狼vs虎①
恭弥は左足のすねから下の部分を失っていた。恭弥は再生ポーションを持っていない。前にスライムにやられた右手を戻す為に再生ポーションを買ったが、その一本だけで8つのダンジョンで得た魔石やお金がほとんど消えるほどである。だから、アインに支払った280万を0から集める羽目になったのだ。大抵のプレイヤーは高い再生ポーションを買わずに、一度死んで元の状態にリセットしている。
恭弥は再生ポーションの代わりに黒蛇の短刀を取り出した。その短刀の柄を左足の先に無理矢理、刺し込んだ。短刀を義足として利用したのだ。それを見ていた智美は少しひいている様子である。リアルだと血だらけになっているだろう。
そんな恭弥にティグリスが近づいてくる。そして、段々白虎の全体像からはっきり見えるようになってきた。
「人?」
ティグリスの上には人の様な姿をしている何かが乗っていた。それは高校生くらいの男の姿をしている。
◇◇◇
ザーパット〈白虎〉
◇◇◇
(こいつも白虎なのか)
どうやら、ティグリスとザーパット、セットで白虎と呼ぶらしい。ザーパットは特徴的な白色と黒色が混じった三つ編みポニーテールをなびかせながら、恭弥を見下ろした。恭弥は白虎がどうでるかを警戒しながら睨み返す。
「智美は離れてろ」
「うん、気を付けて」
智美はそう言って、ネロを1匹受け取り、恭弥と白虎から距離をとった。その後すぐに戦闘が始まった。
先に動いたのは白虎だ。ティグリスが右足を薙ぎ払った。
「ぐっ…」
恭弥の左足の先は短刀である為、半分の体重を剣先で支えている状態である。飛び退こうにも力が入らない。うまく力が入らず足を取られそうになった。恭弥は咄嗟に行動を変えた。地面に伏せるくらい四つん這いになり身を低くした。ティグリスの右足が恭弥の背中をすれすれで横切った。
「【脚刀】!」
恭弥は、ティグリスの攻撃を避けるとすぐに攻撃に移った。身を低くしたまま、両手で体を支え、右足でティグリスの足を払うように蹴った。まるで、ストリートダンスのような動きである。もちろん、VITを無視できる【魔闘法】も使った。
恭弥の蹴りはティグリスの左足に掠った。攻撃がはいったものの、毛1本すら切れておらず、ダメージもほとんど入っていない。STR、AGI、VITなど全てのステータスにおいて、今までのモンスターとは訳が違うらしい。恭弥が、いい勝負できるのはAGIくらいだろう。
不安定な体制である恭弥をティグリスが噛みつこうとする。恭弥は両手で地面を押してバク転をするようにして、後ろに飛び避けた。
ティグリスは、恭弥に息つかせる暇を与えまいと再び襲いかかってくる。恭弥は、地面の砂を掴み、ティグリスに撒き散らした。一瞬怯んだティグリスに手刀を振り上げる。しかし、ティグリスは口を大きく開き、舞っている砂を吹き飛ばすように鳴き声をあげて、突っ込んでくる恭弥を待ち構えた。
そのまま突っ込んだらやばいと判断した恭弥はワイヤーを取り出し、後ろにある木へワイヤーの先端にあるナイフを投げつけた。上手い具合にワイヤーの先端が木に引っかかる。恭弥は、犬がリードで進行を止められるように、ワイヤーのおかげでティグリスの目の前ギリギリで止まった。
恭弥はワイヤーを思いっきり引っ張り、引っ掛けた木へと勢いよく下がりながら、投げナイフをティグリスに投げつけた。しかし、モフモフとした白い毛がナイフを弾く。
(さっきから全然攻撃が効いてないな…)
恭弥と白虎は距離を置き、短くも激しい攻防が一旦止まった。
「お兄ちゃん!」
距離をとっていた智美がそう叫んだ。智美の手には宝黒針がある。恭弥は、智美の意図をすぐさま読み取り、【交換】で智美に預けていたネロと位置を入れ替わった。
「【天地創造〈天〉】!」
恭弥が入れ替わると同時に智美が叫んだ。すると、智美を中心に空が黒い雲に覆われていき、雷が周りに落ちる、いや降り始めた。白虎がいる場所にも無数の雷が降り注いでいる。
「初めて見たけど、すごいな」
智美の周り以外に降り落ちている雷を眺めながら、恭弥は呟いた。
「私も想像以上なんだけど…」
スキルを使った本人の智美でさえも驚くほどの状況である。周辺の高く聳え立った大きな木を全て焼き尽くし、普通の人間ならどこにいても死は免れないであろう。普通の人間ならば。




