43.見慣れた天井
「リンツと話すことが出来たからマリアンは部屋で休んでいいわよ」
微笑と共にアルマ姉さんに言われ、大人しく言うとおりにする。
元々は私の話ではとも思うが、居座り続けたところで時間と場所を変えて二人の話し合いが行われるだけだろう。
一年ぶりの自室の前ではシェリアが待機していた。
「マリアンお嬢様」
「別に休んでくれて良かったのに」
「そんな訳にも行きません」
そう言いながらシェリアが扉を開けてくれる。
次からはちゃんと休むよう指示しようと思った。
長い間留守にしていたとは思えない程部屋は清潔に保たれている。全く埃っぽさも無い。
ふわりと甘い花の香りが漂っている。
「シェリアが整えてくれたの?」
「私は空気の入れ替えと軽い清掃などをしただけでございます」
私の問いかけに謙遜しつつ侍女は答えた。
「お茶でもお持ちしましょうか?」
逆に問いかけられ、私は少し考えた後で断った。
お茶なら応接室で飲んだばかりだ。
「喉は乾いていないから結構よ。今は部屋着で少し休みたいわ」
「着替えをお手伝いします」
シェリアの助けを借りて化粧を落とし楽な服に着替え、髪も下ろす。
「有難う。軽く眠りたいから貴方も別室で休憩して頂戴」
「かしこまりました、何か御座いましたらそちらのベルでお呼びください」
丁寧なお辞儀と共にシェリアは部屋から去る。
静寂と花の香りだけが場に残った。
先程口にした通り、私はベッドに寝転がる。
上を見れば一年ぶりに見る天井だ。それだけで一気に懐かしさを感じた。
私がこうやってゴロゴロしてる間にも長姉と長兄は私の事で議論しているのだろう。
アルマ姉さんがリンツ兄さんを一方的に叱りつけている想像しか出来ないが。
「まさか、リンツ兄さんがねえ……」
そう驚きを口にしたが、よく考えれば彼は元々フェリクスと親しい立場だった。
あちら側に同情出来る余地が出来たら和解を提案するのは変ではないかもしれない。
私とフェリクスが離婚したら今まで通りの付き合いは難しいとも考えているのだろう。
「兄さんが個人でフェリクスと付き合い続けるのは別に構わないのに」
部屋に戻る前にそう言っておけば良かったかと今更気づく。
ただ私がそう思っていても、なら遠慮無くといかないのが人間関係の難しいところだろう。
私たちは貴族だから余計に世間の目を気にしなければいけない。
離婚したという事実を知った時にまず「どちらが」悪いか、それを皆知りたがるだろう。
そして私たちはアンベール伯爵家に原因があると表明しなければいけない。
少し前まではフェリクス単独だったが、今はあの家自体に問題があると思っている。
一番嫌いなのはラウルで、次に執事のアーノルド。そして一番不気味なのは元伯爵夫人。
皮肉なことに夫であるフェリクスへの気持ちが一番軽くなっている。
だからといって夫として愛せるかというと別だ。そもそも人間として信用が出来ない。
「何より、フェリクスが私との結婚を継続したいと思う筈無いのにね」
伯爵邸で最後に見たフェリクスは、疲れた顔をしていた。
彼は誰かと結婚生活を送るより寧ろ一人になりたいんじゃないだろうか。
私も正直もう結婚は懲り懲りだと思っている。
貴族に転生した以上、恐らくそうはいかないのだろうが。
そういえばフェリクスと結婚したいと言い出す少し前に父からその手の話を振られた気がする。
結婚相手として無理なタイプはあるかみたいなことを聞かれた。その時は特に無いと答えた。
でも今は違う。
「ラウルみたいな男だけは死んでも無理だわ」
どれだけ拒んでもへらへら笑い続けるあの顔を想像するだけで寒気がする。
ラウルの元妻は良くあんなのと結婚して子供まで作ったなと変な感心をしてしまった。
子供は外面は兎も角中身は似ていないと良いが。
そんなことを考えていると徐々に眠気が襲ってくる。ベッドの中に居た私は抗わず目を閉じた。
まさかその後三日間高熱で寝込むことになるとは思えない程、心地良い眠りだった。




