031. 光惺と椿
「やっぱり……お前達か――光惺、椿」
晃生さんの声に応じるかのように、黒いノースリーブな小袖に、黒のジーパン姿の男女が道の奥からやってきました。
「誰かと思ったら、晃生じゃないか」
「――お久しぶりです、晃生さん」
光惺と呼ばれた男性は、晃生さんと同じくらいの身長に少し茶色がかったショートカットの髪。
椿と呼ばれた女性は、光惺さんより少し背が低く、黒くてツヤのある肩より少し長い髪が綺麗に切り揃えられていて……アーティファクトらしい水色のカボションのついたヘアピンをつけています。
「いまだに未使用アーティファクトの光は見えなくて、離れに引き篭もって生活してるんだって?」
利き手がそれぞれ違うのか、男性の方は右の腰に、女性の方は左の腰に、小太刀と茶色のポーチを下げていました。
「あぁ――楽しく引きこもり生活送ってるよ」
「そんな奴がここで何してる?」
「クオリティの高い聖水が手に入ったから、虫の被害を受けた人たちに届けに行くんだよ」
「昔の聖水みたいな?」
「――あぁ……」
光惺さんの表情が、小馬鹿にした雰囲気のものから変わり――
「なら、俺たちが届けてやるよ。よこしな」
「兄さん――」
「椿、お前は黙ってろ!」
どうやらこの二人、グイグイと我が道を進む兄と、そこにくっついて行動する妹、といった関係のようですね――。
「丁重にお断りさせてもらおう。お前達、特殊部隊の仕事は虫の排除だろう?
政府の要職である者達に、ただの荷物運びを手伝わせたらいかんだろう」
特殊部隊、警察なんかとはまた違った組織なのでしょうか……?
彼らの持つアーティファクトの光から察するにかなりの手練れ――なのだろうということはわかりますが……。
晃生さんのこの雰囲気は……本家で風輝さんと会った時と似た感じですね――。ということは……
「彼方の方にも虫の大群がいました。
お二人の今の力ならきっとすぐに対処できると思います……お願いします――!」
私は左手を胸の辺りで握り、右手で先ほど虫を見かけた方角を指します。
「いこう、兄さん。私たちには虫の対処の方が優先」
「――ちっ――」
椿さんが光葵さんの腕を掴んで言いました。
「あんた――その装束を着てるってことは、色々“使える”奴なんだろう? 次に出会う虫の大群一つくらい、対処してみせろよ」
んな無茶な。
「彼女はそういうことのためにいる人じゃない! 装束はうちの母が貸してくれただけだ。少しでも自分で身を守れるように、と――」
晃生さんは、私と光惺さんの間に立ちはだかるように移動すると、珍しく声を荒げて言いました。
そしてその両手は硬く握り、震えているようです……。
「「――――」」
あちらの二人にとっても珍しいことだったのか、二人同時に晃生さんをみて驚いた顔をしています。
「――へぇ……珍しいじゃないか。お前がそこまで入れ込んでるだなんて……。
見たところ、十二分に戦えそうな物も持ってるが? そいつらの声とやらも、お前には聞こえているのだろう?」
私の手持ちの作品達って――戦えそうな子達なの……?
自分の持つ作品達の能力。しっかりと把握しておいた方が良いですよね……。
彼の言葉から興味が湧いてきてしまいますが、ぐっと堪え、
「あ! あっちの方に黒い影が――!」
ちょうど目の端に写った黒い影を指して叫びました。
今は争ってる場合じゃないですし、何より――この人達から離れて、早く避難所へと向かいたいですから。
「兄さん!」
「……わかったよ。行くぞ、椿!」
二人はアーティファクトを使い、ものすごいジャンプ力で建物の屋根の上へと登り、走っていきました。
あっという間に見えなくなった二人の影も追うことなく、私は晃生さんに笑顔で言います。
「さ、邪魔者もいなくなったので。行きましょう、晃生さん」




