他人の馴れ初めほど甘い物は無い③
「おかえりなさいませ、マスター」
エルレインの見舞いから帰ってきた光を迎えてくれたのはマリオンだった。
なんだか三つ指ついてお出迎えしていそうな雰囲気である。
「ただいま。……真琴は? まだ寝てるのか」
マリオンが散布した媚薬のせいとは言え、あんなことをしたのだ。正直顔を合わせにくい。
「いえ。個体名マコトはもう覚醒しております。起きてからは『絶対先輩にエッチな子と思われた』だの『もうお嫁に貰ってくれない』だのなにやらネガティブな事を延々とほざいてましたが」
……我に返って自己嫌悪に陥っているらしい。まぁ気持ちはわかるし、それで嫌いになる事も無い。今までだってこっちが気付かなかっただけでアプローチをかけられていたわけだし、求められているというのも存外悪くない気分だった。
「……それにしても姿が見えんけど」
布団をめくってみても、姿がない。ほのかに甘い女の子の残り香が鼻腔をくすぐるだけだ。
「それでしたら今は洗濯物に行っています」
「洗濯物?」
「はい。あのあとパンツが汚れたとかでそれを洗いに──」
マリオンがそこまで言った時だった。
ドドドという地響きめいた音が聞こえて来たかと思ったら、真琴がドアを荒々しく開いて現れた。
……手に濡れたピンクの布を持って。
「マリオン! あんた余計な事言わないでっ!?」
顔をトマトのように真っ赤にしてがうがうと吠える。
そして、今度は光の顔を見ると湯気でも立ってるんじゃないかという表情なって、ガバッと頭を抱えてしゃがみ込んだ。そして「あうぅ~っ」と脳天から出してるようなうめき声を上げる。
「ご、ごめんなさい~。あ、あんなことしちゃうなんて……軽蔑、したでしょ? 節操のない女の子だって」
「あ~……まぁ俺だけが相手なら文句はつけんし、その、なんだ……き、気持ちよかったし、お前に求められているってのも男冥利に尽きるというかだな……」
なんだか照れくさくなって、こちらまで赤くなってしまう。
「ホント? 怒って、ない?」
真琴は捨てられた子犬のような表情でこちらを見上げている。
光はなぜかチラチラとそんな真琴を横目で見ながら、「怒ってない」と恥ずかしそうに言った。
「……ところでさ、先輩。さっきからなんで視線合わせてくれないの? チラチラとどこ見てんのさ」
ようやく赤みが薄れてきた真琴の顔に疑問符が浮かぶ。
それを聞いて今度は光が真っ赤になっていた。
「いやだって……お前、今、履いてねぇじゃねぇか」
「へ?」
そう言われて真琴はようやく自分がどんな格好をしてるのか気がついたようだ。
今度は顔から火でも吹き出しそうな色になって、立ち上がる。
そして、光を涙目で睨むと狼のように叫んだ。
「先輩のっ! ムッツリスケベぇええ!!」
こうして高らかにビンタを張る音が響き渡るのであった。
※※※※※※
「……それで、ダルゴ君の様子はどうだったの?」
お互い頭が冷えた所で話題となったのはダルゴの事だった。
「エルレインの側につきっきりだよ。まぁ、自分に出来る事ねぇから、歯痒い気持ちはわからんじゃないがな」
光も左頬に紅葉を咲かせながら、ダルゴの様子を聞かせる。
「それで『呪い返し』の準備の方はどうなんだ?」
「うん、それなんだけどね……」
そう言う真琴の表情は冴えない。
「触媒は二回分問題なし。ただ、根本的な問題が一つ……」
「根本的な問題?」
「……実際の儀式の手順がわかんない」
光は思わずこけそうになったが、無理もない。
「だってゲームじゃクリック一つでポン、だったんだよ? なんか魔法陣のエフェクトが出てきたのは覚えているけど、細かいとこまでは」
これには光も「うーん」と腕を組んで考えざるを得なかった。
この世界、ゲームにあまりにもそっくりなので、どうしてもゲーム脳で考えてしまいがちなのだ。盲点というにはあまりに馬鹿馬鹿しいものだった。
「実際に神殿とか行って、方法教わるなり資料見せて貰うしかねぇかな」
「でも、この都市に祭ってあるのって、多分ドワーフの神様でしょ? あたし達に教えてくれるかな? しかも今のあたしエルフだし、助けるのもエルフのエルレインでしょう? なんか、最悪突っぱねられそうな気がするんだけど」
ふむ、と息をついて光はこめかみをつつき始め思考した。すると一人の人物が浮かび上がる。
「……親父さんに口を効いてもらうか」
「ダルゴ君のお父さんに?」
「ああ、じいさんよりはエルレインへの風当たりは強くないし、命がかかっているとなりゃ、協力してくれるかもしれねぇ」
何にせよ打てる手は全て打っておきたい。
こうして光達は動き始めるのだった。
※※※※※※
「それで儂に神殿への紹介状をねだりにきたわけかね」
「はい。エルの命がかかっているんです。お願いします!」
真琴がペコリと頭を下げる。
「構いはしないが……いくらヌゥーザの長の立場に有るとは言え、現在の”銀の腕”たる父上の影響力は未だに強い。易々と要求が通るとは思わぬことだ」
「それでも構いません。打てる手は全て打ちたいんです。あたしたち」
真琴の決意を知って、ダルゴの父ダインは頭を振った。
「わからん……君たちはダルゴ達と行動を共にするようになって十日余りと聞く。そんな僅かな時間しか過ごしていないのに、何故そうも熱心になれる? 何故自分達の得にもならないことをする」
それは理解に苦しむというジェスチャーだった。
だが真琴はキッパリと言ってのける。
「友達を助けるのに、理由が必要なんですか」
それを聞いてダインは息を飲んだ。
「友の為……か」
険しかった表情がほころぶ。
「わかった。そこまで言うのなら儂も助力しよう。エルフとは言え息子の命の恩人に仇なすことがあっては、一族末代の恥だからな」
「やった! おじさんっ、ありがとうございます!」
真琴が抱きつかんばかりに喜ぶのをみて、ダインは眩しそうにその様子を見つめる。
こうして光達はダインの援助を得て、神殿にへと乗り込んでいくのであった。




