050. 濃い
「――‼︎――」
左手を支えに起きあがろうとしてしまった私は、左肩に走った痛みにもんどりうちました。
「……アホか? 自分の怪我のことを忘れるなんて」
「アホって……!」
あなたにそんなこと言われる謂れはないです! と続けたかったけれど、痛みでそれすらままならず。
まぁ……確かにアホですけども……。
「お姉ちゃん、起きたいの?」
心配顔の少女が問いかけてきました。
「えぇ……でも、もう少し休憩してからにするわ……」
痛みからなんとか気を逸らしつつ、私はポーチの小瓶に手を伸ばします。
「あの……この子……最近被害が出ているという虫に刺されたのでは――?」
「――そうだ」
男は桶の水を、玄関横の台所スペースにある瓶へと移しながら答えました。
「避難所へは行かないのですか? あそこなら一応治療も勧められていますし――ここからそう遠くはないと思うのですが……」
私は少女の手を借りてなんとか体を起こすと、男の後ろ姿を眺めながら聞きました。
「俺たちはこの土地の者じゃない――避難所は……この土地の者たちのための物だ――」
男はそう言うと振り向いてこちらを見ました。その表情からは悔しさと諦めの色が伺えます――。
横に座る少女も、悲しげな顔をして俯きました。
「――そんなこと――誰かが言ったのですか――⁉︎」
おかしいじゃないですか――――
再生の日とやらの天変地異を経て、何かがずいぶんと変わってしまったのでしょうか――――
だとしたら……とても悲しい気がします……
「お世話になって……その後恩返しするのではいけないのですか――?」
「先にしろと言われて……やっている最中だ」
即答するその男の顔には、何か強い意志が宿っているようです。
「こんな……いつ虫に囲まれるかもわからない山中で……?」
「――――」
この男は、嘘はついていないのでしょう……けれど、その言葉の内容がどうにも噛み合っていないような気がして、私の胸はどこかザワザワとします。
黙りこくる男に、これ以上聞くのもなんとなく憚られ、ポーチの小瓶に手をかけて私は言いました。
「とりあえず……私を安全な所まで連れてきてくださってありがとうございます」
怪我をしていない右手で小瓶をポーチから取り外すも、連動するかのようにズキズキと肩が痛みます。
けれど――私よりずっと、長いこと苦しい思いをしているだろう少女を早く楽にさせてあげたい。その一心で、
「これはお礼です」
そう言って小瓶を差し出しました。
「それは……?」
「わぁ、綺麗ねそれ。キラキラ光ってる……お水……?」
はてな顔の男はともかく――
「あなた……この光が視えるの……?」
少女の目は聖水の力の輝きをその瞳に映しているようです。小瓶を見るその目は、私には聖水よりも輝いているように見えます。
「まさか――聖水か――⁉︎」
「はい。その瓶の水に混ぜて飲んだら良いんじゃないでしょうか?」
あの瓢箪で避難所の全員賄えるということは、相当強い力を持つのでしょう。
なので、今汲んできた水に混ぜて飲んだら良いのよねと思い言ってみたのですが、男は血相を変えて慌てた様子で言いました。
「コイツにも視えてるってことは、相当な力の聖水だろう! たったこれだけの水にその量は濃すぎる‼︎」
え? こ……濃い……???




