過去⑦
恭弥は試合が終わり、自分の部屋に戻っていた。
「教官…終わりましたよ」
恭弥は教官が寝ているベットの前で両膝をついた。
「あ、ああ…キョウヤか…」
「はい…」
「ちゃんと、殺せたか?」
「…はい」
「…嘘はついてないらしいな。目つきが変わった…」
「はい…」
「どうだ?人を殺す感覚は?」
「なんか…胸に穴が開くような感じがしました」
「それは、お前が人間である証拠だ…殺しは1つの手段だ。殺すことに慣れるなよ、キョウヤ…」
「はい…」
「…ここを出ていくのか?」
「はい…妹が待っているので」
「そうか…早いな…時間が流れるのは」
「教官も行きましょう!外に!もうここにいる理由もないでしょう?」
「俺は…うぐっ…」
教官は胸が苦しそうにおさえた。
「教官!」
恭弥は咄嗟に教官の手に自分の手を添えた。
「俺は…もう…死ぬ。こんな体でももった方だ…」
「そんなことは…教官は…まだ…」
「いいんだ、恭弥。最後の弟子がお前で…良かった。外に出たら、兄によろしく、な…」
教官はそう言いきると、すぅーと目を閉じた。
「教官?」
恭弥が呼びかけても、その後、教官が答えることはなかった。しばらくの間、その部屋に、歯の隙間から漏れ出すような泣き声だけが響いていた。
そして、教官の死体は教官の兄の使者に引き取られた。恭弥は数人の大物からスカウトしてもらい、この地下武術大会“コドク”から1年ぶりに出ることが叶った。恭弥は一直線に家へ、智美の待っている家へ帰った。
__バシンッ
智美は帰ってきた恭弥にビンタをかました。
「…ッ!?」
恭弥は驚いて、手を頬に添えた。そんな恭弥に智美はギュッと抱きついてきた。
「お兄ちゃんの嘘つき…大丈夫って言ったのに!!」
「い、いや、ほら!俺はなんともないじゃん」
恭弥は両手を上にあげて、自分が無事であることをアピールした。
「1年間も手紙だけで…私がどれだけ心配したか…ッ!!お兄ちゃんが私を心配してくれるように、私もお兄ちゃんが心配なの!お兄ちゃんまで何かあったら、私は…私は…」
智美は顔を恭弥の胸に押し付け、泣きじゃくっている。
「それは……ごめん」
恭弥は、帰りたくても帰れなかったと言い訳をしようとしたが、口をつぐみ、静かに智美は抱き返そうとしたが、自分の手を見て止めた。恭弥には、その手に洗い流したはずの真っ赤な血がついているように見えた。
(…そうだ…俺は…人を殺したんだ…この手で)
恭弥は、智美の腕を振り解いた。
「俺は…俺はお前に触れられない…俺は…人殺しだ」
恭弥は自分の両手を見つめ、震えていた。
「…私もだよ」
「えっ…?」
智美は恭弥の両手をギュッと握った。
「私も…私にもお兄ちゃんを行かせた責任がある。無力で非力な私だけど、一緒に業を背負うことならできるよ。自分を責めないで、お兄ちゃん。私にできることは少ないけど、一緒に生きよう…私達は…兄妹なんだから…」
智美は目を泣き腫らしながら、恭弥に笑いかけた。
「…ごめん…………いや、ありがとう…」
恭弥は静かに智美を抱き込んだ。そして、恭弥の目からも涙が流れ落ちていた。そんな恭弥と智美を祖母が優しい笑顔で見つめていた。
「やっぱり、お前のハンバーグは美味しいな」
「ありがと」
落ち着いた恭弥と智美は、食事を始めていた。
「それで、お兄ちゃんは傭兵になれたの?」
「ああ、何人かからスカウトしてもらえたから、なれると思う」
「そう…本当になれるとはね」
「これから、だけどな」
「とりあえず、傭兵になるのはいいけど、ちゃんと帰ってきてよね!少なくとも、電話で連絡してよ!こっちも心配なんだから!」
「…分かったよ」
「もう!本当にわかってるの??」
その後も、智美がバイトを始めたことなど、1年にあったことをお互いに話しながら、恭弥と智美と祖母は久しぶりの家族の時間を過ごした。
そうして、恭弥は実家で少し過ごし、その後、アメリカへと傭兵になりに向かった。すぐに恭弥は傭兵として有名になり、大金を稼げるようになっていった。基本的には1人で活動していたが、2年だけ、ある傭兵団に属したこともあった。
(他にも色々なことがあったな〜)
恭弥は目を開けた。
「さ、帰ろう!」
「そうだな」
「うん!」
墓参りも終わり、恭弥と智美と明美は帰路についた。
「今日の晩御飯はなに〜?」
智美と手を繋いで歩いている明美が楽しそうに聞いた。
「うーん…明美は何がいい?」
「明美はね〜ハンバーグがいい!!」
「じゃあ、そうしよっか!」
「やったーー!!」
明美は無邪気に喜んでいる。
「ほら!お兄ちゃん!行こう!」
智美が少し後ろを歩いていた恭弥の方を振り向き、笑いかけた。
「おじさん!行こ!!」
明美もとびっきりの笑顔をしている。
「ああ、今行くよ」
恭弥は昔を思い出して、少ししんみりとしていたが、自分の前にある現実を、16年間守ってきた2つの存在を見て、少し微笑み、足を早めた。




