさそうだけどな。βテスターでは有名という感じだ。全体的にはヨツキちゃんの方が人気だろう。


「あいつとは共同で作ったこともあったな。調薬なんてしねえのに、ガラス瓶が欲しいとも言われたり。つい最近ガラス板の大量発注も請け負ったな」

 拠点のガラスもこの人が作ったのか。


「じゃあ、ここにあるのを全部」

「よし、売った。と言いたい所なんだが。師匠が口うるさいやつでよ。1人に全部は売れねえんだ。10までで頼むよ」


 今の俺はポーション以外作れないので、MP回復速度上昇とHP回復速度上昇のガラス瓶5本ずつ。ギルドの金で買った。

 必要経費だ。



「ありがとよ。また何か用があったら、この店に来てくれ」

 住所が書いた名刺みたいなものを渡される。マップに登録しとくか。


「よろしくな、期待の廃人」

 そこは期待の新人じゃないのか。それとも俺の聞き間違いか。


「なんか用があればワイズから言ってくれよ」

「ありがとう。また何かあったらよろしく頼む」


 他に何かあるかな。

 面白そうな所、といえば、沢山の檻が置いてある場所がある。店主はどこかに買い物に行っているのかいない。


 動物屋。

 買う気になったらベルを鳴らせとのことだ。


「また来たか」

「あははー」

 ミナがいる。そんな風に笑われると知り合いの男の娘を思い出すからやめて欲しいのだが。


「はぁー、何だか暑いですねー」

 片手で顔を仰ぎながら、服を焦ったそうにしているが、夜だしどっちかっていうと涼しい。


 しかし俺の目はしっかりチラチラ見える谷間に釘付けになっている。

 だか鎧を身につけている俺の顔は見えないはずだ。


「色々なところを見て回って疲れたし、私少し休みたいと思ってー、一緒に来ませんか?」

 ここで乗っかるのは愚行だとは思う。でも行ってみるのも良いだろう。こいつの目的がわかるかもしれない。


 俺たちは広場から森へと抜けた。


「ふぅー」

 わざとらしくため息を吐き、ミナは木にもたれかかる。


「あの、少し着替えたいので後ろ向いてもらえますか?」


 戦闘用スキルに付け替える時間をくれるのか。何とも優しい。


 相手の実力は未知数。だけど、風と土だけで頑張ってみるか。


 良い暇つぶしになることを祈っているぞ、ふははははは……はは、俺なんかしたっけ?

ありがとうございました。

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