102 お礼
冒険者ギルドは騒然としていた。何人かの人間が縄に縛られていて、イベントか? などと言っているプレイヤー達がギルドの入り口から溢れ出している。
残念ながらイベントはもう終わっている。というよりこれってイベントなのか? 俺とカラコさんはたまたま魔女の弟子、月の使徒として来ただけで、本来ならイッカクさんが副ギルドマスター側の戦力を扇動してクーデター的になっていたのか。
たまたま俺達がいたから都合よくギルドマスター達を仕留められただけで本来はもっと大人数のプレイヤーが必要だったのかもな。
新たなギルドマスターは女性だ。縄で縛られたギルドマスターを前にして演説をしているが、俺は興味ない。
ギルドマスターが誰であろうとしっかり仕事をしてくれれば良いだけだ。
そういう点では前任のギルドマスターでも良かったのだが、あれは中二病過ぎた。
「動けませんね……」
カグノはこの人混みで火傷する人が出てくるのでしまい、俺とカラコさんはこの人混みを抜けようとするのだが、カラコさんが人混みに埋まっている。背が低いからか。俺の場合無理やり突っきていけるんだがな。
この場でさりげなく手を取って引っ張るのがイケメンなのだろうが、これは手を引っ張っても余計人にぶつかるだけだろう。無理やり引っ張ったら引きずられるカラコさんが大変なことになる。
ここでの最適解は。
「カラコさん、肩車」
これだろう。重くないことを祈る。
「良いんですか?」
「どんとこい」
カラコさんは俺の手を掴み自らの体を持ち上げて、肩の上に飛び乗った。
飛び乗ったんだが、その乗り方が問題だ。足で頭を挟み固定するというスタンダードなやり方ではなく、肩の一方に一本足で立ち、中腰になって俺の頭を掴むという曲芸めいた乗り方だ。
「それ、大丈夫なの?」
「大丈夫です」
大丈夫なら良いんだが。
結構目立つ。早く出てしまおう。
「結構揺れますね」
「だから普通に座れば良いのに」
「嫌です。それに鎧があるから忍さんの頭が痛いじゃないですか」
……頭の後ろが痛くても、横の柔らかい感触が楽しめればそれで良かったのに。かといって俺が兜を被れば感触は楽しめない。何事も上手くいかないもんだな。気配りって厄介。
目立つ中を無理やり押し切り、ようやくギルドの外に出る。
「詳しくは聞かなかったんですが、クロユリさんってルーカスさんの妹さんなんですか?」
「そうだな。俺はルーカスさんの妹の魔女としか知らなくて、ゴブリン肉の調理法を教えてもらうために、色々と難題をこなしてたんだ。この龍槍も師匠に作ってもらった」
「私以外に神と関係している人がいたんですね」
他にもいてもおかしくないな。フィールドのどこかに隠された神殿があって、そこで力を得たプレイヤーが。
ギルドでその存在を秘匿してるとかもあるかもしれないし。カラコさんレベルに襲いかかられるとか怖いな。そんな時が来たら全力で逃げたいものだ。
八百万とまでは行かないが、夜と月がいたということは、太陽と昼もいるはず。少なくとも、後2人。月神が言ってたみたいに死んでしまっているかもしれないけど。
神復活の儀式とかあるかもしれないな。将来的には神の使徒が所属しているギルド同士での神々の戦いみたいなことになりそう。
「悪い人ではないな。あ、護衛の外国人がキレやすいから注意」
あいつ何なんだろうな。護衛と言ったけど師匠に護衛なんていらないと思うし、居候なのかな。金髪美女がいきなり居候を宣言してきたらもちろん許可するけど、筋肉を居候させるとは、師匠の心は広いな。
先ほど大捕物を繰り広げたばかりというのに、師匠の店はいつも通り暗く締め切っていた。
入っても何の動物も出てこない。今度は黒いカエルでも出てくるのか思っていたが。
「いないな。奥に行くか」
師匠の部屋に行くまでの廊下にあの金髪筋肉はいなくなっていた。どこに行ったんだろう。
それにしてもおかしな構造の家だな。廊下があるのに、扉は最奥の師匠の部屋までしかない。
『よく来たわね』
ベッドの上で寝転がっていて威厳もへったくれもないが、先ほどの戦いを見ていると敬意を払わずにはいられない。
「お呼びいただき有難うございます」
『その槍、上手く使えているみたいね』
「はい、お陰さまで」
『その杖は魔女の魂のようなもの。大切に扱うのよ。そうそう壊れたりなんかしないと思うけど』
……俺って魂で草刈りしていたのか。
そういう割には師匠は杖を持っていない。まさかあの戦闘でも本気を出していなかったのか? それとも単に使うまでもないと思って持ってこなかったとか。
『そしてカラコちゃん』
「は、はい」
『私の主は夜の眠りにつくことで、奪われることを免れた。だけど他の神はそうはいかなかったはず。一体どうやって月神と会えたのかしら』
何だっけ? 死と再生を司るから、死んでも大丈夫みたいなことじゃなかったか?
