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019. 身代わり守り

 庭の方は敷き詰められた砂利の中に飛び石があって、塀のすぐ横は敷石がされていて、確かに所々段差があるようです。

 晃生さんは塀づたいに屋敷の端の方へと向かいました。


 屋敷の一番端の方に着くと、ざわざわと人の話し声が聞こえてきます。そして窓からは何やら美味しそうな香りが……


「水はまだかい?」

「今日は風輝様が運んでくださると聞いているけど――」


 木桶の水は、朝食のためのものなのでしょう。

 でも……何故彼が朝食用意の手伝いを?


 桶を渡す時に“頼む”と言っていたのもなんだか違和感だったんですが……。

 もしかして意外と良い人だったりするのでしょうか――


 晃生さんは木戸の前で立ち止まると、四回ノックをしてそうっと開きました。


「すまない。そこで風輝と会ったんで、水を受け取ってきたんだが――」

「晃生様! ありがとうございます」


 そこには四人の、同じ色の着物を着た女性たちがいました。皆、少しくすんだ桃色の着物に白いエプロンをしています。


 お手伝いさんたち……でしょうか?


「いや、礼なら風輝に言ってやってくれ。俺はちょうどそこで会ったから代わりに持って行くと申し出ただけなんで。

 それより、忙しいところ申し訳ないんだが、聞きたいことが――」


 晃生さんは、今日の朝食から、しばらく一人分余分にもらえないかということと、私が着れそうな服を貸してもらえるかを彼女たちに聞きました。


「そうですね……そちらのお嬢様の分、ですよね?」

「服は私達の代えの服を二着ほどお渡しできます。食料の方は二日分くらいでしょうか……それ以上は私たちにはちょっと――」


 私が何者なのかも聞かず、服を貸してくださると……なんと優しい方々なのでしょうか……


「問題ない。それ以降はちゃんと親父……当主の許可を得てから頼みにくるよ。

 無理言ってすまないな」

「いいえ! あ、でも御当主様は外泊中で、明日の夕方お戻りになる予定です」

「そうか――じゃあ手紙を書いていくよ」

「わかりました。食料の方はこの勝手口へ、いつものようにご用意しますね。服は朝食と一緒に、お部屋へお届けでよろしいでしょうか?」

「それで大丈夫だ。よろしく頼むよ」

「かしこまりました」


 お手伝いさんたちからは晃生さんへの敵意は感じません。


 気の良さそうな方々……。

 お手伝いさんたちとのやりとりから、この家の中で、少しでも晃生さんの安らげる場所があったのだろうと思い、ホッとします――。


「トウマ、ひとまず俺の部屋へ行くぞ」

「はい」


 促されて後についていこうとしましたが、私もお手伝いさんたちにご挨拶しておきたくて。くるりと振り向いて、ぺこりとお辞儀をしました。


「皆さん、ありがとうございます」


 女中さんたちを見て、できる限りの笑顔で私は言いました。


「おぉい、こっちだ。ここで履き物を脱いでくれ」


 扉を開けている晃生さんに呼ばれ、私は急ぎ踵を返してそちらへと向かいました。


 母屋の中を進んで行くと、そこかしこからアーティファクトのような光が見えていて、生活に必須な物となっていることが感じて取れます。

 用途がはっきりとわかったのは、照明や空調くらいですが――


「ここだ」


 晃生さんの私室は、台所からそう遠くないところにありました。というか……台所や洗濯場などの家事場のすぐ横のようで、部屋横の勝手口の向こうには、物干しの場所がチラリと見えています。


「おじゃまします」


 襖を開け、先に入っていった晃生さんに続いて薄暗い部屋に入ると……そこは離れの寝室よりも広そうな畳部屋でした。


「ちょっとそこで待っててくれ」


 晃生さんが部屋の奥へ行き、窓と雨戸を開けると室内は明るくなり、部屋の光源が行灯タイプのアーティファクトだということがわかります。


 離れの方がハイテク……?


 明るくなって部屋をよく見ると、まるで旅館の一室のような作りをしています。


 窓の方は広縁のようで小さな丸テーブルと椅子があるけれど、両端には棚があるようで、障子の向こうに影が見えました。

 右側の棚には沢山のアーティファクトがしまわれているようで、光が漏れ出ているのも見えます。


「作業途中で外に出たんで片付けてないんだが、そのちゃぶ台の所に座っててくれるか?」


 晃生さんは広縁の左側の棚を開きながら言いました。


「はい」


 畳部屋の中央にあるちゃぶ台には、作業途中らしき物が乗っていました。


 ボードにクリップで固定されている作り途中の作品。それはおそらくマクラメ編みで、紐は臙脂色。そして編み込んでいるパーツ、ビーズの入っている木の箱もその横に――。


「こちらは……ブレスレットですか?」

「あぁ。社務所で授与する御守りでな。

 俺の、ここでの主な仕事なんだ」

「御守り……」


 作りかけのそれは石が三個、クリスタル、アメシスト、ラピスタズリの順に編み込まれています。


「糸の色や編み込む石によって微妙に効果が変わるんだが、それは数種の石を編み込むタイプで、名を“身代わり守り”という」

「……素敵ですね、可愛いし」


 作り途中なのにもう力を持ち始めているのか、淡く光を放っているブレスレット。その子を見つめながら私は気になったことを聞いてみます。


「あのそういえば……お仕事の方は大丈夫なんですか……?」


 私の手助けをしてくださるのは、大変助かるのですが――


「今月のノルマは達成しているから心配いらないよ」

「ノルマがあるんですか?」

「あぁ。この御守りは名前の通り、怪我や事故から身を守ってくれるものでな。このキョウトで持たない者はいないと言っていいほどに常用されている物なんだ」


 どれくらいの人がいるのか分かりませんが、大変なことなのでは……。


「一本作るのに一時間くらいかかるんだが、今月は三日前、七月十六日に百本納品したよ」

「百――⁉︎」


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