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040. 五つの文字の力

 そして――地下ルートを目指して私たちは、更に森の奥へと入り、そこから山を下るように進んでいきました。


「壁を伝って飛び降りるには少し弱い地質でな。

 地割れの端の方に向かうぞ」

「わかりました」


 少し足が滑ったりしたけれど、転ぶことはなく。私は晃生さんの背を追い続けます。


「あと少しだな――」


 周りの景色を見て、晃生さんが呟きました。


「トウマ、装束の刺繍たちがだいぶ目覚めてきたようだ。能力を説明しておいて良いか?」

「もちろんです。というか、ぜひお願いします!」


 あの不思議な形の模様に一体どんな力があるのか。

 興味津々だった私は、食いつき気味に答えました。


「前に装束の話をした時は説明を省いたが、少し詳しく説明すると、龍体文字は全部で四十八文字あって、ひらがなに置き換えることができる。が、濁点、半濁点に相当するものはない。

 その装束に入っている文字は五つで、どのような能力があるか、だが――」


 アーティファクト達の声を聞き取っているのでしょうか、晃生さんは少し間をおいてから話し出しました。


「身体能力向上の“ひ”

 感知能力向上の“み”、

 精神の安定の“し”

 物理防御の“ふ”

 そして回復力を高めてくれる“む”。

 怪我にはそこまで効かないが疲労回復能力はピカイチ、だそうだ」


 どの力も、緊急時に役立ちそうなものばかり……よほど危険な事態にもあってきたのでしょうか――――


「前の使用者、母は……それらの能力を使用していたようだな。

 だが――文字一つ一つに深い意味があって“自分たちはもっと色んなことが出来るんだ”と言っている」


 アレらだけでも十分すごいのに。それ以上の色んなこととは一体……


「例えば“ひ”は火を、“み”は水を意味する文字で、それらを操ることも可能らしい。

 あと――“む”は少しの破れや穴なら自動で元の状態に戻るという、自動修復能力もあるそうだぞ」


 自動修復。これまたすごい能力じゃないですか。


「もしかして――それらの力は、意識しないと使用できないものなのですか?」


 少し気になった私は、聞いてみました。


「いや――。本来は意識せずともその力を発揮することは可能だ。

 鑑定アーティファクトがあまり発達していなかった時は“試して知る”が主流だったのだしな」


 なるほど、確かにそうですよね。


「これはたぶん……俺だけが知っていることなんだが……」


 アーティファクトの声が聞こえるからこそ、の情報でしょうか。晃生さんは、少しもの悲しげな声で話します。


「アーティファクトというのは、使用者の期待に応えようとする存在で、そのように力を発揮する。だから“身体能力向上”として使用されれば、それだけにおいて力を発揮するようになるのだろうな……」

「――アーティファクトたちって、察する能力が高く、そして優しいんですね」


 晃生さんのように。と心の中で付け加えて私が言うと、晃生さんは一瞬立ち止まって木の葉でいっぱいの空を仰ぎ見て呟きました。


「……そうだな……」


 もしかしたら、そんなアーティファクトたちの声をたくさん聞いてきたから、今の晃生さんがあるのでしょうか……?


 と、そんなことを考えている間に晃生さんはさらに先へと進んでいて、私は慌てて後を追いました。


「母は仕事に出る時、常時、すぐに切り替えつつ発動できるように訓練していたようだが……トウマの場合は“常時、同時発動”でも大丈夫なんじゃないか?

 現に精神安定の“し”が沢山使ってくれて嬉しいってはしゃいでるし」

「精神安定」


 なるほど……先ほど不安を感じていなかったのは、その子のおかげ――

 とてもすごいのですが……不安や恐怖は、ある意味自分を守るためのセンサーのようなものだと思うので……ちょっと使用を控えた方が良さそうな気もしますね……。


 などと、私が真剣に考えていると。晃生さんが突然立ち止まりました。よく見ると、肩のあたりがぷるぷると震えています。そして――


「……はっはっは!」


 少々涙目になりながら振り返った晃生さんが、突然笑い出しました。

 一体なぜ。


「すまん……そいつら、トウマの思考を読み取っているんだな――。

 そんなこと言わないで、もっと使ってって叫んでるぞ」

「……」


 晃生さんのその言葉から。私の考えていることが、アーティファクトのしゃべる内容から伝わったのだと判明して。


「……もぅ……!」


 アーティファクトたちの声から、私の考えてることが丸見えになりそうで。ちょっとアレなんですけど……。


「次からはトウマへの言葉は拾わないように気をつける。だから許してくれないか?」


 なおも笑い続ける晃生さん。

 あまり説得力がないのですけど。


「いいですよ、不可抗力ですし」


「ありがとう。

 ――アーティファクトたちってのはな、製作者のこともだが、使用者のことも大好きになるみたいでな……。

 トウマさえ良ければ、また今度……そいつらから昔の話を聞かせてもらっても良いか?」


 そう……苦笑しながら言うと、晃生さんは少し照れたような表情をして背を向け、再び前へと進み始めました。


「良いんじゃないですか――?

 よかったら私にも聞かせてください。以前の使用者の武勇伝――」


 また、しばらく進むと――地面の割れ目がハッキリとわかる場所へと到着しました。


「少し急だが、ここからなら俺はアーティファクトなしで行ける。

 トウマはスーちゃんで先に行っていても良いぞ?」

「いえ、晃生さんの後に着いていきます。岩が崩れやすいのなら、近くにいた方が対処しやすいですし」

「そうか、じゃあもしもの時は頼んだぞ?」

「はい!」


 足場を確認しながら慎重に岩を伝い降りていく晃生さんに続いて、私もゆっくりとスーちゃんの力を借り、付いていきました。

 そして、自分の足で進めるくらいの平らな場所に着いてしばらく進んだ時――


「ここだ」


 私たちの目の前には、高さ三メートルはありそうな大きな洞窟が口を開いていました。

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