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狙撃手の日常  作者: 野兎
拠点
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108 勧誘

 いつもに増してギルドには人が多い。今日は色々あったからな。

 だけどギルドマスターが変わったのと、この災害は何の関係もありません。


 そう、ピリピリする必要もないと思うのだが。


 その中を抜け、レストランエルベに向かう。いつもなら人は少なくなるが、今はそちらに向かうに連れて人が多くなっている。


 冒険者ギルドの職員が人を止めているが、少し見えたのは、まだ赤く煙を上げている地面と、窓ガラスが溶けている建物、しかし奇跡的に狙われたであろうルーカスさんの家は無事だった。


 直撃したのかわからんが、周りの家が結構被害を負って、地面がマグマ化してるのに周りが煤けてくるぐらいしか変化がないレストランって何? レストラン型城塞?

 さすが師匠の兄の家だと感心するしかないだろう。


 しかしルーカスさんの安否が確認できないな。

 ギルド職員に聞いてみるか。


 埋まっているカラコさんは放置して、1人で前に進む。


「すみません。誰か怪我した人とかは……」

『ああ、幸い早期に通報してくれた人がいてね。それは精霊がいるという別件だったが。これも野良精霊の仕業だろう。全く困ったものだ』


 野良精霊か。

 そういう言い方は初めて聞いたな。主人がいる精霊が普通の精霊で主人がいない精霊が野良精霊。

 なるほど、だからネメシスは何もしてないのに賞金首なんだな。野良精霊は強力な割に何をしでかすか、わからない。主人だったら責任を問えるけど、精霊なんて物質そのものみたいなもんだしな。



 というか俺って通報されてたのか。どんな監視社会だ。野良でもないのに通報されたとは。俺のことじゃないかもしれないけど。


「シノブさん、置いていかないでくださいよ」

 追いついてきたカラコさんが後ろから押されてギルド職員の胸に顔が埋まった。おい、ギルド職員、何幸せそうな顔してるんだよ。


「すみません」

 カラコさんが思いっきり後ろを押すが、何も起こらない。腕だけで突っ張っていたが力尽きてまたギルド職員にぴったりくっつくことになっている。


「すみません、私たちここの人の知り合いなんですが」

『と言っても権限がないんだ。すまないね』

 現場保存の下っ端だもんな。精々人混みに殺されないように頑張ってくれ。



 仕方ないな。今日のところは諦めて、また出直すか。

 俺とカラコさんはその場で拠点に戻った。



「やっぱ拠点って便利だな」

「大体明日には完成しそうですよ」


 そうか、楽しみだな。俺の部屋はどうなっているのか、あの塔は何なのか、中身がどうなっているのか俺は全く知らないからな。今知るよりも、後で色々見て回ったほうが楽しいだろう。

 そして裏で風呂計画も発動中。


 楽しみだ。


「じゃあ、俺は師匠の所へ行ってくる。どれぐらい遅くなるのかはわからないが、明日の朝ログインしてなくても心配しないでくれ」

「わかりました。他の皆さんにも伝えておきます」


 俺は冒険者ギルドに転移し、また徒歩で師匠の家へ。

 相変わらず酷い人混みだ。まあ、ギルドが完成したらそこで依頼受ければ良いし、ここに来ることもなくなるかな?


 日も暮れてるし、待たせているかもしれない。やっぱり馬は欲しいな。しかしカラコさんも忙しいのだろう。そう急かすのはやめよう。



 師匠の家へ着くと、珍しく師匠が外に出ていて、そこにはルーカスさんもいた。こんなところにいたのか。


『シノブくん、さっきは大変だったね』

 なぜそのことを? と思ったが俺が呼び出していたんだった。外に出て来なくてよかった。

 あのことに関しては後で盛大に謝罪するとして。


「こんばんは、師匠とルーカスさん」

 俺が出てきたことで師匠はたじろいでいるようだ。何か都合が悪かったのだろうか。

 兄妹でどんな会話をするのか見てみたかった気もするが。


『いいわ、私は用事があるから。好きにしなさい』

『助かったよ。店の前に人がいて入れなくてね。一晩宿を借りようと思って』


 父親も別で店をやってるみたいだからそちらで借りれば良いのに。師匠のところの方が静かで快適だとは思うけど。


「そういえばルーカスさん。俺たち、ギルドを作ったんだ。それで良いコックを探してるんだけど……知らない?」


 師匠の顔がサッと青くなり、ルーカスさんが師匠に向き直った。


『ほら、良い仕事先が見つかったじゃないか』

『さっきは儲かっているなら良いって話だったじゃない!』

『それでも半日は寝て、夜に少し薬を作るだけだろう? それだったらシノブくんのところでコックをやりながらでもできるじゃないか』


 ははーん。なるほどね。ニートの妹を説得してたのか。いつ見てもガラガラの店内だけど、儲かっているんだな。

 勤勉な兄と、怠惰な妹。俺も儲けてれば良いと思う。

 しかし雇う側としては別だ。可愛い女の子の手料理をいつも食べられるだと? これは最高じゃないか!

