14.仕方がないことなんてない
「先程ラウルが凄い勢いで屋敷を出て行ったが……」
「そうですか、どうしてそれを私に聞くんですか?」
確かに彼に出ていくよう命令したのは私だ。
しかしフェリクスはその場に居なかった。
流石に無いとは思うが彼が弟をけしかけた可能性もゼロではない。
だからわざと意地悪な質問をした。
「ラウルが君の部屋から泣きながら出てきたと聞いたんだ」
「は? 私の部屋からアレが?」
「……もしかして、違うのか?」
「もしかしても何も! 誰がそんな悪質な嘘を貴方に吹き込んだのですか?」
今からそいつをしばきに行きたいんですけど。
流石にそこまでは口にせず、しかし抗議は隠さずフェリクスに言う。
こっちがどれだけラウルの侵入を必死に阻止したかその人物の体に教えてやりたい。
「そうか、勘違いしてすまない」
「それで貴方が勘違いする嘘を伝えたのは誰ですか?謝罪よりもそちらが聞きたいのですが」
私が重ねて問いかけるとフェリクスは扉の向こうで沈黙した。
しかし答えないと許さないという雰囲気を感じ取ったのか喋り始める。
「アーノルドだ、執事の……覚えているか?」
「覚えているも何も」
あいつかと名前を聞いて即思った。
ラウルを坊ちゃまと呼んでいた、彼に対し異常に過保護な中年執事。
もしかして私が自室にいることをラウルに伝えたのもアーノルドだろうか。
だとしたらラウルと同じかそれ以上に有害人物かもしれない。
「確かラウル様にとても過保護な使用人ですよね? でもそんな事実無根の悪質な情報を伝えるなんて……」
「そうか、すまなかっ」
「貴方の謝罪は結構です、その執事を呼んできて頂けますか?」
「アーノルドを?」
「ええ、訂正と注意が必要なので。伯爵夫人の私が義弟とはいえ独身男性を部屋に受け入れたなんてとんでもない悪評ですよ」
そう、本当に有り得ない。
年頃の女性が自室に夫や血縁以外の男性を招き入れるなんて有り得ない。
血が繋がっていても、問題視されないのは父や年の離れた兄や弟ぐらいだろう。
確かに侍女のシェリアもいたがそういう問題では無いのだ。
しかも伝えた相手がフェリクス。伯爵家当主で私の夫である。
ただでさえ心情的な理由で離婚する予定なのに変なデマを伝えるのは止めて欲しい。
「もし私がラウル様を部屋に招いたのが事実なら貴方はどう思いますか?」
私にはフェリクスと年があまり変わらない姉がいる。とても美人だ。
彼女が私に伝えることもせずこっそりフェリクスの私室に二人で居たら。
それを使用人から伝えられたら一瞬不貞を疑うだろう。
姉は既婚者だし絶対そんなことをする人じゃないとわかっていてもだ。
おかしい、非常識だ、もしかして? いや有り得ない、でもどうして二人が一緒に?
多分そんなことをぐちゃぐちゃと思った上で、二人への非難を一旦飲み込んで事情を確認するだろう。
しかしフェリクスの回答はそのどれでも無かった。
「俺は……そうなっても、仕方ないと思う」
何かが割れるような幻聴がした。
フェリクスへの愛や執着なんて完全に消えたと思ったのに、まだ失望できるなんて凄い。
先程泣いたせいか涙は出てこなかった。
「そうですか、では実家に帰らせて貰います」
「マリアン……?」
「貴方がそう思うなら、私たちやっぱり夫婦である意味なんて無かったのよ」
だから離婚してください。扉の向こうから返答は聞こえてこなかった。




