45.無責任ヒロイン
「……でも自分の身内、それも母親と似た女性を妻として扱うのは難しいかもしれないわね。納得したわ」
祈るようなポーズのまま本物のマリアンが言う。その足元がどんどん薄くなっていくのに気づいて私は声をかけた。
「あの、体が消えて行ってるみたいだけど」
「あら……きっと心残りが解消されたからね」
まるで幽霊みたいなことを言うマリアンは何故かスッキリした顔をしていた。
先程までの悲し気な顔は何だったのだろう。
「それは単純にフェリクス様を憐れに思ったからだけれど」
「……じゃあ、今なんだかサッパリした表情をしているのは?」
「あの方が、このわたくしを妻として拒んだ理由に納得がいったからですわ」
あっ、外見や態度ほど儚げなキャラじゃないな本物のマリアン。
いや見た目通り自己肯定感の塊だな。私は納得と呆れの混ざった表情で彼女を見た。
毎日泣いていたのはプライドが傷つけられたからだったのか。
愛する人に拒否されて悲しいのかと思っていた。
「いえ、フェリクス様のことはちゃんと愛しておりましたわ。とても美しい殿方ですもの」
又心を読まれて返事をされる。もう一々驚く気はなかった。
「彼に惹かれたのは外見だけ?」
「禁欲的でどこか翳のある雰囲気も好みだったわ。それにわたくし一刻も早く結婚したかったのだもの」
「どうして?」
「あら、貴方もわたくしなのに忘れてしまったの?」
そう言われた途端思い出す。
王太子の今年十二歳になる子息。
マリアンは彼の婚約者候補だった。
しかし相手はこちらを年が離れすぎていると嫌っているのであくまで候補だ。ちゃんとした申し入れも一切無い。
だが王太子側は年々じわじわとこちらに照準を絞ってきている感じがしていた。
完全に政略結婚だ。
「不敬極まるのでお父様にも言えなかったけれど……わたくし、こちらを年増呼ばわりしてくる子供となんて死んでも結婚したくありませんわ!」
「そうね、そうだったわね……」
「どちらかというと年上の方が好きですし、フェリクス様はわたくしの容姿は貶しませんでしたし」
「基準それなんだ」
「相思相愛になれなかったのは残念だけれど王太子子息が結婚するまで妻でいられれば満足でしたのに」
そう溜息を吐く間も彼女の体は薄くなっていった。このまま消えるんじゃないかと不安になる。
「ねえ、その体が消えたらどうなるの?」
「天国にあるわたくしたちの家に戻りますわ」
「えっ、本物のマリアンとして私と交代するんじゃないの?」
私が疑問をぶつけると彼女は少し悩んだ後に首を振った。
「無理ですわね、わたくし亡霊みたいなものですし」
「えっ、亡霊ってことは貴方死んだの? 私なのに?」
とんでもないことを言われ一瞬頭が真っ白になる。
彼女は上品に頷いて唇を開いた。
「ええ、あの日お茶を頂いた後に急にふらついて、頭を思い切り打ちましたでしょう?」
「あの時って……前世の記憶を思い出す前?」
「ええ、わたくし自身はその時にすぐ昇天いたしました。でも本来はすぐ死なず数十年程眠り続ける予定だったようですの」
「意識不明のまま寝た切りってこと? それはそれで悲惨な……」
「なので体を死なせるわけにはいかないと天国の役人の方たちが色々されて、わたくしの中に存在した貴方がわたくしに」
つまり本物のマリアンの早とちりか天国側のミスでは。そんな理由で前世の私がマリアンの体で蘇ったのか。一言事前説明があっても良かった気がする。
そう考えてあることに気付く。
「……つまり貴方が普段天国にいる死人なら……何で今私と話せてるの?」
「それは貴方も死にかけているからでは?」
「えっ」
指摘された途端目の前が揺らぐ。そういえば私は高熱でベッドの上で寝込んでいた筈。
つまり、今いる場所はやっぱり三途の川の近くでは。
認識した途端視界がぐにゃぐにゃとなる。目の前に本物のマリアンがいるかもわからない。
もっと色々聞き出したいのに。特に頭を打つ前のことについて。
『お茶飲んで即倒れたって、それ一服盛られたんじゃないの?!』
精一杯叫んだつもりだが本物のマリアンは頑張ってとでも言うように手を振るだけだった。
「大丈夫ですわ、貴方はわたくしと全く別人。つまりあの二人とも全く似ていないということですもの」
何か勘違いしてるな。彼女は私がフェリクスと離婚しようとしていること一切知らないらしい。無関心過ぎるでしょ。
というか本人が下界に戻って頑張ってほしい。そんなことを考えてるといつの間にかマリアンの隣に羽の生えた男性が立っていた。
彼女の肩を抱いている天使っぽい男性は何となくフェリクスに似ている。
私は色々察して心底脱力した。
こういうタイプの女、前世にも居たわ。