 ルーカスさんに手助けしなければ。


「コックって言っても1人じゃ厳しいと思うので、助手みたいなものはつけるつもりですが」

 今のところは10人程度だが、これから増えていったら流石に数十人体制で食堂みたいな感じにしなくちゃダメだろう。


『ほら、そう言ってくれてるんだし。少し働いてみたら?』

 師匠は真っ赤になっている。


『私は夜の神、すなわち闇の神に仕えるものだから、その他誰にも仕えないし、睡眠時間が長いのも自らを少しでも闇の中に置くためだから!』


 す、凄い。最強の言い訳だ。宗教を言い訳にしてしまうとは。確かに理論は通っているような気がする。ニートは宗教を理由にしたら責められないのだろうか。


 無理だな。宗教を理由にして雇用しないのはダメだったはずだ。働くことを禁じている宗教とかは入っている方が悪い。



『そうか。仕方ない。そこまで言うなら諦めるよ。ところで最近夢占いってやつを勉強しているんだ』

 諦めるのかよ! 頑張れよ! どうして諦めるんだそこで! お米食べろ!

 ……別にお米は関係なかったな。


『夢占い……』

『今日どんな夢見たか教えてくれる?』

『確か……小さい頃お父さんに連れてってもらった狩場で大人の私が巨大な包丁を持って戦う夢だったわ』

 どんな夢見てんだよ。

 といか狩場って、お父さん料理人じゃなかったのか? まさか、戦う料理人?


『さっき寝るのは暗闇の中にいるためとか言っていたね』

 そういえば、そうだ。

 師匠も唖然としている。何という策士。というかそういえば話題の転換に無理やり感があったな。

 それでも話を自然に進め、相手に不信感を抱かせない。それがスキル会話術!

 なのかどうかは知らないけど。



 師匠は無事に窮地に追い込まれたようだ。

『でも、他の人に仕えられないのは本当よ!』


 睡眠時間うんぬんは嘘だったのかよ。


『別に仕えるわけじゃない。クロユリは料理を作ってあげる立場なんだから。わざわざ働いてお金を貰わなければいけない身分でもないだろう?』


 金さえあれば良いという俺にとってわざわざ働いてお金を貰わなければいけない立場なのに働く気持ちがわからない。

 ルーカスさんが料理人で、日々の仕事にやりがいを感じており、しかも料理が楽しいと思えているからだろう。

 羨ましい。


『私は働きたくないの!』

『食わず嫌いは良くないって言われただろう? それに時間が経てば舌が変わって美味しく感じられるようにもなるんだよ』

 とうとうぶっちゃけたな。働きたくないという言葉には完全同意だ。

 というかどういう経緯で料理人の娘が魔女になったんだろうな。色々エピソードがありそうだ。


『もう時間だから。行くわよ』

 逃げるか。限界まで追い込まれたニートは暴れるか、逃げるか。暴れなくてよかった。

 師匠は俺の手を引いてずんずんと歩いていく。徒歩で魔女の会合に行くのかって……手柔らけー。俺のカサカサした硬い手とは大違いだな。しっとりと柔らかい女の子の手って感じ。しかし一人暮らしなのに家事はしていないだろう。

 しかし俺は専業主夫になる覚悟も決めてる男だからな。家事ができなくだって構わない。


「師匠、お兄様の話を聞かなくても良いのですか?」

 師匠はその場で立ち止まると、くるりとルーカスさんの方を向いた。


『絶対働かないからね!』

 結局それか。今も薬作ってるんだから働いているといえば働いていると思うが。


 ルーカスさんは苦笑いしていた。諦めているような顔ではなかったな。



 師匠は角を曲がると息を吐いて、壁に寄りかかった。


『本っ当、お兄ちゃんはうるさいんだから』

 ルーカスさん幸せもんだな。羨ましい。俺もこんな可愛い妹にお兄ちゃんと言われたいものだ。


「それでも師匠のことを心配しているのでは?」

『何を心配してるっていうのよ』

 何だろう。


「生活習慣病?」

 早寝早起き朝ごはんだ。何も食ってない俺がそんなこと言えないけどな。


『そんなものにかからないわよ。それより準備はできてる?』

 準備? 何のことだろう。もしかしてパーティーには手作り料理を持っていかなければならなかったのか。


「はい」

 わからないけど。


『杖を出しなさい』

 師匠の手に1本の杖が現れる。

 俺のものよりも大分短く、ただの棒のようにも見えるが、先が複雑に分岐している。ミニチュアの木を持っているようにも見える。


『その杖……死んでるわね』

 俺が杖を出すと、敏感に師匠が反応した。流石だ。まあ、見れば色が消えてるからわかることだろうけど。


「色々あって、逃げられてしまいました」

『大切にしなさいって言った先からそんなこと。朝にはまだいたのに』

 本当に申し訳ありません。


『私ではわからないけど、今から行く先にはわかる人がいるかもしれない。しっかり私の手に捕まって』

 どんなご褒美だろう。しっかりと握っていいなんて。


 師匠が杖を掲げると、杖は光を放ち……気づくと俺たちは森の中にいた。


ありがとうございました。

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