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030. 赤い閃光

 空になった小瓶へ再び聖水を入れると、私たちはキヨミズの病院へと駆け出しました。


「――ということは、お母様は私がアーティファクトの同時使用が可能なことに気がついて?」

「あぁ。母上は父上より視る能力が高い。

 あの時トウマは水のアーティファクトを使っていただろう? おそらくそれと同時に装束の刺繍アーティファクトも力を発動していたんだろう」

「それは――意識してなかったです――」


 一体どの刺繍が――?


「思考をクリアにするタイプの文字が働いていたみたいだな。今、小さな声で“勝手にごめんなさい”と言っている。

 どうやらアーティファクト達には()()()らしいな。トウマがそういう性質なんだと」

「そうなんですか――。

 では手持ちの子たち、私の声をしっかり聞いて覚えてください」


 刺繍の一つ一つに、ポーチに入れてある一品一品に向けて、私は語りかけます。


「これからは私がお願いした時だけ、同時使用をさせてください。

 それ以外の時は、一人ずつ、力を貸してくださいね」


 そう言うとアーティファクト達の淡い光が重なって、まるで体全体が光るかのように虹色の光に包まれました。


「……皆、口々にわかったと言ってるよ」

「ふふ、そんな気がしてました。

 皆、ありがとう――」


 木でできた、どこか懐かしい雰囲気の家々が並ぶ街――。

 虫のことがあってでしょう、まだ昼にもならないような時間なのに誰一人いない道を駆け抜けて行くと、何度か虫の大群と遭遇しました。


「この虫、ある程度の量で集まって移動しているみたいですね」

「あぁ。取り囲まれたらひとたまりもないが、移動速度は大人が走るのよりは遅いから――」


 そう話しをしている間にも、また虫の大群が現れました。


「トウマ、そこの横道にいこう」

「はい」


 晃生さんの指した道へ入ろうとした瞬間、その奥から赤い閃光が――


「危ない‼︎」


 私は晃生さんに腕を引っ張られ、建物の影に抱き寄せられました。


 閃光は、あっという間に虫の大群に到達して、軽く爆発するかのような音と共に炎が上がります。


 コレは――何かのアーティファクトの力⁉︎


 チリチリと、焼けるように熱を帯びた空気が辺りに広がったかと思うと、次の瞬間湿気を含んだ涼しい風が――――


「この力――アイツら――!」


 晃生さんはそう呟くと、一層強い力で私を抱きしめました。


 もしかしてこのアーティファクトの使い手とお知り合い……?


 虫伝いに炎が建物に広がってしまうかと思ったけれど、湿気を含む風がまるで意志を持つ生き物かのように動き、延焼を防ぎました。


 虫達は道路の中央へと集められ、風がおさまるとそこには黒焦げになった虫の山が。


「……晃生さん……ちょっと苦しいのですが――」


 目一杯息を吸うことができず、私は伝えました。


「あ――す、すまん!」


 ワタワタとして私から手を離しながら晃生さんは言います。


「いえ、助かりました。ありがとうございます」


 晃生さんに引っ張られなければ、あの赤い閃光に包まれていたのは確実に私だった――


「よく気付きましたね……」


 今になってゾッとして、私は自分の両肘を抱えるようにして身震いしてしまいます。


「装束の刺繍アーティファクト達がな……アレは自分たちじゃ防げないと――」


 なるほど、アーティファクト達の声で……。


 その時でした、道の奥の方から声が聞こえてきたのは――


「兄さん、待って!」

「へぇ……やっぱりその装束は“あの”装束なんだ」


 慌てるような少女の声と、若い、男の人の声――


「やっぱり……お前達か――」


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