「月神の特性、そして水神の助けもあって何とか復活できたと。そして力の一部を私に渡して消滅しました」
水神もいたか。しかしどこにいるんだろうな、水神は。巨大な蛇の形をしているらしいけど。その水の神も死んでしまったのだろうか。いるとしたら新しく発見された南側の海にいそうだけど。
師匠はしばらく考えた後、1人で納得していた。
『何も渡せるものはないけど、これはせめてものお礼よ。主の息子を救ってくれてありがとうね』
カラコさんの前に両手で抱えるほどの袋が置かれた。置かれた時に聞こえた音から何が入っているのかは明白だ。
そして主の息子とな。あの月神さん、夜の神の息子だったのか。神だからか知らないが、似ていない。
「シノブさん……」
カラコさんが袋の中から銀貨を取り出して、俺の方を見る。喜びを抑えきれないという感じだ。
「借金チャラにしてあげます」
「よっしゃ!」
さすがカラコさん。分かってらっしゃる。
『さて、ここからは私達の話。カラコちゃんは出て行ってくれる?』
「ありがとうございました!」
もしかしてお金に困っていたのだろうか。目が金になっているぞ。俺はギルドマスターにも関わらず全くギルドの金事情を知らないのだが。というか拠点にいくらかけているんだろう。
「ではシノブさん。拠点で」
「ああ」
それにしても何の用だろうな。師匠は目的を達成したんだから、何もないと思うのだが。
『あなた達家なんて持ってたのね』
「ギルドで買ったんです。完成したら呼びますよ」
『楽しみにしてるわ。そしてあなたをここに残したのは言うまでもない。ワルプルギスを開催するからよ!』
自信満々に言われても、知りません。ワルプルギスって確か、ヨーロッパかどこかのお祭りだよな。
『ワルプルギスは魔女の集会。そこにあなたも私の1番弟子として参加するのよ。何せ主を救い出した功労者よ。歓迎されるわ』
一体どういうものなんだろうな。パーティーでもするのか? それとも邪神を拝むみたいに全員で奇妙な踊りを踊ったり? 呪文を唱えたり?
そんなイメージだ。
師匠みたいに可愛い女の子がたくさんだったら良いのだけど。というよりそんなにたくさん魔女っているんだな。知らなかった。
「で、時間はいつですか?」
『今日の日が暮れた後よ』
問題は、ない。少し夜更かしになりそうだけどな。
『お腹すかせて来なさい。私が直々に料理を振る舞うわ』
ゴブリンの肉とかのゲテモノ食ですかね。食用じゃなくても美味しかったら良いんだが。
こういう所で料理人一家なんだとわかるな。といっても父と兄が料理人ということしか知らないけど。ルーカスさんと髪の色が違うのは母親が黒の髪の持ち主だからかな?
『それにしても本当にあなたには感謝してるわ。何か1つ。私ができることをしてあげるわ』
……え? え? できることをしてもらえる? これ、これって胸を。師匠の胸を触れちゃったりするんですか?! 爆発しない胸を!
いや、冷静になれ。そんなことでこの願いを消費するのはどうだ。こんなに強い槍を作れてしまうぐらいの木工の腕前の持ち主だ。他にも色々作れたりするだろう。
1番ダメなのは、胸を揉ませてくださいって土下座した時に怒られてこの願いがなくなることだな。
冷静になれ。俺はクールだ。胸の爆発さえ我慢すればいくらでもカグノのを揉めるじゃないか。
よし、冷静になった。何か物を貰おう。
今欲しいものか……あ、鎧。
もしかして師匠ならこの鎧に匹敵する鎧を作ってくれるかもしれない。
「実はこの鎧。水中専用なんです。それで陸用の鎧が欲しいなーと思ってたり」
『それ、水神の鎧じゃない!』
師匠はしばらく俺の鎧を見ていたが、驚いて声を上げた。
「月神の神殿で抜け殻を拾ったんです」
『そんなものに匹敵するものなんて……』
やはりそうか。神級のレベルだしな。仕方ない。胸を貸してもらおうか。
『あるわ』
あるんかい! さすが師匠だな。神級の物を持っているとは。
『少し待っていて』
それだけ言って師匠は奥の部屋に消えていった。一体何を持ってくるつもりなんだろうな。夜の神の体とか……それはないか。あれだけ敬愛してる様子だったし。一体どんな代物なのだろう。
しばらくして戻ってきた師匠は自慢の超能力で1つの像を浮かして持ってきた。
像といっても綺麗な女性の腕が祈るように指を組んでいる形をしている。
とても精巧に作られており、パット見ではそういう種族の腕かと思ってしまうほどだ。いや、実際そうなのかもしれない。
『私には鎧は作れない。けど水神の鱗を加工できるほどの職人ならこれも加工できるはずよ。量は少ないけど……何かとの合金にしたらどうかしら』
超能力で運ぶほど重いのかと思って身構えたが大して重くなかった。というか恐ろしく軽い。これが水神の抜け殻レベルの素材か。確かに何かありそうな形をしている。
イッカクさんに任せれば良いか。この素材なら羽のように軽いランドセルとか作ってくれるかもな。
「ありがとうございます」
少ないが、感謝しよう。またイッカクさんに詰め寄られることになるのだろうけど。
あ、MPポーションの解析頼まなきゃ。
「あの、すみません。MPポーションを手に入れたんですけど、どうやってそれを作るのかわからなくて」
『まず前提として調薬スキルは持っているのかしら』
全然そのレベルまで行けてません。
「持ってません……」
『その時のレベルに行ったら、また教えてあげるわよ』
優しいな。調合スキル程度でMPポーションを作ろうなんて100年速いのか。今の段階で調薬持ってる人なんて専門の薬師ぐらいだと思うのだが。まあ、頑張って上げよう。
イェンツ夫妻にヤク草を育てられるか、聞いて。ガラス瓶大量購入して模造で大量に作るか。
「ありがとうございました。では夜に」
『お礼を言うのはこちらの方よ。本当にありがとう』
俺は深々とお辞儀を言ってクロユリさんの所を出た。
イッカクさんの所に行きたいが、今は何処にいるんだろうか。
えるるの店に行ってみるか。
ありがとうございました。




